常世侵食(3)
走る。 走る。 駆け抜ける。
ずんべら坊の横をすり抜けると同時に麻縄で手足に絡めとる。
そのまま次のずんべら坊へと駆け出し、麻縄で動きを封じ、ある程度の人数になったら呪力の力で麻縄を収縮させてずんべら坊を一箇所に集めて拘束する。
「流石に、しんどいなぁ……」
マンションに突入してすでに数時間が経過していた。
深山仁はマンション内を駆け巡り、ずんべら坊を拘束しながら奥へと突き進む。
ずっと身体を酷使していたことにより消耗していたというのもあるが、常世侵食を引き起こした原因が見つからないという精神的な消耗が大きかった。
今尚、常世侵食は収まっていない。
常世と現世は相反する関係性にある。
例えば地面に水を一滴垂らしても水は直ぐに乾いてしまうだろう。
だが一滴の水滴ではなく、水道の蛇口を捻るが如く水を流し続ければ地面は乾かない。
今回の様に事件化する常世侵食には、それを引き起こす何かがあるのだ。
何か手掛かりは無いだろうかと思案を巡らせていると、深山仁の中にある呪が反応する。
この反応を深山仁はよく知っていた。
「ッ……! 式神がやってくれたか」
マンション内に入った直後、朝倉結衣を捜索するために放った式神は見事その役目を果たした。
式神と深山仁は細い線の様に今にも切れそうな呪で繋がっている。
そんな細い糸からなんとか情報を手繰り寄せ様と深山仁は意識を集中させる。
式神を通して周りを確認すると、このマンションの家具や建材で作ったであろう祭壇が見える。
その上には何人もの縛られた人間が並べられていた。
祭壇の中央には朝倉結衣がおり、祭壇の周りにはずんべら坊が集まっている。
怪異に詳しく無いものでも彼らがなんらかの儀式を執り行おうとしているのは火を見るよりも明らかだった。
「何が目的なんだ……?」
祭壇と人質。何を目的とした儀式かは分からない。だが、穏当なものでないことだけは明らかだった。
遠く離れた式神との繋がりを辿りながら深山仁はずんべら坊の集まる場所へと駆け出していく。
引き返すことも仲間を呼ぶこともできないのだ。
もう進むしか無い。
式神が指し示す方向へと進む道中、行方を阻むが如くずんべら坊が現れる。
ずんべら坊一体一体の戦闘力はそれほどすごいものでは無い。
それでも複数人を一度に相手にすることが多いせいか、ずんべら坊の拳が頬を掠った。
あるときは後ろからの攻撃をモロに喰らいながらも歯を食いしばりながら振り返りざまに即座に制圧する。
一息付く暇も与えられず襲われることもあった。
そんな命のやり取りを何度も行ったことから深山仁は目に見えて疲労していた。
深山仁は疲れからか思考に隙間の様なものが出来てそこから過去を思い出す。
そういえば昔、ここなんかよりもっと規模の大きい常世侵食の生存者を名乗る人物と話す機会があった。
その人と出会ったのは怪異管理局に入るよりももっと昔、自分が子供の頃だった。
その人は自分が常世侵食の原因となるものを祓い、自分こそが常世侵食を解決した本人なのだと言っていた。
それを聞いた当時はそのことを間に受けていたが、歳月を重ねるごとにその荒唐無稽の話を信じなくなっていた。
一人で常世侵食という厄災に立ち向かえるはずがないと、子供の頃に知り合ったあの大人を嘘をつく厚顔だと思い込んだ。
そんな自分が今、一人で常世侵食を食い止めようと必死になっている。
両方の脚は自然と力が入り、何十というずんべら坊の群れに突貫しようとしている。
祭壇の様なものがある事からずんべら坊達はここを守るために、道中にいたもの達よりもより苛烈に此方に襲いかかってくるだろう。
深山仁はただの人間だ。 複数人から暴行を受ければ最悪死んでしまうだろう。
死ぬかもしれないのに彼は走り続けた。
深山仁はビルの最上階へと辿り着く。
そこには一部屋の広い部屋があり、部屋の中央には祭壇と何人かの人質が捕まっていた。
その目立つ場所には朝倉結衣の姿が見えた。
所々には千切れた髪の毛が散乱しており髪鬼が朝倉結衣を守るために尽力したのだと深山仁は察する。
「……? 人間がただ一人でなにをしにきた? その身を捧げにきたのか?」
一人のずんべら坊が突然やってきた深山仁に声を掛けてくる。
