第1話 ここに閉じ込められるバカ1匹
「……は? 嘘だろ?」
ナウラダンジョンの巨大な入口前。スマホ端末を操作しながら、晴真は思わず絶望の声を漏らした。
配信アプリ『I-live』を起動して十数分。
画面の隅に表示されている同時視聴者数(同接)を示す数字は、悲しいかな『3』から一切動く気配がない。
『うす』
『誰』
『金髪w』
流れてくるコメントも、たまたま新着一覧から流れてきたヒマ人たちが残したと思われる適当な3つだけだ。
「おいおいマジかよ……! 俺様の記念すべき初配信だぞ!? もっと大名行列みたいに人が押し寄せてくる予定だったんだが!?」
イライラと金髪を掻きむしりながら、晴真は画面に向かって叫ぶ。だが、数字が『4』に増える気配は微塵もなかった。
「チッ、まあいいや! ダンジョンに入って派手に暴れりゃ勝手に人は集まってくるだろ!」
半ばヤケクソになりながら、晴真はナウラダンジョンの重厚な石造りの門をくぐり抜けた。
――その瞬間。
ズズズン……! と背後で凄まじい音と共に巨大なシャッターのような魔法障壁が降り、入口が完全に塞がれた。
「うおっ!? なんだなんだ!?」
慌てて入口の壁に設置された案内板を見ると、そこには絶望的な文字が刻まれていた。
『警告:ナウラダンジョンは強い魔素の循環を保つため、一度進入すると、最下層・100層目転移陣に到達するまで地上へ脱出することはできません』
「……え?」
晴真の顔からスッと血の気が引いていく。
「ちょ、聞いてないって! 25層!? 帰れないの!? 俺、軽いお散歩気分でパンと水しか持ってきてないんだけど!?」
『wwwww』
『バカおる』
『詰んでて草』
一瞬でコメント欄が草で埋まるが、同接は相変わらず『3』のままだ。
引き返す道は途絶えた。晴真は半泣きになりながら、薄暗いダンジョンの通路をとぼとぼと歩き始めるしかなかった。
「クソが……! なんだよこのクソダンジョン! 帰ったら絶対低評価レビュー書いてやる……!」
ブツブツと文句を言いながら歩くこと数分。
曲がり角を曲がったところで、晴真の足がピタリと止まった。
通路の真ん中に、ぽつんと一匹のモンスターが佇んでいた。
体長は大人ほどもあり、全身がゴツゴツとした岩のような皮膚で覆われた二足歩行の蜥蜴――『ロックリザード』だ。
「ルギャアアアアッ!」
「ひえっ……!? で、出たああああっ!?」
晴真は勢いよく腰を抜かした。
ナウラダンジョンは高層であっても「魔素を吸いすぎると死ぬ弱めのモンスター」が生息しているとはいえ、それはあくまでこのダンジョン基準の話である。
普通の人間からすれば、十分に生命の危機を感じる化け物だ。
「な、なんだよアイツ!? 皮膚硬そうだし、爪長すぎるだろ! ダンジョンの敵強くね!? 最初に出てきていいやつじゃないだろ!!」
腰を抜かしたまま後ずさりする晴真に向かって、ロックリザードがズシンズシンと足音を立てて迫ってくる。
『おい金髪逃げろw』
『ロックリザードは正面の装甲硬いぞ』
『首のうしろ見ろ、薄い皮のところある』
パニックになる晴真の視界に、同接『3』のコメント欄が飛び込んできた。
「え、首の後ろ!? ほんとだ、なんかピンク色の柔らかそうな部分がある……って、あんなとこ攻撃できるかよ! 正面から向かってきてんだぞ!?」
『足元に転がってる石投げろ』
『目潰ししろアホ』
「石!? お、おおっ!」
晴真はなりふり構わず、足元に落ちていた拳大の石ころを拾い上げ、向かってくるロックリザードの顔面に向かって全力で投げつけた。
ドカッ!
「ギャンッ!?」
運良く石がロックリザードの鼻先にクリーンヒットした。鼻の頭を痛がって、蜥蜴が顔を押さえて悶絶する。
「今だあああっ!」
晴真は必死の形相でロックリザードの背後に回り込むと、腰の初心者用ショートソードを両手で構え、コメントの指示通り首の後ろの柔らかい皮膚を目がけて力任せに突き刺した!
グサッ!
「ルギャッ……!?」
確かな手応え。ロックリザードはビクンと身体を震わせると、そのまま光の粒子となって消滅し、小さな魔石だけがポツンと地面に残された。
「はぁ……はぁ……ハァ……!」
剣を構えたまま、荒い息を吐く晴真。
「た、倒した……? 俺、勝ったのか……!?」
静まり返ったダンジョンの通路で、晴真はゆっくりと持ち前の調子の良さを取り戻していった。ニヤリと嫌な笑みを浮かべ、カメラに向かってドヤ顔を決める。
「ふははは! 見たかオルァ! 俺様の天才的な剣技の前にひれ伏したわ!」
『石投げただけだろww』
『コメ欄のおかげ定期』
『調子乗るなw』
同接『3』のコメ欄から辛辣なツッコミが飛ぶ。
「うっせぇ!お前らは見てるだけかもしれんがこっちはきついんだよ!」
だが、この時の晴真はまだ気づいていなかった。
自分ひとりの力では、このダンジョンで1分も生き残れないということに。
そして、この「コメ欄に頼りきりのアホな戦闘」こそが、後に世界中を爆笑させる伝説の始まりになるということに――。




