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第10話_生徒会広報は悪魔を記事にしない!

 ――文化祭の陰で、ひそかに交わされた悪魔契約。


 暗い画面に、校舎のシルエットが浮かび上がる。


 夕暮れの教室。


 片づけられた机。


 誰もいないはずの中庭に残る、星型の光。


 そして、どこからともなく響く、大げさすぎるナレーション。


 ――魔界風ドラ焼きカフェ。


 ――謎の未確認魔法反応。


 ――星の光とともに現れた魔法少女。


 画面風のテロップが、次々と表示される。


『仔悪魔ちゃん、文化祭を制覇?』


『魔法少女、悪魔を浄化未遂?』


『真央直樹は本当に一般男子なのか?』


『契約者の叫び、その真相とは?』


 そこで、映像は一気に切り替わる。


 スローモーションで振り返る直樹。


 背後には、なぜか光り輝く校舎。


 横には、翼と尻尾のある仔悪魔。


 反対側には、星とリボンの魔法少女。


 そしてナレーションが、さらに低い声で告げる。


 ――救出対象とされた一人の少年。


 ――彼は本当に、ただの高校生なのか。


 ――今、鏡星学園広報部が、その真実に迫る――。


「迫るな!」


 直樹の叫びで、画面風演出が粉々に割れた。


「俺を校内スクープ特番にするな! あと“本当に一般男子なのか”って疑問にするな! そこは確定でいいだろ!」


 もちろん、そんな番組は存在しない。


 存在していたら、直樹は全力で放送差し止めを申請する。


 現実は、文化祭が終わり、魔法少女騒動もどうにか浄化未遂で止まり、ようやく日常が戻るかもしれない朝の教室だった。


 ただし、直樹にとっての“日常”は、だいたい戻ってきた瞬間に別の形で壊れる。


 教室の電子黒板には、白金光からの校内連絡が表示されていた。


『文化祭特別号・掲載素材募集』


『写真、感想、出し物紹介、印象的な出来事を募集します』


 直樹はスマホを見たまま、顔色を失った。


「印象的な出来事が多すぎて全部載せられたら終わる!」


 隣の席で、アイがぱっと目を輝かせる。


「ダーリン! アタシ、文化祭に参加したって載る?」


「載るとしても、“参加”だけだ」


 直樹は即答した。


「征服とか契約とか魔界風とか浄化とかは載せるな」


「えー。魔界風はカフェの名前にも入ってたよ?」


「そこはギリギリ出し物名だ。だが“悪魔契約による文化祭参加”みたいな書き方は絶対にだめだ」


 アイは腕を組んで考え込む。


「じゃあ、良識ある参加型仔悪魔として――」


「それも載せるな!」


「どうして!? 昨日、真奈会長にも校内では参加型でって言われたよ!」


「校内での呼び方と広報掲載は別だ!」


 美咲が自分の席からため息をついた。


「直樹の言う通りよ。あんた、自分で肩書きを作るとだいたい怪しくなるんだから」


「怪しくないよ! 良識ある仔悪魔だよ!」


「良識があるなら、“仔悪魔”を前面に出さないの」


 アイはショックを受けた顔をした。


「悪魔要素が消えちゃう……!」


 直樹は真顔でうなずく。


「消えていいんだよ」


「ひどい!」


 そのとき、教室の前方で、白金光が丁寧に一礼した。


 生徒会広報補佐。


 穏やかな物腰。


 落ち着いた声。


 手にはタブレット。


 そして、何よりも恐ろしいのは、光が“見出しをつける側”だということだった。


「皆さん、おはようございます。文化祭特別号の作成にあたり、各クラスの写真、感想、出し物紹介を募集しています」


 クラスメイトたちがざわつく。


「文化祭特別号か」

「うちのクラス、魔界風ドラ焼きカフェ載るかな」

「悪魔ちゃん載る?」

「魔法少女も載る?」

「真央のツッコミ集は?」


 直樹は即座に振り向いた。


「ツッコミ集はない!」


 アリスが後ろの席から、にこにこしながら手を振る。


「でも、真央の“俺を救出対象にするな!”は名言だったよね」


「名言じゃない。被害報告だ」


「タイトルとしては強くない?」


「強くするな!」


 光はタブレットに視線を落とし、穏やかに言った。


「内部見出し案としては、いくつか候補があります」


 直樹の背筋が凍る。


「今、内部って言ったな?」


「はい。外部公開用ではありません」


「外部じゃなくても嫌な予感しかしない」


 光は読み上げる。


「『仔悪魔ちゃん、文化祭に参加』」


 直樹は少しだけ安心した。


「それなら、まあ……」


「別案として、『仔悪魔ちゃん、文化祭を制覇?』」


「戻すな!」


 アイが目を輝かせる。


「制覇、かっこいい!」


 美咲が即座に言う。


「制覇してない」


「売上はよかったよ!」


「売上を征服換算しない」


 光はさらに続ける。


「『魔法少女、悪魔ちゃんを浄化未遂』」


「見出しにするな!」


 教室がどっと沸く。


「読みたい」

「絶対読みたい」

「校内新聞っぽくないけど読みたい」


 直樹は机を叩いた。


「読むな! 読みたいと思うな! 浄化未遂を娯楽欄に置くな!」


 アリスが笑いながら言う。


「でも、素材が強すぎるんだよね」


 光がその言葉に、少しだけ目を上げた。


「素材、ですか」


 アリスは一瞬だけ言葉を止める。


「あ、いや……本人たちからしたら、素材って言い方よくないか」


 直樹は意外そうにアリスを見た。


「珍しく自力で止まった」


「珍しくって何。私だって学習するし」


 アイは首をかしげる。


「素材って、ドラ焼きの材料?」


「違う」


 直樹、美咲、アリスが同時に答えた。


 光は柔らかく微笑む。


「今回の特別号では、文化祭の成果を中心に扱います。未確認魔法活動や個人の契約状況については、掲載しません」


 直樹は胸をなで下ろした。


「白金……お前がまともで本当に助かる」


 光は穏やかにうなずく。


「ただし、事実確認は必要です」


「助からなかった!」


 美咲が直樹の肩を軽く叩く。


「まあ、広報なんだから確認くらいはするでしょ」


「確認から見出しが生まれるんだよ。この学校では」


 宙がいつの間にか直樹の後ろに立っていた。


 ワラ人形を抱えたまま、静かに言う。


「見出し、増殖する」


「お前も急に出るな!」


 ワラ人形が低く続けた。


「封印推奨情報、多数」


「封印するなら最初から掘り起こすな!」


 アイはまだスマホの募集画面を見つめている。


『印象的な出来事を募集します』


 その文面に、少しだけそわそわしているようだった。


「ねえ、ダーリン」


「何だよ」


「アタシが文化祭で頑張ったことは、載ってもいい?」


 直樹は少しだけ言葉に詰まった。


 アイは、昨日までとは少し違う顔をしている。


 悪魔として有名になりたい、というより。


 自分が学校に参加したことを、少しだけ認めてほしい顔だった。


 直樹は目をそらして言う。


「……ドラ焼きカフェを頑張った、くらいならいいんじゃないか」


 アイの顔がぱっと明るくなる。


「じゃあ、“天満アイ、ドラ焼きカフェで人間界に貢献!”」


「貢献まではいい」


「“良識ある参加型仔悪魔として――”」


「そこに戻るな!」


 光がタブレットに何かを入力した。


 直樹は即座に反応する。


「白金、今の入れたか?」


「参考には」


「参考にするな!」


 光は穏やかに答える。


「正式な記事では、関係者の不利益にならない表現に整えます」


 直樹は半眼で言う。


「その“整える”が一番怖いときがあるんだよな」


 アリスがうなずく。


「光くん、見出しセンスだけたまに攻めるもんね」


 光は少しだけ困ったように笑う。


「読まれる表現と、安全な表現の両立は難しいので」


 直樹はスマホを見下ろした。


『写真、感想、出し物紹介、印象的な出来事を募集します』


 印象的な出来事。


 カップラーメンから仔悪魔が出た。


 学校へ勝手に転入してきた。


 魔王候補にされた。


 命令アプリが暴走した。


 謝罪配信しかけた。


 悪魔案件動画を撮りかけた。


 生徒会に契約を審査された。


 文化祭で魔界風ドラ焼きカフェをやった。


 魔法少女に浄化されかけた。


 改めて考えると、印象的どころではない。


 高校生活のメニュー表が壊れている。


 直樹は、深く息を吐いた。


「……白金」


「はい」


「頼むから、俺の人生を特別号にしないでくれ」


 光は、少しだけ真面目な顔になってうなずいた。


「分かりました。真央くんの人生ではなく、文化祭の記事にします」


「それで頼む」


 アイが横から手を上げる。


「アタシの悪魔人生は?」


「載せない」


「ひどい!」


 美咲がすかさず言う。


「文化祭の記事でしょ」


 アリスが笑う。


「でも、校内スクープ特番版も、ちょっと見たかったかも」


 直樹は即座に叫んだ。


「絶対に見るな!」


 その瞬間、学級連絡アプリがまたぴこんと鳴った。


『文化祭特別号・追加募集』


『印象的な一言も募集します』


 教室中の視線が、直樹へ向く。


 直樹は椅子から立ち上がった。


「俺を見るな! 俺の叫びを名言扱いするな! あと、印象的な一言を募集するなぁぁぁ!」


 光はタブレットを見つめ、静かにつぶやいた。


「……今の一言は、強いですね」


「記録するなぁぁぁ!」


* * *


 文化祭特別号。


 その単語が教室に投下された瞬間、クラスの空気は一気に変わった。


 さっきまで「一時間目だるい」「文化祭明けで眠い」「片づけの筋肉痛が残ってる」などと言っていた生徒たちが、急に情報番組の編集会議みたいな顔になる。


 つまり、嫌な予感しかしない。


「文化祭特別号に悪魔ちゃん載るかな?」


「載るでしょ。魔界風ドラ焼きカフェ、普通に目立ってたし」


「魔法少女も出たんでしょ?」


「出たらしい。星とリボンのやつ」


「悪魔ちゃんと魔法少女、並べたら絵面強すぎない?」


 直樹は机に突っ伏した。


「絵面で判断するな……」


 だが、教室のざわめきは止まらない。


「真央のツッコミ、名言集にしようぜ」


「いいな。文化祭特別号の別冊付録で」


「タイトルは?」


「『囚われの一般男子、叫ぶ』で」


 直樹は即座に顔を上げた。


「誰が囚われの一般男子だ!」


 クラスメイトの一人が、悪びれもせず言う。


「いや、昨日、魔法少女に救出対象にされてたって聞いたし」


「されたけど! 囚われてない!」


「契約者なんだろ?」


「契約事故だ!」


「じゃあ、『契約事故の中心で平穏を叫ぶ』」


「文学っぽくするな!」


 後ろの席から、アリスが楽しそうに身を乗り出した。


「いや、タイトルだけなら読まれるよ?」


 直樹は振り向く。


「読むな! 読ませるな!」


「だって、強いじゃん。悪魔、魔法少女、契約者、文化祭、浄化未遂。校内新聞の語彙じゃないもん」


「校内新聞の語彙じゃないなら載せるな!」


 アリスはスマホを出しかけて、途中で止めた。


 それを見て、美咲が少しだけ目を細める。


「撮らないのね」


「撮らないよ。そこは学習したし」


「半分だけ偉い」


「半分なの?」


「見出しを煽ってる時点で半分」


 アリスは苦笑した。


「まあ、それはそう」


 そんな中、アイは自分の机に向かって、妙に真剣な顔で何かを書いていた。


 直樹は嫌な気配を察知する。


「……アイ。何を書いてる」


「文化祭特別号用の自己紹介!」


「もう嫌な単語しかない」


 アイは胸を張って、紙を掲げた。


 そこには、丸っこい字でこう書かれていた。


『天満アイ。仔悪魔見習い。ダーリンと契約して、世界征服実習中! 最近は申請を覚えました!』


 直樹は目を閉じた。


「アウトだ」


 美咲が無言で赤ペンを取り出した。


 そして、ものすごい速さで線を引く。


 悪魔。


 契約。


 世界征服。


 ダーリン。


 実習中。


 ほぼ全滅である。


 アイが悲鳴を上げた。


「ああっ! アタシの自己紹介が赤くなった!」


 美咲は冷静に言う。


「悪魔、契約、世界征服。全部アウト」


「ダーリンも?」


「場面によってはアウト」


 直樹が横から言う。


「だいたいアウトだ」


「ひどい!」


 アイは紙を見下ろした。


 残った文字は、ほとんど「天満アイ」「最近は申請を覚えました」だけだった。


 それはそれで意味が分からない。


 アイは困ったように美咲を見る。


「じゃあ何を書けばいいの?」


 美咲は腕を組み、少し考えてから言った。


「文化祭でドラ焼きカフェを頑張りました、くらいでいいの」


 アイは目を丸くする。


「悪魔要素が消えた!」


 直樹は力強くうなずいた。


「消えていいんだよ!」


「でも、それじゃアタシがただのドラ焼き好きな転校生みたいじゃん!」


「実際、校内広報ではそれくらいが一番安全だ」


「アタシ、仔悪魔ちゃんなのに!」


「広報で自称しなくていい」


 クラスメイトが口を挟む。


「でも“仔悪魔ちゃんのドラ焼きカフェ奮闘記”ならかわいくない?」


「かわいくするな!」


「“悪魔ちゃん、学校に参加する”とか」


