「門前の理」
「魂讃にまつわる話はこんなところじゃ。柏槇は陛下の許しを得て、ここ柳川を人器による発展の地と定めたのじゃ。柳川が今の姿にした発展の立役者じゃな」
場所はすでに柳川。
出発してから半日の強行軍であった。
巫女たちはもうくたくたに疲れ、一歩も動けませんとばかりにへばっている。馬でゆっくり流して一日かかるところを、夕暮れ前に到着できたのは彼女らの働きあってのことだ。安らかに眠れ、もう帰っていいぞと鋼は思う。
「じゃがしかし、それも昔の話。禁忌とも言える人器の利用に反発する声は多くあった。御三家などその最たるもの。総統府に至っては何をいわんやじゃ。時代が移り、柳川が力を付けてくるといよいよ危機感も募ったのじゃろう…此度の出兵とあいなったわけじゃな。何ともあさましい」
「てことは柳川の土地は柏槇と陛下に恩義がある。勅命って言われちゃ文句は言えないんじゃないのか?」
「今をもって力関係がどう傾いたのかはわらわも分からぬ。戦乱のおり、山青は別の領主が取り仕切っておったゆえな。天略事件の直前、そなたに呼応して各地で一斉蜂起がなされたときも山青は静観を決め込んでいた。陛下との恩義など、秤にかけるひとつの重りとしか見てなかったのかもしれん」
「そう…かもな…」
アヤヒはヤナギに会って直接交渉するという。
それ自体かなり無謀な賭けに見える。
ヤナギは天族を前に畏まるような男じゃない。
アヤヒもそれを予感してか、今回かなり下手に出ていた。
船を使えなくなって、でかい態度を取れなくなったのは当然だし、交渉材料には今のところ『飴』しか用意できていない。上手からの取引手段、『鞭』をどうするつもりか。そもそも攻められる側の山青に「戦をするな」なんて切り口で話を聞いてもらえると本気で思っているのだろうか。
「考えたところで始まらぬわ。交渉なぞようは詭弁の応酬、勢いが肝心じゃろ?」
「お前…考えなしだな」
「うっさいわたーけ! 誰にも認められず意志を貫くならば、この程度の『達観』はして当然じゃ」
まあ、勢いがあるのは認める。
狡知に長けるより時には一点突破の愚かさが強い事だってある。
「偉いよほんと。戦を止めようだなんて普通できることじゃない」
「ふん、そうじゃろう」
「お前なら、できそうな気がするな」
「ほんとか? ならもっとよう誉めい」
「………」
尻尾がばさばさ振られている。
何を期待しているのだろう。
「…よーしよしよし、アヤヒは本当に偉い子ですね~」
「わ、わふぅ」
恍惚としている。
ちょろい。
「何をするのじゃ。ば、馬鹿にしておるのか? 馬鹿にしておるのだな? まったく、わ、わふ、仕方のない奴じゃ。こうなったら一生下僕としてこき使ってやらねばわらわの面目が立たん」
「やなこった」
「な、なに────!!」
そこは驚くところじゃないだろうに。
「おら休憩は終わりだ。町に入るぞ。こんなことやってるヒマねえんだからな」
ぐぬぬぬぬ、わらわがここまで…とアヤヒは悔しげにしているが、履き違えてはいけない。鋼は雅を探すためにここまで来たのである。
交渉の役に立つわけでもないし、道中の警護はしてやった。アヤヒのせいで面倒事に巻き込まれている、言わば被害者なのだから、次に義理を果たすのはアヤヒの番であった。
「雅を探すために協力してくれるっつっても、一体どうするつもりだ? 何かあてはあるのか?」
「ちょうどそろそろ落ち合えるはずじゃが」
町の入り口。
商犬たちがたむろする城門前にたどり着く。
アヤヒの柳川入りはお忍びであるため、所定の手続きを踏む事になるが、そこは天族のご威光ありといったところで、大仰に名乗りでも上げればまず、つまずく事は無いはずである。アヤヒもこのため公家連中の好むような絢爛豪華な装いに変わっていた。町に入るまでという事で、鋼もおかしな流しを着せられている。
「お待ちくださいませ、ませ」
道端から、町娘の格好をした犬が寄り添ってきた。
「なんだお前」
「鋼、待て、味方じゃ」
眼光は鋭い。洗濯から帰ってきた娘のようにしか見えないが、かなり腕に覚えのある犬だと直感的に分かった。
「観笠も待て。この者は協力者じゃ」
「がる、がるる」
鋼の首にはすでに、突出式の暗器が突き立てられていた。
「気の荒い嬢ちゃんみたいだな」
「嬢ちゃんじゃ、ない、ない。観笠は観笠。アヤヒ様の影」
「柳川の内情を探るために一足早く放っておった忍じゃ。柳川城の者と通じておる。こら観笠、はよう武器を収めい」
「ア、アヤヒ様、こいつヤバイよ。ふ、普通じゃない。怖い。殺していい? 殺してい、いいですか? いいですよね?」
「どう見てもおぬしの方が危険じゃ!」
「なんか、ヤバイ気がするの。アヤヒ様がヤバくなる気がする。マジヤバ、です。危険です」
ぶつぶつ言いながら武器を収める。
まるで山から下りてきた獣を無理やり手なづけたような女だった。
「それよりアヤヒ様、引き返して、ここじゃヤバイ。どんくらいヤバイかって言うと、猪に狙われてるくらいヤバイ、です」
「なんじゃ何があった?」
「番兵にお、お達しがあったの。ここに天領の遣いが現れるような事があれば、お、追い払えって、暴れるようなら捕らえろって」
「なんじゃと! どういうことじゃ!」
アヤヒは取り乱すが、鋼は冷静でいた。
予期していた事だったからだ。
「お忍びで来るつもりがバレバレだったってことだろ。そりゃそうだぜ。村に船が落ちてから三日も経ってる。報せが行ってて当たり前だ」
「じゃ、じゃがこちらの身分が判らなくとも遣いの者を無下にするなど、まともな対応とは思えぬ。ましてや天族を門前払いなど聞いたことがない」
「ある。俺はある。めちゃめちゃよくあることだぜ。こりゃ十中八九手の内バレてんな。会って話を聞く価値もないって思われてんだぜ」
「なんと…」
アヤヒは頭を抱えた。
平和裏に事を済まそうとしていたのだし、ヤナギは一方的に喧嘩をふっかけられている立場なのだから、いくらでも話し合いには応じてくれると思っていたのだ。
だが、その前提からして目算が甘かった。
「ヤナギ殿は最初から天領の兵と一戦交える気じゃったのか」
鋼からすれば、何を当たり前の事を、である。
何かむこう無茶苦茶言って、柳川の宝、取り上げようとしてるんだけど、どうする?
