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戦う犬の冒険  作者: 地藤零一
5章
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「決別にあたわぬもの」

 翌木とヤナギの繋がりを強く疑った鋼は、単身柳川城へと乗り込む。そこで見たのはヤナギに倒される翌木と、今にも雅を連れて行こうとするヤナギであった。過去の因縁を断ち切るため、娘を救うために、ためらいなく鋼はその身を躍らせる。



 炎。


 闇の揺らぐ戦場に、鬼の目をした男が立つ。

 灼熱をまとう黒犬と赤熱に身を焦がす白犬。双方におぞましいほどの憎悪が影となり燃え盛っていた。


「お前、お前、お前っ」


 ヤナギは嗚咽めいた声を漏らす。


「死んだはずだろ…ええっ? 死んだって聞いたぞ。ええっ、おい、なあ、どういうことだ…? 天領で、無様にも、くびり殺されたお前が、どうしてここにいるんだ?」


 動揺。困惑。風をはらんで膨れ上がる烈火の記憶。


「あれほど、あれほど…っ俺に期待させておいて、何も一切成らなかったお前が! 無様にも生きているのか! 生きてそこに立つのか鋼牙!」


 責めるような口調ではなかった。

 それは真っ向からの憎悪と、歓喜の叫びだった。

 鋼が生きていた事が嬉しいのだ。


 文渓を落とすためにと同盟を持ちかけてきた涌泉連合の使者。八犬衆が一人、それがヤナギの知る『破城の鋼牙』であった。敵同士として再開する事を願ってやまなかった、消えてしまった相手。ヤナギに十年に渡る倦怠と退屈をもたらした宿敵だ。


「おいおいおいおいおいなんだ、これは夢か? 教えろ。何故お前がそこに立ってる? 今まで何をしていた!」


「五月蝿(うるせ)え」


 鋼の影が喋る。その目は赤く輝いていた。


「どいつもこいつも、昔の事をぎゃーぎゃーぎゃーぎゃー騒ぎやがって。お前が見ている俺はここにいないんだ。何が『破城の鋼牙』だ馬鹿馬鹿しい。まさかこの俺が、お前と決着をつけるために、わざわざ来てやったとでも思ってんのか。ああオッサン? 俺がそんなにお前の事を特別に見てるなんて、本気で思ってんのか?」


「わはは…あはははははははは、あははははははははははははははははははははははは!! 俺の目の前に立っておいて、お前なんかキョーミない? まるで口いっぱいにメシ頬張っておいて何も食べてないと言い張る小坊主のように滑稽だぞ! わはははははははは!」


 ひとしきり笑った後、ヤナギは一転して氷のような目で鋼を見据えた。


「そういう事じゃあないんだよ。俺は想像しているんだ。お前がこれまで、どんなザマで生き長らえてきたのかをなぁ。穴ぐらで怯えながら暮らしてきたのか? 誰かにかくまってもらって生きていたのか? 何にせよ、お前にはその娘を庇う理由が出来たわけだ。俺の前に立つだけの理由があるのだ。今のお前は、他人の運命を背負う目をしている。俺はその大きさを見定めたいんだよ。自分の敵となって立ちはだかる相手の重さを知りたいのだ。ホラ訊くぞ。何故だ。何故お前は、この夜、この土壇場に降り立った。お前の、戦う理由は、何だ! 答えろ鋼牙ァ!!」


 一切の迷いもなく鋼は答える。


「この子が俺のすべてだからだ」


 影が揺れる。庭に広がる炎が熱を失っていく。

 残されたのは、城を背負うヤナギと、少女を背に庇う鋼だけ。


「あの時とは違う。俺が負っているのは万の民でも部族の誇りでもない。この子一人(ひとり)だけだ」


 聞いて、ヤナギはあからさまに落胆の色を濃くした。


「…それだけか?」

「そうだ」

「そんなちっぽけな娘のために生きて、戦えると言ったのか?」

「そうだ」

「弁天院の、お飾りのお人形様に、お前の誇りも命も、預けたと言うのか?」

「んなもん知らねえよ」


 空気が割れた。


 大気そのものに亀裂が走って、互いにぶつかり合うような音であった。


 それはヤナギの発した大音声(だいおんじょう)。激情の炸裂であった。


「──見損なったぞおおお鋼牙! そんなものになり下がったか! そんなどこにでも転がっている小石のようなものに! 踏んで潰されるだけの矮小なものになり果てたのか!」


「──あなたなんかに、馬鹿になんてさせない!」


 そのとき食い下がったのは意外、雅だ。


「パパはあなたを楽しませるために生きてきたんじゃないもの! 命を奪うことでしか心を晴らせないあなたが、パパを馬鹿にしないで!」


「黙っていてもらおうか弁天院のお嬢様。私はお人形と話す趣味など無いのでね」


「だから…」


 鋼は絶句していた。

 雅が激昂している。

 雅がこれほど強い感情を、特に嫌悪感を表に出す事はこれまでめったに無かったのだ。いつも自分を押さえ込んでいて、言いにくいことは呑み込んでしまうような子だったから。


 同時に、生じたのは危機感であった。


 雅はまだ、自分の中の怒りとの折り合いどころを知らない。怒り慣れていないのだ。

 取り返しのつかない事をしてしまう予感。


「わたしはアヤヒ様じゃないって言ってるじゃないですか! わたしは、わたしは──」


「やめろ、雅、おちつけ!」


「わたしは──人間なのですっ!」


 からん、と。


 あっけなく仮面を脱ぎ捨てていた。


 素顔を晒していた。


「馬鹿にしないで! 一生懸命生きてるひとを馬鹿にしないで! パパにあやまれ! アヤヒ様にあやまれ! 自分の中の価値がすべてだなんて思わないで!」



コミックマーケット83にて頒布した「戦う犬の冒険3」からの内容になります。2日に1回のペースで掲載していく予定です。

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