 アイがぱっと顔を上げる。


「それ、いい!」


 直樹は少しだけ黙った。


 文化祭の最後に、アイは確かに言っていた。


 学校に参加した、と。


 その言葉だけなら、悪くない。


 悪くないのだが。


 アリスがすぐに続ける。


「副題は“契約者と歩んだ征服への第一歩”で」


「副題で台無しにするな!」


 美咲がアリスを見る。


「アリス」


「ごめん。今のは悪ノリ」


 アリスは素直に手を引っ込めた。


 直樹は少しだけ驚いた。


「……本当に学習してる」


「だから、珍しそうに言わないでってば」


 アイは新しい紙に書き直し始めた。


『天満アイ。文化祭でドラ焼きカフェを頑張りました。学校に参加できて楽しかったです』


 美咲がそれを見て、赤ペンを止める。


「それならいいんじゃない?」


 直樹もうなずく。


「うん。普通だ」


 アイは不安そうに紙を見る。


「普通すぎない?」


「普通でいいんだよ」


「でも、アタシっぽさが……」


 直樹は少し考えた。


「じゃあ、最後に一文だけなら」


 アイの顔が明るくなる。


「悪魔的に楽しかったです!」


「それはギリギリ……」


 美咲が赤ペンを構える。


「表現としては微妙だけど、まあ比喩なら」


 アリスが笑う。


「いいじゃん。悪魔ちゃんらしいし、危険度低め」


 アイは得意げに胸を張った。


「じゃあ、これで!」


 その瞬間、後ろの男子が手を上げた。


「じゃあ真央の紹介文は?」


 直樹は嫌な顔をする。


「いらない」


「『真央直樹。文化祭で最も叫んだ一般男子』」


「いらないって言ったよな?」


「『悪魔と魔法少女の間で平穏を求め続けた男』」


「大河ドラマ風にするな!」


「『囚われの一般男子、叫ぶ』」


「戻すな!」


 教室が笑いに包まれる。


 直樹は机に両手をついて叫んだ。


「俺の紹介文は“文化祭に参加しました”でいい! それ以上盛るな!」


 光が教室の前で、静かにタブレットへ入力していた。


 直樹はすぐに気づく。


「白金、今の入れたか?」


 光は穏やかに答える。


「参考記録として」


「参考にするな!」


「正式記事には使いません」


「内部記録にも残すな!」


 光は少しだけ微笑む。


「ただ、“文化祭に参加しました”だけでは、真央くんの貢献が伝わりにくいので」


「伝えなくていい! 俺は目立たない貢献でいい!」


 アイが紙を抱えて、直樹のほうを見る。


「ダーリン、アタシの紹介文、見て」


「ダーリンは消せ」


「今は呼んだだけ!」


「それも見出しに拾われるから怖いんだよ!」


 アリスがぽつりと言う。


「“ダーリンは消せ”も、タイトルっぽい」


「タイトルにするな!」


 美咲が赤ペンを置いて、ため息をついた。


「文化祭特別号を作るだけで、なんでこんなに危ないのよ」


 直樹は遠い目をした。


「うちのクラス、素材が強すぎるんだろ」


 アリスがにやっと笑う。


「今、自分で素材って言った」


「しまった!」


 光が静かにタブレットを閉じる。


「皆さん、ありがとうございます。いただいた内容は、関係者に不利益が出ないよう、慎重に整理します」


 直樹は胸をなで下ろした。


「本当に頼む」


 光は続ける。


「なお、内部見出し案については、生徒会で別途検討します」


 直樹は再び叫んだ。


「だから内部見出しを作るなぁぁぁ!」


 アイはその横で、書き直した自己紹介文を大事そうに持っている。


『文化祭でドラ焼きカフェを頑張りました。学校に参加できて楽しかったです。悪魔的に楽しかったです』


 直樹はそれをちらっと見て、少しだけ肩の力を抜いた。


 悪魔要素は残っている。


 でも、世界征服も契約も消えた。


 それだけで、今日のところはかなりの進歩だ。


 ――ただし、教室の黒板の端には、いつの間にか誰かが小さく書いていた。


『囚われの一般男子、叫ぶ』


 直樹はチョークを取って、全力で消した。


「残すな!」


* * *


 放課後。


 直樹たちは、生徒会室に集められていた。


 鳴海真奈。


 白金光。


 真央直樹。


 天満アイ。


 佐藤美咲。


 鏡野アリス。


 以上、文化祭特別号に関する広報会議の関係者である。


 なお、直樹はまたしても「関係者」という単語に胃を痛めていた。


「……俺、文化祭でドラ焼きカフェを手伝っただけなんだけどな」


 美咲が横から言う。


「そのあと魔法少女に救出対象にされたでしょ」


「それは俺のせいじゃない!」


 アイが元気よく手を上げる。


「アタシは文化祭に参加したよ!」


「お前は参加の途中で何度も征服って言った」


「でも申請はした!」


「申請すれば何でも許されると思うな!」


 アリスは椅子に座りながら、きょろきょろと生徒会室を見回している。


「なんか、広報会議って言われると、ちょっと編集部っぽいよね」


 直樹は半眼で言った。


「俺の人生を編集するなよ」


「そこまではしないって。たぶん」


「たぶんをつけるな」


 正面の席で、光がタブレットを開いた。


 相変わらず穏やかで、声も柔らかい。


 だが、その手元には、文化祭特別号の下書きらしき資料が複数並んでいる。


 それだけで、直樹は背筋が寒くなった。


 光が説明を始める。


「文化祭そのものは大盛況でした。来場者数、模擬店の売上、生徒アンケート、いずれも良好です」


 アイがぱあっと笑う。


「ドラ焼きカフェも?」


「はい。独創性と接客への評価が高いです」


「やった! 人間界征服に一歩――」


「参加」


 真奈が静かに訂正した。


 アイは背筋を伸ばす。


「参加に一歩近づいた!」


 直樹は小声で言う。


「今のはかなり危なかった」


 光は続ける。


「ただ、魔界反応、未確認魔法活動、魔法少女活動審査など、掲載に注意が必要な事案が複数あります」


 直樹は即座に顔をしかめた。


「複数あるのが嫌だ」


 美咲も腕を組む。


「文化祭特別号の注意事項じゃないわよね、それ」


 アリスが笑う。


「普通は“落とし物がありました”くらいだよね」


「うちは“魔法少女活動審査”だからな」


 直樹が言うと、真奈が静かに資料を整えた。


「本日の目的は、文化祭特別号に掲載してよい情報と、掲載すべきでない情報を整理することです」


 アリスが手を上げる。


「それ、広報会議っていうより、情報封印会議じゃない?」


 光は穏やかにうなずいた。


「その表現は近いかもしれません」


 直樹は叫んだ。


「近いのかよ!」


 真奈は表情を変えずに言う。


「広報には、知らせる役割と、守る役割があります」


 アリスは少しだけ目を瞬かせた。


「守る役割?」


 光が頷く。


「はい。読まれることと、載せてよいことは違います」


 その一言で、アリスは少しだけ黙った。


 さっきまでなら、「でもタイトル強いよ?」と返していたかもしれない。


 けれど、今日は違った。


 アイが魔法少女に敵認定されて、少し傷ついた顔をしていたのを、アリスも見ている。


 直樹は、その沈黙に少しだけ気づいた。


 光は資料を開く。


「まず、掲載可能な情報です。文化祭の出し物名、売上傾向、生徒の感想、来場者へのお礼、各クラスの活動紹介」


 直樹はうなずく。


「それは普通だな」


「次に、掲載注意情報です。魔界風という表現、仔悪魔という呼称、魔法少女という表現、浄化、契約、救出対象、魔王ナオキ、正義の見守り」


「注意情報が多すぎる!」


 アイは不満そうに頬を膨らませる。


「仔悪魔も注意なの?」


 真奈が答える。


「本人の自称であっても、文脈によっては誤解を招きます」


「でもアタシ、仔悪魔ちゃんだよ」


「校内広報では、天満さんで十分です」


 アイはショックを受けた。


「ただの名字になった!」


 美咲が冷静に言う。


「広報ではそれでいいの」


 アリスが軽く手を上げる。


「じゃあ、“悪魔ちゃん”もだめ?」


 光が答える。


「本人が望む場面で、校内の親しい範囲なら問題ありません。ただし、記事として使うと、読んだ人の印象を固定してしまいます」


 直樹がうなずく。


「そうそう。書かれると逃げ場がなくなるんだよ」


 アリスは小さく息を吐いた。


「なるほどね。ノリで呼ぶのと、記事に残るのは違うか」


 真奈が頷く。


「特に、悪魔契約、未確認魔法、個人名、本人の意思に関わる内容は慎重に扱います」


 アイはおそるおそる手を上げた。


「アタシ、名前を伏せられるの?」


 直樹は即座に言った。


「伏せても“仔悪魔ちゃん”でバレるだろ」


 光は真面目な顔でうなずく。


「その点が問題です」


「問題として認められた!」


 アイは少しだけしょんぼりする。


「じゃあ、アタシのこと、何て書くの?」


 光は資料を見ながら言った。


「現時点の案では、“魔界風ドラ焼きカフェは、独創的な世界観と丁寧な接客で好評を得ました”としています」


 アイは目を丸くする。


「アタシ、いない」


「直接名前は出していません」


「悪魔要素も薄い」


「薄くしています」


 直樹は深くうなずいた。


「いい。すごくいい。薄味でいい」


 アイは直樹を見る。


「ダーリンは薄味が好きなの?」


「今は広報の話だ!」


 アリスが資料をのぞき込む。


「でも、これだと普通の記事だよね」


 直樹は即座に言った。


「普通の記事でいい!」


「いや、いいんだけどさ。文化祭の熱量っていうか、面白さも欲しくない?」


 光は少し考える。


「そこは必要です。記事として読まれなければ、文化祭の成果も伝わりません」


 直樹の顔が引きつる。


「嫌な予感がする」


 光は別の資料を開いた。


「そこで、内部検討用にいくつか見出し案を――」


「やっぱり来た!」


 真奈が光を見た。


「白金くん。攻めすぎた案は採用しません」


「はい。承知しています」


 光は落ち着いた声で読み上げる。


「採用候補は、“文化祭、大盛況のうちに終了”」


 直樹は胸をなで下ろす。


「まともだ」


「内部候補として、“仔悪魔ちゃん、文化祭を制覇?”」


「まともじゃない!」


 アイが身を乗り出す。


「それ、かっこいい!」


 美咲が即座に止める。


「制覇してない」


 光はさらに続ける。


「“魔法少女、校内安全に新課題”」


「事実だけど載せるな!」


「“契約者の叫び、文化祭後も続く”」


「俺を見出しにするな!」


 アリスが思わず笑いをこらえる。


「ごめん、それは読みたい」


「読むな!」


 真奈が赤ペンを持った。


 その瞬間、室内の空気が少しだけ引き締まる。


「白金くん」


「はい」


「正式候補は、一番目のみです」


「承知しました」


 直樹は感動した。


「真奈会長、やっぱり強い……」


 アイが真奈を見て小声で言う。


「生徒会魔王……」


「生徒会長です」


「すみません」


 訂正が早い。


 光は資料を閉じ、全員を見る。


「今回の記事では、誰かを面白い素材として扱うのではなく、文化祭で何が行われたのかを伝える形にします」


 アリスは少しだけ真面目な顔でうなずいた。


「うん。そのほうがいいかも」


 直樹はアリスを見る。


「今日はやけに聞き分けがいいな」


「昨日のことがあったし。悪魔ちゃんが、敵って言われてちょっとへこんでたの見たから」


 アイがぱっと顔を上げる。


「アリス……」


「だから、勝手に面白くして広げるのは違うかなって。タイトルだけなら強いけど、本人が嫌ならだめなやつ」


 美咲が小さく笑う。


「半分どころか、今日は八割くらい偉い」


「十割くれてもよくない?」


「残り二割はさっき見出しに乗ったぶん」


「厳しい」


 直樹は、光へ向き直った。


「白金。俺の叫びは?」


「正式記事には使いません」


「魔法少女の浄化未遂は?」


「使いません」


「仔悪魔ちゃん制覇は?」


「使いません」


「魔王ナオキは?」


「一切使いません」


 直樹はようやく椅子に深く座った。


「……助かった」


 光は穏やかに微笑む。


「ただし、記録としては残します」


 直樹は即座に立ち上がった。


「助かってなかった!」


 真奈が補足する。


「校内安全上の記録は必要です」


「安全記録に俺の叫びはいらないでしょう!」


 宙のワラ人形の声が、生徒会室の隅から聞こえた。


「叫び、危機察知ログ」


 直樹は振り向く。


「お前、いつからいた!?」


 宙は生徒会室の隅に立っていた。


「観測」


「呼ばれてないだろ!」


 真奈が静かに言う。


「見上さん。入室記録をお願いします」


 宙は無言で用紙に名前を書いた。


 ワラ人形が低く言う。


「申請、完了」


 直樹は頭を抱えた。


「この学校、無断侵入すら申請で後追い処理されるのか……」


 真奈は改めて全員を見た。


「では、文化祭特別号は、白金くんの方針で進めます。掲載内容は文化祭の成果を中心に。未確認魔法活動、悪魔契約、個人が特定される騒動は非掲載。必要な安全注意は別途、校内連絡で行います」


