「決戦の地へ」
時は前後する。
翌木が柳川に到着する一日前のこと。
鋼は柳川に向かうための準備をさせられていた。
「くそっ! なんで俺がこんなこと!」
まさにさせられていた、という感じでアヤヒにこき使われていた。鋼としてはいち早く柳川に向かいたいのに、アヤヒとしては手ぶらで行くのは無謀を通り越しアホのやる事なので、休戦を結ぶためヤナギに下賜しなければならない品々や、持ち出すのに苦労した権利書等々、合わせて馬車五台分の積み込み作業を、船が使えないため急遽やる事になったのだ。
しかし肝心の巫女たちは、
「こいつ朝までアヤヒ様に付きっきりで看病していただいていたのよ!」
「厚かましい! なんで死んでなかったのかしら!」
「でもあの時アヤヒ様を助けられたのは、この男だけだったわけですし…」
「あたしたち、ミソっかすですぅ~…」
泣いたり怒ったり威嚇してきたり、使えないうえ五月蝿かった。
「くおらぁ! てめえらぁ! 口ばっか動かしてねーで手を動かせ手を! アヤヒの手下だろうがああ」
「言われなくても分かってますよーだ。べえー」
「アヤヒ様にちょっと、ノミの一匹分ほど気に入られたからって、偉っそうに仕切んないでくれますぅ?」
「てゆうか呼び捨て! 由々しき事態ですわ!」
「殺…今こそ、殺…」
頭いたくなってきた。
アヤヒはまったく部下に恵まれていなかった。
それもそうだ。弁天院の現当主といえど齢十才のお姫様である。五稜郭の魑魅魍魎どもが実権を渡すはずはなく、むしろ好機とばかりに色々取り上げようとするばかりのはずだった。
柳川との戦を止めようとしているのだって、ほとんどアヤヒの独断だろう。
「イラついておるな鋼」
アヤヒが書類を抱えてやってきた。
「黄尾のやつ、牛三頭も貸してくれたぞ。気前がよい」
「足りねえ…ぜんぜん足りねえ」
「貸してくれるだけ御の字じゃ」
「つか、馬くらい積んで来いよ」
「元は船で颯爽と現れるはずだったのじゃ。柳川に降りて荷を降ろすだけで、あとはヤナギ殿の配下にやらせる心算であった。明照帆は重量制限がしびあだからの」
「段取りわる」
「うう、うっさいわ! 仕方なかろう…妾にはあまり味方がおらなんだ」
哀れな…。
アヤヒはなかなか野心的なところがあるから、その分風当たりも強いのかもしれない。
「なあ、昨日の襲撃、ありゃ何だったんだ」
「…ふん! おおかたヤナギ殿との休戦など、こじれて欲しくてたまらない老犬どもの仕業であろう」
憮然とするアヤヒである。
「此度の出兵には大義名分が無い。人器よこせ、はいどうぞ、なぞ渡す莫迦が何処におるか。『人器を奪い取る戦』を、『弁天院の女王殿下を救い出す戦』にすげ替えるつもりなのじゃ。さすれば嫌がらせのような戦力ではなく、本腰を入れて出兵できるからのう!」
恨みこもごもといったふうに毒づくアヤヒ。幼いながらも権謀術数渦巻く五稜郭に生きているだけあって、そういった企みには鋭いのだろう。
巫女がひとりやってきて、おずおずといった感じに訊ねた。
「あのーう…アヤヒ様、積み込みが終わったら、柳川へはどうやって向かうんですか?」
「歩行に決まっておろう!」
「ふえ~そんなぁ…」
とぼとぼ引き返していく。ぷぷぷ、ざまぁ。昨日の一件からアヤヒの巫女たちへの評価は急降下である。元から無かっただけ真っ逆さまに転がり落ちている。
「それより鋼、これを見るのじゃ」
「なんだ、そりゃ?」
「わらわを襲ってきた輩の置き土産じゃな」
見ればそれは、あの蜘蛛女が操っていた大男の一部、千切れた左腕だった。
「たしか、彩七美とか言ってた人器」
「本体は消えておったわ。持ち帰ったのじゃろな。この繋ぎ目の部分を良く見てみよ、見憶えがあらんか?」
