第三話「あいつの一番大切なもの」
——朝の七時。
右手の光は消えていた。
でも、あの感触は覚えている。
夢じゃない。
あれは、本物だった。
「……。」
制服に着替えて、家を出た。
そのまま、真っ直ぐシュウの家に向かう。
『おっは~~~!』
「——っ!?」
声が、頭の中に響いた。
周りを見る。誰もいない。
『あ、聞こえてます?アリアです。あなたの脳内に直接語りかけています。』
「脳内……何それ怖い。てか、おっはーって古くない?」
『何をおっしゃいますか!神界では今、空前絶後の大流行ですよ!』
「終わってんな、神界。」
いけない。
普通に会話してしまった。
「てか、これ何?」
『右手の光を媒介に、会話ができるようにしましたよ!便利でしょう?』
「全然嬉しくないんだけど。むしろキモい。」
『ひどい!』
朝の住宅街で独り言を言ってる美少女女子高生。
通報されるやつだ。
『美少女……。』
「あ?」
『いえ、何も。声に出さなくても、心の中で思えば伝わりますよ。』
(……マジ?)
『マジです。』
(もっと、早く言えよ。)
『ひどい!』
シュウの家は、真向かいにある。
毎日、カーテン越しに見えていた。
でも、葬式の日から一度もチャイムを押せなかった。
チャイムを押す。
少し間があって、シュウの母親が出てきた。
「……英子ちゃん?」
「おはようございます。朝からすみません。」
「いいのよ。どうしたの?」
シュウの母親は、やつれていた。
三ヶ月前より、少し痩せた気がする。
でも、笑顔は優しかった。
「あの、シュウの部屋を少しだけ見せてもらえませんか?」
「……何か、探しもの?」
「……思い出のものを、探したくて。」
「それなら、もちろん。まだ、片付けられなくてね。」
そう言って、シュウの母親は少しだけ目を伏せた。
「来てくれてありがとう。英子ちゃん、シュウの友達だったもんね。」
——友達。
そうだ。私は、あいつの友達だった。
それ以上に、なりたかったくせに。
それを、最後まで言えなかった。
「……はい。友達です。」
それだけ言って、階段を上がった。
『……英子さん。』
(何だよ。)
『……大丈夫ですか?』
(何が。)
『今、どんな気持ちかなって。』
(殴りてぇ。)
今はそんな軽口が、少しだけありがたかった。
いや、ムカつくけどね。
—
シュウの部屋は、そのままだった。
ベッドの上に投げ出されたままのパーカー。
机の上に積まれた漫画。
棚に並んだフィギュア。
テレビの前に転がったゲームのコントローラー。
——あいつの匂いが、まだ残っていた。
(……で?)
『はい?』
(どうすればいいのよ?)
『はぁ。全くしょうがないなぁ~。英子ちゃんは……。』
(……青いタヌキかよ。)
『誰がタヌキですか!女神ですが!我!女神!』
(……女神なら、便利道具出してよ。)
『右手の光が反応します!思いの強さに応じて!』
(……しょっぼ。)
右手を見る。
光は見えない。
でも、微かに熱を感じる気がした。
まず、フィギュアに触れた。
——何も起きない。
『ありゃ~。違いますね~。』
(いちいち言わんでいいっつの!)
ゲーム機。漫画。スマホ。財布。イヤホン。
古いジャージ。引き出しの中のガラクタ。
『違います。』
『これも違いますね~。』
『ぶっぶ~~~。』
(……うるせぇよ?)
『はい……。』
それから、アリアは何も言わなくなった。
スマホの画面は、もうつかなかった。
財布の中には、使いかけのポイントカードと、折れたレシートが入っていた。
イヤホンの片方には、黒いテープが巻かれていた。
どれも、あいつのものだった。
でも、どれも違った。
一つだけ、漫画に触れた時に右手が微かに光った気がしたけど、すぐに消えた。
『喋って、いいですか?』
(……いいよ。)
『……少しだけ、反応しました。』
(じゃあ、これ?)