 光がうなずく。


「はい」


 アイが小さく手を上げる。


「ドラ焼きカフェが好評だったっていうのは、載る?」


「載ります」


 アイの顔が明るくなる。


「じゃあ、いい!」


 直樹はその顔を見て、少しだけ肩の力を抜いた。


 悪魔としてではなく。


 契約者の相手としてでもなく。


 文化祭に参加した生徒の一人として。


 そのくらいなら、記事になってもいいのかもしれない。


 そう思った直後、光がぽつりと言った。


「内部見出しには、“仔悪魔ちゃん、学校に参加する”も候補として残しておきます」


 直樹は叫んだ。


「だから内部見出しから離れろぉぉぉ!」


* * *


 生徒会広報会議は、正式に「関係者インタビュー」へ移行した。


 白金光は、タブレットを机の上に置き、穏やかな声で言った。


「では、文化祭特別号作成のため、簡単な聞き取りを行います」


 直樹は即座に身構えた。


「簡単な聞き取りって言葉、最近信用できなくなってきた」


 真奈が静かに言う。


「事実確認です」


「事実確認って言葉も、だいぶ怖いです」


 アイは隣で少しわくわくしている。


「インタビューって、アタシ有名人みたい!」


 美咲が即座にたしなめた。


「調子に乗らない。記事に載るかどうかを決めるための確認でしょ」


 アリスは少しだけ肩をすくめる。


「でも、インタビューって聞くと、ちょっとそれっぽいよね」


 直樹は半眼で言った。


「それっぽくするな。俺たちは部活の大会で優勝したわけじゃない。文化祭のあと魔法少女に浄化されかけただけだ」


 光がタブレットに目を落とす。


「今の発言は、状況説明として分かりやすいですね」


「記録するな!」


 光はまず、直樹へ向き直った。


「真央くん。文化祭と魔法少女騒動を通じて、一番印象に残っていることは?」


 直樹は一秒も迷わなかった。


「平穏が死んだこと」


 光は頷いた。


「そのまま載せると強いですね」


「載せるな!」


 アリスが小さく笑う。


「でも、めっちゃキャッチー」


「キャッチーにするな!」


 光は真面目に言う。


「では、“多くの出来事がありましたが、文化祭を無事終えられてよかったです”に整えます」


 直樹は少し考えた。


「……それは俺が言ったことになるのか?」


「趣旨としては」


「趣旨が別人みたいに穏やか!」


 真奈が頷く。


「広報文としては適切です」


「俺本人としては違和感しかない!」


 光は次に、アイを見る。


「天満さん。文化祭で学んだことは?」


 アイはぱっと背筋を伸ばした。


「征服より参加のほうが、みんなと一緒にできる!」


 真奈が静かに頷いた。


「よい表現です」


 美咲も少しだけ感心した顔をする。


「ちゃんと覚えてるじゃない」


 アイは得意げに胸を張った。


「うん! アタシ、文化祭で学んだ! みんなで準備して、みんなでお店をやって、ドラ焼きを売って、学校に参加する! その先に、いつか平和的な征服が――」


 直樹は即座に叫んだ。


「戻すな!」


 真奈の赤ペンが、机の上で静かに構えられる。


 アイはびくっとする。


「い、今のは記事にしないで」


 光は穏やかに言った。


「“征服より参加のほうが、みんなと一緒にできる”までを採用候補にします」


「よかった!」


 直樹は深く息を吐く。


「危なかった。あと三秒遅かったら、文化祭特別号が悪魔宣言文になるところだった」


 アイはむっとする。


「ダーリン、アタシそんなに危険?」


「記事になると危険」


「じゃあ口で言うだけなら?」


「それも場面による」


 美咲が即答した。


「だいたい止める」


 アイはしょんぼりした。


「人間界、表現の自由が難しい」


 アリスが苦笑する。


「自由はあるけど、見出しになると別なんだよね」


 光はその言葉に小さく頷き、タブレットへ入力した。


 次に、生徒会室の端に座っていた那々美へ視線を向ける。


 那々美は、さっきからずっと背筋を伸ばしていた。


 魔法少女姿ではない。


 今日は普通の制服だ。


 だが、膝の上には星型チャームが置かれている。


 直樹はそれを見るだけで、少し胃が重くなった。


 光が尋ねる。


「珠瀬さん。文化祭後の未確認魔法反応について、現在の状況を簡単にお願いします」


 那々美は真面目な顔で答えた。


「はい。文化祭後に悪魔反応を確認しましたが、現在は浄化を保留し、正義の見守りを継続しています」


 直樹は額を押さえた。


「言い方が全部強い」


 アイが那々美を見る。


「やっぱり監視してるんだ」


「監視ではありません。正義の見守りです」


「言い換えても監視だって昨日言われてたよ」


 那々美は少しだけ頬を赤くする。


「表現を改善中です」


 光は穏やかに言った。


「表現を調整しましょう」


 直樹はすかさず突っ込む。


「監視って言うと強いけど、見守りでも怖いからな!」


 真奈が資料を見ながら補足する。


「記事では、“校内安全確認の一環として、未確認魔法活動への注意を継続しています”程度が妥当です」


 那々美は真剣にメモを取る。


「校内安全確認……」


 アイが首をかしげる。


「それ、アタシが確認される側?」


 直樹は言う。


「そうだけど、かなり柔らかくなった」


 アイは微妙な顔をした。


「柔らかい監視……」


「だから監視って言うな」


 宙のワラ人形が、生徒会室の隅から低く言った。


「やわらか監視」


「変な商品名みたいにするな!」


 真奈が宙を見る。


「見上さん。発言する場合は、記録に残ります」


 宙はワラ人形の口を手で押さえた。


 光は次に、アリスへ向き直る。


「鏡野さん。文化祭と、その後の騒動について、広報上気をつけるべき点はありますか」


 アリスは少し考えたあと、いつもの軽い調子で言いかけた。


「文化祭、悪魔ちゃん、魔法少女、真央のツッコミ。素材としては全部強――」


 そこで止まった。


 少しだけ目を伏せる。


「……ごめん。今の“素材”って言い方、よくないか」


 光は穏やかに頷いた。


「素材という言葉は、本人が嫌がる場合があります」


 アリスは小さく息を吐いた。


「……それ、だよね」


 直樹は少し意外そうに見る。


「本当に反省してる」


「だから、珍しそうに見ないでって」


 アリスは頬をかきながら続けた。


「面白いのは本当なんだよ。文化祭も、悪魔ちゃんも、魔法少女も、真央のツッコミも。でも、面白いからって勝手に広めたら、本人たちは困るんだよね」


 美咲が小さく笑う。


「分かってるなら、かなり進歩」


「佐藤さん、今日ずっと採点厳しい」


「あなたにはこれくらいでちょうどいい」


 アイはアリスを見て、少し嬉しそうに言った。


「アリス、アタシのこと勝手に広めない?」


 アリスは軽く手を振る。


「広めないよ。悪魔ちゃんが載りたいって言うなら別だけど、勝手にはしない」


「うん」


 アイは胸の前で手を握る。


「アタシ、悪い悪魔じゃないって分かってほしいけど、変なふうに広まるのは嫌かも」


 直樹は横から言う。


「じゃあ、まず変な自己紹介をやめろ」


「ダーリン、今いい流れだった!」


「いい流れでも事実は挟む」


 光は、そのやり取りを静かに見ていた。


 それからタブレットにまとめる。


「整理します。真央くんは、個人の受難を記事化されたくない。天満さんは、文化祭に参加したことは伝えたいが、悪い悪魔として広がるのは望まない。珠瀬さんは安全確認を継続したいが、監視表現は調整が必要。鏡野さんは、面白さと公開可否を分けて考える必要がある」


