第4話「あの山の話」
あの山は、昔から“人が消える場所”だった。
最近の若いもんは、そういう話を笑うがな。
わしらの頃は違った。
大人が本気で、
「あそこには入るな」と言っとった。
理由は、決まっとる。
――森の奥には、“向こう側”がある。
そういう昔話が、ずっと前からあった。
その昔、この土地には大きな社があったらしい。
山の奥、ちょうどあの坂を越えた先だ。
このあたり一帯の、土地神様を祀っとった。
だが、道は途絶え、
建物も朽ちて、
いつの間にか誰も近づかんようになった。
それでも、話だけは残った。
――二本の大きな木がある。
――その間から、“あちら”が見える。
子どもは、そういう話が好きでな。
わしも、例外じゃなかった。
ある日、友だちと山に入った。
あの話を確かめるために。
……今思えば、
“呼ばれとった”のかもしれん。
途中で、みんなとはぐれた。
不思議と怖くはなかった。
むしろ――
先に進まなきゃいけない気がした。
足が、勝手に向かう。
森の奥へ。
光が、見えた。
木々の間から、淡く差し込む光。
ああ、ここだと思った。
そして、見つけた。
二本の木。
大きな木だった。
まるで、支え合うように立っとった。
その間から、向こうが見えた。
獣がおった。
見たこともないような大きさでな。
鹿も、猪も、
どれも普通のもんとは違っとる。
ただ大きいだけじゃない。
あれは――
話しとった。
けらけらと笑っとるようにも見えた。
あれが“あちら”なんだと、
妙に納得したのを覚えとる。
そのときだ。
気配がした。
獣たちの奥。
ひとり、
人の形をしたものがおった。
カラス天狗の面をつけた男。
そいつは、じっとこちらを見とった。
追い払うでもなく、
迎え入れるでもなく。
ただ――
見ておる。
あの目は、今でも覚えとる。
恐ろしいというより、
……静かだった。
まるで、
“選んでいる”みたいに。
次の瞬間、
急に怖くなってな。
わしは、逃げた。
気づけば、山のふもとにおった。
仲間たちが泣きそうな顔で待っとってな。
「どこ行ってたんだ」
「死んだかと思ったぞ」
ああ、戻ってきたんだと思った。
その日の夜、
ひとつだけ、はっきり分かった。
あれは、ただの昔話じゃない。
あの山には、
今でも“向こう側”がある。
そして――
あちらは、
時々こちらを“呼ぶ”。
それから何十年も経って、
また子どもが消えた。
場所は同じ。
あの坂道だ。
三日後、見つかったという。
詳しい話は聞かなかったが、分かる。
あの子は、
“向こう”へ行った。
そして――
呼ばれたんだろう。
わしとは違ってな。
捜索の帰り、
山の奥を見た。
風が、通り抜ける。
それだけだ。
何も見えん。
だが。
ふと、思った。
あの方は――
最後に、話し相手を選んだんじゃないかと。
最後の時間をあの子と楽しまれたのではないかと。
そして、
その役目はもう終わったのだろう。
だから今はもう、
あの場所はただの山だ。
そう思うと、
少しだけ、寂しかった。




