#298 学校祭、始まる #18
「さぁやは、やっぱ素直だねえ。そーいうところもかわいいなぁ」
唐突にマサキはあたしの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「え、ちょ……耳」
咄嗟に頭に手を伸ばし掛けて思い出す。
「あ……そうかさっきはずしてたっけ」
「やっぱさぁや、面白いわ」と、今度はくつくつ笑い出す。
「さっきからなんなの? あたし、なんか変なこと言ってる?」
口を尖らせながら髪を直していると、マサキは笑いながらこたえた。
「変ってか、まぁ変っちゃ変だけど――自覚ねえなぁ相変わらず。大丈夫なのかよ……俺もう遠慮しねえぞ?」
「……なんの話?」
マサキが『遠慮』って言葉を出すのって、その……つい警戒する。
でも、マサキはあたしの『お兄ちゃん』ってことになったんだよね?
じゃあ別の何かなのかしら。
「まぁいいやそのままで。しばらく教えてやんねえ。そっちの方が面白ぇし、都合いいしよ」
くくくと喉の奥で笑う声。
「えー、教えてくれないなんてずるい……」
よくわかんないけど、さっきからマサキばっかり面白がっている。
あたしがなんか変なことしてるんだったら、他の人に笑われる前に教えて欲しいんだけどなぁ。
マサキはこたえず、机を背もたれ代わりにして背を伸ばした。
「それよか、最近ずっとドタバタしてたじゃねえかよぉ。いい加減疲れて来たんだけど……さぁやは?」
「あ、うん、そうだね。でも楽しいから――」
「だからちょっとだけ……癒しが欲しいなぁ、って」
伸びた姿勢のまま、マサキはあたしにもたれ掛かる。左腕はそのまま背中側に回り、あたしの肩に手を乗せた。
「あの、マサキ……癒しって。でも」
「誰もいないから暗室と変わんねえだろ?」
すぐ耳元でぼそっとつぶやく声は眠たそうな感じにも聞こえる。
でもここって、いつ誰が来るかわかんないし、広いし明るいし……マサキの顔が見えるからいつもより全然恥ずかしいよ。
「変わんなくないよ……」
かろうじて言い返した声は緊張して喉に詰まる。
「今更何言ってんだよ。つーか俺ちょっと寝るわ……おやすみ」
マサキはクスクス笑い、右腕をあたしの前側から回して机の上に倒れ込んだ。
「え、この体勢で寝るの?」
あたしはマサキの右腕を抱えるような格好になった。これじゃ動けない。
でもマサキは眠そうな唸り声で返事をしただけ。
どうやらそのまま左腕を枕代わりにして寝てるっぽい。あたしの背中の右側にマサキの頭が当たってる感じがする。
動けないのも困るけど、マサキも不自然な格好でつらくないのかな、って思うんだけど。
じわじわと熱が伝わって来る。体温というよりは、吐息の温度なのかな。
くすぐったいような、かわいいような気持ちも湧いて来る。
……マサキにかわいいって思うのは、やっぱりちょっと変な気もするけど。
ふいに、マサキの右腕の重さが増した。
あたしの左肩のとこで組んでいた手がほどけたみたい。机に左手が当たったらしい、軽い音が聞こえた。
このまま腕を抱えてると、そのうちあたしの方が疲れて来そうなので、そのままそっと下ろす。
お腹の辺りにほんのりとマサキの腕の熱が伝わるのは、なんだかちょっと恥ずかしいけど。寝てるから平気よね?
あたしが動くとマサキが落っこちちゃいそうで、下手に身じろぎできない。
猫とか赤ちゃんを抱っこしている間に寝られると動けなくなる、っていう話を聞くけど、こんな感じなのかしら。
廊下からは相変わらず女子の歓声や足音が聞こえて来る。歩いてる音。パタパタ走っている音。
先輩の名前を呼ぶ声――あ、今通った子、かんちゃん先輩のファンなんだ……
他に動かせるものは視線くらいなもので、窓から見える北側の空に流れる雲なんかを眺めたりして、結局いつまでこうしていればいいのか……と少し悩んだ。
* * *
ブーン……と、どこかで携帯のバイブが振動している。
「あれ、あたしの携帯ってどこに置いてたっけ……」
起こさないように、そっと伸び上がりながら見回す。でも先にマサキが起き上がった。
「あぁ、俺のやつだわ……メール、やっと来たか」
ふわぁ……とあくびをしながら携帯を開いているマサキ。
あたしの背中にくっついていた熱がなくなり、急激に冷えて行く。
「あー、高橋から直接メール来たわ。やっと抜けられそう、だってよ――今何時だっけ?」
ぶつぶつ言いながら携帯の画面を見る横顔は、まだ少し眠そう。
そういえば普段のマサキって、時間があればいつも寝ているんだっけ。
今日は寝られるようなタイミングも場所も全然なかったし、お昼食べたあとだったから余計に眠たかったのかもね。
「つーかさぁや、邪魔だったらよけてもよかったんだぜ?」
マサキはくすくす笑いながら言った。
「あたしがよけたら落っこちちゃうじゃない……できないよ」
「ふぅん……俺じゃなくて、他のやつでもか?」