 直樹は思わず感心した。


「ちゃんとまとまった……」


 光は微笑む。


「広報ですので」


 アリスが小さく手を上げる。


「でも、ここまでまとまると、逆に見出しつけたくならない?」


 直樹は即座に叫ぶ。


「なるな!」


 光は少しだけ視線を逸らした。


「内部見出しとしては――」


「言うな!」


 真奈が赤ペンを持ち上げる。


「白金くん」


「はい。正式記事には使いません」


 直樹は机に突っ伏した。


「正式記事以外の世界が怖すぎる……」


 アイは直樹の隣で、少しだけ笑った。


「ダーリン、でもアタシのこと、悪く書かれなさそうだよ」


 直樹は顔を上げずに答える。


「そうだな。そこはよかった」


 アイは嬉しそうに揺れる。


「じゃあ、インタビュー成功?」


「俺の平穏は死んだままだけどな」


 光が静かにメモを取る。


「“平穏は死んだまま”……」


 直樹は顔を上げて叫んだ。


「だからそれを記録するなぁぁぁ!」


* * *


 白金光は、広報担当である。


 生徒会広報補佐として、校内掲示、学級連絡アプリ、行事記事、注意喚起文、訂正文まで、だいたいの「文字になるもの」を整えている。


 物腰は柔らかい。


 言葉遣いも丁寧。


 判断も冷静。


 ただし、見出し案だけはたまに危険だった。


「では、内部見出し案を整理します」


 光がそう言った瞬間、直樹は椅子から半分立ち上がった。


「待て。今、“内部”って言ったな」


「はい。正式掲載用ではありません」


「その説明で安心できたことが一度もない!」


 真奈は資料に目を通しながら、赤ペンを手元に置いている。


 美咲はすでに腕を組んで、アイが変な方向に乗らないよう監視している。


 アリスは、反省したとはいえ、目が少しだけ楽しそうだ。


 アイは、単純にわくわくしている。


 直樹は思った。


 この場で一番危険なのは、光が用意した見出しそのものではない。


 それを面白がる周囲である。


 光はタブレットを操作し、淡々と読み上げた。


「第一案。『仔悪魔ちゃん、文化祭を制覇?』」


「却下!」


 直樹は即答した。


 しかし、アイの反応は違った。


「ちょっとかっこいい!」


「かっこよくない!」


 美咲が即座にアイを見る。


「制覇してないでしょ」


「売上はよかったよ!」


「文化祭の成功を征服換算するな!」


 直樹のツッコミが飛ぶ。


 アイはむくれる。


「でも、ドラ焼きカフェは好評だったもん」


「好評と制覇は違う!」


 アリスが横から言う。


「タイトルだけなら、かなり読まれると思う」


「読むな!」


 光は穏やかにうなずいた。


「見出しとしては読まれると思います。しかし、関係者の誤解や不利益が大きいので、採用しません」


 直樹は少しだけ胸をなで下ろす。


「白金がまともで助かる……」


「ただ、内部保管用としては残します」


「助からなかった!」


 真奈が静かに光を見る。


「白金くん。保管目的を明確に」


「次回以降、類似表現を避けるための参考資料です」


「それなら可とします」


「可にしないでください!」


 直樹の叫びをよそに、光は次の見出しへ進む。


「第二案。『魔王ナオキ、平穏を求める』」


 直樹は机を叩いた。


「俺は魔王じゃない!」


 アイが首をかしげる。


「でも、ダーリンは前に魔王候補って出てたよ?」


「出たのが間違いなんだよ!」


 アリスが笑う。


「“平穏を求める魔王”って、ちょっと人気出そう」


「人気を出すな!」


 美咲が淡々と指摘する。


「真央直樹本人が嫌がってる時点でアウト」


 真奈も頷く。


「個人の不利益が大きいため、正式掲載不可」


 直樹は真奈を見た。


「ありがとうございます。会長だけが俺の人権を守ってくれる」


 真奈は表情を変えずに言う。


「ただし、異常事態の中心にいる頻度については、別途記録します」


「完全には守られてなかった!」


 光は続ける。


「第三案。『魔法少女、悪魔と和解未遂』」


 那々美はその場にいない。


 なのに、なぜか星型のチャームがどこかで反応しそうな見出しだった。


 アイは考え込む。


「和解未遂ってことは、まだ和解してない?」


 直樹はうなずく。


「してないな。監視されてるし」


 美咲が訂正する。


「正義の見守り、らしいわよ」


「言い換えても監視だろ」


 アリスは少しだけ笑いをこらえる。


「未遂ってつけると急に事件っぽくなるね」


 直樹は光を指さす。


「そういう事件っぽさを校内広報に持ち込むな!」


 光は穏やかに言う。


「こちらも正式掲載はしません。表現として、魔法少女側と天満さん側の関係が対立的に見えすぎます」


 アイが少しだけ口を尖らせる。


「アタシ、対立したいわけじゃないよ。浄化は嫌だけど」


「そこは全員嫌だ」


 美咲が即答した。


 光は次へ進む。


「第四案。『契約者のツッコミに学ぶ危機管理』」


 直樹は立ち上がった。


「俺のツッコミを教材にするな!」


 アリスが手を叩きそうになり、途中で止める。


「……ごめん、今ちょっと読みたいと思った」


「思うな!」


「だって、危機管理としては実用的じゃない? “まず叫ぶ”“次に止める”“最後に生徒会へ”みたいな」


「俺の一日を研修資料にするな!」


 ベル先生がいたら、間違いなくスライド化していた。


 直樹はその想像だけで頭が痛くなった。


 真奈は資料に赤線を引く。


「真央くん個人への負担が大きいため不可」


「ありがとうございます!」


「ただし、危機発生時の対応例として、匿名化すれば参考になる可能性はあります」


「匿名化しても絶対俺だって分かるやつです!」


 光はさらに読み上げる。


「第五案。『文化祭後、浄化魔法が測定器に命中』」


「事実だけど載せるな!」


 美咲が額を押さえる。


「文化祭特別号に載る文章じゃないわね」


 アリスがぽつりと言う。


「科学部の活動報告っぽくすればワンチャン……」


「ない!」


 アイは不思議そうに言った。


「測定器、魔法少女モードになったよね?」


「それも載せるな!」


 光は真面目に頷く。


「こちらは鈴鳴先生の実験機材に関わるため、本人同意と実験計画書、掲載許可が必要です」


 直樹は遠い目をした。


「手続きが整えば載る可能性があるみたいな言い方をやめてくれ」


 真奈が即座に言う。


「現時点では掲載不可です」


「現時点って言葉も嫌いになりそうです」


 光は最後の案を読み上げた。


「第六案。『正義の見守り、始まる』」


 生徒会室に、一瞬だけ沈黙が落ちた。


 直樹はゆっくりと顔を上げる。


「怖い」


 美咲も頷く。


「怖いわね」


 アイは小さく手を上げた。


「アタシ、それ見守られる側?」


「そうだな」


「やっぱり怖い!」


 アリスは少し考えてから言った。


「タイトルとしては優しいのに、実態を知ってると完全に監視宣言なんだよね」


「だから載せるな!」


 光は静かにタブレットを閉じた。


「以上が内部見出し案です」


 直樹は両手を机についた。


「ひとつも載せるな!」


 アリスが小さく言う。


「でも読みたい」


「読むな!」


 アイはまだ一つ目の見出しに未練があるらしい。


「“仔悪魔ちゃん、文化祭を制覇?”は、やっぱりちょっとかっこいいと思う」


 美咲が即座に切る。


「制覇してないでしょ」


「売上はよかったよ!」


 直樹が叫ぶ。


「文化祭の成功を征服換算するな!」


 光は柔らかく微笑んだ。


「見出しとしては、どれも読まれると思います」


「認めるな!」


「しかし、関係者の誤解や不利益が大きいので、採用しません」


 直樹はもう一度、胸をなで下ろした。


「白金がまともで助かる……」


 光は穏やかな声で続けた。


「ただ、内部保管用としては残します」


「助からなかった!」


 真奈が赤ペンを手に取る。


「正式掲載用の見出しは、こちらで統一します」


 資料の一番上に、真奈の整った字で書かれていた。


『文化祭、大盛況のうちに終了』


 直樹はそれを見て、心の底から安堵した。


「普通だ……」


 アイは少し物足りなそうに言う。


「悪魔要素がない」


「なくていい」


 アリスは笑う。


「でも、普通にいい見出しだね」


 光も頷く。


「文化祭の記事ですから」


 直樹は椅子に座り直した。


「そうだよ。文化祭の記事なんだよ。悪魔契約と魔法少女浄化未遂の特集じゃないんだよ」


 そのとき、宙のワラ人形がどこからともなく低く言った。


「裏見出し、存在」


 直樹は振り向いた。


「だからお前はいつからいるんだ!」


 宙は生徒会室の隅で、静かに手を上げた。


「見出し反応、観測中」


「観測するな!」


 光が少しだけ考え込む。


「裏見出しという考え方も――」


「採用するな!」


 真奈の赤ペンが、こつん、と机を叩いた。


「白金くん」


「はい。正式記事には採用しません」


 直樹は頭を抱えた。


「正式記事以外の場所で、俺の人生がどんどん記事化されていく……」


 アイが直樹の袖を引いた。


「ダーリン、でも正式には載らないんでしょ?」


「まあな」


「じゃあ、よかった」


 アイは少しだけ笑った。


 直樹はその顔を見て、文句を飲み込んだ。


 たしかに、正式には載らない。


 仔悪魔ちゃんは文化祭を制覇しない。


 魔王ナオキは平穏を求めない。


 魔法少女と悪魔の和解未遂も、契約者のツッコミも、浄化魔法が測定器に命中した件も、正義の見守りも、文化祭特別号には出ない。


 出ないはずだ。


 そのはずなのに、光のタブレットの片隅に「内部保管」と書かれたフォルダができているのを、直樹は見逃さなかった。


「白金」


「はい」


「そのフォルダ名、何」


 光は少しだけ間を置いた。


「参考資料です」


「正式名称は?」


「文化祭関連・非掲載見出し集」


「消せぇぇぇ!」


 生徒会室に、今日何度目か分からない直樹の叫びが響いた。


* * *


 文化祭特別号の正式見出しは、ひとまず安全な方向に決まった。


『文化祭、大盛況のうちに終了』


 普通。


 あまりにも普通。


 直樹にとっては、それだけで拍手したいくらいの快挙だった。


 しかし、問題がひとつ残っていた。


 アイが納得していなかった。


「うーん……」


 生徒会室の机に向かい、アイは腕を組んでいる。


 目の前には、何度も書き直された自己紹介文。


 最初の案は、美咲の赤ペンでほぼ真っ赤になった。


 次の案は、真奈の赤ペンで丁寧に解体された。


 さらにその次の案は、直樹が見た瞬間に「裁判で不利になる」と言って封印した。


 アイは唇を尖らせる。


「アタシ、悪い悪魔じゃないって分かってほしいだけなのに」


 直樹は椅子にもたれかかった。


「だったら、まず悪い悪魔っぽい単語を減らせ」


「悪魔なのに?」


「そういうところだぞ」


 アイはしばらく考え、それからぱっと顔を上げた。


「じゃあ、こうする!」


 新しい紙に、勢いよく文字を書いていく。


 そして、胸を張って読み上げた。


『天満アイ。良識ある参加型仔悪魔。契約者の意思を尊重しつつ、ドラ焼きと世界征服を愛する学園生活実習生です』


 直樹は一秒で突っ込んだ。


「世界征服を消せ!」


「えー!」


「“えー”じゃない! そこが一番だめだ!」


 美咲が紙をのぞき込み、赤ペンを構える。


「あと、“契約者の意思を尊重しつつ”って、わざわざ書くと逆に怪しい」


「どうして!? 尊重してるって書いてるのに!」


「本当に尊重してる人は、そこを自己紹介で強調しないの」


 アリスがうんうんとうなずく。


「“怪しくありません”って書いてある広告ほど怪しいやつ」


 アイは両手で頭を抱えた。


「人間界の広報、難しい!」


 直樹はぼそりと言う。


「悪魔契約よりは健全だけどな」


「ダーリン、今ちょっとひどい」


「ちょっとじゃない。かなり本音だ」


 真奈はアイの文章を静かに見て、赤ペンでいくつか線を引く。


「“良識ある”は自称すると信用度が下がります。“参加型”は校内活動としては悪くありません。“仔悪魔”は文脈によっては注意。“契約者”は不可。“世界征服”は当然不可です」


 アイはしょんぼりした。


「残ったの、参加型だけ……」


 光が穏やかに言う。


「“文化祭に参加しました”で十分伝わりますよ」


「でも、それだとアタシがどんな悪魔か分からないよ」


「広報で全人格を説明する必要はありません」


「アタシの悪魔人格が……」


 直樹はこめかみを押さえた。


「悪魔人格って言うとまた怪しくなるからやめろ」


 アイは紙をもう一枚取った。


「じゃあ、こう!」


『天満アイ。ドラ焼きが好きです。文化祭でカフェを頑張りました。世界征服は現在、校内規定により調整中です』


「調整するな!」


 美咲が赤ペンを走らせる。


「最後、削除」


「でも事実だよ?」


「事実でも載せていいとは限らないの」


 光が少しだけ頷いた。


「その通りです。事実であっても、掲載によって誤解を招く場合はあります」


 アリスが小さく手を上げる。


「“世界征服は調整中”って、タイトルだけならちょっと読みたい」


 美咲が見る。


「アリス」


「はい、今のは悪ノリでした」


 直樹はため息をついた。


「成長してるのかしてないのか分かりにくいな」


 アイはさらに考え込む。


 いつものように騒いではいる。


 けれど、今日は少し違った。


 有名になりたい。


 目立ちたい。


 すごい悪魔だと思われたい。


 そういう浮ついた感じだけではない。


 アイは本気で、自分の見え方を気にしている。


 魔法少女に敵として見られたことが、まだ少し残っているのだろう。


 光も、それに気づいたらしい。


 彼はタブレットから目を上げ、静かに尋ねた。


「天満さんは、有名になりたいというより、誤解されたくないのですね」


 アイの手が止まった。


 少しだけ、生徒会室が静かになる。


 アイは紙を見つめたまま、小さく言った。


「……うん」


 いつもの元気な声より、少しだけ小さい。


「悪魔だけど、悪いだけじゃないって、分かってほしい」


 直樹は少しだけ目をそらした。


 美咲も、赤ペンを止める。


 アリスは黙った。


 真奈は何も言わず、アイの言葉を待っている。


 アイは続けた。


「アタシ、悪魔だし、契約するし、ドラ焼き好きだし、世界征服も……まあ、好きだけど」


「そこは好きなんだな」


 直樹が小さく突っ込む。


 アイは少しだけ笑った。


「でも、文化祭は楽しかった。みんなと準備して、ドラ焼き売って、美咲に怒られて、アリスに飾りつけ教えてもらって、真奈会長に申請直されて、光に告知文直されて、ダーリンにいっぱい止められて」


