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戦う犬の冒険  作者: 地藤零一
終章
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「晴れ渡る空。そして」



 大火の騒乱からはや数日。

 柳川の町は復旧作業に追われていた。

 ほとんど丸裸になった柳川城も再生の兆しを見せつつある。

 その中心、天守閣の残骸まだ手付かずの庭に、犬がいた。

 全身を包帯でぐるぐるの木乃伊にして、相変わらずむすっとした顔で、こんなのは納得いかんとばかりの胡座に不遜な頬杖で、ヤナギは瓦礫の城に陣取っていた。


 ここはどうしますか、こうしたほうがいいですな、ああしましょうこうしましょうといちいち報告しに来る家臣たちをうん、とか、あー、とか右から左に流しながら、煮えきらない気持ちを丸めようとしている。

 考えているのは翌木の事だ。


「あの女、どこからどこまでが本気だったのやら」


 翌木の目的は二つ。

 弁天院の娘を利用し、人器を必要としない国を作り上げること。

 それが叶わなければ、柳川の町を破壊すること。

 二つ目の目的は、柏槇という御用達の巫女から引き継いだものだというから、その当時のまま、山青と文渓の力関係を覆そうとする意図に基づいたものであるのは分かる。これは五稜郭に住まう犬どもが少なからず抱く危機感のようなもので、眠れる獅子を永遠に眠ったままでいて欲しいという願望が形になったものだ。


 だが一つ目。


「新たな国、だと?」


 不可解極まりない。二つ目の意図に矛盾する。

 結局翌木は最後まで、あの御方を弁天院の娘と勘違いしたままだったし、今更新たな国を作って第三極を増やしたところで、五稜郭の多くの犬たちは歓迎しないだろうに。

 それを、よりにもよって天元陛下の御意志である、などと妄言を吐いた。

 あるいは阿天座が天元陛下の意志を騙る不届き者の連中で、背後関係など最初から無い、舌先三寸の手合いだったのかもしれない。それなら役者というのも頷けるが。


「いや、楽観が過ぎる」


 真実、あった事だけ並べよう。

 柳川の町が焼け、至宝〝魂讃〟が失われた。

 近代設備はことごとく役立たずの張りぼてと成り果てた。

 人器を破壊する、目的の一部は果たされたわけだ。

 これが山青の衰退を狙っての事なら、何か違うとヤナギは思う。やろうと思えばあの藁人形でことごとく町を破壊できたはずなのだから。


 そう、あの藁人形は犬を殺さなかった。


 実のところそれほど町も被害は多くない。火の手が上がったのは地下のパイプに引火したのがきっかけで、藁人形の破壊によるものとは別だ。

 ひょっとすると──


「あの時すでに、目的は果たしていた?」


 藁人形が完成したその時点で、柳川から人器の恩恵は消え失せていた。

 町の破壊は目的ではなかった、とすれば。

 あの藁人形を作り出し、騒乱を巻き起こすことが何かのきっかけに過ぎなかったとしたら──

 背後にいるのは、五稜郭ではなかったというのか。

 ぶつぶつひとりで呟いていると、家臣が何事かを聞きつけてやって来る。


「上様。東へ放っていた密偵より、天領の軍に動きがあったとの報告が」


「言え」


「柳川の東方より四十里の山中にて転進。文渓の方へ戻って行った模様です」


 ヤナギはこれに舌打ちした。

 これで天領軍の動きは、翌木のはたらきに呼応したものだと分かった。

 柳川の軍備が思ったより削れていない事を知り、引き返したのだ。

 やはり背後に何者かがいる。

 そして、そいつの目的は翌木とは違うものだ。


 阿天座は利用されたのだ。


「──ハンッ! 理想を持つ者ほど御し易いということか!」


 反吐が出る。必ず引きずり出して切り刻んでやるとヤナギは心に決めた。

 鋼のこともある。

 あの御方のことも。

 いずれ大きな戦を起こして、すべてを巻き込んでやろうと決めていた。


「それと、弁天院女王殿下より書状を預かっております」


「ああ! そういや忘れてた…あのガキ来てるんだったな。ええい忌々しい!」


 悔しさの半分はそこにある。空飛ぶ船を駆って柳川を救ったのは、あのまだ十にも満たない小娘であったというのだ|(ヤナギは瓦礫に埋れていたため実際何が起きたのかは見ていない)。


 書面を広げてみると、おおよそこんなことが書いてあった。


『此度はわらわの働きにより、柳川が救われたこと、存分に感謝するがよいぞ。これは大きな貸しじゃ』


「わざわざ書くことかクッソ…」


『あと戦とか無闇にしないように』


「そりゃ相手から仕掛けて来るなら知らんナァ!」


『天領と話して不戦協定を結ばせる。近いうち呼ぶから、必ずそっちから来るように』


「………………クソがああああああああああああああぁぁぁぁぁあぁぁぁああああぁぁあ─────────ッ!!」


 響き渡る、抜けるような青空であった。

 すべてをあざ笑うかのように、まだ何も終わっていないし、何も始まっていないのだと天高く開いた空が告げている。


                 +


 この事件は〝兆候〟にすぎない。

 世界が爆ぜて沸き立つような、後に続く重大な出来事への──



長々とお付き合いありがとうございます。

「戦う犬の冒険」とりあえず一区切りです。


完結とは言いません。が、しばらくは別の活動に入りますので更新は途絶えます。気になる方はtwitterを覗いていただければ作者の怠けっぷりを堪能できることでしょう。


…いえいえ書きますって。

それではまたの機会に──

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