第24話 【悲報】黒幕の側近に逃げられたけど王女様の呪いは解けました……だけど問題が残って後味悪すぎです!
「くくく……ふははははッ! いやはや、実に見事な推理です。ユウキ殿! まさかそこまで見抜かれていたとは想定外でしたよ。」
ハインツはゆっくりと手を叩きながら、腹の底から湧き上がるような嘲笑を響かせた。先ほどまでの誠実で冷徹な側近の面影は微塵もなく、その眼鏡の奥の瞳には、狂気と冷酷な色だけが爛々と輝いている。
「あと一歩……私がこの手で直接エレノアに触れさえすれば、彼女の背に刻んだ術式が完成し、このアムリタ王国も一瞬で命の通わぬ『死の海』へと変わるところだったのですがね……実に惜しいことをしました。」
ハインツの口から飛び出した衝撃的な言葉に、寝室にいた全員が息を飲んだ。アムリタ王国を滅ぼす――それがこの男の真の目的だったのだ。
『そうはさせぬぞ、狂人め。我が神聖なる再生の力をその身に浴びせ、お前ごときの企みごと灰にしてくれよう。』
ユウキの腕から頭を持ち上げたラシュガルが、黄金の眼光をギラつかせて威嚇する。
「おっと、それは困りますね……。私にはまだ、世界のためにやらなくてはならない大仕事が山のように残っているのですよ。」
ハインツがパチンと指を鳴らすと、彼の足元からヘドロのようにドグロい紫黒色の禍々しいオーラが爆発的に噴き出し、その全身を包み込んでいった。激しい死の圧力が部屋の空気を重く押し潰す。
「今回はユウキ殿、あなた方の勝ちということにしておきましょう。見事な手際でした。」
「待てッ! アムリタ王国『も』死の海にするって……どういうことだ!? ヴェルガルドはどうなったんだ!?」
ユウキが激しい胸騒ぎを覚えて叫ぶが、ハインツは不敵な笑みを深めるばかりだ。
「(……逃がさない……ッ!)」
シロが夜風のように跳び出し、両手に漆黒の呪怨を収束させてハインツの首元へ最速の一撃を放った。しかし――激しい衝撃音とともに、シロの呪撃はハインツの体に触れる直前、何もない空間でまるで泡のように霧散しかき消された。
「(なっ……!? なんで……っ!?)」
自分の全力の攻撃が呆気なく無効化され、シロが驚愕に目を丸くする。ハインツの纏う空間の歪みは、先ほどの刺客の時とは比べ物にならないほど強固だった。
「シロ姉ちゃん! 追っちゃダメだ! 罠だよ!」
ハインツの周囲の魔力が異常な高まりを見せていることに気づいたノアが、咄嗟に叫んだ。シロは間一髪で空中でのブレーキをかけ、悔しそうに身を引く。
影のように薄くなっていくハインツの姿。彼は消え去る間際、嘲笑うような視線をユウキへと向けた。
「さあ……謎解きが大好きなあなただ。すべてを教えられるより、自分で真実にたどり着く方が好みではないかな?」
「ふざけるなッ!!」
ユウキの怒りの叫びも虚しく、黒いオーラが弾けるとともにハインツの気配は完全に打ち消され、室内には静寂だけが残された。
後に残されたのは、重い疲労感と意気消沈したユウキたち。
そして、目の前で起きたあまりにも異常な光景と側近の裏切りに、まったく状況が呑み込めず呆然と立ち尽くすアムルガード国王とエルル王妃。
さらに、一番近くで信じていた存在に裏切られたショックで、膝をついたまま放心状態となっている使者のエリオだった。
しかし――事態は彼らの都合など待ってはくれない。
「うっ……あぐっ……!」
ベッドの上で、エレノア王女が不意に苦しげな呻き声を上げた。背中の黒い『刻印』が脈動し、彼女の命をジワジワと削り続けているのだ。
「っ……! エレノア様……! ああ、エレノア様、まだ苦しいのですね……っ!」
エリオは何とか胸を裂くようなショックから正気を保ち、ふらつく足取りで王女の元へ駆け寄ってその手を握りしめた。
「ユウキ……! きっと、ハインツを追い払っただけじゃダメなんだ。彼女の背中に刻まれたあの『刻印』そのものを消し去らないと、王女様は助からないよ!」
ノアが刻印を見つめながら真剣な表情で告げる。
「となると……ラシュガル。どうにかなりそう?」
ユウキが問いかけると、白蛇は思案するように細い瞳をしばたかせた。
『……ふむ。やってみよう。吾輩の再生と浄化の力ならば、あの邪悪な刻印を打ち消せるやもしれん。そのおなごの身体を起こすのだ。』
「ひぃっ!? へ、蛇が……喋った……!?」