「最後、俺の負担が多い」


「うん。だから、アタシ、学校に参加したって思った」


 アイは紙を胸元に寄せる。


「それが、悪魔だから悪いってだけに見えたら、ちょっと嫌」


 直樹は、ぽりぽりと頬をかいた。


「なら、余計に変な文章で広めるな」


 アイが顔を上げる。


「ダーリン」


「何だよ」


「直して」


「俺を広報担当にするな」


「だって、ダーリンはアタシのこと、悪くないって言ってくれたでしょ」


 直樹は言葉に詰まった。


 美咲が横からにやりとする。


「言ったわね」


「言ったけど! それと広報文は別だろ!」


 アリスもにこにこしながら言う。


「でも、真央が書いたら一番角が取れるかもよ」


「角はアイにもうあるだろ!」


「そういう意味じゃないって」


 光が穏やかに紙を差し出した。


「では、皆さんで一文ずつ整えましょう。正式記事に載せるかは別として、天満さん自身が納得できる紹介文を作ることは、意味があると思います」


 真奈も頷く。


「ただし、世界征服、契約者、供物、魂、浄化、魔王ナオキは使用不可です」


 直樹が叫ぶ。


「最後、俺が混ざってる!」


 アイは鉛筆を握り直す。


「じゃあ、まず名前」


『天満アイです。』


「普通ね」


 美咲がうなずく。


「次、文化祭」


 アイが書く。


『文化祭では、魔界風ドラ焼きカフェを手伝いました。』


 真奈が確認する。


「出し物名として許容範囲です」


 アイは少し嬉しそうに続ける。


『みんなと一緒に準備して、学校に参加できて楽しかったです。』


 光が小さく頷く。


「とてもよいと思います」


 アリスも笑う。


「いいじゃん。ちゃんとしてる」


 アイはそわそわしながら、直樹を見る。


「ダーリン、悪魔要素は?」


 直樹はしばらく考えて、言った。


「最後に一文だけなら」


 アイの顔が輝く。


「うん!」


 直樹は目をそらしながら言う。


「“悪魔的に楽しかったです”くらいなら、まあ……比喩として通るだろ」


 アイはぱあっと笑った。


「それ、入れる!」


 美咲が赤ペンを構えたまま、少しだけ笑う。


「まあ、それくらいならいいんじゃない」


 真奈も確認する。


「誤解を招かない範囲の表現として、ぎりぎり可です」


「ぎりぎりでも可!」


 アイは嬉しそうに紙を掲げた。


『天満アイです。文化祭では、魔界風ドラ焼きカフェを手伝いました。みんなと一緒に準備して、学校に参加できて楽しかったです。悪魔的に楽しかったです。』


 直樹はそれを見て、少しだけ肩の力を抜いた。


 世界征服はない。


 契約者もない。


 ダーリンもない。


 それでも、ちゃんとアイらしい。


「……いいんじゃないか」


 アイは直樹を見た。


「ほんと?」


「少なくとも、最初のやつより百倍ましだ」


「褒め方!」


 アリスが笑う。


「真央の褒め方、基本的に比較対象がひどいんだよね」


 美咲がうなずく。


「昔からよ」


「昔から言うな!」


 光は、その紹介文をタブレットに写した。


「正式記事では、この内容を参考にして整えます」


 アイは少しだけ不安そうに聞く。


「悪魔的に楽しかった、残る?」


 光は微笑む。


「表現として残せるか、真奈さんと確認します」


 真奈は静かに言う。


「文脈次第です」


 アイは真剣にうなずいた。


「文脈、大事」


 直樹は少し笑った。


「お前が文脈って言葉を覚えたの、結構な進歩だな」


「アタシ、成長してる仔悪魔だから」


「そこを記事にするなよ」


 光が小さく呟く。


「成長する仔悪魔……」


 直樹は即座に振り向いた。


「白金」


「はい」


「今、見出しにしようとしたな?」


「内部候補として少し」


「するな!」


 アイは紙を抱きしめながら、少しだけ照れたように笑っていた。


 悪い悪魔じゃないと、全部の人にすぐ分かってもらうのは難しい。


 けれど、少なくとも今ここにいる何人かは、アイがそうなろうとしていることを知っている。


 直樹は、そのくらいで今は十分だと思った。


 その直後、アイが元気よく言った。


「じゃあ次は、“世界征服を愛する”を人間界向けに言い換える練習――」


「しなくていい!」


 やっぱり、十分ではなかった。


 生徒会室に、直樹のツッコミが響いた。


* * *


 アイの自己紹介文が、どうにか「世界征服を愛する学園生活実習生」から「文化祭でドラ焼きカフェを頑張った転校生」くらいまで人間界に適応したころ。


 生徒会室のドアが、こんこん、と丁寧に叩かれた。


「失礼します」


 入ってきたのは、珠瀬那々美だった。


 制服姿。


 背筋はまっすぐ。


 表情は真剣。


 手には、クリアファイル。


 その姿は、どこからどう見ても真面目な女子生徒である。


 ただし、クリアファイルの表紙には、星型のシールが貼られていた。


 直樹は、それを見た瞬間に察した。


「……嫌な予感がする」


 那々美は真奈の前まで進み、丁寧に一礼した。


「鳴海会長。昨日の件について、報告書を作成しました」


 真奈は表情を変えずに受け取る。


「確認します」


 光も隣からタブレットを構えた。


「必要であれば、広報用の表現へ調整します」


 直樹は小声で美咲に言う。


「今、“必要であれば”って言ったな」


 美咲も小声で返す。


「たぶん必要になるわね」


 アイは首を伸ばして、報告書を見ようとしている。


「アタシのこと書いてある?」


 那々美は真面目に頷いた。


「はい。正確に記録しました」


 直樹は頭を抱えた。


「正確って言葉がもう怖い」


 真奈が一枚目を読み上げる。


「表題。『正義の見守り報告書』」


 直樹は即座に突っ込んだ。


「表題から怖い!」


 那々美はきょとんとする。


「怖いですか?」


「見守りって書いてあるのに、報告書がつくと完全に監視なんだよ!」


 那々美は少しだけ頬を赤くした。


「監視ではありません。正義の見守りです」


「書類にしたら余計に監視だ!」


 真奈は冷静に続きを見る。


「対象。天満アイさん」


 アイが自分を指さす。


「アタシ、対象?」


「種別。仔悪魔見習い」


「種別まで書かれてる!」


「関係者。真央直樹さん」


 直樹は椅子から立ち上がった。


「また俺が関係者!」


 那々美は真剣に言う。


「悪魔契約の中心人物ですので」


「その中心から抜けたいんだよ!」


 美咲が報告書をのぞき込む。


「状態……悪魔契約継続中?」


 アイは胸を張った。


「継続中!」


 直樹が即座に言う。


「胸を張るな」


 真奈はさらに読む。


「危険度。保留」


 アイが眉をひそめる。


「保留ってなに?」


 那々美は説明する。


「現時点で、ただちに浄化すべき危険性は確認されていません。ただし、悪魔であり、契約が継続している以上、観察は必要です」


 直樹は額を押さえた。


「説明すればするほど監視」


「監視ではありません」


「正義の見守りだろ? 分かってるよ! 分かってるけど怖いんだよ!」


 アリスが報告書を横から見て、ぽつりと言った。


「これ、タイトルだけなら“魔法少女、悪魔ちゃんを監視開始”だよね」


「タイトルにするな!」


 光が静かにメモを止めた。


「正式見出しにはしません」


「内部見出しにもしないでくれ!」


 真奈は赤ペンを手に取った。


 その動きだけで、生徒会室に少しだけ緊張が走る。


「珠瀬さん」


「はい」


「個人を一方的に監視対象とする表現は避けてください」


 那々美は真剣に頷く。


「では、見守り対象」


「それも強いです」


「では、正義的配慮対象」


「さらに強いです」


 直樹は叫んだ。


「名前が変わるたびに怖くなってる!」


 アイは不安そうに手を上げた。


「アタシ、なんでそんなに対象にされてるの?」


 美咲が即座に答える。


「悪魔だからでしょ」


「美咲までひどい!」


「でも、浄化されるほどじゃないって話になったでしょ」


 アイは少しだけ安心したように頷く。


「うん。ダーリンが言ってくれた」


 直樹はそっぽを向く。


「今それを蒸し返すな」


 光が報告書を見ながら、穏やかに言った。


「校内広報上は、“未確認魔法活動に関する安全確認”程度が妥当です」


 那々美はメモを取る。


「未確認魔法活動に関する安全確認……」


 アイも同じ言葉を繰り返す。


「安全確認……」


 そして、自分を指さした。


「アタシ、安全確認される悪魔?」


 直樹は少し考えたあと、言った。


「悪く聞こえないだけ、まだましだ」


「ましなの!?」


 真奈は赤ペンで、報告書の上からいくつか修正を入れていく。


『対象:天満アイ』に線。


 横に、


『関連生徒:天満さん』


『種別:仔悪魔見習い』に線。


 横に、


『本人申告:仔悪魔見習い』


『監視方針:正義の見守り』に大きな線。


 横に、


『校内安全確認を継続』


 直樹は感心半分、恐怖半分で見ていた。


「会長の赤ペン、悪魔契約より強いな」


 アイが小声で言う。


「アタシ、真奈会長とは契約したくない」


「勝てないからな」


「うん」


 真奈は顔を上げる。


「契約ではありません。確認です」


 アイと直樹が同時に背筋を伸ばした。


「はい」


 アリスが小さく笑う。


「二人とも反応早っ」


 そのとき、生徒会室の隅から、低い声がした。


「監視、言い換え成功」


 全員が振り向く。


 見上宙が、ワラ人形を抱えて立っていた。


 直樹は叫ぶ。


「お前、またいつの間に!」


 宙は無表情で答える。


「安全確認」


「それも言い換えた監視だろ!」


 ワラ人形が続ける。


「関連生徒、増加」


「増やすな!」


 真奈は落ち着いた声で言う。


「見上さん。入室記録を」


 宙は無言で記入用紙に名前を書いた。


 ワラ人形が低く言う。


「手続き、完了」


 直樹は頭を抱える。


「この学校、手続きさえ踏めば怪しい行動が全部通る気がしてきた……」


 光は修正版の報告書を確認し、那々美へ返した。


「珠瀬さん。この内容であれば、校内安全確認の資料として扱えます。ただし、広報には個人名や詳細な契約状況は載せません」


 那々美は真剣に頷いた。


「分かりました。今後は表現に注意します」


 直樹は少しだけ安心する。


「よかった。これで監視感が減った」


 那々美は続けた。


「では、今後は“正義の安全確認”として継続します」


「混ぜるな!」


 アイは腕を組んで考える。


「でも、“正義の見守り”よりはちょっと柔らかい?」


 美咲が微妙な顔をする。


「柔らかいようで、まだ硬いわね」


 アリスが笑う。


「魔法少女って、表現調整も大変なんだね」


 那々美は真面目に答えた。


「正義にも、配慮が必要だと学びました」


 直樹は思わずうなずく。


「それは本当に大事だな」


 光がタブレットに入力する。


「“正義にも配慮が必要”……」


 直樹は即座に反応する。


「白金、それ見出しにするなよ」


「正式にはしません」


「正式には、って言い方!」


 真奈は修正済みの報告書をファイルに入れた。


「では、この件は“未確認魔法活動に関する安全確認資料”として保管します」


 アイがほっと息を吐く。


「アタシ、監視対象じゃなくなった?」


 直樹は少し考えて言った。


「言葉の上ではな」


「中身は?」


「……安全確認される」


「やっぱり監視じゃん!」


 那々美はすぐに訂正する。


「監視ではありません」


 直樹が同時に叫ぶ。


「正義の見守りでもない!」


 光が穏やかに言う。


「校内安全確認です」


 宙のワラ人形が低くまとめた。


「やわらか監視」


 直樹は机を叩いた。


「まとめるなぁぁぁ!」


 生徒会室に、また直樹の叫びが響いた。


 そして光のタブレットには、ひっそりと新しい内部メモが増えていた。


『表現調整案:監視ではなく安全確認』


 直樹は、それに気づかないふりをした。


 気づいたら、また叫ぶしかなくなるからである。


* * *


 那々美の「正義の見守り報告書」は、真奈の赤ペンと光の表現調整によって、どうにか「未確認魔法活動に関する安全確認資料」へと進化した。


 進化した。


 たぶん。


 直樹の感覚では、監視がやわらかい名前になっただけである。


「言葉って怖いな……」


 直樹がしみじみつぶやくと、アイが首をかしげた。


「ダーリン、言葉でダメージ受けてる?」


「ここ数話ずっとな」


 そんな中、アリスのスマホが、ぴこん、と鳴った。


 アリスは何気なく画面を見る。


 学級連絡アプリの雑談欄だった。


 文化祭特別号の話題で、クラスメイトたちが勝手に盛り上がっている。


『悪魔ちゃんと魔法少女、マジだった?』


『星のステッキ見たって人いる?』


『真央、また叫んでた?』


『文化祭特別号に載る?』


『誰か写真ないの?』


『写真ないなら、せめて真央の名言だけでも』


『“俺を救出対象にするな!”って本当に言った?』


 直樹は横から画面をのぞき込み、顔を引きつらせた。


「名言にするな。事実確認もするな」


 アイもスマホをのぞき込む。


「アタシの名前、出てる?」


「“悪魔ちゃん”なら出てる」


「名前じゃないけどバレてる!」


 美咲はアリスの表情を見る。


 アリスは、いつものように「うわ、盛り上がってるじゃん」と笑わなかった。


 少しだけ、眉を下げていた。


「これ……写真なくても広がるんだ」


 美咲は静かに頷いた。


「そうよ。だから止めてたの」


 アリスは画面をスクロールする。


『文化祭特別号、裏版ほしい』


『悪魔ちゃんと魔法少女の相関図まだ?』


『真央は一般男子なのか問題』


『一般男子はあんなに巻き込まれないだろ』


「最後のやつ、誰だ!」


 直樹が叫ぶ。


 光がすぐにタブレットへ目を落とした。


「雑談欄の投稿者確認は、必要があれば可能です」


「いや、そこまでしなくていい!」


 真奈が静かに言う。


「個人特定は必要な場合のみです」


「会長が言うと本当にできそうで怖い!」


 アリスはスマホを置いた。


「面白いからって、乗せたら一気に広がるやつか」


 直樹は半眼で見る。


「今さら気づいたのか」


「気づいたから、今日は偉いってことで」


 美咲がすかさず言う。


「半分だけね」


「さっき八割くれたじゃん!」


「雑談欄を見てから気づいたぶん、二割引き」


「採点が厳しい!」


 アリスは頬をかきながら、少しだけ苦笑した。


「いや、でもさ。私、写真撮ってないから大丈夫って思ってたかも」


 直樹は言う。


「撮ってなくても、みんなが勝手にタイトルをつける」


「真央みたいに?」


「俺はつけられる側だ!」


 アイが少し不安そうにスマホを見る。


「写真なくても、アタシ、悪い悪魔って広がる?」


 アリスはその顔を見て、少しだけ黙った。


 それから、いつもの軽い調子より、少し柔らかい声で言う。


「広がるかも。だから、広げないほうがいいやつは広げない」


 アイはアリスを見る。


「アリス?」


「悪魔ちゃん、勝手に広めないから安心して」


 アイはぱちぱちと瞬きをした。


 それから、少しだけ笑う。


「うん。ありがと」


 アリスは照れくさそうに目をそらした。


「まあ、私が止めても、噂は勝手に走るんだけどね」


 美咲が頷く。


「だから、広報で変に燃料を足さないことが大事なの」


 光が静かに言った。


「その通りです。正式な記事が雑談欄の噂を補強してしまうことがあります」


 直樹は顔をしかめた。


「つまり、“公式が言ったから本当”ってなるわけか」


「はい」


「やめよう。公式、何も言わないで」


 真奈が即座に訂正する。


「文化祭の成果は伝えます」


「成果だけでお願いします。本当に」


 宙のワラ人形が、どこからともなく低く言った。


「噂、写真不要」


