信仰の行方②
深山仁は寺を出た後、スマートフォンで電話を掛ける。
数回のコール音の後、電話相手に繋がった。
「はい、もしもし。 宮本です。 深山先輩、どうかしましたか?」
電話の相手は宮本明那。
白百合ハイツの常世侵食に一緒に突入したメンバーの1人である。
「宮本さん、今日僕が向かった寺周辺で起きた下級霊の案件の発生日と地図情報をまとめてスマホに送ってくれないかな?」
「それくらいなら直ぐに出来ますよ。 少し待って下さい……出来ました。 今共有しましたので確認して下さい」
「さっすがー。 宮本さんは頼りになるなぁ」
深山仁のスマホに付近の地図情報が映る。
地図上には低級霊の発生場所に印と日付が記載されていた。
コレを1分と経たずに用意したその仕事ぶりに深山仁は彼女に対して敬服の意を向けずにはいられなかった。
「取り敢えず過去2年分の情報を纏めています。 更に過去の情報が欲しければ用意しますよ」
「いやぁ、宮本さん、ありがとう。 今貰ったのでも解決できそうになかったら頼りにさせてもらうよ。 ……いや、ホント凄いな、こんな物良く直ぐに出せたね」
彼女の仕事ぶりは他の怪異管理局員も一目置いており、パソコン仕事で彼女の右に出るものはいないだろう。
「……ところで深山先輩。 葉隠にはちゃん付けで私にはさん付けなのはなんでですか?」
「え!? なんでと言われましても……」
深山仁が葉隠奈治巳と宮本明那の敬称を使い分けている自覚などなかった。
普段から適当に喋っているせいでその辺りはかなり大雑把なのだ。
それでも強いて理由を挙げるとすれば葉隠奈治巳は仕事にまだ不慣れで面倒を見なければいけない相手として見ており、宮本明那は頼りになり、また尊敬している相手だからだろうか。
「おかしいなぁ? 葉隠と私は同期なのになぁ? もしかして深山先輩は可愛い後輩の葉隠を毒牙に掛けようとする悪い先輩なのかなぁ? 賀茂係長にチクっちゃおうかなぁ?」
宮本明那は態とらしく小芝居染みた言い方で深山を追い詰める。
「み、宮本さぁん。 ちょっと待ってよぉ。 今日はもうお説教くらってるからさぁ。 一日2回もお説教されるとオジサン泣いちゃうよぉ。 オジサンって意外と繊細なんだよぉ」
深山仁もそれに乗っかり、態とらしく狼狽えて見せる。
「こんな暑い日は冷たいアイスがあれば深山先輩の悪事を見逃しちゃうかもしれないですねぇ」
「……しょうがないなぁ。 コンビニのアイス帰りに買って来ますので賀茂係長には秘密にして下さいよぉ」
「全くぅ、しょうがないですねぇ。 ではそれで今回は手を打ちましょう。 ごめんね葉隠。 アイスと貴方の友情でアイスを選んじゃう私を許して〜」
「えぇ、アイスに負けるなんて安い友情だなぁ」
不真面目な先輩と後輩の2人は寸劇に一区切りがついた後、お互いに笑い合った。
現場と内勤のスペシャリストな2人は頭のネジが少し外れているせいで気が合うのだと他の怪異管理局員達は思っている。
深山仁はスマートフォンに送られたデータを確認する。
下級霊の目撃情報とその日付を確認するとあることに気づく。
下級霊の目撃情報はとある場所を囲むように出ており、日付が最近のものになるごとにその場所へと近づいていた。
その場所を深山仁は地図アプリで調べる。
「……この山……いや、丘かな?」
都心部から離れたこの場所は大小様々な山や丘が近くにあった。
そんな近くのとある丘を中心に下級霊の目撃情報が発生していた。
「よかった。 余り急斜面な山じゃなくて緩やかな丘っぽいからこの装備でも問題ないね」
以前山で出会った豆狸の事を思い出す。
あの時は天候も悪く、背負っている装備も重たく散々だった。
そんな事を思い出しながら深山仁は問題の丘へと向かう。
丘に入ると道はコンクリート舗装の道から土が剥き出しの道へと変わっており、奥へ進むごとに道には木々の根や石が露出し始めて歩きづらくなる。
丘の中は木が生い茂っており、深山仁が歩いている道にも枝葉が伸びており、日陰を作り出していた。
「この季節には日陰は有難いね……」
例え日陰を歩いているとは言っても猛暑日の中山道を歩いている深山仁は体力を著しく消耗していく。
