第11話 学ぶことの大切さ
長い年月を生きてきた我は、子供が飽き性であることも、勉強が嫌いな子が多いことも理解はしている。子育てをすると決めたからには、根気強く教えるつもりではいるが、我の気持ちも分かってもらった上で教えたい。
何を教えるべきなのかは理解しているし、何故学ぶ必要があるかも当然知っている。だが、子供は自分が無知であることを知らない。そこら辺から説いていく必要があるだろうと考えたのだ。
ただ、根本に触れるだけで、幼い彼女にはまだ難しいだろう。だが、だからと説明しなければ、ずっと分からないままだ。少しでも分かってもらえれば良しとしよう。そう思いながら、我はティアに話しかける。
『ティアよ、良く聞きなさい。そなたは何故勉強しなければならぬか分かっておるか?』
子供には難しい問いだっただろうか? ティアは顎に手を当て、しっかり考えてから顔を上げた。
「にいさまには、わたしのためって言ってたよ。将来、わたしが困らないために勉強するんだって」
『そうだな、正解だ。もっと詳しく言うならば、己の武器を増やすためでもあり、己を守る盾にするためでもある。分かるか?』
「武器は分かるよ。攻撃するためには道具がいるからでしょ? でも、盾は? 盾って、体を攻撃から守るものでしょ?」
ふむ、我が言わんとすることは理解しているようだ。分からなければ質問してくる姿勢も好ましいな。これなら我の考えをちゃんと理解してくれるだろう。
『そうだな。武器の考えはそうだ。武器も時には盾になり得るが……盾にとは……そうだなぁ。例えば、ティアは人に初めて会ったらどうする?』
「挨拶するわ」
『そうだな。挨拶は何故するのだ?』
「わたしを知ってもらうため?」
『そうだな。では、何故ティアは挨拶をすると知っていたんだ?』
目をまん丸く開いて、驚くようにパチパチと瞬きしてから首をコテンと倒して一生懸命考えているようだ。幼子の可愛らしい動きに、つい口角が上がってしまうな。姿はフェンリルなので分かりにくいのだが。
「うーん……かあさまに挨拶しなさいって教えられたから?」
ふむ、ちゃんと考えて答えを出せているな。幼い頃から考える癖をつけることは大切だ。特に、瞬時に最適解を見つけなければならない人間の貴族は大変だ。夜会や茶会などで足の引っ張り合い、見栄の張り合い、嫌味の応酬で、戦場のようなものだからな。
『そうだな。では、挨拶しない子がいたら、どう思う?』
「わたしと仲良くしたくないのかなって思うかな。かあさまは恥ずかしくないようにと言ってたから、それは恥ずかしいこと?」
ほぉ。我の質問にだけではなく、質問に関する他の出来事からも考えられるのか。この子……ティアは本当に賢い子供だな。ティアはきっと、もっと小さい頃から、考える時間をじっくり与えられながら、家族が優しく、そして絶えず話し掛けていたのだろう。あの父親以外が、だろうがな。
『ああ、そうだ。ティアは賢いな。その子は知らなかったから挨拶をしなかったとしても、挨拶は「できて当たり前のこと」だから、嫌われる可能性は否めないな。そして、それをできないのは恥ずかしいことだと貴族の者たちは習うようだ』
「知らなかったとしても……」
『そうだ。これを常識と言うな。ルールやマナー、モラルなどと言うが、知らなかったら困るだろう?』
「知らないと恥ずかしい……そうね、挨拶できない人は、きっと立派なしんし、しゅくじょにはなれないよね」
小さな両手の平をグッと握り締めて、決心したかのように大きく頷く。やはりこの子は特別なのだろう。子供が苦手なはずの我も、ティアはとても可愛らしいと思える。それに賢いから、我も教え甲斐がありそうだ。ティアの将来が楽しみだな。
『そうだ、凄いなティアは。ティアは女の子だから、立派な淑女にならなければな。ティアが学ばなければならないものは、「当たり前のこと」と「武器となる知識」がメインとなることは分かっただろうか?』
