「地下を照らす光」
柳川城は柳川のまさに中心にあり、周りの町はそこから放射状に広がって区画を整備されている。
この構造には意味がある。中心に近付くほど家屋は少なく、町を回すための重要施設が密集していた。その枝分かれの集約する場所が柳川城なのだ。
柳川は工業都市であり、要塞都市である。防備の要が柳川城にある事は疑いようも無い。だが町の動力を支えるものは、地上にそびえる古色蒼然とした城には見て取れなかった。
その本領は地下にある。
ところで翌木とともに本丸の庭へ乗り込んだ阿天座の手勢は、実は半分しかいない。
申の率いるもう半分の組は、隊伍を組んで地下へと侵入していた。
鉱石灯が青白く照らす整備用通路を、申はおっかなびっくりと進んでいく。
その手元には、柳川城を這う地下施設の、詳細に渡る見取り図が握られていた。そこには罠や歩哨の配置されていそうな位置、鍵の必要な場所と保管庫、迂回路などが事細かに記されている。
申は後ろから肩を叩かれた。
「なあ」
「うるっせ話しかけんな」
「なあなあ」
「なんだよしつけーな!」
「うちの姐御って何もんなんだ?」
またそれか、と申はあきれた。
翌木のいない時、思い出したように仲間内で上がる話題である。誰も本人に面と向かって訊ねる勇気が無いため、翌木の正体を当てる賭けだけが形式化し、胴元の申はちょっとした銀行でも開けそうだった。
今更と思うが、それは阿天座最大の謎でもあるのだ。
一番古株の申が実は知ってて隠してるんじゃないかと噂されており、よくこういう話題を振られては「わかんね」と返すのがお決まりであった。
申はこの時もそうした。
「知らね。なんで今その話?」
「だっておかしいだろうが。姐御ってば何で城の地図とか持ってんだ? どっから盗ってたんだよ」
もっともな疑問である。
先日、翌木が単身で城に乗り込み無傷で帰ってきた事もあり、城に入ってその手の資料を持ち帰るくらい、わけない気もする。
だが生憎と、翌木は目が見えない。
盗みだってひとりじゃこなせない。
地図と、そうでない紙切れの区別なんて付くだろうか。
「きっと城の奴を脅して手に入れたんだぜ」
「だったらまずくねえか? 待ち伏せされてるかも。罠の位置とか本当に合ってるのか?」
「……」
ここまで進んできた限り侵入を察知された気配は無かった。
「じゃあ俺たちの他に内通してた奴がいたんだな」
「そこだそこ。姐御は何者なのかって話。そんなこと俺らになんも話してくれてねーじゃん。姐御がどこまで誰と知り合いで、もともと何やってたのか、なんも知らねえ。まあ、こういう段取りが良くて頼りになるのはいいけどさ」
そういうことか。
阿天座は多かれ少なかれ、翌木の唱える理想に惹かれて集まってきた犬のまとまりだ。
故郷を追われた犬。故郷を奪われた犬。牢獄で長年自由を奪われていた犬。乞食をして、犬を殺して希望も無く生きながらえていた犬。
だから命を張る。他の犬から見れば下らないと思える事にも。最初から大事にする命など無かったのだから。
誰もが皆、翌木に心酔していた。
理想や目標。そんな輝いたものを見れる目に。暗闇の中で光を探し当てられるその足取りに。
けれど不安にもなるのだ。
自分たちはいいように利用されているだけではないのか?
非の打ち所のない夢のような理想を餌に、自分たちを駒のように扱っているだけではないのか。腹ではまったく別の野望を抱いているのではあるまいか。
いつか手痛い裏切りを受けるのではないか。
翌木の過去を当てる賭けなんて、皆面白がってやっちゃいるが、それは期待と不安の表裏なのだ。そうでもしないと怖くて仕方がないのだ。
「んじゃ、俺が訊いてみてやんよ」
「まじか!?」
「ああ、けっこうでかいヤマじゃんよ今回。うまくいったら話してくれそーな気がすんだよね」
「言ったな絶対だな。お前ら聞いたろ。ごまかしたら証言しろよ」
肩をすくめる。申だけはその手の不安とは無縁だった。
なぜなら、正体なんてどうでもいいから。
翌木が別に何者だって構わないから。
あれほど敵の矢面に立って、血路を開いていく姿には、一種のいじましささえ感じているから。
彼女もまた自分と同じ、命など無いところから這い上がってきたのが分かるのだ。
「おい、気を引き締めろよ。こっからはやり合う事になるぞ」
「おう」
「誰に言ってんだぜ」
「早く帰って姫さんをペロペロするぜ」
手に手に得物を従えて、地下の奥の、奥へと潜り進んでいく。




