第12話 物資の調達と...
ティアの勉強道具と、最低限の食料を手に入れる為、我は国立図書館の裏に来ていた。ここには『賢者』と呼ばれるエルフがいるのだが、人に紛れて生活しているため、彼がエルフである事を人間は知らない。
「気配がすると思えば、お久しぶりですね、神獣殿」
白に近い色素の薄い金髪をなびかせ、スッと音も立てずに現れたエルフに、普通の人間なら驚くのだろうな。我はエルフの気配を知っているからそこまで驚かないが、来ると分かっていても驚く事がたまにあるんだよな。実はそれを少し悔しいと思う我がいる。
『エルフの、息災だったか?今日は頼みがあって来たのだが、今は大丈夫だろうか?』
「そうでしたか。神獣殿の頼みであれば、いつでも大丈夫ですよ。何なりとお申し付けください」
穏やかな雰囲気で、微笑みを絶やさずに話す姿はとても美しいが、なんとも言えない怖さが少しある。
『調べて欲しい事がひとつ。モーリス公爵家の事は知っているか?』
「ええ、勿論存じ上げております。最近、双子のお子が亡くなり、奥方は大怪我を負い、末の娘は攫われたとか……」
流石は帝国の情報通と言われるだけあって、表向きの内容は、ほぼ分かっているらしい。
『ほぉ、さすがだな……では、そのモーリス公爵家の親族にあたる者達を全て調べて欲しい。味方となり得る者、敵でしかない者が分かる様に頼みたい』
「敵、味方ですか……公爵家に興味があるのですか?」
『あぁ、ある程度は話さなければ分からないよな。そなたは口が堅いと分かっているから言うが、末の娘であるクリスティアーナを我が保護しておる。とはいえ、実際には軟禁されている状態でな。食事も数日に1度、パンがひとつかふたつ。だから、食料も少し多めに欲しい。あとは……貴族の子供が学ぶ教科書か?』
エルフは口を半開きにしたまま、呆気に取られている様だった。それもそうだろう、神獣である我がこんな事を頼むなんて思ってもいなかっただろうからな。
「…………神獣殿は子育てでもなさるおつもりで?」
『あぁ、そうだな。子供は苦手だったのだが、ティアを見ていると放っておけなくてな。腹を蹴られても、腕を折られても、前を向いて生きようとする姿はとても美しい』
「なんと……聞きたくない言葉もありましたが……彼女はまだ、とても幼かったような?」
『2歳だな。誕生日の翌週に事故が起こったようだから、なったばかりだろう』
「くっ、外道が……」
低い声で呟いた、エルフの気持ちがとても良く分かる。2歳の抵抗すらできないであろう幼子に、大人の男が暴力を振るうのだ。怨みのこもった低い声で『外道』と言いたくもなるよな。普段が穏やかで、優しい言葉遣いのエルフが言うからこそ、あの男の酷さが分かるな。
『あぁ、本当にな。我も許せないが、手を出せない分、ティアを賢く育てる事にしたのだ。いつの日か、復讐したくなった時に、完全犯罪を企てられるぐらいにはしたいよな』
「ほほほ、それは楽しそうですね。私にも、是非ともそのお手伝いをさせてください。とりあえずは……幼い子が読む本と、数日分の食料でしょうか?」
『難しくても良いから、魔法や神聖力の本も入れてくれ。双子が魔法に優れていたらしくてな、とても興味を持っているようだった』
「モーリス公爵家の兄弟は皆、仲が良かったと聞いております。魔法や神聖力の本もですね分かりました。ですが、3歳の儀式には……」
エルフが悔しそうな、残念そうな顔をしている。現状のままであれば、1年経とうとも洗礼式に出る事は叶わないと理解しているからだろう。それ程、貴族の子供にとって、3歳の洗礼式には意味があるのだ。
『そうだな。3歳の洗礼式に間に合うかは分からないが、遠くない未来には受けさせてやりたいと思っている。ステータスボードが無くても、我がある程度の能力を感じられるのでな。現時点で問題は無いのだ』
「ほっ、良かったです。安心しました。さすがは神獣殿ですね」
「まぁ、ステータスを読むのは、我ら神獣の特技だからな。それよりも、幼い彼女はとても小さくて細いのが気になってな。我が潰してしまわないか心配になる。出来るならば、もっと食べさせたいのだが……」
大量に食料を手に入れる方法も、エルフであれば詳しいだろうからな。分からない事や気になる事は、今のうちに全て聞いておきたかった。
「ふむ、そうですねぇ。でしたら、猪でも狩って来てくださいませんか。私が魔法で干し肉を大量に作りましょう。パンだけではお腹が空いてしまいますからね」
「それはありがたい!保存食も少し欲しかったのだ。我が何かの理由で戻れなくなった時に備えたくてな」
「確かに、それはありますね。干した果物なども持って行かれますか?」
「いや、果物や木の実は、森の動物達がお礼に持って来てくれるからな。毎日食べてるから、飽きてるんじゃないか?」
エルフがよく分からないという顔をしている。首をコテンと倒して深く考えている様だ。
「お礼……ですか?」
「あぁ。ここだけの話な?ティアが神聖力で動物達の怪我を治してやると、動物達がお礼を持って来る様になったんだ」
「…………なるほど?彼女は加護持ちですか」
すぐに『加護』に繋がるのが賢者と呼ばれるエルフ故になのだろうな。だが、ティアは『加護持ち』以上の存在なんだよな。我はふふんと少し自慢げに、エルフを見て言った。
「加護もあるだろうが、ティアは〝神の御遣い〟だな」
「な、なんと!それでしたら、干し肉は私がお運びしましょう。御遣い様にご挨拶させて頂いても?」
目を丸くして驚いた後、固まって動かないかと思えば、凄い勢いで前のめりになり、早口で捲し立てて来た。いつもの穏やかな雰囲気が嘘の様だ。
「あ、あぁ、構わないが……うーん、そうだなぁ。ティアにお主がエルフである事を話しても良いのであれば。ティアは本を読むのは好きだと言っていたからな。エルフの物語を読んだ事があるかも知れんし、興味を持つ可能性はあるからな」
パァッと表情を明るくしてコクコク頷くエルフは、まるで子供の様にはしゃいでいた。いつもの冷静沈着を絵に描いたよな人物像は何処に置いて来たのやら……
「ええ、ええ、もちろん問題ありませんとも。私も彼女の正体を教えていただいたのですから、私だけ内緒にしてはフェアではありませんからね。あぁ、会えるのが今から楽しみです」
エルフは大袈裟に両手を胸の前で祈る様に組んで、子供の様に瞳をキラキラと輝かせている。「ルンルン」というオノマトペが聞こえて来そうなテンションの高いエルフに、一応釘を刺しておく。
「エルフの、分かっておるとは思うが、全て内密にな?」
「ええ、もちろん分かっておりますとも。神獣殿には敵いませんが、私も何千年も生きてまいりました。それでも神の眷属でいらっしゃる神獣殿以外の存在には会ったことがありませんからね。文献にもほんの数行しか書かれていない〝神の御遣い〟様に会えるなんて!それもまだ幼い御遣い様なのでしょう?これからどの様に成長なさるかも見守る事が出来るなんて、なんて幸せな事でしょう!」
味方が増える事は喜ばしいのだが、これから会う度にエルフがこのテンションだったなら困るな……我は穏やかな性格で、表情やテンションがほとんど変わらないエルフしか見た事が無かったからだろうか?既に千年以上の付き合いがあるはずなのに、知らなかった知人の一面を見てしまったこの出来事を、我は何とも言えない気持ちで眺める事しかできなかったのだった。