周りのずんべら坊と装いが明らかに違い、紺色の薄汚れたローブを身に纏っていた。
他のずんべら坊達は道中のもの達と違い手にはバットや廃材などの獲物を握ってあり、此方に敵意むき出しだった。
「一応聞くけどさぁ、君たちなにしようとしているのかな? 出来れば大人しく帰って欲しいんだけど」
「これを見ても判らんとは、人間の進化は我々と違い止まっている様だな」
ローブを着たずんべら坊は表情こそ無いが、深山仁を嘲笑している事は明らかだ。
「怪異もまた生命の一つであり、生命の目的とは種の繁栄に他ならない。 現世を飲み込み、人類をも飲み込み、この世の王として君臨する。 今日、お前はその目的の為の糧になる」
深山仁はその言葉を聞くと態とらしく笑い始める。
「お約束の悪役みたいなこと言って進化だなんだと言ってるのは実に滑稽だねぇ! どうやらシナリオライターとしての腕は三流のまま進化しなかった様だ!」
「き、貴様……!」
「おいおい、なにを怒ってるんだよ? 君、自分がした事をわかってないのかなぁ? もしかして僕が和やかに挨拶をして握手しにきたとでも思ったのかい? ……こっちは怒り心頭なんだ。 三流シナリオの悪役の末路がどうなるか説明しないと判らないのかい?」
「我々を祓って大団円を求めるか!? だが残念だったなぁ! たった一人でどうにかできるほど世の中も! 我々も甘く無いんだよ! 殺せ! コイツを殺せえぇ!!」
複数のずんべら坊が深山仁に突貫してくる。
先頭の一体に向かって荒縄を片手で振るうと呪力によって伸び、ずんべら坊を瞬く間に拘束した。
その隙に他のずんべら坊が深山仁の頭部に向かって廃材を振り下ろす。
頭に当たれば頭蓋は陥没し、致命傷は避けられないだろう。
その攻撃に対して深山仁は手を向けた瞬間、白い盾が突如として飛び出して攻撃を防ぐ。
白い盾は一度攻撃を防ぐと細かく破れ、ハラハラと舞い落ちて床に散らばる。
深山仁の式神術による盾の召喚である。
足払いをし先ほど攻撃してきたものを即座に荒縄によって拘束する。
我先にとずんべら坊達は深山仁に攻撃を仕掛けてくるが式神と荒縄で凌いでいる。
戦闘の余波で式神に使用した紙が部屋のあちらこちらに散らばっていた。
深山仁は部屋の外周を逃げ回る様に危なげに戦うが、武器を持ったずんべら坊達が厄介で、最初の二体以外数を減らせていなかった。
この状況に対して痺れを先に切らしたのはローブ姿のずんべら坊だった。
「全員動くなぁ! こっちを見ろぉ!」
その号令と共にずんべら坊達の攻撃が止まり深山仁も自然と声の方向へと目線をやる。
目線の先には祭壇にローブ姿のずんべら坊が陣取り人質の一人を掴んで此方を睨みつけている。
運悪くその掴まれている人物は朝倉結衣であった。
「貴様に情があるのであれば抵抗を辞めろぉ! さもなくばここにいる何人か見せしめに殺してもいいのだぞ! 貴様もいつまで寝てないで起きろぉ!?」
ローブ姿のずんべら坊は荒っぽく朝倉結衣を叩き起こす。
朝倉結衣は呻きながら此方を視認した。
「……オジサン?」
深山仁の顔が追い詰められたかの様に歪み、朝倉結衣の言動をローブ姿のずんべら坊は見逃さなかった。
「なんだぁ? 貴様ら知り合いか!? 丁度いい! 精々命乞いを上手くやるんだなぁ? でなければ死んでしまうぞ?」
朝倉結衣は意識が朦朧とするなか現状を把握していく。
髪鬼と共に他の遭難者を守る為に戦った事。
惜しくも破れここまで連れてこられた事。
現在、怪異管理局の深山仁が自分を助けに来た事。
そして自分のせいで深山仁に危険を及ぼしている事を理解した。
「お、オジサン……! 私のことはいいから……コイツらを!」
朝倉結衣の言葉が無情にも部屋の中で霧散する。
ずんべら坊は人質の言葉に価値がないと思っていた。
深山仁は人質がなにを言おうともどうするかは既に決めていた。
肺に空気を溜め込み、大きく吐いて決心するかの如く、深山仁は言葉を発する。
「キミらの大切な生命線だよ? 人質は大切にしないと」
深山仁は手に持っている呪を込めた紙や麻紐を地面に投げ捨てる。
「さぁ、僕は今、無抵抗だよ。 臆病者くん」
「殺せぇ!!!」
深山仁の発言を皮切りにずんべら坊達は深山仁を大勢で取り囲み一斉に深山仁に攻撃を仕掛ける。
