西園寺紫の独白
腹が立つ。
駒子の口から彼氏が出来たと聞く前に、うるさい女子の噂で知ってしまったこともだし、あのかわいい子に彼氏が出来たということもだ。
彼女の親友として片思いを応援してきたけど、気に入らないものは気に入らない。
自分から電話をして報告を聞いたけれど、朝に会ったあいつが駒子の男だなんて。
恋に浮かれているかわいいあの子は気付いていないけれど、あの先輩とやら、目がいやらしいことこの上ない。
あれのどこが爽やかで優しい先輩なのかしら。
心底別れてほしいけれど、あまりしつこく言っていたらわたしが駒子に嫌われてしまう。
いつもは駒子と一緒の学校への道を、苛々とひとりで辿っていると、わたしに負けないくらいの禍々しいオーラを纏った男を見掛けた。
卓巳皐月、駒子の幼馴染で、ひとつ上の先輩だ。
とにかくもてる男なのに誰とも付き合わないのは言わずもがな、本命が超にぶちんのかわいこちゃんだから。
胡散臭いくらいの爽やかな笑顔が消えているのは、わたしと同じ理由だろう。
恐らく同族嫌悪に近いと思うが、わたしはこの男が少しばかり苦手だ。
「卓巳先輩」
声を掛ければ、不機嫌を隠そうともしない顔がこちらに向けられた。
「西園寺さん」
「その様子だと、聞いたんですね。駒子に彼氏が出来たこと」
「一番最初にね…」
「一番ですって!」
「俺は幼馴染で、こまが生まれたときからの付き合いだからね」
駒子には「こまちゃん」と呼び掛けるくせに、この態度だ。
独占欲丸出しのくせに、幼馴染という関係が邪魔して、いまだに駒子に想いを伝えられない、ヘタレのくせに。
舌打ちをして隣に並ぶ。
腹立たしいが、この男と一緒にいるとうざい視線が減るのである。
確かに、顔だけはいいものね。
駒子のお兄さん二人にはとても敵わないけれど。
「…あの男、どういう奴なの」
「あ?湯浅の野郎?」
「…卓巳先輩ってほんと極端よね」
「こま以外に優しくする意味がどこにある?」
「まあ、ないわね」
ここは同意しちゃいけない気がするけれど、駒子がかわいいのがいけないわね。
と、彼女のことをずっとかわいいかわいい、とねこっかわいがりしていては話が進まない。
再度、先輩に湯浅という男について尋ねると、卓巳先輩の眉間の皺が増えた。
「性格が悪い。自分のステータスを気にして彼女を選ぶ。恐らくこまと付き合ったのは、西園寺さんに近付くためだ」
「は?ステータス上げたいなら駒子と付き合うべきでしょう?意味がわからないわ」
「俺もそう思う。でもこの考えは一般的じゃないらしいよ。他ならぬ駒子自身に否定されたから、そうなんじゃないの」
「あんなかわいい子、見たことないのに…」
「ああ。同感だけど、ステータスを気にする奴になんかやれるわけがない」
「それもそうね」
うんうんと深く頷けば、卓巳先輩はやっと笑った。
爽やかとは程遠い、真っ黒い笑みだ。
「だから、ぜひとも西園寺さんには協力してもらいたいんだよね」
それは魅力的なお誘いだけど、やだなあとも思う。
わたしは駒子が大好きで大事だから泣かせたくない。
しかしこの男、駒子を泣かせるつもり満々である。
複雑な心境だけど、かわいいかわいい親友が変な男と付き合っているのよりはましだ。
わたしは不承不承、卓巳先輩の話に乗ることにした。