「あ、あなた、あれは何なのですか!?」
それまで放心していた国王と王妃が、ユウキの腕から朗々と響くラシュガルの声を聞き、腰を抜かさんばかりに驚愕の声を上げた。
『フン、無礼者どもめ。ほれ、早く娘の身体を起こすのだ。』
「は、はいっ!」
王妃が使用人のようにそそくさとベッドへ近づき、エレノア王女の身体を優しく抱き起こしたその時だった。
ラシュガルは鼻を鳴らすと、ユウキの腕から離れ、光を纏いながらその身をぐんぐんと巨大化させていった。小さく可愛らしかった姿は一瞬で姿を消し、王宮の豪奢な天井に届きそうなほどの神々しい大蛇へと変貌を遂げる。
「ギョエェェェッ!? 大蛇に化けたぁぁぁッ!?」
「エレノアが食べられてしまいますわーーッ!?」
国王と王妃はパニックを起こし、抱き合いながら悲鳴を上げた。エリオもまた驚きに目を丸くしている。
『シャアアアアアッ!!』
ラシュガルは騒がしい人間たちを威嚇し、苦しむエレノア王女の身体へと、そのしなやかな白い巨躯を優しく巻き付けていった。
次の瞬間、ラシュガルの全身を覆う純白の鱗が、太陽のごとき目も眩むような黄金と純白の光を解き放った!
神聖な光が部屋全体を包み込み、エレノア王女の背中に浮き出ていた気味の悪い黒い『刻印』を直接照らし出す。
ジュゥゥゥ……ッ!
嫌な蒸発音とともに、王女の肌を侵食していた赤黒い血管のような筋が、光に洗われて急速に薄くなっていく。刻印は黒い煙となって空気中に溶け出し、やがて彼女の肌は元通りの透き通るような美しい白さを取り戻していった。
刻印が完全に消滅したのを確認すると、ラシュガルはすっと身体を解き、再び小さな腕輪の姿へと戻ってユウキの腕へと収まった。
ベッドに横たわるエレノア王女の顔から苦悶の表情が消え、安らかな寝息へと変わる。そして――長きにわたる呪縛から解放された彼女の長いまつ毛が、小さく震えた。
「う……ん…………」
エレノア王女が、ゆっくりと、しかし確かな光を宿した瞳を開いた。
「ここは……? あ……お父様……! お母様……!?」
「エレノアぁぁぁぁッ!!」
「ああ……神様、感謝いたします……! エレノア、我が愛しい娘よ……!!」
正気を取り戻した娘の姿を目にし、国王と王妃はなりふり構わずベッドへと取りすがり、エレノア王女をきつく抱きしめて号泣した。
「王女様……! よかった……本当によかった……っ!」
エリオもまた、涙をボロボロとこぼしながら、その温かな家族の輪の中へと加わっていった。
感動的な再会の瞬間。しかし――ユウキたちの胸には晴れやかな達成感などなかった。
「……ユウキ。とりあえず、僕たちは行こうぜ。」
ノアが静かな声でユウキの袖を引いた。
「あぁ……そうしよう。」
ユウキたちは抱き合って涙を流す王宮の人々に背を向け、静かに豪奢な寝室の扉を開けて廊下へと退出した。
静まり返る王宮の廊下を歩きながら、シロがぽつりと呟いた。
「(……あいつ……また逃がしちゃった……)」
シロはぎゅっと自分の小さな拳を握りしめた。その胸中には、深い悔しさと嫌な確信が渦巻いていた。
(……あの時……ヴェルガルドの屋根の上で戦った時……あいつはわざと手加減してたんだ……。自分の圧倒的な強さを隠して……私たちを誘い込むために……。最初から全部、あいつの掌の上だったんだ……)
ヴェルガルド王国の異変、受付嬢の死、レオパルド王子の暴走、そしてエレノア王女に刻まれた恐ろしい術式。それら全ては、ハインツというたった一人の男によって完璧に仕組まれた壮大な実験に過ぎなかったのだ。
そして何より――ハインツが残した「アムリタ王国『も』死の海になるところだった。」という言葉。
エレノア王女の命は救われた。だが彼らの手元に残ったのは、胸を締め付けるような重く苦い後味の悪さだけだった。
第24話を読んでいただきありがとうございます!
ハインツを逃すまいと呪怨攻撃を仕掛けたシロ。しかしハインツに見事にかわされてしまい、歴然とした力の差に自分の無力さを知ることになってしまいました。ラシュガルのおかげで王女を救出することができましたが、ハインツの「アマリア王国も」という言葉の意味が気になります。
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