第127話 食いしん坊と、気の小さな辺境伯
クリスが『魔溜まり』を浄化したあとに倒れてから、三日経っていた。医者が言うには、ただの魔力切れらしいが……。
「お祖父様……クリスが、あまりにも起きる気配がないのです」
「大陸一の魔力量を誇るクリスが『魔力切れ』を起こしたのだから、回復するのには時間がかかるのであろう。こんなに小さな体に負担をかけてしまった……我々もできることをこなしていこう」
クリスが起きないことで、周りが心配し始めたな。クリスには悪いところもないし、本当に問題ないのだが。人一倍気を遣う彼らに言っても意味がないだろう。ならば――――
「そなたたち、そんなに心配しなくて大丈夫だ。繋がっている俺たちも、寝ているだけだと分かっているからな。腹が減ったら起きるだろう。ああ、また、あれで起きるかもな?」
「せっかくぐっすりと眠っているんだから、起こしたら主様が可哀想だよ」
「くくっ、そうだな」
「ねえ、レオン。あれって何?」
「ああ、ウィルはあの時いなかったか? 賢者のエルフと双子とジョセフは見ていたと思うが」
「えー? 知りたい! 僕にも教えて?」
上目遣いで双子を籠絡しようとしているウィルは、クリスのこととなれば必死になるんだな。好いている者のことを知りたいという気持ちは、分からんでもないが。
「ふふっ。クリスは前に、意識を奪われていたラビィに眠らされてしまったことがあったんだよ。賢者のエルフ様が張った結界が壊れ、間に合わないと思った瞬間に、レオンが『クリス! 起きるんだ! 飯を食うぞ!』って叫んだら、起きたんだよ。間一髪で、クリスが結界を張ってくれて、私たちは助かったんだ」
「そんなことが……。じゃあ、クリスの好物を鼻の近くに持っていったら、起きたりするのかなぁ?」
「ふむ。クリスが好きなものは、野菜や果物が多いからな。果物なら匂いで分かるかもな?」
「何も食べずに、ずっと眠っているのは心配です。水分は与えているとはいえ、そろそろ食事も摂らせないと」
「確かにな。食べやすいサイズに切って、持ってきてもらおう」
侯爵家の使用人は、「すぐに!」と屋敷にある色々な果物を一口大に切り分け、持ってきてくれた。ウィルは小さく切った果物を、クリスの鼻に近づけて待つ。するとクリスは口をパカっと開けて、ウィルが果物を入れてやると、咀嚼して飲み込んだ。……だが、やはりまだ、寝ている……な。
「ブファッ!」
「くくく」
「ふふっ、クリスらしいね。寝ながら食べるなんて!」
やっと空気が穏やかになったな。クリスも彼らに心配をかけたくはないだろうから良かったと、胸を撫で下ろす俺なのであった。
★ダークネス辺境伯 side
大変だ、本当にどうしたら良いのだろうか。新月の翌日に、魔の森で強い力……クリス様の神聖力だと思うが、それをはっきりと感じることができた。『魔溜まり』を浄化してくれているのであろうことは理解していたし、彼にも、先輩方にも感謝している。
そのクリス様が、もう三日も眠り続けているというのだ! 我が辺境伯領と侯爵領を守ってくれた、命の恩人であるクリス様。ジョセフ先輩からも、ウィリアム殿下からも箝口令だと威圧感を与えられ(脅され)……。それも当然だとは思っている。
クリス様は誰もが欲する力をお持ちで、それを皇太子殿下や先輩たちが必死に隠している。そして、そのクリス様が善人なのだ。あんなに小さな体で、私たちを守ろうと……神獣フェンリルに跨がる姿は凛々しく、惚れ惚れしたなあ……。
はあぁ、あの新月の夜が、恐ろしくもあり、神聖で……神々しく素晴らしいものを見ることのできた興奮とで、いまだに落ち着かない。クリス様がお目覚めになったら、しっかりお礼を言って……。このダークネス辺境伯、クリス様からのお願いであれば、何でもお聞きしますと忠誠を誓いたい!
しかし、恐らく先輩方や皇帝陛下がお許しにならないだろう。それはそうだ。本来、私が治める辺境伯領は、皇帝陛下……この帝国のためでなければならないのだ。忠誠を誓うなら、陛下に、だろう。
「クリス様が、目を覚まされたそうです!」
使用人からの報告に、私は慌てて侯爵家に向かうのであった。
★★★
「あ、辺境伯閣下、こんにちは」
「く、クリス様! お加減はいかがですか――」
ガシッ! と頭を掴まれた。勢いで近づき、前のめりになりすぎた私に、レオン殿が「待て」をかけたのだ。
「落ち着け、辺境伯。クリスは大丈夫だ。ご足労感謝する」
「れ、レオン殿! 申し訳ありません! もう、本当に、心配で、心配で……」
オロオロする私に、レオン殿は「くくっ、お前らしいな」と笑ってくださった。あの、颯爽と目の前を通り過ぎていった、神獣フェンリルのお姿も、鮮明に覚えている。ああ、彼らは選ばれし存在なのでしょう。私は頭を垂れることしかできない。
「辺境伯閣下、ボクはもう大丈夫です。辺境伯領は、変わりありませんか?」
「ありがとうございます、クリス様。おかげさまで、今は森も落ち着きを取り戻しました。ご尽力いただいたこと、心から感謝いたします!」
にっこりと笑顔で頷いてくださったクリス様。まだ幼い見た目に似合わない落ち着き払ったお言葉は、とても慈愛に満ちているように感じた。ふと、部屋の奥を見ると、我が子どもたちを守ってくれた、レックスが視界に入る。ああ、彼にもしっかりとお礼を伝えなければ!
「ああ、レックス! もう起きていて大丈夫なのかい? 子どもたちを守ってくれて、ありがとう。子どもたちも、君に会いたがっていたよ。今度、改めてお礼を持って、子どもたちと伺うけれど、父親として、心から感謝していると伝えたかったんだ」
「気にしないでくれよな、辺境伯のおっさん。俺は肉を食えば元気になるさ! クリスと一緒で、腹が減るから大丈夫だ! なあ、クリス! がはははは!」
明るい笑顔と、弾む声で、気持ちさえも楽しくしてくれる子どもたちの気遣いに、大人の私が救われる。ああ、私は一人ではないのだ。皆に助けられて、辺境伯領……この国に貢献させてもらっている。それを忘れずに、これからも尽くしていこうと思うよ。
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