 直樹は振り向く。


「お前も雑談欄を見てるのか!」


 宙はスマホを持っていた。


「観測」


「見るな!」


「真央直樹は本当に一般男子なのか、という問いが増加中」


「増加するな!」


 アイがきょとんとする。


「ダーリン、一般男子じゃないの?」


「一般男子だ!」


 アリスがにやっと笑いかけて、すぐに口を閉じた。


 直樹がそれを見逃さない。


「今、何か言おうとしただろ」


「言わなかったから偉いでしょ」


 美咲が冷静に言う。


「そこは一割加点」


「やった、一割戻った!」


 光は雑談欄を確認し、少し考えた。


「校内連絡で、“文化祭特別号は文化祭内容を中心に掲載します”と補足しておきましょう。未確認魔法活動や個人に関する噂については、拡散しないよう注意も入れます」


 真奈が頷く。


「お願いします」


 直樹はほっとする。


「よし。これで多少は――」


 光が続けた。


「文案は、“噂の確認・拡散は控えてください”」


「まともだ」


「内部見出しは、“噂は写真より速く走る”」


「内部見出しを作るな!」


 アリスが小さく笑う。


「でも、それはちょっと名言っぽい」


「名言化するな!」


 アイはアリスの袖を軽く引いた。


「アリス」


「ん?」


「アタシ、広まるなら、ちゃんと分かってからがいい」


 アリスは一瞬だけ目を丸くした。


 それから、にっと笑った。


「じゃあ、悪魔ちゃんがちゃんと分かってもらえる文章、一緒に考えよ」


「うん!」


 直樹は思わず口を挟む。


「ただし、“世界征服”は禁止な」


 アイはむっとする。


「じゃあ、“世界参加”?」


「変な造語を作るな!」


 美咲がため息をつく。


「でも、少しは進歩したんじゃない?」


 真奈も静かに頷いた。


「公開しない判断も、広報の一部です」


 アリスはスマホを伏せ、少し照れたように笑った。


「じゃあ今日は、十割とは言わないけど、七割くらい偉いってことで」


 美咲は少し考えた。


「七割五分」


「刻むね」


 直樹は椅子にもたれかかる。


「俺としては、俺の叫びが雑談欄から消えたら百点なんだけどな」


 その瞬間、学級連絡アプリが再び鳴った。


『真央の叫び、文化祭特別号に載らないらしい』


『え、残念』


『じゃあ誰か覚えてる範囲でまとめて』


 直樹は机を叩いた。


「まとめるなぁぁぁ!」


 アリスはスマホを見て、今度はすぐに雑談欄へ入力した。


『本人が嫌がってるから、やめよ』


 数秒後。


『了解』


『じゃあ文化祭の写真に戻るか』


『ドラ焼きカフェの感想なら送れる』


 流れが、少しだけ変わった。


 アイがアリスを見る。


「すごい」


 アリスは照れ隠しのように笑う。


「まあね。校内SNSにも、流れってあるから」


 直樹は小さく息を吐いた。


「……助かった」


 アリスはにやりとする。


「今の、記事タイトルになる?」


「ならない!」


 生徒会室に、少しだけ柔らかい笑いが起きた。


 噂は勝手に走る。


 けれど、止めようとする人間がいれば、少しだけ方向は変えられる。


 直樹は、今日それを少しだけ学んだ。


 そして同時に、学級連絡アプリの通知音が前より嫌いになった。


* * *


 アリスが校内SNSの流れを少しだけ変え、直樹の叫びまとめが未然に防がれた。


 少なくとも、表面上は。


 直樹は椅子に深く座り、疲れ切った声で言った。


「今日はもう、このまま普通の文化祭記事を作って終わろう」


 アイがこくこく頷く。


「うん。アタシも悪魔的に楽しかっただけで終わる」


「悪魔的に、はまだ審査中だけどな」


 真奈は資料を整えながら、静かに言う。


「現時点では、文化祭特別号の方針は固まりました。未確認魔法活動については、安全注意として別途扱います」


 光も穏やかにうなずく。


「記事本文には、魔法少女、浄化、悪魔契約、救出対象といった表現は使用しません」


 直樹は胸をなで下ろした。


「よし。ようやくまともな空気になった」


 その瞬間。


 生徒会室のドアが勢いよく開いた。


「そのまともな空気に、教育的資料を追加しましょう」


 白衣。


 笑顔。


 手には分厚いファイルと、なぜか小型プロジェクター。


 鈴鳴ベル先生である。


 直樹は、机に突っ伏した。


「まともな空気、三秒しか持たなかった……」


 ベル先生は、まったく悪びれずに生徒会室へ入ってくる。


「文化祭特別号に、未確認魔法反応の測定結果を載せない?」


 直樹は顔を上げるより早く叫んだ。


「載せるな!」


 ベル先生はきょとんとする。


「あら、まだ資料を見せてないわよ?」


「先生が持ってきた資料は、見る前から危険なんです!」


 ベル先生はファイルを開いた。


 中には、カラフルなグラフ、謎の波形、星型の魔力反応図、そして直樹の叫び声らしき音量グラフが並んでいる。


 直樹は即座に指さした。


「今、俺の声がグラフになってませんでしたか?」


「大丈夫。個人名は伏せる予定よ」


「伏せても俺だって分かるやつだ!」


 ベル先生は楽しそうに、別の紙を取り出した。


「それから、決め台詞の長さと魔力出力の相関グラフもあるわ」


 制服姿の那々美が、びくっと肩を跳ねさせた。


「グラフにされたんですか!?」


「もちろん。とても興味深いデータだったわ」


 宙が、生徒会室の隅から静かに補足する。


「長いほど出力上昇。長いほど隙も上昇」


 那々美は赤くなった。


「後半は載せないでください!」


 直樹がすかさず言う。


「前半も載せるな! 決め台詞を研究論文にするな!」


 アリスはちらっとグラフを見て、口を押さえる。


「ごめん、ちょっと見たい」


「見たいと思うな!」


「だって、“長いほど隙も上昇”はさすがに面白い」


 那々美はしゅんとする。


「私、そんなに隙が……?」


 美咲がフォローする。


「まあ、名乗りの途中は誰でも隙だらけよ」


「フォローになってない!」


 アイは感心した顔でグラフを見る。


「魔法少女って、決め台詞が長いほど強くなるの?」


 ベル先生がうなずく。


「仮説だけどね。言語化によって自己認識と魔力出力が同期するのかもしれないわ」


 アイは目を輝かせる。


「じゃあアタシも、悪魔的決め台詞を長くすれば世界征服出力が――」


 直樹は即座に止めた。


「応用するな!」


 真奈が、静かにベル先生を見る。


 その瞬間、生徒会室の温度が二度くらい下がった気がした。


「鈴鳴先生」


「はい?」


「本人同意、実験計画書、掲載許可はありますか」


 ベル先生は一瞬、目をそらした。


「教育的資料として――」


「ありますか」


 真奈の声は静かだった。


 静かすぎて怖かった。


 ベル先生は、少しだけ黙った。


「……今から取るわ」


 直樹は両手を上げた。


「魔法より先に書類が来る学校、今日も健在!」


 アイが感心したように言う。


「真奈会長、魔法少女より強い」


 那々美も小さく頷く。


「正義にも手続きが必要なんですね」


 直樹は那々美を見る。


「昨日その話をしただろ!」


 光はベル先生の資料を受け取り、ざっと目を通した。


 見出し候補が、すでに一枚目に書かれている。


『文化祭後の未確認魔法反応を解析』


『星の力と悪魔反応の接触』


『決め台詞は長いほど強い?』


『契約者の叫びと魔力出力の関係』


 直樹は最後の行を見て叫んだ。


「俺の叫びを混ぜるな!」


 ベル先生は真顔で言う。


「でも、真央くんのツッコミ時に周囲の魔力反応が乱れるのよ。これは学術的に貴重で――」


「貴重にするな! 俺は観測装置じゃない!」


 宙のワラ人形が低く言った。


「ツッコミ、環境干渉あり」


「お前も分析するな!」


 光はしばらく資料を見てから、静かに閉じた。


「面白いですが、掲載しません」


 ベル先生は目を丸くする。


「どうして?」


 光は穏やかに、しかしはっきりと言った。


「面白いことと、載せてよいことは違います」


 直樹は思わず声を上げた。


「今日の白金、強い!」


 アリスも小さく拍手する。


「今の、かなり広報担当っぽかった」


 美咲がうなずく。


「いや、実際に広報担当でしょ」


 アイは光を見て、ぱちぱち瞬きをした。


「光って、見出しは怖いけど、ちゃんと守るんだね」


 直樹が即座に言う。


「見出しは怖いって本人の前で言うな」


 光は少し困ったように微笑む。


「自覚はあります」


「あるのかよ」


 真奈はベル先生の資料に赤ペンで大きく書き込んだ。


『掲載不可』


『本人同意不足』


『実験計画書未提出』


『個人特定リスク大』


『教育的資料として扱う場合も別審査』


 ベル先生はそれを見て、少し残念そうに肩を落とす。


「せっかくグラフの色も見やすくしたのに」


 直樹は叫ぶ。


「そこじゃない!」


 那々美が、おずおずと手を上げる。


「あの……私の決め台詞のデータは、削除されるのでしょうか」


 ベル先生はにこっと笑う。


「研究用には保存するわ」


「保存も困ります!」


 真奈が即座に言う。


「本人が削除を希望する場合、研究用途も再確認してください」


 ベル先生は少しだけ考える。


「では、匿名化して――」


 直樹が叫ぶ。


「匿名化しても“決め台詞が長い魔法少女”でバレます!」


 アリスがうなずく。


「現状、校内で一人しかいないしね」


 那々美はさらに赤くなる。


「一人しかいないって言わないでください……」


 アイは那々美の肩をぽんと叩いた。


「大丈夫。アタシも校内でたぶん一人だけの仔悪魔だから」


 那々美は少し困った顔をした。


「それは、励ましですか?」


「仲間っぽくない?」


「少しだけ……?」


 直樹はその様子を見て、少しだけ肩の力を抜いた。


 昨日は浄化対象と悪魔だった二人が、今日は「データにされたくない側」と「珍しい種族扱いされる側」で妙に分かり合っている。


 進歩と言っていいのかは分からない。


 ただ、魔法弾が飛んでこないだけ、かなりましだった。


 ベル先生は資料を抱え直しながら言った。


「仕方ないわね。掲載は見送るわ。ただし、今後の安全管理のために測定は続け――」


 真奈が赤ペンを上げた。


「鈴鳴先生」


「はい。実験計画書を提出します」


 直樹は感動すら覚えた。


「赤ペン一本でベル先生を止めた……」


 宙のワラ人形が低く言う。


「書類、対魔法性能高し」


「妙な分析だけど、今日は否定できない」


 光は資料を生徒会側の非掲載ファイルへ移し、タブレットに記録する。


「では、未確認魔法反応の測定データは文化祭特別号には掲載しません。安全確認資料として、本人同意と手続き確認後に扱います」


 直樹は深く頷いた。


「それでお願いします」


 ベル先生は名残惜しそうにグラフを一枚だけ持ち上げた。


「本当に載せない? この“決め台詞秒数と出力変化”の折れ線、きれいなのよ」


 那々美が即座に言う。


「載せないでください!」


 直樹も叫ぶ。


「折れ線の美しさで人の黒歴史を公開するな!」


 アリスが小さく笑う。


「黒歴史っていうか、星歴史?」


「うまくない!」


 アイがきょとんとする。


「星歴史って何?」


「覚えなくていい!」


 光は静かにメモを取る。


「“星歴史”……」


 直樹は机を叩いた。


「白金まで拾うな!」


 真奈の赤ペンが、またこつんと机を叩いた。


 全員が静かになる。


「文化祭特別号には、文化祭の成果を掲載します」


 その一言で、ベル先生も、アリスも、アイも、那々美も、そして直樹も黙った。


 真奈は続ける。


「魔法少女活動、悪魔契約、未確認魔法反応、測定データ、個人の叫びは載せません」


 直樹は心から言った。


「ありがとうございます」


 ベル先生は小さく手を上げる。


「個人の叫びは、研究資料なら――」


「載せません」


「はい」


 直樹は思った。


 やはり、この学校で一番強い魔法は、真奈の赤ペンかもしれない。


* * *


 魔法少女の決め台詞グラフは、どうにか文化祭特別号から追放された。


 直樹の叫びグラフも追放された。


 未確認魔法反応の測定結果も追放された。


 ついでに、ベル先生の「教育的資料としてなら」という危険な言い訳も、真奈の赤ペンによって提出書類の向こう側へ追放された。


 直樹は深く息を吐いた。


「……やっと文化祭の記事が作れるな」


 光はタブレットへ向き直り、落ち着いた声で言う。


「では、ここまでの確認内容をもとに、文化祭特別号の初稿を作成します」


 直樹は少しだけ警戒した。


「初稿って言葉、まだ安全か?」


「安全な方向で作成します」


「白金の安全な方向って、たまに情報が封印されすぎるからな……」


 光は指を滑らせ、数分で文章を整えた。


 真奈、美咲、アリス、アイ、直樹が画面をのぞき込む。


 そこには、こう書かれていた。


『本校文化祭では、複数の自主的活動が行われ、一部関係者による特殊な状況確認が実施されました。なお、関係する未確認事象については安全確認済みです』


 沈黙。


 直樹は画面を見つめたまま、ゆっくり口を開いた。


「何が起きたか何も分からないのに、何か隠してるのだけは分かる!」


 アリスが手を口に当てる。


「逆に怪文書っぽい」


 美咲も眉を寄せる。


「文化祭の記事というより、学校からの緊急声明ね」


 アイは不安そうに自分を指さした。


「アタシ、載ってる?」


 光は穏やかに答える。


「伏せています」


「伏せられた悪魔……」


「悪魔とも書いていません」


「じゃあ、伏せられた何か……?」


 直樹は額を押さえた。


「その表現も怖い」


 真奈は無言で赤ペンを取った。


 紙に印刷された初稿へ、すっと線を引く。


『複数の自主的活動』


 ざくっ。


『一部関係者』


 ざくっ。


『特殊な状況確認』


 ざくっ。


『未確認事象』


 ざくっ。


 直樹は思わず身を引いた。


「赤ペンの音が戦闘音に聞こえる……」


 アイは小声で言う。


「真奈会長の武器、赤ペン?」


 美咲も小声で返す。


「たぶん最強装備ね」


 真奈は静かに言った。


「文化祭の成果を中心にしてください。特殊事象は必要最小限で」


 光は素直に頷く。


「はい。情報保護を意識しすぎました」


 直樹は目を丸くする。


「白金が自分で認めた」


 アリスが笑う。


「隠しすぎると、逆に“何かあったんだな”ってなるやつ」


 光はタブレットに修正を入れる。


「では、具体的な文化祭成果を中心にします。来場者数、出し物紹介、生徒の感想、模擬店の売上、地域の方へのお礼」


 美咲がうなずいた。


「ドラ焼きカフェの売上とか、普通に載せればいいんじゃない?」


 アイがぱっと顔を上げる。


「載るの!?」


 光は微笑む。


「はい。魔界風ドラ焼きカフェは、アンケート評価も高かったので」


 アイは嬉しそうに両手を握った。


「魔界風って書いていい?」


 真奈は即答した。


「文化祭出し物名としてなら可。ただし契約、征服、供物は不可」


 アイが真剣に聞き返す。


「供物もだめ?」


 直樹が即座に突っ込んだ。


「だめに決まってるだろ!」


「でもドラ焼きは供物だよ?」


「文化祭では食品だ!」


「人間界、供物にも表記ルールがある……」


「供物として出すな!」


 アリスが笑いながら言う。


「“供物”って書いたら、普通に怖いよね。お客さんが何を差し出すのか分からないし」


 美咲がうなずく。


「お金を払ってドラ焼きを買うだけでしょ」


 アイは首をかしげる。


「お金を捧げてドラ焼きを得る……」


「捧げるな」


 直樹と美咲が同時に言った。


 光は修正文を読み上げる。


『魔界風ドラ焼きカフェは、独創的な雰囲気と丁寧な接客で多くの来場者に好評でした。特にドラ焼きを中心としたメニューは、親しみやすさと文化祭らしい楽しさが評価されました』


