#299 学校祭、始まる #19
「またそういうこと言う――他の人がこうやって寝るわけないし」と言ってから、慌てて付け足す。
「っていうか、マサキがこうやって寝るとかも思ってなかったし」
マサキは笑いながら背筋を伸ばした。
「あぁ、お陰でよく眠れたわ……なんつーか、さぁやって抱き枕に丁度いいよなぁ。適度に柔っけえし。これはハマるかも」
「なにそれ」
つまり、脂肪がついてるってこと? 気にしてないつもりでも、人に言われると気になる。やっぱりよけちゃえばよかったかしら。
「さぁや、全身柔っけえんじゃね? ほっぺたもぷにぷにだしよ。腕なんかもさぁ――」
「もう。悪かったね。どうせあたしは太いですよ」とふくれる。
「いや、そういう意味じゃねえけど」
「じゃあどういう意味よ」
細い人はそうはならないじゃない。
「まあいいや……」と、マサキは肩をすくめて立ち上がった。
「そろそろ戻る準備すっかぁ」
「あ、うん」
また誤魔化されちゃったと思いながらあたしも立ち上がり、椅子を戻す。
マサキは入り口の方へ行くとドアに触れた。
カション――と軽い音がした。
「え? 鍵掛けたの?」
「逆、鍵開けた」
「え?」
ってことは、じゃあ今まで鍵が掛かってたの?
いつの間に……っていうか、だから誰もいないって言ったの? 誰も入って来られないから?
途端に、ドキドキして来た。知ってたら絶対、近くに寄らせなかったし――いや、別に変なことされるとは思ってないけど、されなかったけど、でも……
「やっぱ気付いてなかったか」とマサキは笑う。
「知ってたら――」
「あんなことしなかった、ってか?」と、あたしの言葉を遮ってまた笑う。
「んでなくてもすんなよ――まあ、俺サマは別だけどな」
そう言って、通りすがりに頭をぽんぽんと軽く叩くように撫でる。
「ってかいちいちそんなん、なんなくてもいくねえ? んな顔で戻れんのか?」
「だってマサキが……」
顔が熱いのが嫌でもわかる。『お兄ちゃん』なはずなのに、お兄ちゃんならお昼寝するのもおかしくない――かも知れないのに。
えっと、うちも小さい頃は一緒にお昼寝してたし。
それがいいって言ったのはあたしなのに、どうして意識しちゃうんだろう。
「やっぱ面白ぇなぁ」と笑いながら、猫耳カチューシャを手渡してくれる。
「……あたしって、変?」
そんなに何回も笑われると、変なんじゃないかと思ってしまう。実際、色々常識知らずだと思わされることも多いし。
「変って意味じゃねえよ。んな、口とんがらかすなよなぁ」
マサキはそう言ってあたしのほっぺたをつついた。
* * *
「ごめん、川口さん! だいぶ待たせた!」
高橋先輩が珍しく息を切らせながら部室へ入って来た。
珍しくっていうのはあたしの先入観かも知れないけど、『高橋先輩はどんなに遅刻しそうな時でも絶対走らない』っていう話を聞いてたので、やっぱり珍しいんじゃないかと思う。
あ、よく見るとほっぺたの下のとこに黒い何かが付いてる。インクかな?
今まで原稿書いてたのかしら。
「おう、だいぶ待ったわ。ま、お陰で昼寝もできたし――最近寝不足続きだったから丁度よかったわ」
そう言ってまたマサキはあくびをする。
「いやぁ、ごめん」
「いやだから、むしろ丁度よかったって」
変なやりとりを繰り返しながら、マサキと高橋先輩は当番表を確認する。だいぶ時間がずれたので、次の当番の人に時間の変更を伝えるらしい。
「高橋先輩、漫研の原稿上がったんですか?」
「一応……予定より短くして、だけど。初めは十二ページの予定だったんだよね。それを八ページにしてもらって――」
「ってか、ここになんか付いてるぜ」
マサキの指摘で、高橋先輩ははっとした顔になる。
「さっきかゆくてこすったからなぁ……」と言いながら流しの方へ向かう。
「洗って取れんのか? それ」
「取れなかったら困りますよ。漫画家の手や顔が汚れたままになっちゃいます」
先輩は笑いながら、ハンカチで顔をぬぐった。
「こんだけ時間掛かるなら、司に来てもらえばよかったんじゃね?」
マサキが首を傾げると、高橋先輩はため息をついた。
「まぁ、それでもよかったんですけどね――ほら、たまにしか時間取れないってこともあるじゃないですか。司の場合は特に、普段彼氏らしいこと全然しない風だから」
「あぁ……金山か」
「そうなんですよねぇ……なにせ司の素行が――」
どうやら司くんは見掛けに寄らず素行が悪い、というか悪かった時期があったらしい。金山さんはそれを未だに気にしていて、自分の言いたいことをなかなか言えないんじゃないか、とか。
「ってか金山も、もう少し自己主張してもいんじゃねえの?」
訳知り顔の二人の様子を見ていると、聞いちゃいけない話を聞いているような感じがして来てドキドキしてしまう。