汗が額を通じ、首元に流れ落ちる。 それを手の甲で拭う。
その時、冷たい一筋の風が深山仁の体内を通り抜けた。
右足の腿から腸、胃を突き抜ける胸から冷たい何かが通り抜けた。
大の大人の握り拳程の太さの細長い何か。
それが深山仁の体内で這いずった事に気づくのに時間要らなかった。
足を止め、何かが入った腿をゆっくりと撫でる。
腿に穴は空いておらず、怪我もしていない。
腹部や胸を触っても同様だった。
いつの間にか汗は止んでいた。
先程までこの丘には風で揺れる木々の音や鳥類や虫の鳴き声が聞こえていた。
今はもう、何も聞こえない。
深山仁はゆっくりと右を向く。
その方向は先程不可視の冷たい何かが自分の中に入って来た方向だった。
「こ、コレは……!」
ーーー・・・
ー・・
「それでどうなったんですか?」
怪異管理局のオフィス出た廊下。
深山仁と土谷大地は自販機の陰でコーヒーを飲みながら話していた。
「いやぁ、道から外れて少し歩くと石造りの小さい祠みたいなのがあってね。 そこに蛇の石像があっただけ」
「えぇ! 何か強敵と戦ったりしないんですか? 俺結構楽しみにして聞いてたんですけど」
土谷は年甲斐もなく不満げな態度を表に出す。
深山仁はそれを見て困ったように笑った。
「あのねぇ、毎回大事件が起きてたら僕の体がもたないよ。 今回の事件は山神の祠が荒れていたせいで土地の守りが弱くなったのが原因だね」
「そのせいで町に低級霊が現れ始めたって事ですか。 あぁ! だから日付が近くなる毎に石像の近くに低級霊が出て来るようになったのは守りの範囲が狭まったって事ですか!」
「そそ、そう言う事ぉ。 寺の有難ぁい仏像じゃなくて忘れられた山神の小さな石像が町を守ってたってオチさ」
深山仁はコーヒーを飲みながらケタケタと笑う。
そんな深山仁を土谷大地は不思議そうに見つめていた。
「深山さん、なんでそんなドロだらけなんですか?」
「あの小さな石像に地域住民や観光客からの信仰を集めようとしたらある程度の簡単な整備は必要になるわけで……町役場にはあの石像を紹介する記事を貼り出してもらってそれでおしまいにしようとしたんだけどさぁ。 何故か草刈りを押し付けられちゃったんだよぉ。 もうクタクタさ」
「そ、それは……お疲れ様です」
土谷大地はそこに自分がいなくてよかったという顔をする。
「あれー? 深山先輩、もう戻ってきたんですか? 後数日は外でへーこらしてると思ったのに」
「ちょっと、明那。 敬語、敬語!」
葉隠奈治巳と宮本明那の二人がやってくる。
「あのなぁ、宮本。 お前言葉使いどうにかしろよ? 失礼だろ?」
「すみません、深山さん。 何度言い聞かせてもいう事聞かなくて……」
「私は仕事でその分貢献してるからプラマイゼロでしょ」
その場にいる後輩たちは宮本明那の行動を嗜める。
しかし本人はどこ吹く風か、余り気にしていないようだ。
「まぁ、敬語使ってないと面倒な相手がいる時はしっかりしてくれるし、僕の方からは特に厳しく言うつもりはないよ」
「やったー! さすが深山先輩。 ピース、ピース」
宮本明那はその場で飄々とした態度をとり、他の二人は頭を抱える。
この二人を見て深山仁は自分なんかよりも社会人と言うものをできているように感じる。
「それよりも深山先輩。 約束のアイスはどうしました?」
「……あ」
深山仁の手元にはアイスはもちろん無く、頭の中にも宮本明那への献上品のアイスの記憶は入ってなかった。
宮本明那はそんな深山仁の様子を見てアイスを買い忘れたことを察する。
「賀茂係長〜〜! 深山先輩が葉隠ちゃんにセクハラしてまーす!」
「えぇ!?」
突然のセクハラ発言に葉隠奈治巳は驚きの声を上げる。
「深山先輩!? 私に何したんですか!?」
「いや、何もしてないよ! なんで僕に聞くの!?」
宮本明那は賀茂小夜の元へと既に走り出しており、深山仁も慌てて追いかけるが、宮本明那の凶行を止める事は叶わず、しばらくすると怪異管理局に賀茂小夜の怒鳴り声が響き渡る。
「……仕事しよ」
突然の出来事に困惑している葉隠奈治巳を横目に土谷大地は自分のデスクに戻るのであった。




