#300 学校祭、始まる #20
段々小声になって行く会話を聞かないようにそっと離れる。とはいえ、同じ部室内なんだから、どうしてもこぼれ聞こえてしまう。
司くんは自分のことを『冷たくて酷い人』って言ったけど、それってこのことなのかしら……どんな風に酷かったのかはわからないけど。
冷たいっていうんだから、彼女をすぐ振っちゃうとか? それなら金山さんが強く言えないのも理解できるけど、今は違うんじゃないの?
だったとしても、それで『素行が悪い』っていう表現になるのかしら。
そもそも素行の悪い人を金山さんが好きになるとは思えないし、あの高見先輩が信用して色々任せているんだから、悪い人じゃないような気がするんだけどなぁ……
うぅん……やっぱりあたしには難しい話だわ。
「――まぁ、俺らがアドバイスできんのは、その程度だよなぁ」
マサキがため息をついた。
「ですよね。って、すみません。交代なのに引き留めちゃって」
高橋先輩は慌てたように時計を確認して、あたしたちをうながす。
「いや、こんな時でもねえと話せねえし――じゃあ俺らは教室戻るから、なんかあったらメールでな」
そう言って片手をあげるマサキに続いて、あたしも部室を出る。
でも、お留守番の意味ってどれくらいあるのかしら。午前中もお昼から今までも、誰も見学に来てないのよね。
プラネタの時にはお客さんが入るっていう話だけど……来てくれるかなぁ。
「これからどうする? まっすぐ教室戻るか?」
部室を出た直後、マサキが振り返る。
ブラバンの部室からはいつの間にか音楽が聴こえていて、女子たちの声も更に大きくなっていた。少し大きな声を出さないと聞こえにくい。
「え、他にどうするの?」
「ってか逆に、なんか予定ねえの? あぁ、電気科の展示を見に行くんでもいいけどよ」
大声を出すのが疲れたのか、マサキは耳元に口を寄せる。こそこそ話してるみたいで、なんだかくすぐったい気持ちになる。
……顔が近いのはちょっと気になるけど。
「あと、折角こっちまで来てんだから、クイズの続きをするとか、あんよ?」
「ああ! そうだね。その手もあったね」
どうしようかなぁ。この付近にも何問かあるはずなんだよね。確か工業棟への渡り廊下付近に一問、工業棟の廊下には二問? だったような。
そういえば、結局最後の――というか、最後から二番目の問題も、まだ探せてないし。
でもエリー先輩と話している時、マサキは電気科の体感ゲームに興味ありそうだったよね。
それにゲームだけじゃなくて、元クラスメイトともお喋りしたいのかも知れないし……でもそしたら、ついて行かない方がいいのかしら。
「えっと……マサキはどっちがいい?」
「俺じゃなくてさぁやの好きな方にしろよ」
「じゃあ……そうね、クイズに行こうか。解答用紙もペンケースもバッグに入れて来たし」
マサキと一緒にって考えたら、クイズの方がよさそう。
「ふぅん? まぁ俺も持ってるけど――じゃあこっちだな」と、マサキは工業棟の奥の方を指差した。
「あぁそっか。ブラバンのとこ抜けて行かなきゃいけないのかぁ」とため息をつくと、マサキは不思議そうな顔をした。
「嫌なのか?」
「ブラバンが嫌なわけじゃなく、あのキャーキャーいう声がね……耳の奥に響くっていうか、音圧みたいのが痛い」
「へえ、面白ぇなぁ。俺そんな風に思ったことねえわ」
マサキは、あの嬌声を聞いても耳が痛くならないのかしら?
あぁ、でもカラオケに行くんだから、大きな音は平気なのかな。バンドの演奏だって音が大きいだろうし。
――あ、バンドといえば。
「ねえマサキ、バンドやるって言ってなかった? 練習してたんだよね?」
「ああ、それなんだけどよ――」
横に並びながら問い掛けたあたしの脇を、学ランの男子がすり抜けた。
「……え? 学ラン?」
うちの制服ブレザーなのに、なんで?
マサキも同じことを思ったらしく、一緒に振り向く。見間違いじゃなかった。黒い学ラン。ちゃんとカラーも付けてる。
今日は他校の生徒は入れないはずだし、転入して来たばかりの生徒かなぁ? それにしては迷いなく歩いているような。
工業棟のドアを開けて渡り廊下に出ようとするその生徒の背中には、いたずらされたのか大きな紙が貼り付けられていた。
声を掛けようとして、普通の音量では届かないことを思い出す。大声で呼んだら逆に恥をかかせてしまうかも。
駆け寄ろうとすると、学ランの男子が振り返った。
ほっとしながら近付くと、その人はあたしの手元に視線を落とし驚いた表情になる。
「あの、背中――」と、言い掛けたあたしたちに視線を戻した直後、何故か急に踵を返して走り出した。
「え――なんで?」
「さぁや、あいつ十九問目だ!」
あたしが動けないでいる間に、学ランの後ろ姿は渡り廊下を曲がって消えた。




