信仰の行方①
街から少し外れた山間の土地。
近くに駅や店などは無いこの場所は人通りが少なくなりそうなものだが、深山仁の目にはこの様な場所には似つかわしくない人数の人間がいた。
夏の陽射しで熱されたコンクリートの熱さを感じながら歩き、目的地の前へとたどり着く。
目の前には立派な朱塗りの山門が建っており、その脇には大きめの駐車場がある。
駐車場にはバスが一台止まっており、何人もの人間がこの山門へと足を運んで行った。
此処は日本遺産に登録されているお寺で歴史的に貴重な仏像が保管されているらしい。
周りの人達はこの仏像を観に来た観光客だろう。
深山仁は夏の日照りとこれから起きる面倒のせいか、この場所に来ることになった出来事が頭の中でフラッシュバックする。
「深山。 アンタ、これの対応に行って来なさい」
冷房の効いたオフィス。 賀茂小夜は淡々と深山仁に数枚の資料を手渡ししながら言い放った。
「あー、賀茂係長。 僕病み上がりでして、今日は今年の最高気温更新するって言いますし、もしかしたら外で倒れちゃうかも? ほら、何かあったら労災みたいなことになるかもですし。 1人で外回りは危ないんじゃないかなぁ」
深山仁はしどろもどろになりながら外に出ない言い訳を搾り出そうとしていた。
そんな深山仁を見て賀茂小夜はため息をつく。
「ま、そうね。 人手不足を言い訳にして、普通なら3人で対応する案件も貴方が優秀って言うだけで一人でヤらせてるのは私も申し訳ないとは思っているわ」
「でしょぅ? こう見えて頑張り屋さんなんですよ。 だから入院明けの今日くらいはリハビリでオフィスでゆっくり……」
「貴方は現場対応では3人分の仕事をしているのは分かっているわ。 でもね! 貴方の書類仕事は、貴方が5人いても1人分にもなりやしないのよ!」
賀茂小夜は声を荒げながら机を叩く。
深山仁の怯える声が虚しく鳴る。
「どうせ此処にいても役に立たないんだからとっとと行って来なさい!」
「深山仁! 現場へと急行します!」
深山仁は態とらしく背筋を伸ばしてそう言うと逃げる様にオフィスを後にする。
周りはそんなやり取りを見て苦笑していた。
オフィスを出る直前、深山仁は常世侵食時に一緒に突入した葉隠奈治巳の席へと足を運ぶ。
「葉隠ちゃんコレ、この前の言ってた奴の書類ね。 他の奴もフォーマットとかは一緒だから過去に書いたやつメールで共有しといたからそれ見ながらやってみて」
深山仁はそう言いながら書類の束を葉隠奈治巳の机に置く。
「あ、深山さん。 ありがとうございます。 ……それとすみません、私のフォローしたせいで深山さんの仕事が進まず賀茂係長に怒られることになっちゃって」
「全然! 葉隠ちゃんの件が無くてもどうせ怒られてるから気にしなくていいよ! 僕、怒られるの慣れてるからさぁ」
「そ、それは気にした方がいいんじゃないですか」
「ハハハ、それじゃ言って来るよ」
長話して賀茂小夜に叱られる前に深山仁は怪異管理局の外へと出るのであった。
山門を潜るとすぐ側では受付の様な場所になっており、観光客は入場料を支払っていた。
すぐ側ではお守りやストラップなどを売っている場所もあり、結構繁盛している様だった。
「これはこれは。 もしかして怪異管理局の方でしょうか?」
境内を見渡していると如何にも僧侶という格好をした初老の男性に深山仁は声をかけられる。
「えぇ。 怪異管理局から来ました。 深山仁です。 今日は低級霊についてのご相談と伺っています」
「あー、いやそうなんだけどねぇ……。 取り敢えず此処ではなんですので奥でお話ししましょう」
僧侶は何やら居心地が悪そうに返答し、深山仁を寺の奥へと案内する。
寺の奥には似つかわしくないプレハブ小屋が立っていた。
中に入るとパソコンや固定電話があり、ちょっとした事務所の様な部屋になっていた。
年季の入った事務椅子を僧侶は引いて深山仁にそこへと座る様に促す。
椅子に座ると事務椅子からギシギシと金属部品が擦れる音が鳴る。
深山仁が座ったのを確認すると僧侶も対面へと座る。
「いやー、改めてこんな暑い日に御足労頂き有難うございます」
「いえいえ、仕事ですから。 早速本題に入りたいのですが、低級霊をどうにかしてほしいということでよろしかったですかね?」
「そうなんですが、実は少し別件と言いますか、少し厄介な話になりまして」
目の前の僧侶は懐からハンカチを出し、ひたいの汗を拭う。
「低級霊という名前で呼ばれていますが実態は中型の獣に近いものなので、その程度であれば民間の退魔師に頼んでどうにかなったのです。 ただ問題は近隣住民にありまして……」
「浮遊霊の様な存在が曖昧な者が獣に取り憑いて姿を変えたのが低級霊ですからね。 一般の猟師でも対応は可能でしょう。 それで近隣住民の方達がどうかしたのですか?」
「えぇ。 この辺りで低級霊が出現し始めたのはここ数年でして、それまで出てこなかったのに急に出始めたのはウチの寺に問題があるのではと疑いを掛けられているのです」
「……それで実際のところはどうなんですか?」
「この寺に問題があるわけないじゃないですか!? ウチの寺には国宝にも指定されている仏像があるんですよ! それなのにあの不信心者達は……!」
深山仁のデリカシーのない言葉によって僧侶の不満は一気に吐き出した。
「ハハハ、すみません。 それでは今回の要件は低級霊が出てくる原因の究明……と言ったところですか?」
「というよりはウチの寺に問題がない事の証明が一番ですな。 ウチを目的に来る観光客も少なくないので。 困るんですよ。 変な噂を流されたりされたら」
「なるほど……。 一応その自慢の仏像を見せてもらってもいいですか?」
「……まだウチの国宝をお疑いで?」
「いえいえ、アリバイ作りですよ。 アリバイ作り。 ほら、近隣住民の方々から実際に見てないのにどうして寺に問題がないのがわかったんだ!と突っ込まれたら困るじゃないですかぁ」
「む、それもそうですね。 でしたら早速ウチ自慢の国宝の仏像を是非見て行ってください」
僧侶は深山仁を国宝の仏像がある場所へと案内する。
道中、本来は入館料を取るのだが今回は免除するという内容を横柄な態度で話す。
「着きました。 これが国宝に指定されている仏像ですよ」
仏像は如何にも有難い仏像が中に有りますよと言わんばかりの建物の中に鎮座していた。
仏像は木の柵で近づかない様にされており、柵の手前には賽銭箱が置かれている。
周りを見渡すと深山仁達以外にも観光客らしき人達がおり、各々賽銭箱にお金を入れたり、手を合わせたりしていた。
「この仏像は1200年以上前にシルクロードからやって来た僧侶が〜……」
深山仁は隣で仏像の歴史を偉そうに語る僧侶を無視する。
仏像をしばらく見ても深山仁は何も感じられなかった。
「いやぁ、素晴らしい仏像ですねぇ」
「そうでしょう! そうでしょう! こんな素晴らしい仏像がある我が寺を疑うなどと不届者ですよ」
「全くですね。 それじゃ、私は町を見て回って原因を調べますので」
「おや? もうよろしいので? せっかくなら手を合わせたらどうでしょう? ご利益をいただけるかもしれませんよ!」
「いやぁ、今日は無駄なことをする気分じゃ無いので」
そう言うと深山仁は寺を後にするのであった。




