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第9話 灰燼街の怨霊たちを討伐できずに失意のまま帰還しましたが、ギルドマスターからちゃんと報酬をいただきました。

『灰燼街』の重苦しい冷気と、消え去ることのない怨念の嵐。不甲斐なさと失意のままに冒険者ギルドに戻ってきた。


 活気あふれる喧噪と、酒と肉の匂い。普段ならどこか心落ち着くはずのその空間が、今の俺には酷く眩しく、居心地の悪いものに感じられた。


(……報告、しなきゃな。)


 一応調査はできたものの、怨霊たちを鎮圧することも、救うこともできなかった。俺たちにとって初めての任務は苦い結果となった。もっと簡単なのにしておけば良かったと後悔するものの、あの状況ではどうしようもなかったことも事実だ。


「…キ…ウキ?…ユウキってば。大丈夫か?」


 ノアが心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。


「……(きっと大丈夫、という意味を込めて俺の手を握るシロ)。」


「うん、大丈夫だよ。報告の仕方がわからないけど、とりあえず窓口に行ってみよう。」


 大丈夫と言いつつも、レグナードで聞いた怨霊の生々しい叫びが頭から離れない。頭のてっぺんに直接ストレスが注ぎこまれるような独特な声質だ。俺の頭の中は、任務の報告よりもそっちの方で支配されていた。


 「すいません、任務の報告をしたいのですが。」


 上の空のままそう言って、懐に隠していた依頼書を提出した。


「おつかれさまで…!?あ、あなたは…ガデンさんの時の…」


「ユウキ、と申します。」


 受付嬢は目を見開いて身体を硬直させた。有名人を見て喜んでいる反応とは違い、明らかに恐怖を感じている。


「こ、こちらは『特別任務』でございますので、ギルドマスターにご報告します。このまま少々お待ちください。」


「少々お待ちくださ~い。だって。」


「……(シロは、『バカにしたらダメでしょ。』という表情でノアを見る)。」


 ノアが誇張してモノマネして見せた。きっとこの重たい空気を変えようとしたノアなりの優しさなんだろう。


「お待たせしました。こちらへどうぞ。」


「え!?窓口で精算じゃないんですか!?」


「はい、ギルドマスターが直接話したいとのことです。」


「はぁ、わかりました…。」


 俺は渋々返事をして受付嬢の後をついて行った。面倒なことにならなきゃ良いが…。シロとノアも人知れず俺の後ろをついてくる。


 やがて、受付嬢は奥にあるギルドマスター室の扉をノックした。


「……おう、入れ。」


 部屋の中から重厚な声が響く。


「失礼します。冒険者の方をお連れしました。」


 受付嬢の案内で部屋に入ると、執務机の奥には強面で大柄な男。


 (あの人、見たことがある。)


 ガデンってヤツが倒れた時に駆けつけてきて、俺の肩を揺さぶった男だ。


「……帰ったか。」


 彼の眼光は鋭かった。その勇ましさと顔に刻まれた傷を見れば、誰もがギルドマスターであることに納得するだろう。


「よくぞ無事に帰った。」


「えっ…?」


「あの時、お前さんがやみくもに取った依頼書は『普通のもの』ではない。『特別な任務』だ。誰もが躊躇する程のな。お前さんはあの状況下で意識的に受注したわけではないだろうが、無事に帰ってこれたことが収穫だ。」


「あ、ありがとうございます。」


 いまいち状況が掴みきれず、当たり障りのない返事を選択する。


「まぁ、そこに座ってくれ。」


「はい…。」


 言われるがままに来客用のソファーの真ん中に座ると、シロとノアは俺の両隣りに座った。


「遅くなってすまない。儂はギルドマスターのドルガンだ。」


「ユウキと申します。」


「レグナードの街はな……数年前の戦争で、国の捨て駒にされて焼き払われた街だ。そのせいで理不尽に死んでいった騎士や住民が大勢いたんだ。」


 ドルガンの苦い言葉が室内に響く。


「アレシアよりも先に戦地になってたんだな。」


 ノアは頭の後ろで腕を組んでポツリと言った。


「……(悲しい表情するシロ)。」


 どうりであのような内容の任務が張り出されていたわけだ。そしてドルガンは無事に帰ってくることさえ難しいと予測していたらしい。


「早速だが、依頼の結果を報告してもらえるか?」


「はい…。灰燼街・レグナードの調査・討伐依頼ですが……討伐することはできませんでした。怨霊たちの勢いは想像以上で……俺の力では彼らを倒すことも、説得することもできませんでした。何もできずに……逃げ帰ってくるのが精一杯でした。」


「待ってくれ。『怨霊』だと…?幽霊ではないのか?」


 俺は持ち合わせている知識で説明した。


「幽霊は、亡くなった人の魂です。ですが、必ずしも悪意や恨みを持っているわけではありません。ただし、この世に未練があります。」


「ほう…。」


「対して怨霊は生前に受けた不幸や不正、悲劇的な出来事に対する強い恨みや怨念を抱えた幽霊のことです。」


「レグナードは怨霊の住処だったと…?」


「はい…。実際に強い怨念を受け取ってきました。怨霊は成仏させるにも一筋縄ではいきませんが、レグナードの街に縛られていて追いかけてくる距離に限界があります。ですから今後、絶対にレグナードには近づかないでください。」