遣いが来そうな気配だけど、話す事ある?
ねーよ。
いっぺん痛い目あわせたれ。それからなら話を聞いてやってもいい。
である。
アヤヒが始めに武力でもって交渉に臨むつもりであったように、自分に有利な条件を引き出すなら、一度血を見せた方が手っ取り早い。戦国でならしたヤナギなら、そう考えてもおかしくないはずだ。
それほどヤナギには勝つ自信があるのである。
…だが、本当にそれだけだろうか?
「ならばわらわが表に立てば、交渉の席くらい設けてくれるじゃろう。弁天院の威光を今見せる時じゃ。わっふふふ…」
「やめとけ。なんか臭いぞ」
「臭くないわ! ちゃんと風呂入っておるわ!」
「聞いてねーよ! 頭冷やせよ。よく考えてみろ。なんで手の内がバレた。こっちが天領の遣いで、和睦を申し込みに来たのか、律儀に宣戦布告しに来たのか、あっちは判らなかったはずだ。それどころかお前は、挑発に乗らないように警告しに来たんだろ? ヤナギの奴が気の短い犬じゃなけりゃ、まあ一戦交える前に真意を尋ねてやるか、てなっても損は無いはずだろ。どこでこっちの狙いが伝わった?」
「まさか、五稜郭の妖怪どもの仕業か?」
「時間的にありえるのか?」
「…ない。他のものを出し抜くためにわらわはここまで来た。明照帆は神速じゃ。馬を走らせて文渓から山青まで一週間。それを一晩で来たのじゃなからな。三日の遅れでもまだまだ余裕があるはずじゃ」
「ふん、そうか。じゃあ、あの女がお前を攫おうとしたのは一体何のためだ?」
あ。
アヤヒは一瞬呆けたあと、悔しげに歯噛みした。
「頭に血が昇っておった! だとしたらあの女はまったく関係の無い勢力か? いや、五稜郭や総統府と同じ考えを持つ輩どもの尖兵とも考えられるわ!」
「どこの勢力かはさておき、そいつが俺たちの柳川入りを阻んでるって線は確定だな」
観笠が首を傾げている。「難しい話…と、とりあえず誰を殺せばいいわけ、です?」と、馬車で爪を研いでいる。
「待て、鋼、そうなるとあやつらは、少なくともヤナギ殿か家中の者と接触があるということになるぞ」
さすがに頭の回転が速い。当然そうだ。
ぎりり、と。
鋼は弓を引き絞るような笑みを浮かべる。
「ああ、僥倖ってやつだぜ。あいつらから尻尾を出してきやがった。いちいち聞いて回る手間が省けたってもんだ。門が開かないのは、『女王殿下を取り戻しに来た奴らを追い払え』ってお達しなんだ。まだお前は攫われたことになってる。雅は無事だ。ヤナギの野郎のところに行けば、分かるぜ」
その表情をアヤヒは、怯え半分、意外そうに引いて見ている。
「そなたのことを誤解しておったぞ…これほど少ない情報からそこまで読み取れるとは。てっきり勇猛なだけが取り柄の猪突猛進莫迦かと、」
「──フン!」
「あいた───!!」
ゲンコツ直撃。アヤヒの目にひよこが飛んだ。
「なにをするんじゃ! 母上にも殴られたことないのに!」
「お前はもっと目上に敬意を払え。すぐ吠えるのも悪い癖だ。不測の事態になってキャンキャン吠えてるだけじゃ誰も助けてくれねえぞ」
「ぐぬぬぬ…」
ぽん、と手を叩いて観笠は呟く。「とりあえず、一段落したら殺すのはこいつだね、うんうん」とひとり納得していた。
「じゃが…会うにしても町に入れないのでは…」
「門兵たちを全員ぶちのめせば楽に入れるぜ」
「それ楽ではない。ぜんぜん、ないじゃろ」
「んだよ。じゃあ、替えの服ならそこらじゅうにあるだろ」
「服…?」
鋼は、門の前で苛立たしげにしている商犬たちを指差して、気楽にのたまうのだった。




