第13話 ティアと干し肉
国立図書館から本を持ち帰り、猪をサクッと狩って届けた日から三日経った暖かい日。ティアは自力で全ての本を読むことができていた。神聖力の本なんて、大人であっても難しいはずの『古語』で書かれていたのだが、エルフが古語の辞書まで持たせてくれていたようで、自分で調べて読んでいた。
我が読んでやろうと言っても、分からない所があったら聞くからと譲らないティアは、どうやら頑固な一面も持っているようだ。どちらかと言うと素直なイメージが強かったのだが、興味があるものに対しては自分のペースで好きに勉強したいらしい。
『ティア、そろそろ休憩をしないか?』
「ん?もうそんな時間?」
『あぁ。もう三時間も経っているぞ。そろそろ侍女が来る可能性もある時間だし、本類を隠そうな』
「そうだね……もっと勉強したいのに、来るか来ないか分からない人を待つのは時間がもったいないとおもっちゃうけど……本を持って行かれたら困るもんね」
『くくっ、そうだな。ここにいる間は、何も知らない幼いティアのフリをしなければならんしな。ティアが賢いと言うことがバレて、賢いティアにも使い道があると思われたら、いつまで経ってもここから出られないからな。悪いが、少し我慢しておくれ』
「だいじょうぶだよ、レオン。ちゃんと分かってるから気にしないで。ちょっと言いたくなっただけだよ」
もっと本を読んでいたかったらしいティアは、口を少し尖らせて拗ねているようだ。とても可愛らしい仕草だな。本は全て読み終えて、既に三周目なのだが読み足りないらしい。
『ふむ。もう三周は読んだだろう?また読んでいない新しい本を借りて来てやろうな』
「本当に!? 嬉しい! ありがとう、レオン!」
凄い集中力で読み終えてしまうティアに、勉強する意欲を損なわないよう、我がしてやれるのは本の調達ぐらいだからな。侍女が来た後にでも図書館に向かおうかと思う。
『次はどんな本を読みたいんだ? リクエストがあるなら我から伝えておこうな』
「え? 好きな本を言ってもいいの? わたし、この本……エルフの王女様のお話なんだけど、これは多分、よその国の言葉で書いた本をこの国の言葉にした本だと思うの。元の国の本が読みたいんだけど、まだ早いかなぁ?」
ん? この本は翻訳された本だと言いたいのか? パラパラと目を通すと、確かに言葉がおかしい場所が所々あるみたいだな。だが……だからと言って、原作を読みたいと思うか?
『ティアは、この本の元になっている本を、辞書などで調べて読みたいのか?』
「うん、そうだよ!」
『それはなぜだ?』
「え…………?」
理由が特にあった訳では無いのか? それとも言いにくい答えだったのか?
「ほほほ、分かります、分かります。〝御遣い様〟は本が大好きなんですねぇ。喜ばしい限りです」
バッ! と振り返ると、そこにはエルフが布袋を担いで立っていた。
『エルフよ、驚くではないか……ティアとの会話に集中していたから、全く気がつかなかったぞ……』
「それはそれは。申し訳ありません、しんじ……うぐっ!?」
慌ててエルフの口に我の手を突っ込む。危ない危ない……我はエルフに『神獣殿』と呼ばれているのだったな。
『エルフよ、我のことは神獣殿と呼ばないでくれ。ティアには精霊だと説明してある。そうだな……レオンで良いぞ』
『神獣殿……それは口に手を突っ込み、念話で言わねばならぬほどのことですか?』
『ティアを守るためだ。本人がしっかり理解するまでは、我が守ると決めたからな。過保護かもしれんが、お主も協力してくれ』
『ほほほ、分かりましたよ。確かに、貴方様の価値も、己の価値も分かっておられないでしょうからね。危険に巻き込まれないためにも、それは良い考えなのだと思いますよ』
『悪いがよろしく頼む』
エルフが納得してくれたようで良かったな。ティアをどのように守るかは、ある程度しっかりと打ち合わせる必要があるだろう。今は、エルフをティアに紹介しなければ。エルフを見たティアが、目をキラキラさせている。
『ティア、紹介しようか』
「エルフ……? この本の……」
「ええ、そうですよ。私はエルフです。どうぞエルフとお呼びくださいね」
「あなたのお名前は?」
「それがですねぇ。エルフの名前は、人間には発音出来ないのですよ。なので最初から名乗らないのです。エルフとは呼びにくいですか?」
「え? だって……人間のわたしを『人間』って呼んでるのと一緒でしょ? 変だよ……ね?」
