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第3話 忍びのDJはスクラッチで印を切る

 廃ビルの地下には、昼も夜もなかった。地上の光は一切入らない。時間を教えてくれるのはスマートフォンの表示だけで、壁も天井も、むき出しのコンクリートが灰色のまま沈んでいる。古い配管が頭上を横切り、どこかで水が落ちる音がした。その一滴がやけに大きく響くのは、部屋の中に他の音がまだ少ないからだ。

 弦がその地下室へ入った時、駆はもういた。

 帽子をかぶったままターンテーブルの前に座り、片耳だけヘッドフォンを当てている。パソコンの画面には波形が並んでいた。青、緑、黄色。線が重なり、細かく震えている。弦には意味が分からない。ただ、見ている顔だけで真剣だと分かった。

「何聞いてるんだ」

 ギターケースを壁に立てかけながら聞く。

「昨夜のやつ」

 駆は画面から目を離さずに答えた。

「路地での戦闘中、スマホで環境音を録ってた。後で分析するために」

 弦は一瞬、言葉を失った。

「……あの状況で録音してたのか」

「情報は残したほうがいい」

 駆は当然のように言う。呆れる、というより少し寒気がした。あの場では蓮が掠められ、通行人の呼吸が奪われかけていた。その最中に、こいつは一部始終を録っていたのだ。

 しかも、それを悪びれず言う。

 弦は隣へ椅子を引いて座った。

 画面には、いくつか大きな山があった。自分のギターだろう。蓮のラップも、きっとこの太い波形のどこかだ。その周囲に、もっと細くて不規則な線がまとわりついている。

「これが靄か」

「そう」

 駆はようやく画面の一部を指で示した。

「人間の耳にはほぼ聞こえない帯域に、固有の振動がある。種類によって少しずつ違う。ライブハウスのやつと、昨夜の路地のやつも、似てるけど同じではない」

「個体差があるってことか」

「あるいは発生源が違う」

 弦は波形を見つめた。見ても分からない。それでも、駆が何を見ているかを少しでも知りたかった。

「……で、お前はこれを見てどうするんだ」

「次に備える」

 駆の声は淡々としていた。

「どの帯域で崩れるか、どの音に反応するか、先に当たりをつけられる。相手が見えなくても、音の癖は残る」

 弦はそこで、昨夜の路地を思い出した。二人でも戦えた。だが、あれは押し切ったというより、被害を出しながら辛うじてねじ伏せたに近い。駆がいた時の短く終わる感じとは、明らかに違った。

「お前のスクラッチ、ちゃんと見せてくれ」

 駆は少しだけ黙った。

「見て分かるか」

「分からなくても見る」

 その答えが気に入ったのか、駆は小さくうなずいた。

     

 ターンテーブルが二台、ミキサーを挟んで左右に置かれている。見た目だけなら普通のDJセットだ。けれど近づいて見ると、レコードの表面には溝以外の細い線が刻まれていた。

 幾何学的な紋様。円と直線が重なり、どこかの記号みたいな模様になっている。魔法陣とも呪符とも違う。もっと手の動きに近いものだった。描かれた印ではなく、動作そのものが封じ込められているように見える。

「その模様は」

「術式」

 駆が言う。

「木版を起こして、一族の古い型を写した。レコードそのものが、音の媒体と印の媒体を兼ねてる」

「一族って」

「忍び」

 短い返答だった。

 右手がレコードに触れる。左手はフェーダーへ。姿勢に無駄がない。肩にも首にも力が入っていない。なのに、触れた瞬間だけ空気が変わる。

「スクラッチで印を切るってのは、こういうことだ」

 レコードが前へ送られ、すぐ戻る。

 ズッ、ズッ、と乾いた音が鳴った。

 普通のスクラッチのはずだった。だが、音と同時にレコード表面の紋様の一部がかすかに光る。その光が空中へ細い線を引き、すぐ消えた。

 弦は思わず身を乗り出す。

「今、何か……」

「見えたか」

「線が走った」

「それが印」

 駆はもう一度、今度は少し速く手を動かした。

 三回のスクラッチ。

 部屋の空気が、ほんの一瞬だけ乾く。湿った地下室の空気が、紙みたいに薄く張る感じがした。皮膚に触れる圧が変わる。

「今のは雷の印」

 駆が言う。

「もしこの場でお前がギターを鳴らしていたら、音の性質が変わる。広がるより先に、刺さる方向へ寄る」

「属性を乗せてるのか」

「近い」

「火とか水とか、そういう」

「基本は三種。それ以外もある。組み合わせで変えられる」

 弦は少し黙った。

 自分のギターだけでも靄に触れることはできる。蓮のラップだけでも縛れる。だが駆の手が入ると、音に向かう先が生まれる。それがどういうことか、今やっと輪郭が見えてきた。