「…(うなだれた俺の背中をさするシロ)。」


「ふぁ~~ぁ…これいつ終わるの?」


 室内を重い沈黙が支配していた。隣りのノアは既に飽きて場違いなあくびをしている。


「……そうか。危険な任務をよくぞ果たしてくれた。」


顔を上げると、ドルガンは煙草に火をつけ、深く紫煙を燻(くゆ)らせていた。その表情には泥のように疲れたような、そして心底安堵したような色が浮かんでいた。


「怪我は……大きなものはなさそうだな。」


「はい、精神的なダメージの方が大きかったです。」


ドルガンは机の引き出しを開けると、ズシリと重い革袋を机の上に置いた。ジャリ、と金属が擦れ合う重厚な音が響く。


「約束の100万ルーンだ。受け取ってくれ。」


「うぉ~~!!!すげ~~~!!!一生遊べる!!!」


「…(はしゃいでいるノアを『座んなさい。』と手を上下させているシロ)。」


「っ!?…良いんですか?俺は依頼を達成しきれていませんよ?怨霊は一匹も成仏させていませんし、レグナードは灰燼街のままです。」


「いいから受け取ってくれ。」


 ドルガンは煙草を灰皿に押し付け、まっすぐに俺の目を見た。


「ユウキ……儂は正直、アンデッドとも違う『幽霊』という存在を信じちゃいなかった。モンスターの討伐に心血を注いできた俺にとっちゃどうも眉唾物でな。目で確かめることができない上に近づけば問答無用で殺されてしまうなんて対処のしようがない。」


 その通り。シロとノアでさえ無理だったのだ。


「危険な目に遭わせてしまってすまなかった。ガデンの一件があってから、お前さんが只者ではないと思っておったが、そのお前さんでさえこの様子じゃ。相当過酷な状況だったんだろ。偶然とは言え、この任務を受けてくれたのがお前さんで良かった。じゃなきゃ犠牲者が溢れ出ていただろうよ。他の冒険者には今の話を通達しておく。」


「……ありがとう…ございます…。」


「このベルグランを統治しているエーデルガルド王国からは『レグナードを早く更地にしろ』と突き上げられていたが今回の件で明確になった。あそこは人が立ち入っちゃいけない場所だってな。」


「……戦争は続くのでしょうか。幼い子供たちも犠牲になったのを知っています。」


「儂は戦争には興味はない…が、この国がエーデルガルド王国の統治国である以上は、招集がかかれば『その時』には戦地に行くことになるだろうな。ましてここが戦地になるかもしれん。」


「ユウキ~。お金ももらったしもう行こうぜ。つまんねぇや。」


「……(うんうん。とうなずくシロ)。」


 俺は聞こえないフリをしながら、少々無理矢理ながら話を切り上げることにした。


「わかりました。ありがとうございました。」


「そう言えばお前さんはこれからどうするんだ?」


「えっ…どうする…?」


 そう言えば考えてなかった。シロとノアに美味いご飯を食べさせて…それからどうする…?


「もし、まだこの街に滞在する予定なら、もう一つ任務に行って来てもらえないか?」


「え~面倒くせ~!!さっきからなんだこのジジイ!!」


「……(『汚い言葉を使うのはやめなさい!!』と冷たい睨みをきかせるシロ)。」


「ちなみに…どういう内容ですか?」


「モンスターの調査だ。討伐する必要はない。ここから数十分歩いたところに『迷いの森』と呼ばれる場所がある。そこに住み着いている蛇を調査してきてくれないか。レグナードで無事だったお前さんならきっとできるはずだ。報酬は50万ルーン払う。」


「わかりました。明日行ってきます。」


 幽霊の類なら断るつもりだった。だけど蛇という明確な標的に加え、幽霊調査と比較して少ない報酬金額を任務のやりやすさに変換して二つ返事をした。


 ドルガンはどこか安堵した表情を浮かべていた。


 外に出るとすっかり日が暮れ、街は酒を求める冒険者たちで溢れている。


「ユウキ~。なんかアイツ厚かましくなかった?大人ってみんなああなの?」


「……(ユウキさんは私たちのためにやってくれてるの、という目をするシロ)。」


 ふとレグナードの怨霊を思い出す。理不尽な戦争の痕跡も、怨霊たちの消えない憎悪も簡単に消せるものではない。俺は全ての願いを叶えることはできないから、せめて二人と一緒にいよう。怨念を抱えているシロとノアのそばにいてあげるんだ。


「シロ、ノア。」


 俺は二人に向き直り、深く息を吐いた。


「今日は……本当にありがとう。これから美味しいスープを買って食べよう。特製のあたたかいやつ。あと肉も買ってさ。明日の任務の後もまた温かいご飯を食べようね。」


『おう! 僕、肉もスープも大好き!』


『……(嬉しそうに何度も頷くシロ)』


 重い挫折を胸に抱えながらも、俺たちの日常はまた、静かに動き出していくのだった。


 第9話を読んでいただきありがとうございます!


 自分の無力さに打ちのめされても周囲の温もりに支えられて前を向く、というユウキの人間的な成長と、シロ・ノアとの絆の深まりを描くことができたと感じています。


「これからもシロとノアのそばにいてね、ユウキ」と思ってくださった方は、ぜひブックマーク登録と下部の**評価(★★★★★)**をいただけますと大変励みになります!


 明日も21:00に更新します!

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