バットや廃材を振り下ろし、突き上げて攻撃していく。
まずは肩に向かってバットが振り下ろされ激痛が走る。
息を吐く間も無く、廃材の先端を腹部に向かって突き込まれ、悶絶する。
次々と腕に、脚に、背中に凶器を振り下ろされる。
辛うじて頭部の攻撃は躱わすが攻撃の苛烈さに深山仁はその場に倒れ込む。
ずんべら坊達の武器や床には深山仁の血が飛び散っていた。
―――死んだ。
結衣だけではない。祭壇に拘束された者たちも、ローブ姿のずんべら坊さえもそう確信した。
血に濡れた深山は床に倒れたまま、ぴくりとも動かなかった。
だが、一人が異変に気づく。 続いてもう一人。
やがて、その違和感は部屋全体へ広がっていった。
リンチをしていたずんべら坊達の動きが止まったのである。
深山仁を殺した後リンチを止めるのであれば動きを止めるのは納得できる。
だが、ずんべら坊達の何人かは武器を振り上げた状態で動きを止めており、明らかに異常な様子だった。
「な、なにをしている!? なぜ動かん!」
ローブ姿のずんべら坊は自分の配下であるずんべら坊が動きを止めたことに動揺していた。
「……知りたいか? ずんべら坊」
ゆっくりと重たい足取りで深山仁が立ち上がる。
息も絶え絶えで口元や身体からリンチの際に受けた傷のせいで血を流していた。
「他の者とは違い、彼らはキミが直接操っていたお陰で助かったよ。 密集して襲いかからせた時、キミは無意識で同士討ちを避ける様に動かしたせいで攻撃の軌道は読みやすかった。 お陰で致命傷の攻撃を避けることが出来た」
一体のずんべら坊が深山仁の身体を支える様に寄り添う。
他のずんべら坊達は深山仁へと道を開ける様に退いた。
「逃げ回る様に戦ったのはこの部屋の外周を荒縄で囲い、呪いを込めた紙で満たす為だ。 麻縄には神域と俗世を区切り、紙と僕の血によって儀式は完了した」
ーーー呪血寄生紙ーーー
「キミたち怪異は最近になって伝承とは違う特殊個体が産まれる様になった。 それはキミの言う様に見方を変えれば進化なのかもしれないねぇ」
朝倉結衣は自分の隣にいるローブ姿のずんべら坊を見る。
彼の皮膚の下には無数の虫が蠢いてるかの様に不自然に膨らみ這い回っている。
それを見て朝倉結衣は声にならない悲鳴を上げる。
「……何故、進化しているのがキミ達だけだと勘違いしていたのか、不思議でならないよ。 僕は」
深山仁は刀を抜き、祓詞を唱える。
刀は祓詞を唱えるごとに青白い輝き、そして増していく。
「ま、待て……! 私を切ればこの乗り移った肉体も滅びるぞっ……!」
深山仁は刀を手にローブ姿のずんべら坊へ歩み寄って行く。
「今、この空間の支配者は僕だ。 キミの生殺与奪は勿論、お前の正体も手に取るように分かる。 ……お前が誰かの肉体を奪った存在じゃ無い。 その肉体はお前自身の物、自分自身の肉体だという事は分かっている」
「ま、待て!」
朝倉結衣とローブ姿のずんべら坊の間に深山仁は一歩踏み込み、その勢いのままローブ姿のずんべら坊を蹴飛ばした。
朝倉結衣の視線を深山仁自らの身体で塞ぎ、目の前の怪異を切り裂く。
ローブ姿のずんべら坊の身体が二つに分かれた後、光の粒子となり、辺りに飛散する。
その直後、部屋が大きく揺れ、窓の外に映る暗闇にヒビが入り、崩れて行く。
マンション内が眩く光り、視界が真っ白に塗りつぶされる。
次に深山仁が目を開くとマンションのエントランスに立っていた。
「えぇ……コレ終わったっていうことでいいの?」
エントランスに立っている深山仁の様子をマンションの外から確認した救急隊と警察官が入って深山仁を取り囲んだ。
「お疲れ様でした! 常世侵食の消滅が確認できました!」
「大丈夫ですか? 歩けますか!? すぐに病院へ搬送します!」
自分を囲んでいる人達を躱わすかのように他の警官や救急隊の人達がマンションになだれ込んでいくのを深山仁は眺めている。
不意に身体から力が抜けてその場に座り込む。
救急隊の誰かが他の者に担架を持ってくるように言っているが深山仁は既に周りの声が届いていなかった。
「終わったんだなぁ……」
周りの光景を見て常世侵食が終わった実感が込み上げ口から漏れ出る。
深山仁は最悪な1日をどうにか生き延びた。