「だからライブハウスで消せた」

「そう」

 駆は簡潔に言う。

「お前と蓮の音だけでも傷はつけられる。でも散る。俺が印を乗せると、同じ場所へ集まる」

 弦は息を吐いた。

「やっぱり、お前抜きだと火力が落ちるわけか」

「火力だけじゃない」

 駆はレコードから手を離し、弦を見た。

「崩れ方が雑になる。お前たち二人だけだと、勝てても遅い。被害が残る」

 弦は昨日の通行人の、浅くなった呼吸を思い出した。

「……分かってる」

「まだ足りないな」

「何が」

「自覚」

 その言い方に少しだけ腹が立った。

「お前、わざと遅れてきたくせに」

「確認が必要だった」

 駆は平然と言う。

「どこまで削れるか。どこから被害が出るか。あいつらが何を狙ってくるか」

「俺たちを使って測ったのか」

「結果としてはそうなる」

 弦は一歩、駆に近づいた。

「結果として、で済ますなよ」

 地下室の空気が少し固くなる。だが駆は視線をそらさなかった。

「お前が怒るのは分かる。でも昨日の段階で分かったことは多い。二人でも戦える。けど、守りきれない。相手はそこを突いてくる」

 言っていることは正しい。正しいからこそ、腹立たしい。

 その沈黙を破ったのは、乱暴に開いたドアの音だった。

     

「重っ! このビル、階段多すぎやろ!」

 コンビニ袋を両手に提げた蓮が、騒がしく地下室へ入ってきた。

「お前ら、また先に始めてるやん! 友情が薄い!」

「友情で集まってるわけじゃない」

 弦が言うと、蓮は「あっ冷たい」とわざとらしく傷ついた顔をした。

 そのくせ、室内の空気が少し張っていることにはすぐ気づいたらしい。二人を見比べてから、袋を机へ置く。

「……何。もう一回ケンカしたん?」

「してない」

 弦が言う。

「した」

 駆が同時に言った。

「どっちやねん」

 蓮がため息をついた。

「とりあえず飯。人は空腹だとろくな判断せん」

 コンビニのおにぎり、サンドイッチ、缶コーヒー、炭酸。雑多な食い物が机に並ぶ。戦う連中の補給というより、徹夜作業前の学生みたいな光景だった。

「駆、お前炭酸。弦はブラック寄りやろ」

「なんで分かるんだ」

「顔がそう」

「どういう理屈だよ」

「なんとなくの理屈や」

 蓮は自分用のコーラを開けて、一口飲んだ。その腕にはまだ白いテープが貼られている。昨日、靄に掠められた場所だ。本人は平気そうにしているが、肘から先の動かし方はまだ少し固い。

「腕、大丈夫か」

 弦が聞くと、蓮は「あー」と気のない返事をした。

「痛くないわけじゃない。でも折れてはない」

「その基準は雑だな」

「坊主の修行よりは楽や」

「比較対象が極端なんだよ」

 軽口を叩きながらも、弦は少し安心した。こいつはこうしてうるさくしている方が、逆に怪我の深刻さを感じさせない。

 蓮は駆のパソコン画面を覗き込んだ。

「で、また波形見てたんか」

「見てた」

「何か分かった?」

「相手がこちらを観測してる」

 蓮の笑いが、そこで一瞬止まった。

「……やっぱりか」

「ファミレスのノイズも、路地の白いヘッドフォンも、同じ系統だ」

 駆は画面を数回操作して、細いノイズの山を拡大する。

「こいつは自然発生じゃない。意思がある」

 地下室の温度は変わらないはずなのに、弦は少しだけ寒くなった気がした。

 敵がいる。それも、ただ襲ってくるだけではなく、こちらの連携を見て、癖を読み、崩そうとしてくる相手が。

「……じゃあ今日は、遊び半分の合わせじゃないな」

 弦が言うと、蓮は小さくうなずいた。

「最初からそのつもりや」

 駆も何も言わず、ヘッドフォンを首へ落とした。

 それで決まった。

     