「んん?」
指まで覆う甲冑を除くと、人器の腕はむき出しの筋肉か、しめ縄のような構造に見えた。
「千切れた、縄?」
「この腕はすべて吊天弦で出来ておる」
吊天弦。坊主が使っていた紐状の人器。
「はぁ!? じゃあ、あの人器、全部紐で出来てたのかよ!?」
「恐らく全てではなかろうが、大部分がより糸で編まれた絡繰人形じゃろう。わらわが腑に落ちんのは、これだけ多くの吊天弦を、一体どうやればあんな生き物のように動かせるのか、なのじゃ」
「それだけ奴が凄腕だってことだろ」
「たーけ!」
「いてっ!」
スネ蹴りされた。
巫女がきゃーきゃー笑っている。くそ。あとで泣かす。
「単純に考えすぎじゃ。吊天弦はもともと『力を伝達する模倣人器』でしかない。先に重石でも付けて振り回せば曲芸めいた動きもするが、元を正せばそれは振り回す者と重石の重さが生む遠心力からなるものじゃ。いくら扱いが上手くとも、例えばこれで壁を破るには、扱う者自身が壁を破るほどの力を込めなくてはならん」
襲ってきたのは女だった。
体格も大きいというわけじゃない。
実は見た目によらず、物凄い怪力を秘めていた可能性だって無くも無いが、それなら操り人形なんて使う意味があるだろうか。
「もしや、彩七美とはこの人形を指す名ではないでのはないか? この人形には、使い手とは別の、力を生み出す機構があったのではないか?」
「なんでそんなことが分かる」
突拍子もない働きをするのが人器というものだ。この世にどんな人器があるのか分かりきってもいないのに、憶測だけで決めつけるのは危険に思えた。
「似たような人器が、柳川の地にある」
「…そんなの初耳だぞ」
「いいや知っておるはずじゃ。そいつは柳川の至宝、今日までの柳川を築き上げた原動力じゃからな」
そこまで言われて気付いた。
聞いた事が、ある。何度も。
それはこれから起ころうとする戦の、発端でもあるものだ。
「人器〝魂讃〟は柳川の動力機関じゃ。柳川で回るすべての工業が、魂讃の生み出す力で成り立っておる。おそらく、彩七美とは、魂讃の模倣人器なのじゃ」
…………
「だからなんだ?」
「なんだとはなんじゃ! よいか !?形だけ真似るお粗末な模倣人器ではないぞ! 魂讃自体、その構造は分かっておらんのだ! それを模倣することがどれほど大変なことか分かっておるのか?」
「いや待て、つまりお前はこう言いたいわけだ。敵は強く、その正体も分からず、不気味だ、危険だ、って」
「……そうじゃ」
「だからどうした。雅を攫われたんだぞ? 俺はそいつらを見つけ出して、全員ブチのめして取り返す。お前はそれを手伝う。かわりに俺もお前を手伝う。それだけだ」
「じゃがそなたは先の戦いで敗れたのだぞ!」
「負けてねえ。死んでなきゃ負けてねえ」
言われて何故か、アヤヒは俯いた。
「わらわは、雅嬢が羨ましい…」
「……?」
それはほんの、一瞬の隙だった。
かがんでアヤヒの顔を覗こうとしたとき、いきなり背を伸ばしてきて、鼻を舐められた。
それを偶然見ていた巫女が、雷に打たれたように気絶した。
「おま、いま、なにして」
「わ、わわわわわ、わらわは行くぞ、ほら、もう準備は終わったようじゃ。しゅ、出発しなくてはにゃ」
ぎっこんがっこん音を鳴らしてひとり荷台に乗り込んで行く。鋼は意図を計りかねてか、ばりばり頭を引っ掻いた。鼻を舐めるなんて普通、仔犬の時分にしかやらない事だ。
ふと、アヤヒは父親に会った事があるのだろうかと、鋼は気になった。
振り払う。考えても仕方ない。今は雅がどこにいるのか、どうやって取り戻せるか、それだけを考えるべきだった。
(待ってろ雅、すぐに見つけてやるからな)
決意を新たに、一路柳川へ。




