第130話 七年生の大移動
明日から、秋の合宿が始まるという日の夜。クリスは相変わらず、テンションが高くて眠れなさそうな雰囲気だったが、はしゃぎ過ぎて疲れてしまい、今は我の腹の上で寝ていた。
さて、我も寝ようかと、クリスが収まりの良い位置に来るように調節していると、賢者のエルフから念話がきた。
『夜分遅くに失礼します、レオン様。今、お時間よろしいでしょうか?』
相変わらず丁寧な言葉遣いに苦笑いしながらも、急ぎの用なのだろうと同意を示す。
『ああ、もうクリスも眠っているから大丈夫だ。急ぎの用事か?』
『夏休みの、隣国で起こった『魔溜まり』の件です。決着がつきましたので、報告をしておこうと思いまして。明日から、南の魔物の森へ向かわれるとお聞きしております』
『そうか。気を遣ってもらって悪いな。それで、組織的なものだったのか?』
隣国コーダリア王国で、貴族絡みの謀反が起こったとしたら面倒だと言っていたからな。そうでなければ、そこまで問題はないらしい。
『まあ、組織と言えば、組織ではあるのですが。商人が荒くれ者たちに、魔物の素材を乱獲するように頼んだようです。安く仕入れて、定価で売ることで、中抜きしようと考えたようでして』
『ああ、なるほどな。素材だけを持ち帰り、死骸を遺棄したことで『魔溜まり』が発生してしまったということか』
『はい、その通りです。素材は帝国にも入って来ていたようです』
『うん? 質の悪い素材……聞いたことがある内容だな』
『恐らくレオン様は、学園長にお聞きになったのでは?』
『ああ、そうだそうだ。学園長がジョセフに『ギーニ』の素材を頼んでいた時に、言っていたのだ。他の魔物の素材もないか、と。最近のは質が悪すぎて使えないと言っていたな』
『ええ、それですね。クリス様のお力添えで、二つの問題が同時に解決いたしました。合宿が終わってから、改めて、お礼に伺いますね』
『ああ、そうしてやってくれ。クリスもそなたに会いたがっていたからな』
『それは嬉しいですね。合宿は半月ほど行われるのでしたか』
『そうだ。戻ってきたら、こちらから連絡を入れる』
『ええ、よろしくお願いします。南の魔物の森ですから、何事もないとは思いますが、どうぞ、ご無事にお戻りくださいね』
『ああ、行ってくる』
まさか、この数日後に、賢者のエルフと会うことになるとは、このときの我は思いもよらなかった。
★★★
待ちに待った、秋の合宿当日。朝の空気が、いつもより少しだけ澄んでいた。教室に集まった生徒たちは、普段より荷物が多い。大きな鞄に毛布、鍋、簡易テント。魔導師科の連中は、魔法具や薬草まで詰め込んでいる。
「……合宿っていうより、遠征だな」
思わず呟くと、隣で双子が苦笑いした。
「まあ、野宿があるからね」
「むしろ、魔物の森での合宿はこれが普通だよ。甘く見ると痛い目を見る」
「ああ、分かっている。俺にとっても森は身近な場所だからな」
転移装置で移動するから荷物の重さは気にならないが、それにしてもすごい量だ。
「クリス、準備はいい?」
ウィルがクリスに声をかけている。俺の後ろでは、クリスが嬉しそうにぴょこぴょこと跳ねていた。
「うん! 合宿、楽しみ!」
相変わらずクリスには、危機感というものがない。まあ、危機感を覚えさせる必要がないくらい強いのだが。
「くくっ、楽しそうだな」
「だって、みんなと一緒に野宿! テントでお泊まりだよ!」
「では、出発する」
引率の教師の号令がかかり、生徒たちが一斉に動き出す。
「行き先は南の魔物の森だ。魔物は弱いが、地形が複雑で広い。油断するなよ」
……昨日も聞いたな、その説明。だが、実際に口にされると、気が引き締まる。森が広いということは、それだけ迷いやすい。そして迷うということは――誰かが、孤立する可能性がある。
「ルシアン、隊列は?」
「前から私とアリシア嬢。続いてノアとカイル。クリスとウィルとレオンはその後だ。で、殿がラウルとヘンリーだよ」
「うむ。無理に固めすぎると逆に目立つ。自然にやれ」
「うん、分かってる」
ルシアンはいつも通り軽い。だが、こういう時の判断は的確だ。転移装置で移動してから少し歩くと、あっという間に南の魔物の森が見えた。街の喧騒が遠ざかり、緑が濃くなる。土の匂い。草の匂い。湿った風。鳥の鳴き声。穏やかな森の風景だ。
「ねえレオン、ここはまだ魔物が出ないんだね」
「ああ、ここは自然に生息している動物も多くいるらしいからな」
「自然豊かだから、大きい猪とかもいるかな?」
「くくっ、いるかもな。だが、狩っても持って帰れないぞ」
「あ、そうだよね。見るだけにしなきゃ」
俺とクリスの会話を、皆が微笑ましく眺めながら進んでいた。そんな調子で、俺たちはさらに南へ向かった。魔物は弱い。だが、地形は複雑で、驚くほど広いと聞いている。
――さあ、楽しい合宿が始まった。
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