第123話 最後の砦と奇跡 ★ラウル side
侯爵領と辺境伯領の境に立つのは、私と侯爵家のご夫妻や長男のノックス、そして屋敷の使用人たち。彼らは全員戦えるらしい。その後ろでは、ぜいぜいと肩で息をしながら、必死に戦うヘンリーの姿があった。
「ヘンリー、大丈夫か? 限界だと思う前に、引いて休憩するんだ。そうしないと、皆の邪魔になってしまうからね」
「はいっ! あと数匹斃したら、いったん引きます!」
「了解っ!」
あくまで客人のヘンリーは、戦う必要はないと何度も言ったのだが、自ら手伝いたいと剣を握ってくれた。ヘンリーからしてみればぶっつけ本番だし、こんなに長い時間戦ったこともないはずだ。それなのに、文句一つ言わずに傷だらけになりながらも剣を振るい続けてくれていた。
「ふぅ。ヘンリー君、大丈夫かい? 本当に助かるよ。ギリギリの戦いになるとは思っていたけれど、最後の砦である侯爵領まで来てしまう魔物がここまで多いとは……」
「少しでもお役に立てているなら、よかったです! 先日、レックス様に教えていただいた、魔物の種類と強さ、そしてその魔物の弱点を覚えていましたので、なんとか戦えているだけですが」
「さすがだな。たった一回の講義だけで全て覚えているとは」
戦いながら、皆がヘンリーの記憶力に感心していた。
「あははは! うちでは『実戦で慣れろ』だからな! 頭より体が先に動くようになっているから仕方ないさ!」
ノックスが豪快に笑いながら魔物を真っ二つに切り伏せている。士気が下がらないように、大きな声を出して笑うことで、まだいけるぞ! と、皆に知らしめるのだ。さすがは侯爵家の嫡男だな。
「ヘンリー、そろそろ手の包帯を替えてきたほうがいい。剣が滑ると危ないからね」
ヘンリーの手のひらは、マメが潰れてグチャグチャになっているのだ。それでも剣を振るえる彼は、すらっとした細身の見た目に似合わず根性があるのだろう。今朝の時点で既に酷い有様だったのに、アリシア嬢や私たち双子に治療して欲しいとは言わなかった。神聖力を使える人間が限られている中で、回復を優先してほしいという優しさなのだろう。
「はい! すぐに巻き直してきます!」
素直な返事をして、もう何度目になるか分からないが、包帯の巻き直しに向かった。辺境伯領に近い家では、確かに実戦で覚えろとは言われるが、初陣でここまで過酷なことは、まずない。当然、森の中で弱い魔物と戦って、数か月慣らしてからだ。
「はあ、キリがないな……」
ボソッと本音が漏れてしまった使用人たちに苦笑いをしている侯爵様も侯爵夫人も、そろそろ限界だろう。皆が黙ると不安を煽ることになるから、できるだけ声を出すように務めるのだが、大きな声を出せていた人間がかなり減ってきた。
このままではまずいな……。そう思った瞬間だった。
ピカ――――――――――――――――ッ!
ここからでもはっきりと見える光は、辺境伯の屋敷のある方角から放たれたものだろう。私は少し焦った。この温かさ……放っているのは間違いなくクリスだ。何かあったのだろうか。すぐに駆けつけたくなる衝動を必死に抑え、目の前の魔物を斃す。すると、魔物はあっさりと真っ二つになった。
「皆、もう少しだ! 魔物がこの光で弱体化している! このまま一気に叩き潰してやろう!」
気力すら限界を迎えている守り人たちに向かって声を張り上げる。ふと視界に入ったヘンリーは、さっきよりも軽々と剣を振るっていた。
「ヘンリー、すごいね! あまり無理するとよくないから、ほどほどにね」
最後だから気合を入れ直したのだろうと思っていた私は、ヘンリーに声をかけた。
「え? いえ、さっきより体が軽いので、勝手に動けているだけなんです。あの光を浴びてから、疲れが取れた気がしますね」
「……治癒効果があるみたいだね。ヘンリーの頬の傷が消えているよ」
「えっ? あっ! 手のひらの傷もきれいに治っています!」
皆が口々に傷が消えたことを話し、この奇跡に驚いていることが分かる。クリスが原因だと言わないほうがいいだろう。これ以上、クリスの価値を上げては大変なことになる。
「さあ、皆の者! 心置きなく魔物を斃そうではないか! 夜明けまで三時間を切ったぞ! ここから三時間なら、余裕だろう!」
「「「「お――――――!!」」」」
士気が戻り、皆が魔物をバッサバッサと斃し始めた。少し押されていた感があったが、今では魔物を圧倒している。
「ラウル様! あれ、ルシアン様ではありませんか?」
軽々と誰かを抱え……お姫様抱っこして、猛ダッシュしてこちらへ向かう人影があった。あれは間違いなく私の片割れであるルシアンだな。であれば、抱えているのはクリスかアリシア嬢か……?
「れ、レックス!? どうしたのよ!」
抱えられているのが誰かを先に気づいたのは、侯爵夫人だった。
「えっ? レックス? あはははは! 本当にレックスじゃないか!」
「父上も母上も……皆、笑わないでくれよ! 俺だって、好きで抱かれてるわけじゃないんだからな!」
「そうだろうが、いいものを見させてもらった! よく頑張ってくれたな。それは名誉の負傷なのだろう? 男を上げたな、レックス! それでこそ、ウォーカー侯爵家の男だ!」
「そうだぞ、よくやったな!」
皆が口々に褒める。誰一人として、彼が油断して怪我をしたと思っていないところが素晴らしいね。信じてもらえることが、何よりも力になると知っているのだ。
「お祖父様からの伝言だよ。皆よく頑張ったから、子どもたちは先に休むようにとのことだ。もう大丈夫だそうだ。あとは大人に任せよう。レオン、クリスをお願いしていいかい?」
『ああ、任せろ。我は風呂に入ってからクリスと寝るが、もし「魔溜まり」が見つかったら声をかけてくれ。おやつの時間までに見つからなかったなら、エルフを呼んでやろう』
「「「ありがとうございます!」」」
侯爵家の人々が深く頭を下げた。今回は、クリスや私たちがいなければ危なかったことを理解している侯爵家の人々は、心から感謝してくれているようだった。あとは『魔溜まり』さえ浄化できれば、今回の騒動は収束するだろうと、やっと大きく息を吸って、肩の力を抜くことができたのだった。
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