 最初に鳴ったのは、駆のビートだった。

 四つ打ちでも、典型的なヒップホップでもない。その中間みたいな、不思議なノリ。身体を揺らすより先に、立ち位置を決められる感じの拍だった。

 弦はそれに合わせてギターを入れる。

 シンプルなリフ。音数を欲張らない。まずは土台の呼吸を掴むことを優先する。駆のビートの間に、自分の音がどう立つかを見る。

 そこへ蓮の声が乗る。

 最初はまだ探っている感じだった。ラップが少し前へ出すぎる。弦のリフがその後ろへ回り込む。駆がフェーダーを少し触り、ビートの立ち位置を動かす。三人とも、自分が正しいと思う位置から始めて、そこから擦り合わせていく。

 ぴたりとは合わない。当然だった。ライブハウスでは極限だったから噛み合った。だが、それを意識して再現するとなると話は別だ。むしろ、互いの癖がはっきり見えるぶん難しい。

「お前、声が前に出すぎ」

 駆が言う。

「勢いが大事やろ」

「勢いのせいで印が乗らない」

「先に言えや」

「今言った」

 蓮が舌打ちして、もう一度入り直す。今度は弦のほうが少し遅れた。

「お前も」

 駆が言う。

「リフの終わりが長い。余韻が印とぶつかる」

「感情乗せてんだよ」

「それが邪魔」

「言い方どうにかならないのか」

「ならない」

 ぶつかる。またやる。またズレる。

 けれど、そのズレが前より細かく見えるようになっていた。何が噛み合っていないのか、三人とも前回より明確に分かる。

 弦はその途中で、ふと気づいた。

 駆は自分が目立つためにビートを作っていない。蓮も自分の技巧を見せるためだけにラップしていない。自分もソロで格好つける余地を削られている。

 三人とも、今探しているのは自分が気持ちいい場所ではなく、三人でひとつになる位置だ。そこが決まらない限り、どれだけ上手くても意味がないと、無意識のうちに分かっている。

 駆がスクラッチを入れた。

 三回。

 空気が変わる。

 弦のギターに、いきなり方向が生まれた。ただ鳴るのではない。前へ進む。刺さるべき場所へ向かう。さっき見せてもらった時より、はっきり分かる。

 同時に、蓮の目が少し見開かれた。ラップの言葉の輪郭が変わる。自分の声の質感が変わったことに、本人も気づいたのだろう。

「今のだ」

 蓮が言いながらもラップを止めない。

「そこ!」

 弦もその位置へリフを合わせる。駆は何も言わない。ただフェーダーとレコードの動きだけで、三人をその一点へ寄せていく。

 次の瞬間、揃いかけた。だが、完全ではない。

 地下室のスピーカーから、ブツ、と短いノイズが走る。

 三人とも同時に止まった。今のはミスではない。外から混じった音だ。ファミレスで聞いたのと同じ、底の冷たいノイズ。

「またか」

 蓮が低く言う。駆は無言でパソコンへ手を伸ばし、録音を回し始めた。

「来てる」

「ここまで?」

 弦が訊く。

「音を辿ってる」

 駆の声は低いままだった。

「試してるんだ。こっちの結び方を」

 地下室の空気が重くなる。さっきまでの練習は、そのまま戦闘予行へ変わった。

「続けるぞ」

 弦が言うと、蓮が笑った。

「そうでなくちゃな」

 駆は何も言わず、再び針を落とした。

     

 今度は、さっきより明確に敵を意識して鳴らす。

 駆のビートが床を作る。蓮のラップがその上へ骨組みを立てる。弦のギターがそこへ輪郭を通す。三人それぞれが、相手の居場所を確かめながら、少しずつ自分の出力を削り、寄せ、重ねていく。

