#297 学校祭、始まる #17
マサキは携帯を置き、あたしの隣の椅子に移動して顔を覗き込む。
「ばぁっか。お前、いつもすげー顔に出てんだよ……ってか」
言葉を切ると、咳払いをした。
「こないだの……変な顔と同じだったぜ――あの時も、そんなこと考えてたのかよ?」
ぼそっとつぶやいたマサキは視線を逸らせる。
「いや……別に」
あたしもマサキから自分の足元へ視線をずらす。手持ち無沙汰な両手を、ついもぞもぞと動かしてしまいそうになる。
あの時って言われても、実は心当たりが多過ぎて下手なことが言えない。
でもあたし、無表情って言われることが多いんだけどな……さっきだって、なるべく顔に出さないようにしてたつもりだったし。
なのにどうしていつも、マサキにはわかっちゃうんだろう。
「何が『別に』だよ、っての……」
マサキの声は少し不機嫌そうだ。
この声を聞くと、また怒らせてしまったのかも、と心配になる。どうしよう。
「――ってか、耳、赤いってえの」
予想に反して、マサキはそう言いながらふぅっと息を吹き掛けて来た。
驚いてびくっとしてしまい、あたしは慌てて耳を押さえ振り返る。
「やっ、もう、な、なにすんのよっ」
「すげー慌てんのな。元気出たか?」とマサキはケラケラ笑う。
なんだ。怒ってない……っていうか、じゃあさっきのは引っ掛けだったの?
「元気なくないし。っていうか、変な顔って何よ」と、勢いで言い返す。
「気にするとこそこかよ……かわいくねえ顔ってことだよ」
「か……って、もう」
やだやだ……今絶対、顔が赤い。ストールの中が暑いよ。
「んだよ。もう俺散々言ってるから慣れたかと思ったのになあ? さぁやはかわいいねえ? ってか、みったくねえ顔してんじゃねーよ。ほら笑え」
「そんな簡単に慣れるわけ――」
言い返そうとするとマサキにほっぺたをぐにぐにとつままれる。いたいいたい。
「っへいぅは、やぇへよー」と、抵抗して手をようやく払った。
「ところでよ。うち、猫がいるんだけどよ」
あたしが眉間に皺を寄せながらほっぺたをむにむに直していると、マサキはまた唐突に話題を変える。
「うん? 猫? 飼ってるんだ?」
「猫、飼ってる。黒いやつ――今こんくらいの大きさ。で、そいつってさ、まぁ割とツンとしてるわけ、猫だから」
「うん」
うちにはウサギがいるけど、一時期増え過ぎちゃって小屋を作らなきゃいけなくなって……今ではただ『飼っている』ってだけになっちゃったな。
ウサギは抱っこしようとしても逃げちゃうし。
猫の方が一緒に遊べそうでいいな。でも、ツンとしてるってことは、遊んでくれないのかなぁ?
「でもよ、そいつ……くろにゃんっていうんだけど、くろにゃんが何考えてるか、俺はだいたいわかるわけよ」
「ふぅん……飼い主だから?」
うちのウサギたちが何を考えてるかは……全然わかんない。時々怒って脚を鳴らす時もあるけど、あれもなんで怒ってるのかわかんないし。
「まあ、それもあるけど、猫って顔に出さなくても感情がモロバレなんだよな」
「へえ……なんで?」
「知りたいか?」
「うん」
「そっかぁ……」
続けてマサキはくくくっと笑う。
うーん? なんでそんなにもったいぶるの?
「でも教えねえ」
「はあ?」
じゃあ今までの話はなんだったの?
マサキって時々、こんな話し方するよね。女子なら唐突に話が飛ぶのもわかるけどさ、マサキのはいつもどこか思わせぶりなんだもの。
だから教えてくれないと、余計に気になってしまう。
「知りたかったら、実際猫触ってみりゃいんじゃね? 今度うちの猫と遊ばしてやるよ」
「え、でも……」
猫って、知らない人と会うと警戒するって話を聞くんだけど。あたしが突然会っても、遊んでくれるのかなぁ?
「うん? ひょっとしてさぁや、猫苦手だったか? なんか好きそうだと思ったんだけどよ?」
「うん、好き。でもうちの近所はノラ猫を撫でるくらいしかできなくて……えっと、じゃあそのうち」
「そのうちねえ……まあいいけど」
その前に、買い物以外の用事であたしひとりだけで出掛ける、なんてことができるんだろうか。
どこに行くのかとか何時に帰るのかとか、しつこく訊かれそう。嘘をついてもバレそうだし……
買い物でさえ、ひとりでこの街を出てよその街に行くなんてしたことない。
去年のG.W.は列車で親戚の家にお泊りしたけど、駅まで母さんに送られて、向こうの駅に七つ上の従兄が迎えに来てくれて――
「バスに乗んなきゃ来れねえよ?」
「えっ? あ、うん」
また顔を覗き込まれて慌ててこたえる。いけないいけない……またひとりで考え込んでた。
「そっか。バスに乗らなきゃいけないんだ……」
「へえ」
今度は何故かあたしの顔を見ながらニヤニヤする。
うーん……? あたしまたなんか変なこと言ったかなぁ?




