第3話「触れられない噂」
隣のクラスに、神隠しにあったやつがいるらしい。
そんな噂を聞いたのは、昼休みだった。
高二の夏休み明けに、三日間いなくなったとか。
戻ってきたときには、何も覚えていなかったらしい。
いかにもそれっぽい話だ。
正直、ちょっと面白いと思った。
実際にいるのかよ、そういうやつ。
どうにかして、話を聞きたい。
そう思って、俺はそいつのことを調べ始めた。
まずは、周りの人間から当たることにした。
一番最初に話を聞いたのは、野球部のキャプテン。
そいつは、ターゲットの幼なじみらしい。
「何も知らねえよ」
ぴしゃりと、言い切られた。
取りつく島もない。
ああいうのが一番厄介だ。
距離が近いぶん、口が堅い。
仕方なく、他を当たることにした。
去年同じクラスだったやつらに、片っ端から話を聞く。
その結果、分かったことがある。
――そいつは、いいやつらしい。
宿題を見せてもらったやつ。
班分けで声をかけてもらったやつ。
委員の仕事を代わってもらったやつ。
誰に聞いても、似たような話が返ってくる。
「頼りになるやつだよ」
「優しいしさ」
「困ってると放っておけないタイプ」
……つまらない。
そんなやつが、神隠し?
いや、ただの行方不明か。
でも、なんか違う気がする。
こういうのって、もっとこう――
暗いとか、変わってるとか、
そういうやつに起こるもんじゃないのか?
……まあ、偏見か。
でも、そう思ってしまうくらいには、
そいつは“ちゃんとしすぎていた”。
ただ。
話を聞いていくうちに、
ひとつだけ、気になることがあった。
「戻ってきてから、ちょっと変わったよな」
そう言うやつが、何人かいた。
詳しく聞いても、はっきりとは答えない。
「いや、なんていうか……」
「説明できないんだけどさ」
曖昧な言葉ばかりだった。
でも、みんな同じことを言う。
変わった。
何かが、違う。
その“何か”が分からない。
ある日、廊下でそいつを見かけた。
ちょうど、クラスのやつに話しかけられているところだった。
「悪い、今日は無理」
そいつは、そう言っていた。
断っている。
それだけのことなのに、少しだけ引っかかった。
話しかけていたやつも、
少し驚いた顔をしていた。
前は、断らなかったのかもしれない。
そのあと、そいつは一人で歩いていった。
窓の外に、山が見える廊下。
そいつは、少しだけ立ち止まった。
山の方を見ている。
ただ、それだけ。
なのに。
なんとなく、声をかけづらかった。
今ならいけるはずなのに。
話を聞くチャンスなのに。
足が、止まる。
理由は分からない。
ただ。
そいつが、
ここじゃないどこかを見ている気がした。
そのとき、思った。
ああ、こいつ。
たぶん、本当に――
どこかに行ってたんだな。
深掘りは、もうやめようと思った。