 途中で蓮のフロウが少し跳ねすぎて、弦のリフとぶつかる。

 弦が音域を一つ上げる。

 駆がフェーダーを切り返し、スクラッチの印を一段強くする。

 すると、空気が急に締まった。

 地下室の隅に溜まっていた埃が、見えない風に撫でられたみたいにわずかに舞う。

 弦は目を閉じた。音の中に、自分がいた。

 それ以外の感覚が薄くなる。地下室の湿気も、肩の重さも、コンビニ飯の匂いも遠のいて、ただ振動だけが骨の内側を通る。ギターの弦が震え、その震えに蓮の声が重なり、駆の拍が下から支える。

 今度は分かった。

 ライブハウスでの一瞬は偶然ではなかった。路地で欠けていたものも、今なら分かる。三人が揃った時だけ現れる、戦うための形がある。

 駆がさらにスクラッチを重ねる。

 空中へ、目では見えないはずの線が走る気がした。印だ。輪郭のない何かが、三人の音の周囲へ組み上がっていく。

 蓮の言葉が鋭くなる。祈りなのかラップなのか、その境目が消える。

 弦のギターが、その中心へ真っすぐ入る。

 その瞬間、揃った。

 説明しにくい。だが、揃ったのだと身体が先に分かった。

 駆のビートが床を作り、蓮の言葉がその上に骨組みを立て、弦のギターがそこへ刃を通す。どれか一つが前に出すぎることなく、それでいて全部の輪郭が消えない。三つが混ざるのではなく、三つのままひとつになっている。

 スピーカーの奥で、さっきのノイズが一瞬だけ逆位相みたいに揺れた。

 押し返した、と弦には分かった。

 こちらの音が、見えない何かを拒絶したのだ。だが次の瞬間、駆が突然フェーダーを切った。

 音が途切れる。

「おい」

 弦が目を開ける。

「今、行けただろ」

「まだだ」

 駆はヘッドフォンを片耳に戻したまま、低く言った。

「今ので向こうが反応した。こっちの芯は見つかった。でも、まだ防ぎ切れてない」

 蓮が息を整えながら眉をひそめた。

「切る必要あったか?」

「あった。続けたら、逆探知される」

 その言い方が大げさなのか、本当なのか、一瞬分からない。だが駆は冗談を言う顔ではなかった。

「完成した感覚がある時ほど危ない」

 駆は続ける。

「気持ちよく揃った時は、こっちの癖もいちばん出る。あいつらはそこを聴いてる」

 悔しいが、弦にも少し分かった。さっきの一体感は本物だった。だが同時に、あまりにも無防備だった気もする。

「……つまり」

 弦が言う。

「形は見えた。でもまだ戦いに出せるほどじゃない、ってことか」

「そう」

 駆は短く答えた。

 蓮が大きく息を吐いた。

「褒めるのも止めるのも極端やな、お前」

「中途半端に褒めるほうが危ない」

「正論やけど腹立つ」

 そのやり取りに、弦は少しだけ笑った。

 完全ではない。だが、ただの手探りでもなくなった。

 その中途半端さが、逆に今の自分たちらしかった。

     

 休憩に入ると、地下室の空気は急に人間くさくなった。

 コンビニ飯の匂い。缶コーヒー。ペットボトルの炭酸。さっきまで戦闘訓練みたいだった場所が、急にただの若い男三人の溜まり場に戻る。その落差が少し可笑しい。

「なあ」

 蓮が床に座ったまま言った。

「ユニット名、いるよな」

 弦は缶コーヒーを飲みながら眉を上げた。

「急だな」

「急じゃない。呼び名ないと、敵に見つかる前にこっちがバラける」

「後半の理屈がよく分からない」

「気持ちの問題や」

 蓮は真顔で言った。

「名前ってのは呪やぞ。自分が何者か、先に決めとくんや」

 それは軽口の形をしていたが、半分は本気なのだろうと弦には分かった。蓮はふざけながら、たまに核心だけ真面目に言う。

「大事なんだよ、こういうのは。看板ないと人も集まらんし、音もまとまらん」

「お前、そういうとこだけ妙に現実的だな」

「現実で客集めてるからな」

 弦は少し考えた。

 ギター。ラップ。DJ。しかも自分たちが背負っているのは、現代の音楽だけじゃない。琵琶法師、真言、忍びの術式。無茶苦茶だ。無茶苦茶だが、その無茶苦茶さが今の自分たちそのものでもあった。