 直樹は目を細める。


「まともだ……」


 アイは少し物足りなそうにする。


「悪魔感が薄い」


「薄くていい」


 真奈は赤ペンを止めずに言った。


「“独創的な雰囲気”で十分です」


 アリスは画面を見ながら、少しだけ感心する。


「でも、ちゃんと褒めてるね」


 光は頷く。


「事実ですから」


 アイはその言葉に、ぱっと表情を明るくした。


「アタシたち、ちゃんと好評だったんだ」


 直樹は少しだけ目をそらす。


「まあ、そこはな」


 アイはにこにこする。


「じゃあ、もっと書いて! “仔悪魔ちゃんの接客が悪魔的に――”」


「戻すな!」


 真奈の赤ペンが、無言で構えられる。


 アイは背筋を伸ばした。


「……丁寧な接客でお願いします」


「よろしい」


 直樹は感動した。


「赤ペンだけでアイも止まった……」


 光は次の一文を作る。


『文化祭終了後には、校内の安全確認も実施されました』


 直樹はすぐに反応した。


「それ、魔法少女騒動をかなり薄めたな」


 光はうなずく。


「必要最小限です」


 真奈も確認する。


「可。ただし、詳細は別途安全連絡に回してください」


「はい」


 アイが手を上げる。


「“浄化”は?」


「不可」


「“正義の見守り”は?」


「不可」


「“安全確認される悪魔”は?」


「不可に決まってる!」


 直樹の声が生徒会室に響く。


 アリスが少し笑う。


「今の、また見出しっぽい」


「見出しにするな!」


 光がタブレットを見ながら言う。


「内部見出しとしては、“安全確認される悪魔”はかなり強いですが」


「言うな!」


 真奈が赤ペンで机をこつんと叩く。


「白金くん」


「はい。正式には使いません」


「正式以外もやめてください!」


 美咲が修正文を読み、少しうなずいた。


「これなら、普通に文化祭の記事として読めるんじゃない?」


 アリスも頷く。


「うん。面白すぎないけど、ちゃんと伝わる感じ」


 直樹はその言葉に安心しかけたが、すぐに眉をひそめた。


「“面白すぎない”って評価で安心する日が来るとはな」


 アイは画面をじっと見ている。


 自分の名前は出ていない。


 仔悪魔という言葉もない。


 契約も、征服も、供物もない。


 でも、魔界風ドラ焼きカフェが好評だったことは、きちんと書かれている。


 アイは小さく言った。


「……これなら、アタシが悪い悪魔って感じじゃない?」


 光は穏やかに答える。


「はい。文化祭で頑張った一員として伝わると思います」


 アイは少しだけ照れたように笑った。


「じゃあ、いい」


 直樹は、それを見て少しだけ口元を緩めた。


 その直後、ベル先生が未練がましく手を上げた。


「安全確認の一環として、魔力反応のグラフを小さく――」


 真奈の赤ペンが、こつん。


「不可です」


「はい」


 直樹はしみじみと言った。


「赤ペン、魔導兵器より強いな」


 宙のワラ人形が低く呟く。


「赤ペン地獄」


「地獄って言うな!」


 真奈は赤ペンを置き、修正後の原稿を全員へ示した。


『文化祭、大盛況のうちに終了』


『各クラスの出し物は多くの来場者に楽しんでいただきました。魔界風ドラ焼きカフェは、独創的な雰囲気と丁寧な接客で好評を得ました。文化祭終了後には校内の安全確認も実施し、今後も安心して行事を楽しめる環境づくりに努めます』


