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戦う犬の冒険  作者: 地藤零一
4章
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20/38

「門後の算段」



「まったく、このいと高き血統のわらわが、まさか賎民に紛れ柳川の土を踏む事になろうとはの!」


 一行は商犬たちに変装し、晴れて柳川入りを果たしたのだった。


 娘ばかりぞろぞろ押しかけては不自然なので、いくつかの巫女は分散させて町に入らせてある。


 厄介だったのはヤナギにやる褒美として持ち込んだ品々に、税金がかけられた事だ。これを鋼は口八丁で「我ら南部の豪族、これなるはヤナギ殿にご献上したく届け参った財である。くれぐれも手を付けてくれるな」と言って門兵に金を握らせた。だというのに「一応」とか「名目上は」とか何とか言って手続きに時間がかかったし、格安とは言えいくつかの品は手放なければならなかった。非常にがめつい。商犬たちがイライラしてるのも分かろうものである。


「にしても鋼、そなた慣れておるな。なかなか上手い口上であったぞ」


「もともと俺は商犬だったんだよ」


 アヤヒは目を丸くした。


「戦ってのは金がかかる。鎧やら槍やら刀、そんなもん元から持ってない雑兵がほとんどだよ。大軍を率いて戦争するにゃ金の工面が上手くなきゃどうにもなんねえもんな。小勢でこっそり町に入って引っかき回すのも、そん時よく使った手だよ」


「そうじゃったのか。てっきりどこぞ名のある家の出かと思っておったぞ」


「まさか」


 アヤヒは鋼の事を、陛下からよく聞いたと言っていた。それもどうやら断片的な話だけだったらしい。


 鋼は少し胸を撫で下ろした。


「わふふ…それよりどうじゃ? この格好。旅の娘に変装してみたが、やはり高貴な血筋は隠せんな。かりすまがにじみ出ておるわ」


 アヤヒはひらりと舞ってみせた。

 青空に舞う蝶々のように可愛らしい格好である。

 飾りの小道具ひとつまで凝っている。それもそのはず、この一刻も惜しい時に巫女たちと一緒にあれがいい、いやこれも、それもどれもと厳選した仕立てなのだ。待ちながら鋼は道端に「カァ…」と痰を吐いたくらいである。


「どう、ってなんだ?」

「可愛いか、ときいておる」

「…………ちょお、カワイイわ」

「ほんとか? ほんとか? わふふふふー!」


 くっついてきた。


「お、おい」


「親子で来ておることになっておるのじゃ。わらわはいま商家の娘。鋼のことは父上殿と呼ばせてもらおうかの。わふふふふ!」


「だったら黙って男の三歩後ろを歩けよ…」


 普段無い事で楽しいのかも知れないが、ちょっと危機感ねえんじゃねえの? と鋼は心配になってきた。

 雅に申し訳が立たない。

 あと背中に刺さる視線がものすごい。荷運びの巫女たちが怪気炎を上げている。怖いので鋼は耳を伏せるのだった。


 ぐい。


 と、観笠が団子を食いながらあいだに割って入った。


「なんじゃ暑苦しい!」


「むぐむぐ…アヤヒ様、こんなおふれ書きが出回ってた、です」


「なになに…かの賊を捕えし者に銀三十枚。女、齢二十から三十、中部訛り、華美流麗な装い、目隠し…この者家中の者に手をかけたる咎犬也…これは!」


「あいつだ!」


 おふれ書きを奪い、鋼は食い入るように見詰めた。


「なんだ、これしか書いてないぞ! 役に立たねえ!」

「どういうことじゃ? あやつはヤナギ殿の手の者と繋がりがあったのではないのか?」

「わかんねえ…どういことだよ!」


 観笠に詰め寄る。がるると観笠は威嚇し返した。


「観笠よ、教えるのじゃ」


「…観笠もわかんない…ないですけど、今朝早くここで女が暴れてたって話は本当、らしい。足軽がばたばたやられてた、です。大将はたぶんヤナギ殿の側近、佐野重秀。バラバラに散らばってて激やべえって感じ…でした。しばらく生もの食えねえです…おえぷ」


「あやつらとヤナギ殿が敵対しておるのか」


「観笠調べてみた。こいつらここ界隈で騒ぎ起こしてる、阿天座(あてざ)って奴ら。自分らは義賊だって触れ回ってるみたい、です。役人の悪行を暴いたり、悪いことして儲けた犬の家に盗みに入ったり、その身内をかどわかしたり、それをネタに野良芝居したり。楽しいから町じゃ人気あるみたい、です」


「あの女の名は何と言う」


「翌木(あすな)。阿天座の頭領。有名だったみたい、です。何年か前にふらっと柳川に現れて、こ、こう? 講釈師、やってたって。八犬の伝説をよく歌ってまして、あうう…丁寧な話し言葉は難しんだよ」


「いや、十分じゃ。よく調べてくれたの」


「お小遣いちょうだい」


「ほれ」


「ァギャッ、ァギャッ」


 喜んでから、すぐ盗られまいと鋼を威嚇する観笠。

 鋼は、素直に感心していた。

 アヤヒの配下にもまともな…気性に難ありだが、そこそこ使える部下がいた事に。


「ふむ…こやつらとヤナギ殿との関係は、考えても詮無きことのようじゃな。それにしても気になるのは、翌木とかいう女じゃ。どこぞの刺客かと思ったが、元講釈師で芝居役者じゃと?」


