第13話 『迷いの森』の調査報告後、食堂でご飯を食べたら、周囲から恐がられました
迷いの森での暗闇と、死者の魂が渦巻く重苦しい空気から解き放たれ、俺たちは無事にベルグランへと帰還した。
夜に包まれた街並みは、街道沿いの魔導ランプに明かりが灯り、活気に満ちあふれている。冷たく湿った森の匂いから、肉の焼ける香ばしい匂いや焼き立てのパンの香りが漂う空気へと変わり、俺は深く息を吐き出した。
「ふぅ……やっぱり、街に戻ってくると安心するな。」
シロとノアがそっと俺の後ろを歩く。ノアの表情には、先ほどまでの刺々しい迷いや悲壮感は消え、どこかすがすがしい穏やかさが戻っていた。シロもまた、ノアの頭を撫でるように静かに寄り添っている。
「よし、まずはギルドに行って、蛇の調査報告を済ませちゃおうか。」
俺たちは足早にベルグランの冒険者ギルドへと向かった。
扉を開けて中に入ると、夜のギルド内はクエストを終えた冒険者たちでごった返していた。ギルド内のバーでは賑やかな声が響いている。この時間の喧騒を、シロとノアにはあまり見せたくないな。
任務から戻ってきたことを受付嬢に伝えると、以前と同様に、奥にあるギルドマスター室に案内された。扉を叩くと、相変わらず中から低い声が響く。まだこの時間でも仕事をしているのか。
「おう、入れ。」
ドルガンは事務仕事に追われているようだったが、俺たちの姿を見るなり、強面の顔を崩して安堵の表情に変わった。
「おお、ユウキ、待っていたぞ。無事で安心した!早速だが、『迷いの森』の調査結果を――」
ドルガンの言葉が、唐突に止まった。
彼の視線が、俺の左腕に固定されている。正確には、俺の左腕にしっかりと巻きつき、満足そうに「きゅ〜」と喉を鳴らしている、純白の小さな蛇に。
ドルガンの顔から血の気が引き、目玉が零れ落ちんばかりに見開かれた。
「……へ、蛇が……ユウキ、お前さんの腕に……っ!?」
「あ、はい。これが蛇の調査結果です。」
俺は腕の蛇を指差し、申し訳なさそうに頭をかいた。
「森の奥で遭遇した時は、家一軒ぶんくらいある巨大な大蛇だったんで正直驚いたんですけど……持っていた酒を飲ませたら、『もっと飲みたい』と言って懐いてくれました。酒を飲んだら小さくなって、こうして腕に絡みついて離れなくなっちゃったんです。」
「酒を……飲ませただと……!?」
ドルガンが顎が外れそうな顔で絶句する。
「ええ。お酒が好きになったみたいで。害はなさそうだったので、そのまま一緒に帰ってきました。」
「……そ、そうか…。」
すると、俺の左腕から静かな、しかし高い声が響いた。
『我はラシュガル。ユウキがくれた酒の美味さに感動して同行しておるだけだ。』
「……! 喋るのか……!?」
ドルガンが椅子をひっくり返しそうになりながら数歩後退した。
「喋る…蛇を…腕輪にして連れ歩いている……。ユウキ、お前さんは……本当に規格外だな…!」
「僕たちもいるけどね。」
「(うん、私たちのことは見えてないけどね。)」
シロとノアは少しつまらなそうだ。
「ドルガンさん。『迷いの森』は夜になると危険です。死者の魂が徘徊してあちらの世界に引き込もうとしてきます。」
「また幽霊の仕業か。」
「はい。直接的に攻撃しては来ませんでしたが、こちらに語りかけて精神的に圧迫してきます。」
「……分かった。他の冒険者にも通達しておく。今回の調査の報酬……50万ルーンだ。」
ドルガンはずっしりと金貨の袋を俺に手渡した。
「やったぜ!これで家も買えるんじゃない?シロ姉ちゃん!」
「(う、う~~ん…家、きっと買えるよ!)」
さすがシロ姉ちゃん、純粋なノアに寄り添ってくれている。
「ありがとうございます! それじゃあ、俺たちはこれで失礼します!」
ドルガンに別れを告げ、ギルドマスター室を後にした。
「よしっ、収入も入ったことだし、お腹もペコペコだ! 今日は豪勢に街の食堂でご飯にしよう!」
「「お~~!!」」
シロとノアが嬉しそうに表情を輝かせる。
「酒も飲みたいぞ!」