「素晴らしい! まだ幼いと言うのに、ちゃんと理解していらっしゃるのですね! さすがは〝御遣い様〟であらせられる。そして、私のセレクトしたその本も読んでくださったのですね。エルフをできるだけ正しく書いてある本を持たせたのですよ。エルフを見たことすらない人間が多いですからね。間違って知って欲しくなかったのです」
「そっか。間違った内容の本もあるんだね。選んでくれてありがとう」
「いいえ、いいえ! お言葉を頂けただけで嬉しく思いますよ、御遣い様」
「わたしはティアよ。みつかいさまじゃないわ。ティアって呼んでね?」
「かしこまりました、ティア様。こちらはほんの気持ちです。レオン殿が狩っていらした猪を干し肉にいたしました。夏などの暑い日は、こちらの色が白っぽい方をお召し上がりくださいね。塩を強めにしてあります。こちらのものは普段、お召し上がりください。コショウや甘辛い味付けをしてあります。飽きたらまた違う物を作りますのでお教えくださいね」
『おお、エルフよ。こんなに作ってくれたのか! ありがとう、助かったよ』
大きな布袋の中にはさらにいくつかの布袋が入っていた。どうやら種類毎に入れてくれたようだな。それも一種類だけでは無く、色んな味付けをしてくれたらしい。エルフが作ったのだから間違いなく美味ではあると思うが、毎日同じでは飽きるだろうからな。その気遣いがとてもありがたい。
「お肉?」
『そうだぞ、ティア。強くなるには肉も食わねばな』
「またレオン殿は雑でいらっしゃる。ティア様、お肉や野菜はバランス良く食べなければ立派な大人にはなれないのですよ」
「どうして?」
「…………そうですね。お肉は生き物の毛や爪、筋肉などの素になります。ですから、成長期であられるティア様は、沢山お食べになった方がよろしいでしょう。ですが、お肉だけをたくさん食べても、人間の体内では合成できない成分があるのですよ。それらは野菜から摂る必要があります。そして、それを摂らないでいると体に必要な栄養素を作れなくなり、そのせいで傷の治りが遅かったり、最悪の場合は人格が変わってしまうこともあるそうですよ」
「へぇー!」
目をキラキラさせて、大きく頷きながら話を聞いているティアはとても可愛らしい。それにしても、エルフは説明が上手いな。我も見習いたい。
『さすが、知のエルフだな。我も肉ばかり食べずに、野菜も少しは食べようと思ったぞ』
「ほほほ、それは説明した甲斐がありますねぇ。ティア様、知りたいことが出てきましたら、いつでもお聞きくださいね」
「うん!ありがとうございます」
頭をペコリと下げてお礼を言うティアを、いい子だなぁとほのぼのと眺めながら、エルフと今後の話を進める。
『それにしても、いい所に来たな。ティアが前回持って来た本は読み終えて飽きたらしい。新しい本を借りられるか? 侍女が来た後なら我が取りに行けるのだが』
「いえ、今回は私がお持ちしましょう。レオン殿はここを離れないほうがよろしいでしょう?」
確かにそれは助かるのだが……
「だめ! 今日は来ちゃだめだよ!」
慌てながら大きな声を出したティアが、先読みの力をエルフに使ったのだとすぐに理解した。
『ティア、何か視えたのか?』
「エルフのおにいさんの髪を切ろうとしてるの! ……と、とうさまが……」
『またあの男か……ティア、それは夜かい?』
「まだ少し明るい空の夜だよ」
「夕刻でしょうか。最近は陽が出ている時間も長いですからね。五時間ぐらい後でしょうか」
「あれ? 違うみたいだよ。あっちのお空だから……お日様が出たぐらいの、少し明るくなった空みたい」
東側の空を見ながらつぶやいているティアは、陽が昇った方向から、朝になったばかりの時間だと気がついたらしい。
「明日の早朝ってことでしょうか……」
『あの男がそんな時間に来るか? いつも朝と言って昼に来る男だぞ?』
「あくまでも、髪を切られるのが早朝として……捕えられたのは夜の可能性もありますよね」
『あぁ、確かにな。身の安全のために、今日と明日は移動を控えてくれるだろうか? これから帰って本を選んでもらうとして……次回会ったときに、何時頃にこちらに向かう『予定』だったかを教えてくれるか?』
「なるほど、分かりました。ティア様の能力を確認するためにも、私に起こったことと、こちらで起こったことを知っておいたほうが良さそうですね」
『あぁ、念のため、な。気をつけて帰ってくれよ』
「ええ、ありがとうございます」
「おにいさん、また会おうね!」
「はい、ティア様。またお会いできる日を楽しみにしていますね」
名残惜しそうに、何度も振り向きながら去っていくエルフを、ティアも見えなくなるまで手を振って見送ったのだった。




