「彩なる意思の収斂」
動けなくなった巫女の代わりに鋼は十人分の働きを見せた。甲板員をひとり残らず収容して、右往左往する巫女に檄を飛ばす。何より今は残った数で態勢を立て直すことが重要であった。
藁人形は追って来ない。柳川城の周辺を破壊しながら、ゆらゆらと散策しているように見える。こちらが打って出てくるのを警戒しているようにも見えた。
座敷で膝を突き合わせ、アヤヒは甲板から戻ってきた鋼と相談する。
「鋼、助かったぞ。危うく打ち落とされるところじゃった」
「お互い様だ。それより、あのでっかいのをぶっ潰さなきゃならねえ。雅があれに捕まってるんだ」
「雅嬢があそこにいる以上こちらも派手な真似はできぬのじゃ。それに奴が、まだどんな手を残しているか分からん。迂闊に近付いてもまた捕らえられてしまうに違いない」
「あいつの事が分かればいいのか?」
「何か分かるのか?」
鋼は意味深に喉を鳴らした。
「情けなくなるぜチクショウ…父親ヅラしといて娘のこと、何にも分かってやれてなかったんだからな…」
「何のことじゃ?」
「雅が言ってたんだ。通信量と雑音量の比だ」
唐突に言われたため、何の事か分からなかったが、それはアヤヒにとって馴染みある言葉であった。
「人器のことかえ?」
「ああ、雅は人器の事を勉強していた。俺が知ってる言葉とは少し違ったが、。雅はあの女の人器の事を知ってたんだ」
翌木の操る模倣人器『彩七美』の事である。
「あれは魂讃と同じく、力を増幅させる類の人器じゃとわらわは見なしておったが」
「説明がつかない。ただ力を増幅して大きくしたってあんな巨体は動かせないだろ。体のでかい生き物は、頭とは別の場所にもうひとつの脳ミソを持ってるヤツもいるって言うぜ。犬が人器を操るための駆動力をいくら増やしたところで、そいつを操るための神経がなきゃ動かせない」
最初に戦った時、翌木は鎧武者を自分の手足のように操っていた。まるであの鎧武者の体の隅々まで神経が通っているように。凄まじい使い手だと思ったが、逆に言えは犬ひとりがやれるのは、あれが限界だという事だ。
「あの巨人を見てみろよ。隅から隅まで糸で出来てるんだぞ。何万本、ヘタすりゃ何億本の糸の束だ。あれに一本一本力を込めるなんて、絶対にムリだ」
「…力を増幅させたところで、それをすべて操れるわけではない。扱いきれず自分が振り回されてしまう、ということじゃな」
「いや、現にああやって操れてるつーことはだ、彩七美は力を増幅する人器じゃない。力を普通じゃ考えられないほど【細かく分けて使える人器】なんだ」
アヤヒは得心がいった。両手十本の指で鎧武者を操っていたのは、そういう原理だったのだろう。あの十本の糸の中に、何百何千何万もの意思が込められていたのである。
いくら人器に力を込めたところで意思には「雑念」が生じる。その雑念と、意思として与える「信号」を選り分け、いくつもの意味のある情報に枝分かれさせる人器。いわば彩七美は人器を操る精度を極限まで高めるための人器なのだ。
「そんなものがあるとは…とても犬に作れる人器ではない。あれは本物の人器なのかえ?」
「さあ、今はそんな事どーだっていい」
「鋼、たとえその通りだったとしてもじゃ、人器の駆動力はどうなる? 彩七美が力を増幅させる人器でなかったとすれば、どうやってあの巨体に力を込められるというのじゃ」
「それが魂讃だよ」
翌木は、すでに魂讃を掌握していたのだ。
「魂讃は柳川を地下で動かす動力源だ。彩七美で力を細かく分ける、魂讃で増幅する。あれはきっとそうやって動いてるんだよ」
「………」
考えられない話ではない。
人器と人器を組み合わせる。知恵と知恵が組み合わさる事で何倍もの力を発揮するように、人器とは人類が残した叡智そのものなのだから。
「さすがじゃ…そこまで見抜くとは。じゃが、肝心なところを忘れてはならんぞ。それを見抜いたうえであの者をどうやって止めるのかを考えなくてはならぬ。そして、わらわの見立てでは、おぬしは既にそれを持ってこの船に乗り込んできたのじゃろう?」