「何かおかしいか?」


「考えてもみよ鋼。役者や野党風情が、あんな大それた模倣人器を用立てできると思うか」


 大それた模倣人器とは、あの大男、絡繰人形の事だ。


「どっかから盗ってきたとかじゃないか?」


「あの絡人形に使われておる吊天弦(ちょうてんげん)は原料の調達がおそろしく難しいものなのじゃ。わらわとて明照帆に使う分集めるのに何年かかったことか。あれは所謂〝聖域〟にある代物じゃからの。盗んで手に入れたとしても人形の精度には目を見張るものがあった。あんなものを作った…いや作ることができる犬など…」


「それこそ、今考えたって仕方ねえだろ。ヤナギのとこ行く、それを問いただす。今やることはそれだけだ」


「そうじゃな…阿天…あて…天に届かぬ者たちか」


 思案顔のアヤヒを尻目に、鋼はよりいっそう強い焦りに見舞われていた。

 翌木というあの女が、元はアヤヒを攫い、ヤナギを相手取って何をするつもりだったのか。


 悪い予感がする。

 何せ、攫われたのはアヤヒじゃない。

 雅なのだ。

 人間、なのだ。


 それを思うと、居ても立ってもいられなくなる。今すぐ誰彼構わず町犬たちに訊き回って雅の居所を探し出したくなる。だがそんな事をして目を付けられでもしたら、よけい自分と雅の立場は危うくなってしまう。


 あの村に戻れなくなってしまう。

 黄尾や浅葱や、もういない千尋の顔がよぎった。


 いや、やめよう。今は考えるべきじゃない。今考える事は別にあるはずだ。


 ヤナギ側の狙い。

 もし雅の正体がばれておらず、こちらをアヤヒのお迎えだと思い込んでいるヤナギ側が、戦が始まるまで門扉を閉ざし続けるのなら、それはそれで良い。まだアヤヒと勘違いされている方が雅の身は安全だからだ。

 逆説的に、会見を拒むという事はその証明にもなる。

 しかしである、アヤヒの誘拐未遂が、まだヤナギ側の仕業と決まったわけではないのも確かだ。

 翌木の手配書がその疑惑を大きくさせた。

 もっとも、「自分は関わっていない。むしろ賊から殿下を取り戻し、丁重に預かったまで」と成り行き次第で言い訳をするために、翌木を判りやすい悪役に仕立てた線も考えられるが。

 どちらにしろアヤヒを人質として捕える事で天領を相手取って自分に有利な状況を作り出そういう意図は明白だった。


 なら。


「アヤヒ、城内には変装したまま入った方がいい」


「なんでじゃ、門前で身分を明かし、なし崩しで会見に持ち込む算段であったはずではないか」


「それじゃあくまで対等の取引になる。こっちを有利にしたいなら、相手がボロを出すまで手の内は晒すべきじゃない。言い訳の余地は徹底的に潰しておきたいんだ。ちょっとした賭けになるけどな」


 アヤヒが身分を隠してこの場にいる事は、ヤナギ側を糾弾できる絶好の材料になるかもしれないのだ。


 ぎりぎりまで隠しておいた方が良い。


「わふっふっふ…」

「なんだよ」

「そなたの、いや、おぬしの本性が見えてきたと思うてな」

「あん?」


「陛下より聞いていた話はすべて耳心地の良い英雄譚であった。じゃが、ここにいるおぬしはどうだ? まことに泥臭いことを考える犬ではないか。犬の弱みに鼻が利き、狡猾にそこを突こうとしておる。元商犬であったという話も頷けるものじゃ。交渉に口出しする気満々ではないか」


「…俺の目的は雅だ。お前のために協力してやってるわけじゃねえ。他の犬様を陥れるのが大好きみたいな言い方はやめてくれねえか」


「そこまでは言っておらん。ただ、それまで積み上げてきた犬の性質は、そうそう変えられんのじゃなと少しばかり見直したのじゃ。わふふふ…」


「俺は平穏に暮らしたいんだ」

「わふふ、じゃろうな」

「争いごとは御免だぜ。上手くやんなきゃ承知しねえ」

「言われなくともわかっておるわ」


 涼しげにアヤヒは言うが、不安は拭えなかった。


「おい、おまえ!」


 すこーん、と後ろから匕首の柄で殴られ、鋼はもんどり打った。


「──てーなっ! なにしやがる!」


 観笠だ。敵意むき出しで睨んでいた。


「アヤヒ様をパシってんじゃねえよ!」


「はぁ? パシってねえだろが!」


「いーやしてますぅ、おまえアヤヒ様にずいぶん買われてるみたいだけどな、調子に乗るなよ! 観笠は認めねえぞ! うまくおだててアヤヒ様を利用しようっつー魂胆ミエミエなんだからな!」


 鋼はお返しとばかりに頭突きをかました。


「だったらどうしろってんだよ」


「ったぁー……この野郎……殺す。必ず殺す」


「観笠! やめよと言っておろうが!」


 ぐるぐる唸りながら、観笠は尻尾を伏せた。


「アヤヒ様に免じて今は見逃してやる。けどな、もしアヤヒ様を裏切ったら、絶対に殺してやる」


 知ったことか。鋼は耳をほじくって「けっ」と吐き捨てるのだった。



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