第14話 【衝撃】俺たちのテーブルに座っている「霊の声」を聞き取った謎の男は、自国の王様を救ってほしいそうです。
カツン、と静かな靴音が止まり、漆黒の魔導外套を纏った男は、滑らかな動作で空席の椅子を引き、腰掛けた。
その一連の動作には一切の迷いがない。周囲の冒険者たちが怯えて距離を置く異様な空間を意にも留めていないようだった。
男が深く被っていたフードを払うと、鋭く知性的な目元と整った容姿が露わになった。年齢は二十代半ばといったところだろうか。気品漂う佇まいは、荒くれ者の集まるこの食堂にはおよそ不釣り合いだった。
洗練された男は無言のままじっとこちらを見つめてくる。俺は手にしていた牛肉を口に運ぶのを止め、思わず固まった。
「……?」
俺だけではない。隣にいたシロとノアも、予想外の乱入者に困惑し、料理へ伸びていた手をぴたりと止めた。二人の霊体は、警戒と戸惑いが入り混じった視線を男に向ける。
ただ一匹、俺の左腕から大樽へ顔を突っ込んでいた腕輪蛇ラシュガルだけは、我関せずとばかりに「きゅ〜……ぐびぐび」と豪快にお酒を飲み続けていた。
静寂がテーブルを包み込む中、シロが最初に反応を見せる。
「(……ユウキさん。この人……知ってるの……?)」
シロが不安そうに、小さな声を振り絞って尋ねてくる。
「(ううん……。)」
俺が困惑しながら首だけを横に振ると、ノアが男を胡散臭そうに睨みつけながら、ぽつりと呟いた。
『誰だ?……このおっさん……。』
「……おっさんではない。お兄さんだ。」
「「「っ!?」」」
なんと、男はノアがいる空間へ視線を向け静かに口を開いたのだ。
死者であるノアの声は生きている人間には届かないはず。今まで誰も見せたことがなかった反応に、俺たちは同時に息を飲んで目を見開いた。
「え!?……ぼ、僕の声が、聞こえてるの……!?」
驚愕した無防備なノアを、シロは庇うように立ち上がって死の呪気を引き締める。男は俺たちの異常な反応にも動じることなく、ただ落ち着いた手つきで胸元を正した。
「……視えるんですか……!?」
俺が身を乗り出して問うと、男は静かに首を横に振った。
「いや視えてはいない。私に死者の姿を捉える力はない。……聞こえるだけだ。聞こえるのと同時に……そこの空間に漂う、凄まじい二人分の『死のオーラ』を強烈に感じ取ることができる。」
男の言葉に、俺は息を詰めた。この男は、生きている人間でありながら、死者であるシロとノアの存在を認知しているのだ。
「……俺たちに何か御用ですか?」
俺は警戒を完全に解くことはせず、真剣な眼差しで男を見つめると、男もまた姿勢を正し、まっすぐに俺の目を見返してきた。
「単刀直入に言おう。……私に、力を貸してほしい。」
「力を……?」
「そうだ。」
男の表情に、深々と重い影が落ちる。
「私はここベルグランから離れた国――アマリア王国の宮廷に仕えるエリオと申す。『ベルグランに即死魔法を自在に操れる冒険者がいる』という噂を聞きつけて、君を探しにやってきた。」
「わざわざ遠方から探しに来るほど深刻なんですか。」
「あぁ。……今、我が国王陛下が、原因不明の恐ろしい『死のオーラ』に憑りつかれ、床に臥せっておられるのだ。」
エリオの語る言葉には、ただならぬ悲痛さと焦燥が込められていた。
「陛下は日に日に衰弱され、夜な夜な謎の苦しみに身を悶えておられる。国中の名医や聖職者、高位の浄化魔法使いを集めたが、誰もその『死のオーラ』を払うことができず、原因すら特定できていない……。」
エリオはギュッと固く拳を握りしめた。
「私は生まれつき霊的な波長……特に『死のオーラ』を感じ取る特殊な感性を持っていた。本来なら声を聞くことまではできないはずだったのだ。……しかし。」
エリオの視線が、俺の隣で警戒を強めるシロとノアへと向けられる。
「これほどまでに高密度、かつ圧倒的な強さを誇る『死のオーラ』に……私は出会ったことがない。強烈な死の波動であったがゆえに、私の感性が限界を超えて共鳴し、先ほど少年の声が『聞こえて』しまったのだと思う。」
エリオは一呼吸置き、静かに語を強めた。
「幸いにして……現在、国王陛下に憑りついている『死のオーラ』は、そこにいるお二人ほど強くはない。……だが、どれほど高位の聖職者でも払えぬほど、酷く粘着質で歪んだ死の念であることは確かなのだ。」
そこまで一気に捲し立てると男は椅子から立ち上がり、俺の目の前で深く、深く頭を下げた。
「ユウキ殿……! 厚かましい願いであることは百も承知だ。だがこのままでは我が国は王を失い、崩壊してしまう……! どうか……どうか我々の国へ来てもらえないだろうか! 陛下を……我が国を助けてほしい!!」
頭を下げ続けるエリオの姿に、店内はしんと静まり返っていた。俺は言葉を失い、エリオの真摯な姿を見つめた。
(国王様が……死のオーラに憑りつかれて苦しんでいる……?)
レグナードでの出来事を思い出す。
理不尽な死、消えない憎悪、苦しみ続ける死者と、それに苛まれる生者。俺の言葉や力では、彼らの無念を救いきることはできなかった。その苦い挫折の記憶が、胸の奥で痛む。
しかし――目の前で苦しんでいる人がいて、助けを求められている。
俺は隣りの二人に視線を送った。
ノアは複雑そうな表情を浮かべつつも、黙って俺の判断を委ねるように見つめ返してくる。シロもまた、神妙な面持ちで答えを待っていた。
「……顔を上げてください。」
俺が声をかけると、男はゆっくりと顔を上げた。その瞳には、切実な光が宿っていた。
「俺に何ができるかは分かりません。偉そうなことは言えないし、奇跡を起こせる保証もありません……。でも…」
俺は重みのある声で言った。
「……行きましょう、アマリア王国へ。」
エリオの顔に、ぱっと歓喜と救われたような色が広がった。
「……感謝する、ユウキ殿……ッ!」
こうして、ベルグランでの束の間の平穏を後にし、俺たちは「王を蝕む死の呪い」を解くため、新たな国へと向かうのだった。
第14話を読んでいただきありがとうございます!
実体を持たないシロとノアの「声」を、その絶大な死のオーラゆえに聞き取ってしまったエリオ。
彼の口から語られた「国王が死のオーラに憑りつかれて衰弱している」という危機は、灰燼街での挫折を経験したユウキやノア、シロにとっても他人事ではない重大な事件となります。
次回からは、いよいよ舞台を「アマリア王国」へと移します。
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明日も21:00に更新します!