「うん、分かったよ。レオンはわたしが恥ずかしい思いをしなくて良いように、自分を守るための色んなことを教えてくれようとしているのね」
この子は本当に二歳の子供なのか? 今からこれでは、将来はきっと才女と言われる素晴らしい淑女となるだろう。だが、〝神の御遣い〟でもあるから狙われても困るし、あまり目立たないように言って聞かせないとな。まぁ、それはここを出る時で問題ないだろう。
『あぁ、分かってくれて嬉しいよ。いいかい、ティア。無知であることは罪であるとすら言える。人や動物を無闇矢鱈に傷付けてはいけないってことを知らなかったとする。そしたらどうなると思う?』
「傷つく人や動物が増える?」
『そうだな。皆知ってるから、『普通は』急に人を叩いたりしないだろう?それを知らない子供は、他人の物を力尽くで奪ったり、脅したりすることもある。逆に、悪いことだと知っていても、そうしないと生きていけないからと悪事を働く人間もいるが、当然、悪いことだから捕まってしまうな』
「普通は……叩かない? そうね、叩かないし蹴らないわ。だって、悪いことだもの。じゃぁ、とうさまは普通じゃない……?」
自分がどんな状況下にいるのか、分かっていなかったようだな。何処が人と違うのか、どうしたら良いのかを考えるきっかけになったのであれば、ここまで説明した甲斐があったな。我は満足気に頷いて、ティアの頬に優しく顔を擦り付ける。
『あぁ、そうだ。だからいつか……最終的にはティアはここから出て、淑女として生きていかなければならない。そのために必要な勉強を、そなたの父様は教えてくれるとは思えないから、我が教えることにしたのだ』
「そっかぁ。レオンは優しいね。わたしのために教えてくれて、ありがとう」
笑顔でお礼を言うティアは可愛いな。このままの性格で成長してくれたら良いのだが。失敗することも沢山あるだろう。挫けずに励んでほしいものだ。
『お礼は要らんよ。それに、ティアは自分より人が傷つくことを嫌うだろう?人を守るためには物理的な力も確かに必要な事も多いが、物理的な力だけではなく、己の持つ力を効率良く使うための知識も必要になる。ティアが今後、守りたいと思った者たちを、守れるだけの力をつけてほしい』
ティアには自分のために学ぶと言うよりは、他人を助けるためにと言った方が力を発揮できるタイプだろう。賢い彼女のことだから、それが自分のためにもなることぐらい分かるはずだ。きっと一生懸命学んでくれるに違いない。
こんなに素直で良い子なのに……一年後の、あの悲惨な光景を見せられた我には、ティアがあそこまで荒れるような人間には思えなかった。こんなにも思慮深く、賢い子供なんて見たことがないもんな。これならもう少し深く話しても理解できるだろうか?
『そしてまた、知識が全てではないことも知っておかねばならない。本や言葉を尽くして教えたとしても、実際に見なければ分からないこともあるし、やってみなければ分からないこともある。そして経験を積まなければ何事も上手くはならない。魔法などがそうだな』
「魔法は、にいさま達が練習するのを見たことがあるわ。まずは魔力を練る? のよね?」
『そうだが……今更なのだが、我は神聖力の方が扱いは得意なのだ。魔力は少ないのでな。本来ならば、神聖力を使える者は、魔法は使えない者が多いんだ。人間なら余計にな。だから、魔力もあるティアは凄いんだぞ』
「え? わたしは両方使えるってこと?」
『そうだ。まずは座学から……本で勉強をしてから、必要なことをちゃんと覚えたら、実際に我がお手本を見せるからな。どうだ?少しは楽しめそうか?』
「うん! レオンと一緒なら、なんでも楽しいとおもうよ! これからよろしくね」
とても良い笑顔で楽しそうに話すティアが可愛くて仕方がない。明日からの勉強が、我もとても楽しみだと思えた。勉強に必要な本などを、今晩中に調達してこなければなるまい。
必ず我が……あんな惨劇が起こらぬよう、ティアを守りながら育てていこうと、心に固く誓ったのだった。