鋼は表情を変えなかった。
一度騙されたアヤヒにはよく分かった。鋼は何もわざわざこちらを助けるために船に乗り込んできたわけではない。この男は直情的に見えて計算尽くのところがある。こちらに、敵を斃しうる能力があると見込んでやって来たのだ。
でなければ、鋼はひとりで雅を助けて、物言わず立ち去っていたのだろうから。
「わらわは、もう自分を見失わぬ。あれを斃すのはわらわの証明なのじゃ。おぬしのこととは何の関係もない。おぬしは雅嬢を助けて、柳川どうなろうと見捨てて逃げられるが、わらわは違うのじゃ。斃す方法があるなら何としてもここで喋っていってもらおう」
鋼は何か言おうとして、口を開けたまましばらく……言葉を呑み込んだように見えた。
「その言い方じゃ俺が自分の娘以外、どうなってもいいみたいじゃねえか」
「当たらずとも遠からずじゃろ?」
「けっ、そう思ってればいいさ。だがな、俺にだって戦う理由があるんだ。自分だけ逃げて助かろうなんて思っちゃいねえ。後味わりーしな」
ふっ、うーん、とアヤヒは疑惑の眼差しを絶やさなかった。最初に会ったときの態度とはえらい変わりようである。
「翌木は三つの人器を使っている。ひとつは彩七美、次に魂讃、最後に吊天弦だ」
「やはりあの糸は吊天弦じゃったか」
「柳川の地下で使われてたみたいだな。あんな巨人が作れるほど大量にってところは腑に落ちないが、まあ出処はこの際カンケーない。問題は三つってところにある。『三つで一つ』ってところだ」
指を三本立てて説明した。
「この三つは伸び切って緊張した一本の糸なんだ。どれかが欠けてもあの巨人は形を保てない。巨人の形を保つ以外の事で妙に動きがのろいのは、それだけ危うい均衡でもってるって事に違いないぜ」
突ついただけで解けてしまった翌木の形をした傀儡。
胴体は大砲を食らっても焦げ目が付く程度だったのに、伸ばして枝分かれした腕は、バラバラになって払いのけられた。
「体を構成する強度が一定ではない、総身に力が回りかねるということか。じゃがそれだけで隙があると判断するには早計じゃろう」
「ああ、どこが脆いかなんて見て分かるもんじゃない。ここで大事なのは、三つも人器を使っている翌木は常にぎりぎりの状態だって事だ。俺が見たとき、アイツはヤナギにやられて重傷だった。執念だけでもってるくらいにな」
「じゃが事実、奴は巨大な藁人形を編み上げ暴れておるのじゃ! 奴の力が残り少なかろうと座して待つわけにはいかん!」
「そういう事じゃない。アイツは自分が崖っぷちに爪先立ちしてる事くらい分かってる。けど諦められなかった。ぎりぎりの緊張をこれから先も持たせる必要があった。綱渡りの縄を欲しがったんだ」
「綱渡りの縄…?」
深く息を吐くと、鋼は躊躇いがちに告げた。
「それが雅だ」
「…なにっ? 何故じゃ? 意味がわからん。雅嬢に何故そんなことができるのじゃ?」
「それは後で説明する。とにかく今の翌木には雅が支えなんだ。雅さえ取り戻せれば藁人形はなんとかなるかもしれない」
「それしきの根拠では弱いわ! よしんばそうだったとしても、雅嬢を取り上げればそれですぐさま奴が斃れるなどとは思えん! むしろ逆上して力尽きるまで町を破壊して回るかもしれん。手前に都合の良すぎる解釈じゃ!」
鋼はしばらく押し黙る。言っても仕方ない事であった。今は少ない根拠だろうと希望があるならそれに全て注ぎ込むしか無いのだから。
「なあ…吊天弦ってのは、何で出来てるんだ?」
面食らったがアヤヒは記憶を掘り起こして答える。
「あれは、紐状に加工されてはいるが、元は〝ヒヒイロカネ〟という貴重な金属じゃ。犬の力をまったく衰えさせず遠くまで伝えられる代物で、金剛石よりも硬く、絶対に錆びないとされておる。吊天弦に加工することで純度が下がって構造が脆くなってしまうようじゃが…だからと言って、集まれば大砲を弾き返すくらいの硬さはあるのじゃぞ」
「知ってる。けどこの際、硬さは関係ない」
そして、鋼は自分の見立てを打ち明けた。
「あいつは、軽いんだ」