『いえ、違います。これじゃないです。』
あいつ、こういうの大事にしてたじゃん。
フィギュアなんか、わざわざ限定版を買いに行って、帰ってこなかったくらいだし。
「じゃあ、何なんだよ。」
部屋の中を見回す。
シュウの好きだったもの。
シュウが集めていたもの。
シュウが夢中になっていたもの。
全部、ここにある。
でも、どれも違う。
私は、あいつが何を好きだったかは知っていた。
でも、何を大切にしていたかは——知らなかった。
その事実が、じわじわと胸に来た。
幼馴染なのに。
一番近くにいたはずなのに。
「……クソ。」
小さく、呟いた。
—
諦めきれずに、部屋中を探した。
机の引き出し。クローゼットの奥。本棚の裏。ベッドの下。
ベッドの下から、古い箱が出てきた。
小学校の頃のものが入っているらしい。
卒業アルバム。通知表。賞状。写真。
一枚の写真が目に入った。
小学校の遠足の集合写真。
シュウが笑っている。隣に、私がいる。
あの頃は、まだ普通に笑えていた。
写真をめくる。
箱の底に、小さな金具が落ちていた。
ストラップの金具だけ。本体はない。
千切れたように、途中で切れている。
「——あ。」
記憶が、ふと浮かんだ。
これ、知ってる。
昔、シュウが通学用の鞄につけていたやつだ。
……どんなやつかは、忘れたけど。
——そして確か、佐伯に取られた。
佐伯竜也。
中学の時、私を「モブA子」と呼んでいじめようとした奴。
そのくせ、シュウが庇ったら、今度はシュウを標的にしたやつ。
あいつが、シュウからキーホルダーを取り上げた。
シュウは必死に取り返そうとしていた。
私は、それを見ていた。
見ていた、だけだった。
——また、だ。
「……。」
金具を握りしめた。
右手が、微かに熱くなった気がした。
『……英子さん。』
(……何。)
『さっきより、反応があります。』
(……これが、そうなの?)
『いえ。これは鍵そのものではありません。でも、鍵に繋がる何かです。』
繋がる何か。
つまり、本体。
キーホルダーの、本体。
—
佐伯は、同じ高校にいた。
隣のクラスだ。
昼休みに、教室の前で待った。
佐伯が出てきた。
昔より背が伸びて、髪を茶色く染めている。
取り巻きと一緒に、ヘラヘラ笑っていた。
「佐伯。」
「お?モブA子じゃん。」
「その、呼び方やめろ。ぶっ飛ばすぞ?」
「……お前、キツくなったよな~。黙ってりゃ可愛いのによ。」
気持ち悪ぃ。
こいつの性格は、全然変わってないらしい。
「んで、何?」
「昔さ、シュウからキーホルダー取ったよね。」
「はぁ?急に何。」
「だから、キーホルダー。中学の時。」
「……覚えてねぇよ。」
「思い出せ。」
「怖っ。何マジなってんの?」
「思い出せって、言ってんだよ。」
睨んだ。
絶対逃さない。逃げても絶対捕まえる。
陸上部なめんなよ。
佐伯の取り巻きが、少し引いていた。
「……あー、あったかもな。なんか、ダセぇやつ。」
「それ、どうした。」
「捨てた。」
「どこに。」
佐伯は、面倒くさそうに頭を掻いた。
「川だよ。中学校の裏の。」
「はぁ?」
「いや、なんか。あいつが必死だったから、ムカついて。」
——殴りたかった。
拳が、震えた。
『英子さん。暴力はダメですよ?』
(うるせぇ。分かってるよ!)
殴りはしない。
殴っても、シュウは帰ってこない。
あいつのキーホルダーも、あいつの時間も、戻らない。
「最低だよ。あんた。」
「……悪かったって。ガキの頃だし、時効じゃね?」
「謝る相手、私じゃねぇよ。」
佐伯が、黙った。
私は、そのまま踵を返した。
—
川に捨てた。
中学の裏を流れる、あの汚い川。
私も、シュウも、佐伯も知っている川。
頭の中で、何かが繋がった。
あの金具だけが残っていたってことは、シュウは金具だけでも持っていた。
本体を取られても、千切れた金具だけは捨てなかった。
——あいつは、ずっと覚えていたのか。
何を。
誰を。
そんなことも、私は知らなかった。
走り出していた。
私は、陸上部だ。
これでも、結構走ってきた。
こんな時くらい、役に立ってよね。
あいつが大事にしていたものを、今度こそ、私が拾いに行く。
第三話、お読みいただきありがとうございます!
シュウが一番大切にしていたもの。
フィギュアでも、ゲームでも、漫画でもありませんでしたね。
好きなものはたくさんあった。
でも、本当に大切だったものは、そこにはありませんでした。
手がかりは、中学の時に捨てられたキーホルダー。
英子、再び走ります。
このあとも10分おきに更新予定です。
よければ最後までお付き合いください!
ブクマやコメントをいただけると、英子が川まで爆速で走ります。
よろしくお願いします!




