第8話 ここに物理でやられる配信者1人
「ヒッ……!? で、でけぇ……!」
地下4層の湿った岩場に響き渡る、巨大なハサミの砕く音。
目の前に立ちはだかるのは、体長2メートルを超える紫色の怪獣――『ポイズンスコーピオン』だ。
尻尾の先にある毒針が怪しく蠢き、今にも襲いかかってこようとしている。
「やばいやばいやばい! おいコメ欄! こいつどうやって倒すんだよ!?」
テンパりすぎて声が裏返る晴真。
画面のコメント欄は、ここぞとばかりに怒涛の勢いで流れていく。
『弱点は頭の甲羅の隙間!』
『いやハサミの関節狙え!』
『旋回性能低いから背後に回り込め!』
『てか尻尾の攻撃モーション見てから避けろ!』
『右にステップ! いや左だ!』
「あぁぁぁもう! 一度に大量に言われても分かんねぇよ!!」
上だの下だの右だの左だの、リスナーからの指示が多すぎて脳の処理が完全に追いつかない。
晴真が頭を抱えて混乱した一瞬の隙を、毒サソリは見逃さなかった。
ガチィンッ!
「ぶへっ!?」
鋭く振るわれた巨腕のハサミが晴真の横腹を強打する。
吹き飛ばされ、岩場をゴロゴロと転がる晴真。
【フリールガードコート】のおかげで毒の追加効果こそ無効化したものの、単純な物理攻撃のダメージがガッツリ身体を撃ち抜いた。
「いっ……てぇぇえええ! 肋骨いったかと思った……!」
『おいw 混乱してる隙に殴られたぞw』
『指示多すぎてキャパオーバーしてて草』
『とりあえず1回引け!』
『このままじゃ物理で叩き潰されるぞ!』
「退避! 一旦退避ぃぃぃ!!」
晴真は立ち上がると、サソリの追撃を間一髪でドタバタと回避し、なりふり構わず通路の奥へと逃げ出した。
ゼーハーと荒い息を吐きながら、なんとか巻くことに成功した晴真だったが、全身打撲と疲労でもう限界寸前だった。壁に背中を預けてズリズリと座り込む。
「はぁ……はぁ……死ぬかと思った……。なんだよあいつ、攻撃痛すぎるだろ……」
『まあ初心者防具じゃ物理攻撃は痛いよな』
『体力もミリ残りでボロボロじゃん』
『このままだと次のエンカウントで詰むぞ』
「うぅ……回復アイテムなんて買ってねぇよ……俺のダンジョン配信、ここで終わりか……?」
死にそうな顔で弱音を吐く晴真に、コメント欄から助け舟が出される。
『あー、そういえば4層の奥から降りられる「5層」の入口付近にセーフエリアあったはず』
『あそこ回復の泉があるぞ!』
『水飲むだけでHP回復する神スポットな』
「い...泉?泉があるのか...?行くしかねぇのか、」
生き残る希望が見えた晴真は、ボロボロの体を奮い立たせて立ち上がった。
襲いかかってくる他のモンスターを必死に撒きながら、命からがら5層へと続く階段を駆け下りる。
辿りついた地下5層――そこはこれまでの殺伐とした岩場とは違い、幻想的な青い光を放つ大きな『泉』が広がる静かな空間だった。
「あった……! 回復の泉だぁぁぁ!」
晴真は倒れ込むように泉へ駆け寄り、手ですくった聖なる水をガブガブと飲み干した。
温かい光が全身を包み込み、ボロボロだった体力がみるみるうちに回復していく。痛みも一瞬で吹き飛んだ。
「ふはぁぁ……! 助かったぁぁ……! 生き返るぅぅ……!」
泉のぼやっとした冷気に包まれ、生き返った心地になり、泉のほとりで大の字になって天を仰ぐ晴真。
と、その時。
「――騒がしいと思ったら、あなた誰?」
頭上から、鈴を転がすような透き通った女性の声が降ってきた。
びっくりして飛び起きた晴真の視線の先には、美しく煌めく装備を身にまとった、一人の見知らぬ少女が立っていた。