ラシュガルも急に眼を輝かせる。
俺たちが向かったのは、大通りに面した賑やかな大衆食堂『赤獅子亭』。肉の焼ける香ばしい煙と酒の匂いが充満し、大勢の冒険者や町人が歓談している。
「いらっしゃいませ! お客様……お一人様ですか?」
女性店員が俺の姿を見て接客してくれた。
「いえ、3人です。」
「後ほど、お連れ様がいらっしゃいますか?」
「えっ?もういますよ。」
俺がそう答えると、女性店員は一瞬ギョッとしたように周囲を見回し、顔を強張らせた。
「……は、はぁ……3人、ですね。……わかりました。奥の丸テーブルへどうぞ。」
何かを察したように引きつった顔で、女性店員は俺を店内で一番大きな円卓のテーブル席へと案内してくれた。
俺は席につくと、手元のメニューを見て景気よく注文する。
「すみません。 この特大牛肉の丸焼きと、濃厚チーズのパン、それから具だくさんの野菜シチューを3人前! あとビールは…樽で1つお願いします。」
「は、はいっ……!」
しばらくすると、テーブルの上に乗り切らないほどの料理とビール樽が運ばれてきた。
「さあ、食べよう! ノアくん、シロちゃん!ラシュガルもビールをいっぱい飲んで!」
「「「いただきます!」」」
俺が牛肉にかぶりつき、左腕のラシュガルがビール樽に顔を突っ込んで勢いよく酒を飲み干し始める。
そして――俺とラシュガルが食事を楽しむ傍らで、誰も触れていないはずの料理が、次々と不可思議な現象を起こし始めていた。
シチューのスープに挿さったスプーンが、まるで透明な人間が握っているかのように空中に持ち上がり、すーっと中身が消えていく。特大のパンが宙でちぎられ、噛み砕かれたように形を崩して蒸発していく。実体を持たないシロとノアが料理を食べているからだ。
だが、周囲の冒険者たちから見れば、それはあまりにも異常で狂気的な光景だった。
「おい……見ろよ、あのテーブル……」
「ひっ……誰もいない席のスプーンが勝手に動いて、料理が消えていってるぞ……!?」
「あいつ、一人で誰もない空間に向かって『シロちゃん、熱いから気をつけてね』とか『ノアくん、お肉美味いか?』とか話しかけてやがる……!」
「しかもなんだあの蛇…ふつう酒飲むか?」
「おいおい、噂の『無詠唱の即死魔法使い』だろ……? 背後に本物の怨霊を引き連れてるって噂は本当だったんだ……」
「近づくなよ……触れられただけで呪い殺されるぞ……!」
ざわめく店内。俺たちの周囲のテーブルからは冒険者たちが散るように逃げ出し、広大な『空白地帯』を作り出していた。
だが、俺はそんな周囲の怯えなど一切気にせず、楽しそうに美味そうに料理を食べるシロとノアを見て心から微笑んでいた。
「美味しいかい、二人とも?」
『……(満足そうに頬を緩め、何度も頷くシロ)』
『うん! すごく美味しいよ、ユウキ!』
ノアの瞳に写る人間を拒絶していた暗い影が薄まっていた。まだ完全に傷が癒えたわけではないけれど、こうして温かい食事を分かち合うことで、少しずつ確実に前に進んでいるのだ。
「ふふ、よかった。たくさん食べてね。」
――コツ、コツ
食堂に澄んだ靴音が響く。
誰もが恐怖して近寄ろうとしない、呪気と異常現象が渦巻く俺たちのテーブルへ一人の人物が迷いなく歩み寄ってきた。
全身を高級な漆黒の魔導ローブで包んだ、気品と魔力を纏う人物。
テーブルに着くと、俺の対面の椅子を静かに引き、そのまま優雅に腰掛けた。
第13話を読んでいただきありがとうございます!
ラシュガルは遂に森を出ました。
ノアも自分の傷と向き合い、ユウキやシロ、ラシュガルと共に温かな時間を過ごすことで、少しずつ「笑顔」を取り戻し始めています。
物語のラストでは、周囲の冒険者たちが怯えて誰も近づけない「呪われたテーブル」へと、堂々と歩み寄ってくる謎の人物が登場いたしました!
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明日も21:00に更新します!