六弦ろくげん……とか?」

 思いつきで言うと、蓮が「いいやん」と反応する。

「ギターの六弦な」

「でもそれだと俺と駆が薄い」

「じゃあお前も入れろよ」

錫杖しゃくじょうかなあ」

 蓮が自分の数珠を見ながら言う。

「僧の音って意味なら、そっちのほうが立つ」

「六弦と錫杖?」

 弦が口に出す。

 地下室の空気の中で、その名前は思ったより妙にしっくりきた。現代のユニット名としては少し変だ。だが、自分たちがそもそも普通ではない。

「悪くない」

 駆が言った。短い一言だったが、反対はしないという意味ではない。むしろ、こいつがそれでも肯定を出すなら十分だった。

「駆の要素が薄い気がするが」

 弦が言うと、蓮はにやっと笑った。

「お前は表に出るタイプちゃうやろ。裏で印切ってるほうが似合う」

「雑な評価だな」

「でも合ってるやん」

 駆は少しだけ考えてから、コーラの缶を置いた。

「別にいい。名前は目印だ」

「ほら、本人も言うてる」

 蓮が得意げに言う。弦は少し笑った。

「じゃあ決まりか」

 蓮が手を打つ。

「今日から俺たちは『六弦と錫杖』や」

 その瞬間、ただの思いつきだった名前が、不思議と少し重みを持った。自分たちは何者として鳴らすのか。何を相手に、何を守るために鳴らすのか。まだ全部は決まっていない。だが、それでも名乗ることで先に形だけは作れる。

 そして、形は力になる。

     

 その時だった。駆のスマートフォンが震えた。

 音は鳴らない。だが机の上で細かく震える動きが、妙に地下室の静けさを切った。駆が画面を見る。表情は変わらない。変わらないが、視線だけが少し鋭くなる。

「どうした」

 弦が聞く。

「一件、気になるログが上がった」

 駆は画面を数秒見つめたまま、珍しくすぐにはスマートフォンを伏せなかった。

「どこだ」

「都内のライブハウス周辺」

 短く答えてから、画面の一点を親指で押さえる。

「波形の末尾に、分類できない反応が混じってる」

「分類できない?」

 蓮が顔をしかめる。

「今までの靄とも、さっきまでのノイズとも違う」

 駆は一拍置いてから、淡々と言った。

「仮にラベルを付けるなら……Unknownアンノウンだ」

 その名前だけで、地下室の空気が少し冷えた気がした。

「ただの新型って感じじゃないな」

 弦が言う。

「違う」

 駆はうなずく。

「波形が不自然すぎる。誰かが鳴らしてるというより、最初からそこに穴があるみたいだ」

 蓮が立ち上がる。

「分かりやすく嫌やな、それ」

「前より分かりやすくなってきたな」

 弦が言うと、蓮は肩をすくめた。

「嫌な方向にな」

 駆はスマートフォンをポケットへ戻した。

「今すぐ動くほどじゃない。ただ、次は向こうもこちらの未完成な部分を狙ってくる」

「見られて困ることでもあるか?」

 弦が言うと、駆は少しだけ考えてから答えた。

「完成前を見られるのは、あまり気分がよくない」

 その答えに、弦は少し笑った。

「じゃあ、さっさと完成しようぜ」

 蓮が「それや」と言った。

 地下室の上では、渋谷の夜が何事もない顔で流れている。だが、その足元で、三人の音は確かに形になり始めていた。

 敵に見られながら。それでもなお、敵に届くように。

     

 同じ夜。

 地下から漏れた低い振動を、少し離れた路地裏で立ち止まって聞いている女がいた。

 みおは目を閉じ、その音の輪郭を確かめる。

 あの夜、ライブハウスで聞いたものと同じだ。けれど今夜のそれは、前よりもはっきり形を持っていた。

 三人は、もう偶然ではない。澪はそう確信して、ゆっくり目を開けた。

 その耳に、地下の音とは別の、冷たいノイズが一瞬だけ触れた。

 まるで、どこか別の誰かも同じ音を聴いているみたいに。

 澪は振り返った。だが、暗がりの向こうには誰もいない。

 ただ、渋谷の夜だけが、何も知らない顔で鳴り続けていた。


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