 直樹は大きく息を吐く。


「普通だ……! ちゃんと普通の記事だ……!」


 アリスが笑う。


「普通って、こんなにありがたいんだね」


 美咲が言う。


「直樹の人生では貴重だからね」


「俺の人生基準で普通を語るな」


 アイは紙面を見ながら、ぽつりと言った。


「悪魔的に普通」


「それはもう普通じゃない」


 光はタブレットに修正版を保存する。


「では、この方向で最終稿を作成します」


 直樹は念のため確認した。


「非掲載見出し集は?」


「別フォルダに保管済みです」


「消せぇぇぇ!」


 生徒会室に直樹の叫びが響く。


 けれど、少なくとも文化祭特別号の本文だけは、やっと文化祭の記事らしくなったのだった。


* * *


 文化祭特別号の原稿は、ひとまず形になった。


『文化祭、大盛況のうちに終了』


 その見出しは、平和だった。


 あまりにも平和だった。


 悪魔もいない。


 魔法少女もいない。


 魔王ナオキもいない。


 契約者の叫びも、浄化魔法が測定器に命中した件も、正義の見守りもない。


 直樹は、その普通さに感動していた。


「普通の記事って、こんなに尊いものだったんだな……」


 美咲に「感動するところ、そこ?」と呆れられ、アイに「悪魔要素が薄いよ」と不満を言われ、アリスに「普通すぎて逆に新鮮」と笑われたあと、会議はいったん解散になった。


 真奈は別件の生徒会業務へ戻り、美咲とアリスは教室へ戻った。


 アイは「ドラ焼きカフェが好評って書かれるなら、アタシも人間界に貢献したってことだよね!」とご機嫌で、なぜか宙に連れて行かれた。


 理由は分からない。


 分からないが、直樹は考えないことにした。


 考えると、また何かが起きる。


 放課後の生徒会室は、急に静かになった。


 窓の外では、文化祭の片づけを終えた校舎が、いつもの学校の顔に戻りつつある。


 机の上には、赤ペンで真っ赤になった初稿と、修正後の原稿。


 そして、白金光が一人でタブレットを見つめていた。


 直樹は、忘れていた筆箱を取りに戻ってきただけだった。


「あれ。白金、まだいたのか」


 光は顔を上げる。


「真央くん。忘れ物ですか?」


「筆箱。さっき会議中に机の下へ落とした」


「ありましたよ。こちらです」


 光が机の端から筆箱を差し出す。


 直樹はそれを受け取りながら、ちらりとタブレットを見る。


 画面には、文化祭特別号の原稿。


 その横には、非掲載見出し集。


 直樹は即座に指さした。


「まだ残ってる!」


 光は穏やかに答える。


「参考資料です」


「参考にするなって言ったよな?」


「正式記事には使いません」


「その言い方、毎回じわじわ怖いんだよ」


 光は少しだけ笑った。


 けれど、すぐにその表情が落ち着く。


「……真央くんたちの騒動は、記事としてはとても強いです」


 直樹は椅子を引き、向かい側に腰を下ろした。


「だろうな。嫌だけど」


「天満さんを“悪魔ちゃん”と書けば読まれます。珠瀬さんを“魔法少女”と書いても読まれます。真央くんを“囚われの一般男子”と書けば、たぶんもっと読まれます」


「最後だけやめろ」


「はい。やめます」


 光は素直に頷いた。


 その素直さが、逆に少しだけ直樹を黙らせた。


 光は画面の見出し案を見つめながら続ける。


「強い見出しは、読む人の目を引きます。けれど、強い見出しほど、本人の意思とは違う形で印象を固定してしまいます」


 直樹は、少しだけ黙った。


 アイが“悪魔ちゃん”と呼ばれて、嬉しそうにする顔。


 同時に、魔法少女に“悪しき悪魔”と呼ばれて、困ったように目を泳がせた顔。


 どちらも、同じアイだ。


 でも、見出しにすれば、そのうちの一つだけが残る。


「……まあ、そうだな」


 直樹はぽつりと言った。


「俺も“囚われの一般男子”って書かれたら、たぶん一生その扱いされる」


「はい」


「はい、じゃない」


 光は苦笑する。


「ですが、それは広報ではなく、消費に近いと思いました」


 直樹は光を見る。


 光はいつも通り穏やかだ。


 けれど、その声には、いつもの見出し遊びとは違う真面目さがあった。


「面白いから載せる。読まれるから残す。そうしてしまえば、文化祭の記事ではなく、真央くんたちの騒動を使った記事になります」


「……白金」


「だから、載せません」


 直樹は少しだけ表情を緩めた。


「助かる」


 素直にそう言うと、光は静かに笑った。


「はい」


 生徒会室の外から、遠くで生徒たちの声が聞こえる。


 文化祭の余韻。


 日常へ戻っていく音。


 直樹は椅子にもたれ、天井を見上げた。


「まあ、アイもさ。悪魔だけど、悪い悪魔って書かれたいわけじゃないみたいだし」


「そうですね」


「那々美も、魔法少女だけど、騒動を起こしたいわけじゃないんだろうし」


「はい」


「俺も、叫びたいわけじゃない」


 光は少し間を置いた。


「そこは、少し疑問が」


「疑問を持つな! 叫ばされてるんだよ!」


 光は笑った。


 直樹も、少しだけ笑った。


 静かな空気が戻る。


 そのまま終われば、いい話だった。


 そのまま終われば。


 光はタブレットを操作し、非掲載見出し集のフォルダを閉じた。


「正式記事には使いません。ただし、内部見出しとしては残します」


 直樹は椅子からずり落ちかけた。


「そこは譲らないんだな!」


 光は穏やかに言う。


「広報補佐にも、整理欲はありますので」


「整理欲って便利な言葉で俺の黒歴史を保存するな!」


「黒歴史ではありません。非掲載候補です」


「言い換えても黒歴史だ!」


 光は、少しだけ楽しそうにフォルダ名を見せた。


『文化祭関連・非掲載見出し集』


 中には、きっちり分類された項目が並んでいる。


『悪魔契約系』


『魔法少女系』


『真央くん受難系』


『使用不可だが語感のよい案』


 直樹は最後のフォルダを指さした。


「なんだその最悪の分類!」


「語感は大事です」


「大事にするな!」


 光は淡々と説明する。


「たとえば、“契約者の叫び、文化祭後も続く”は語感がよいですが、使用不可です」


「言わなくていい!」


「“魔王ナオキ、平穏を求める”も語感はよいですが、本人が否定しているため不可です」


「分かってるなら消せ!」


「“囚われの一般男子、叫ぶ”は――」


「一番消せ!」


 直樹の叫びが、生徒会室に響いた。


 光はタブレットをそっと伏せる。


「分かりました。正式には、絶対に使いません」


「正式以外でも使うな」


「努力します」


「努力目標にするな!」


 直樹は頭を抱えた。


 でも、不思議とさっきほど嫌ではなかった。


 光が面白がっているのは確かだ。


 見出しを考える癖も危険だ。


 けれど、少なくとも彼は、載せてはいけないものを分かっている。


 アイを悪い悪魔として消費しない。


 那々美を危険な魔法少女として消費しない。


 直樹を囚われの一般男子として――いや、そこは本当にやめてほしいが、とにかく、勝手に決めつけて広める気はない。


 直樹は筆箱をポケットに入れて立ち上がった。


「じゃあ、原稿は頼む」


「はい。文化祭の記事にします」


「俺の人生の記事にするなよ」


「しません」


「非掲載見出し集にも、これ以上追加するなよ」


 光は少しだけ視線を逸らした。


「内容によります」


「追加する気だ!」


 直樹が叫ぶと、生徒会室の外からアイの声がした。


「ダーリン、いた!」


 ドアが開き、アイが顔を出す。


「光、アタシの紹介文、悪魔的に楽しかったって残る?」


 光は穏やかに答える。


「検討中です」


「やった!」


「やってない。まだ検討中だ」


 直樹が突っ込む。


 その後ろから美咲も顔を出した。


「直樹、また叫んでる」


「叫ばされてるんだよ!」


 アリスも廊下から覗く。


「今の、非掲載見出しになる?」


「ならない!」


 光はほんの少しだけ微笑んだ。


「……“叫ばされる一般男子”」


「白金!」


「内部候補です」


「候補にするなぁぁぁ!」


 結局、直樹の叫びはまた生徒会室に響いた。


 ただし、その叫びが文化祭特別号に載ることはない。


 たぶん。


 おそらく。


 少なくとも、正式には。


* * *


 翌日。


 文化祭特別号は、何事もなかったかのように公開された。


 校内掲示板。


 学級連絡アプリ。


 各クラスの電子黒板。


 そこに表示された見出しは、直樹が何度見ても信じられないほど普通だった。


『文化祭、大盛況のうちに終了』


 普通。


 ちゃんと普通。


 悪魔もいない。


 魔法少女もいない。


 魔王ナオキもいない。


 囚われの一般男子も叫んでいない。


 直樹は教室の電子黒板を見上げ、思わず手を合わせそうになった。


「ありがとう、普通……」


 美咲が横から呆れた顔をする。


「文化祭の記事を見て拝む人、初めて見た」


「お前には分からない。普通の記事が普通に出ることの奇跡を」


「その奇跡、普通の学校では毎年起きてるけどね」


「うちの学校では神話級だ」


 アリスがスマホで記事をスクロールする。


「お、各クラスの出し物紹介も出てる。写真も普通に楽しそう」


 光の編集は、驚くほど丁寧だった。


 各クラスの出し物紹介。


 文化祭実行委員からの挨拶。


 来場者数。


 模擬店の売上傾向。


 生徒会から地域の人々への感謝。


 そして、直樹たちのクラスの記事。


『魔界風ドラ焼きカフェは、独創的な世界観と丁寧な接客で好評を得ました』


 それだけ。


 本当にそれだけだった。


 アイは自分のスマホを両手で持ち、画面をじっと見つめている。


「……アタシの悪魔要素、消えた」


 直樹は即答した。


「平和でいいだろ」


「でも、“仔悪魔ちゃん”も“世界征服”も“契約”もないよ?」


「全部なくて正解だ」


 美咲がアイの画面をのぞき込む。


「ちゃんと褒められてるじゃない。独創的な世界観と丁寧な接客、だって」


 アイは少しむくれる。


「丁寧な接客って、悪魔っぽくない」


「文化祭では最高の褒め言葉よ」


 アリスも笑って頷く。


「無難だけど、いい記事じゃん。ちゃんとお店として評価されてるし」


 直樹は腕を組む。


「無難って素晴らしいな」


「真央、無難への評価が高すぎ」


「俺の人生に一番足りないものだからな」


 そのとき、教室の後ろから、那々美が遠慮がちに近づいてきた。


 制服姿で、星型チャームは鞄の内側にしまっている。


 昨日よりも少しだけ、普通の女子生徒に見える。


「あの……未確認魔法活動については……」


 直樹は反射的に身構えた。


「載ってない。載ってなくていい」


 那々美は記事を確認する。


「本当に載っていませんね」


 ちょうどそこへ、光が教室の入口から入ってきた。


 手にはタブレット。


 表情はいつも通り穏やかだ。


「未確認魔法活動については、校内安全注意として別途通知済みです。文化祭特別号には載せません」


 那々美は真面目に頷く。


「なるほど」


 直樹はすかさず言った。


「納得するな。載せないでくれていいんだ」


 那々美は少しだけ首をかしげる。


「ですが、安全確認の記録は必要では?」


「記録は必要でも、文化祭の記事に星の魔法弾と浄化未遂は必要ない!」


 アイが自分を指さす。


「アタシの安全確認も?」


「それも載せなくていい!」


 光は静かに補足する。


「安全確認に関する注意喚起は、個人名を出さず、校内活動全体に関する表現にしています」


 アリスがスマホを見せる。


「これでしょ?」


 画面には、別の校内通知が表示されていた。


『校内での特殊活動・演出・実験・撮影については、事前に周囲の安全を確認してください』


『未確認の魔法的・魔界的反応を発見した場合は、担当教員または生徒会へ連絡してください』


 直樹は顔をしかめた。


「特殊活動の範囲が広すぎる」


 美咲が冷静に言う。


「広くしておかないと、あんたたちが毎回すり抜けるからでしょ」


「俺はすり抜けてない。巻き込まれてるだけだ」


 アイは通知を読みながら、真剣な顔で言う。


「魔界的反応って、アタシが反応したら連絡されるの?」


「たぶん、お前が何かしでかしたらな」


「しでかしてないときは?」


「なるべく静かにしてろ」


「仔悪魔の存在感を消せってこと?」


「校内では少し消していい」


 アイはむうっと頬を膨らませる。


 けれど、そのあともう一度、文化祭特別号の記事を見た。


『魔界風ドラ焼きカフェは、独創的な世界観と丁寧な接客で好評を得ました』


 何度見ても、悪魔契約とは書かれていない。


 世界征服とも書かれていない。


 でも、魔界風ドラ焼きカフェは、ちゃんと載っている。


 アイは小さくつぶやいた。


「でも、ドラ焼きカフェが好評って書いてある」


 直樹は少しだけ目をそらした。


「そこは事実だからな」


「アタシ、頑張った?」


「まあ、頑張ってたんじゃないか」


「ダーリン、そこはもっと褒めて」


「調子に乗るから嫌だ」


「乗らないから」


「今、もう半分乗ってる」


 美咲が笑う。


「でも、頑張ってたのは本当よ。接客も、最初よりだいぶましになったし」


 アイは嬉しそうに美咲を見る。


「美咲が“供物”って言うなって教えてくれたから!」


「普通に“商品”って言いなさいって言っただけ」


 アリスがにこにこしながら言う。


「飾りつけもよかったよ。悪魔ちゃんのセンス、派手だけど文化祭向きだった」


「ほんと?」


「うん。魔界風っていうより、ちょっとテーマパークっぽかった」


「テーマパーク……人間界の征服施設?」


「違う」


 直樹、美咲、アリスが同時に言った。


 光はそのやり取りを見て、少しだけ微笑む。


「記事としては、この程度の表現に留めるのが一番よいと思います。読む人には文化祭の楽しさが伝わり、関係者の事情は必要以上に広がりません」


 直樹はうなずいた。


「今日の白金、最後までまともだな」


 光は穏やかに答える。


「正式記事ですので」


「正式じゃないところは?」


「非掲載見出し集は別管理です」


「やっぱり消えてない!」


 アリスが笑う。


「でも、正式に載らないならいいじゃん」


「よくない。俺の叫びがどこかに保存されている事実がよくない」


 那々美が真面目に言う。


「記録は大切です」


「魔法少女側から正論っぽく言うな!」


 アイはスマホを胸に抱えた。


 ほんの少し、照れくさそうに。


「アタシ、悪魔って書かれなかったけど……これはこれで、嬉しいかも」


 直樹は横目で見る。


「悪魔要素が消えたのに?」


「うん。だって、悪いって書かれてないし。ちゃんとカフェが好評って書いてある」


 美咲がうなずく。


「それで十分でしょ」


「うん」


 アイは笑った。


 いつもの、世界征服を叫ぶ顔ではない。


 ドラ焼きを前にした顔でもない。


 学校の中に、自分の頑張ったことが少しだけ残ったのが嬉しい。


 そんな顔だった。


 直樹は、その顔を見て、少しだけ表情を緩めた。


「よかったな」


 アイはぱっと直樹を見る。


「ダーリンが言った!」


「何が」


「よかったなって!」


「言ったけど」


「もう一回!」


「調子に乗るな」


 アリスがすぐにスマホを持ち上げかけて、ぴたりと止まった。


 直樹は警戒する。


「今、撮ろうとしたか?」


「撮らない。これは勝手に載せないやつ」


 アリスは笑って、スマホをしまった。


 美咲がうなずく。


「八割五分」


「また刻む!」


 光はタブレットを閉じる。


「では、文化祭特別号については、このまま公開継続とします。訂正依頼があれば生徒会まで」


 直樹は心から言った。


「訂正依頼がない記事って、素晴らしいな……」


 その瞬間、学級連絡アプリにコメントがひとつ流れた。


『魔界風ドラ焼きカフェ、またやってほしい』


 アイの目が輝く。


「ダーリン! またやってほしいって!」


 直樹は即座に青ざめた。


「次の騒動の種を見つけるな!」


 アイは満面の笑みで言う。


「次はもっと良識ある参加型仔悪魔カフェに――」


「その肩書きは封印しろ!」


 教室に笑いが広がる。


 文化祭特別号は、無事に公開された。


 危険な見出しは載らなかった。


 直樹の叫びも載らなかった。


 アイは、悪い悪魔としてではなく、文化祭で頑張った生徒の一人として、少しだけ記事に残った。


 それだけで、今日のところは十分だった。


 ただし、光のタブレットの中には、非掲載見出し集がまだ残っている。


 直樹はそれを知らない。


 いや、知っている。


 知っているが、今日はもう見なかったことにした。


 人は、平穏のために忘れる努力も必要なのである。


* * *


 文化祭特別号は、無事に公開された。


 危険な見出しは載らなかった。


 直樹の叫びも載らなかった。


 魔法少女の決め台詞秒数と魔力出力の相関グラフも載らなかった。


 ベル先生の研究資料も載らなかった。


 仔悪魔ちゃん、文化祭を制覇。


 魔王ナオキ、平穏を求める。


 囚われの一般男子、叫ぶ。


 そういった恐ろしい文字列は、正式な記事からはきれいに消えていた。


 直樹は教室の自席に座り、スマホに表示された文化祭特別号を見ながら、深く息を吐いた。


「今回は、ちゃんと平穏に終わった気がする」


 美咲が横から言う。


「珍しいわね」


「お前、もう少し感動してくれてもいいだろ」


「だって、直樹が“平穏に終わった”って言うと、だいたい次の火種が来るし」


「不吉なことを言うな!」


 アイはスマホを胸に抱えて、にこにこしていた。


「アタシも、悪い悪魔って書かれなかった!」


「よかったな」


 直樹が何気なく言うと、アイはぱあっと顔を輝かせた。


「ダーリンがまた言った!」


「何が」


「よかったなって!」


「さっきも言っただろ」


「何回言ってもいいやつ!」


「調子に乗るな」


 アイは椅子ごと直樹のほうへ少し寄ってくる。


「ダーリンが広報から守ってくれた?」


 直樹はすぐに視線をそらした。


「白金が守ったんだよ。あと真奈会長の赤ペン」


「でも、ダーリンも嫌だって言ってくれた」


「俺が勝手に記事にされたくなかっただけだ」


「でも、アタシが悪い悪魔って書かれるのも嫌だったでしょ?」


「……まあ、そうだな」


 直樹が小さく答えると、アイは満足そうに笑った。


 美咲がその様子を見て、にやりとする。


「素直じゃないわね」


「うるさい」


 アリスがスマホをしまいながら言う。


「でも、今回は本当にいい感じに終わったよね。記事も無難、悪魔ちゃんも褒められた、真央の黒歴史も未掲載」


「黒歴史って言うな」


「非掲載見出し集?」


「もっと嫌だ!」


 光は廊下側の席で、静かにタブレットを閉じた。


「正式記事としては、これで完了です」


 直樹はその言葉に、心の底から安堵した。


「よし。完了。これ以上、続報なし」


 その瞬間。


 直樹のスマホが鳴った。


 ぴこん。


 学級連絡アプリの通知。


 直樹は固まった。


 美咲が真顔になる。


 アリスが「あ」と声を漏らす。


 アイだけが首をかしげた。


「ダーリン、見ないの?」


「見たくない」


「でも通知だよ?」


「通知だから見たくないんだよ」


 直樹は恐る恐るスマホを見る。


 文化祭特別号の下部に、小さな追記が追加されていた。


『一部、魔界関係者の来訪が予想されるため、続報を待つ』


 直樹は叫んだ。


「続報を待たなくていい!」


 アイが目を丸くする。


「魔界関係者?」


 アリスが身を乗り出す。


「え、なにそれ。次回予告みたいじゃん」


「乗るな!」


 光はタブレットを開き、追記を確認する。


「これは……こちらで入力した文章ではありませんね」


 直樹の顔が引きつる。


「じゃあ誰が入れたんだよ!」


「学級連絡アプリの外部連携欄から追加されています」


「外部連携するな!」


 そのとき、教室の扉が開いた。


 白衣を揺らして、ベル先生がひょこっと顔を出す。


「あ、それね。魔界実習管理局の広報システムが、今回の記事を拾ったみたいね」


 直樹は立ち上がった。


「拾うな!」


 アイは不思議そうにベル先生を見る。


「魔界実習管理局って、アタシの実習を見てるところ?」


「たぶんね」


「たぶんで済ませるな!」


 ベル先生は楽しそうに笑う。


「魔界側にも広報システムがあるのね。興味深いわ」


「興味を持つな! 先生が興味を持つとだいたい被害が広がる!」


 美咲が腕を組む。


「というか、魔界関係者って誰が来るの?」


 アイは首をひねる。


「うーん。アタシの実習を管理してる人? それとも、ドラ焼きの評価担当?」


「後者ならまだ平和なんだけどな」


 直樹が言うと、宙のワラ人形が低く告げた。


「平和、未確認」


 直樹は振り向く。


「だからお前はいつからいる!」


 宙は教室の後ろに立っていた。


 いつもの無表情。


 いつものワラ人形。


 いつもの不吉さ。


「観測中」


「何を!」


 ワラ人形が続ける。


「校則、呪術化の兆候」


 直樹は固まった。


「今度は何だ!」


 宙は淡々と言う。


「文化祭特別号。申請。掲載許可。安全確認。赤入れ。言葉の効力、上昇」


「説明されても分からない!」


 光が少し考え込む。


「校則や申請文が、魔界契約に対して一定の制約効果を持つ可能性……ということでしょうか」


 直樹は光を見る。


「今、理解しようとしたな?」


「広報補佐として、文言の効力には興味があります」


「興味を持つな! 今度は校則が魔法陣になるぞ!」


 その瞬間、直樹のスマホがもう一度鳴った。


 今度は生徒会長、鳴海真奈からの連絡だった。


『次回、生徒会規約と悪魔契約の整合性を確認します』


 直樹は叫んだ。


「やめてくれ!」


 アイは目を輝かせる。


「生徒会規約と悪魔契約! なんか強そう!」


「強くなくていい!」


 ベル先生が頷く。


「面白そうね。校則文に呪術的効力が宿るかどうか、測定器を――」


「出すな!」


 宙のワラ人形が低く言った。


「申請書、依代化の可能性」


「申請書を依代にするな!」


 アリスがにやにやする。


「次回、完全にタイトル決まってるじゃん」


「決めるな!」


 その瞬間、教室の空気が、なぜか番組終わりの予告みたいになった。


 窓の外で風が吹く。


 文化祭特別号の画面が光る。


 宙のワラ人形が、どこからか取り出した小さな札を掲げる。


 そして、存在しないはずのナレーションが響いた。


 ――悪魔契約を、校則で縛れるのか。


 ――校則文に、呪術的効力は宿るのか。


 ――ワラ人形は、申請書を依代にできるのか。


 ――そして、真央直樹の平穏は、校則で守られるのか。


 直樹は全力で叫んだ。


「最後だけ守ってくれ!」


 ナレーションは、容赦なく続く。


 次回。


『第11話 校則と呪術と悪魔契約!』


 アイは直樹の袖を引いた。


「ダーリン、校則で世界征服できる?」


 直樹は即答した。


「できないし、するな!」


 宙が静かに言う。


「可能性、微弱」


「探すなぁぁぁ!」


 直樹の叫びが教室に響く。


 文化祭特別号は、無事に終わった。


 悪魔ちゃんは悪い悪魔として記事にされず、ドラ焼きカフェは好評だったと記録された。


 光は広報として、載せるべきことと載せないことを選んだ。


 アリスは、面白さだけで広げないことを覚えた。


 那々美は、正義にも配慮が必要だと知った。


 そして直樹は、ほんの少しだけ、平穏に近づいた。


 ――はずだった。


 だが、平穏とはいつも、次回予告の直前にだけ存在する幻である。


 直樹はスマホを握りしめ、天井を仰いだ。


「誰か、俺の平穏を校則で保護してくれ……」


 アイは元気よく手を上げる。


「じゃあアタシ、“ダーリン平穏保護条例”作る!」


「お前が作ると契約書になるだろ!」


 ベル先生が笑顔で言う。


「まずは実験計画書ね」


「実験にするな!」


 光が静かにメモを取る。


「内部見出し。“平穏保護条例、制定未遂”」


「白金、最後までそれをやめろぉぉぉ!」


 こうして、文化祭特別号をめぐる広報騒動は終わった。


 そして、真央直樹の平穏は、またしても次回へ持ち越された。

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