第139話 重なり合う優しさ
先日、七年生最後の試験である進級試験が行われた。その結果、余裕で来年度もSクラスであることが決まっている我々は、合宿が終わってから合流したルカと共にのんびりと過ごしていた。
その数日後には七年生の修了式が執り行われ、Sクラスの面子はほぼ変わらないという担任からの話を聞き、解散となったのだった。
「ねえ、ルカは本当にサザラシア王国へ帰っちゃうの?」
帰りの馬車の中で、来年度は共に通えないと聞いたクリスが、ルカにいくつも質問をしていた。
「そうなんです、クリス様。急に周辺国の動きが不穏だと……魔物の森は問題ないのですが、政治的な部分で不穏な空気だと言われまして。こちらの修了式に参加することだけは納得してもらえたのですが……」
寂しそうにルカが呟く。見かねたルシアンが、クリスとルカの肩を叩いた。
「クリス、先日の話を覚えているだろう? ルカが王国へ帰るときに、私たちも一度王国へお邪魔しようと思っていたんだよ」
「来週出発する日まで、まだ時間があるから秘密にしていたんだけどね。ルシアンは悲しそうなルカと、寂しそうなクリスを放っておけなかったみたいだね。ふふっ」
「ルシ兄様、ラウル兄様。本当に? ボクもサザラシア王国に行っても良いの?」
「ああ、もちろんだよ。実は、随分前からクリスにも遊びに来てほしいって、ブルース卿に誘われていたんだよ」
「じゃあ、ルカと一緒に王国に行けるの?」
「そうだよ、行きだけになるけどね。帰りはティアとして戻って来なければならないから、ブルース卿にも手伝ってもらったんだ」
「なるほど……」
「こちらからは、私たち双子とクリス、そしてルカとウィルだよ。クリスが移動するのだから、当然レオンもだね」
「もう少しだけ、一緒にいられるんだね。ルカ、それまでは一緒に遊ぼうね!」
「はい、クリス様! たくさんの思い出を、クリス様と作れたら嬉しく思います」
ルカはすでに泣いているな。まだ一週間以上も一緒にいられるのだが、離れ離れになる未来を想像したのだろう、涙は止まらないようだ。ルシアンが気を利かせて旅行の話をしたはずなのだが、泣き止まなくて皆が困っているぞ。
「ルカは将来、父様のお手伝いをするんでしょう? ボクもだけど、お互いにもっと強くなろうね!」
「ううっ、はいっ! クリス様ぁ、僕も頑張りますぅ……!」
ルカの頭をよしよしと撫でてあげながら、クリスはハンカチをルカに渡す。あれは新しく刺繍をしたものだな。最近、ティアに戻った後のことを考えて、淑女の嗜みを学んでいたのだ。ハンカチの刺繍にウィルが気づかなければ良いが……。
「クリス、おやつを持ってきてあげたらどうだろう? クリスは美味しいおやつを食べると元気になるよね」
「うん、そうだね! おやつもらってくるね!」
おっと、ウィルはどうするつもりなんだ? 見ないふりをしながら、ウィルの行動を窺う。どうやら双子も俺と同じ考えのようで、ひと言も発しない。
「ルカ、そのハンカチの刺繍、見せてくれる?」
「え? あ、はい、どうぞ」
ルカは涙で濡れてしまったハンカチを、ぱらりと広げて見せる。そこには……何かしらの……動物? が、いるようだ。
「ふむ。もう少しで理解できそうだね」
「ええ? ウィルはこれが理解できそうなの?」
「私たちには、ちょっと難易度が高いんだよね。ふふっ」
双子が、クリスの刺す刺繍の内容が分からないことに苦笑いする。正直に言えば、色と雰囲気で判断しなければ分からないレベルの代物だから仕方ないのだが。
「あれだけの完璧な強さを誇るクリス様の苦手な分野は、刺繍でしたか」
「苦手というか、まったく触れてこなかったんだから仕方ないさ。アリシア嬢が、自分が七歳の時より上手いと言っていたから、これから上達するんじゃないかな。クリスは負けず嫌いなところがあるしね」
「ほお。ウィルはこれまでの刺繍の柄も覚えているのか?」
「もちろんだよ。一番最初に刺したのは、グリズリーベア。次に鹿だった。恐らく、合宿が楽しかったんだろうね。思い出として刺したんだと思う」
「確かにそうだったな。では、これが何か分かるのか?」
「恐らく、先週見た猫……ラビィが連れてきた保護猫がいただろう? あの猫と色が同じで、時期も一致することから、あの猫かな」
「すごいな。刺繍そのもので判断せずに、前後の出来事までを把握することで精度を上げているのか」
「ふふっ。だって、いつか僕にも刺してもらえたなら、何を刺したのかを当てて、褒めてあげたいじゃないか。愛しい彼女からの贈り物なら絶対にね。ふふっ」
「それで今から考察しているのか。ウィルの努力の仕方は、ちょっと変わっているんだな」
俺の呟きに、双子は笑いながら肯定する。
「クリスに対してだけは全力だもんね」
「ちょっと重い気もするけど、クリスが幸せならば問題ないさ」
愛の形はそれぞれだから、それもウィルにとってはひとつの愛情表現なのだろう。ここにいる人間の中には、刺繍の出来をとやかく言う者がいないことに、とても心が温かくなるものだなと、しみじみ思った。
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