常世侵食(2)
車で白百合ハイツに辿り着くと辺りには野次馬が集まっていた。
深山仁と他の怪異管理局員は野次馬を掻き分けながらマンションの入り口らしき場所に向かっていく。
周りの野次馬は各々好き勝手話しており、話の内容から察するに現状を楽観視している様だった。
マンションの周りはすでに警察がバリケードを簡易的にだが作成しており、周りの野次馬にこの場から離れるように促していた。
「失礼します。 怪異管理局から来ました。 只今からマンション内に突入し、人命救助、常世侵食の原因究明及び解決に向かいます」
深山仁は怪異管理局の身分証を掲示しながら話す。
「お疲れ様です。 後はお願いします」
警官は短く敬礼をして深山仁達をバリケードの内側に通す。
マンションは薄らと黒いモヤの様なものに包まれておりマンションの入り口から先の内部がどうなっているか目視では確認できなくなっていた。
「いくぞ……」
深山仁は後ろにいる怪異管理局員に声を掛けながらマンションへと入っていった。
マンションに足を踏み入れると身体の前後方向の感覚が一瞬失ってしまう。
空間が歪み、外と内の差に身体が驚いたのだろう。
「全員いる?」
「……深山さん。 宮本と葉隠が居ません」
「……常世侵食による空間の歪みのせいで別の場所に出たんだろうね。 これから中を探索するから、行こうか土谷くん」
自分を含めマンションに入る前は4人いたのだが早速二人逸れて人数は半分になってしまった。
通信機に手を掛けて逸れた二人に通信するが返事はない。
どうやら通信機や携帯の類は使えなくなっている様だった。
「深山さん、コレ……」
マンション内に目を向ける。
目の前に広がる光景に土谷と呼ばれる男は圧倒されてしまう。
マンションの入り口。
本来であればエントランスか階段があるであろう場所にはないはずの家具、家電が床や壁に埋まり込んでおり、床には壊れた家具やマンションの住人の私物が散乱している。
部屋は広めの部屋で幾つか廊下が有り、半ば迷路の様にも見える。
「……ふぅ、土谷くん。 後ろ。 入ってきたところ壁になっちゃってるねぇ。 ……閉じ込められちゃった」
「……常世侵食をどうにかしないと俺たちも帰れないってことですか?」
「そういうことだねぇ。 まぁ、やる事は変わらない。 行こうか。 ……その前に」
深山仁は懐から紙を5枚取り出し呪を込める。
5枚の紙は独りでに折られていき、五匹の百足となる。
「式神、朝倉結衣の名をもつものに取り付け。 行け」
深山が念じると式神達は各々の方向に向かって走り出す。
「朝倉結衣って子、確か車で言っていた深山さんのご親戚の方ですよね? その子もついてないですね。 常世侵食に巻き込まれるなんて。 大丈夫でしょうか?」
「そうだねぇ。 運はあんまり良くなさそうだけど、結構逞しいからなんとかこの状況を凌いでいるかもよ?」
車での移動中、深山仁はオフィスで朝倉結衣との電話を同僚達に聞かれていた。
その事を聞かれてしまった際、深山仁は咄嗟に朝倉結衣を親戚の子ということにしたのだ。
「っ! 深山さん! 人です! 人がいます!」
最初に入った地点からしばらく歩くと広い部屋に出る。
その部屋の片隅に落ちているものを利用した簡易的なバリケードの内側に人影が見えた。
深山仁達はその場所へと駆け寄った。
「怪異管理局員の深山です。 怪我をしている人はいますか?」
軽く自己紹介を終え、深山仁は彼らに話を聞いた。
人数は十数人ほどの集団で、彼らは空間の歪みによってここに移動させられた様だった。
この状態で動き回るのは危険と判断し、簡易的なバリケードを作成して救助を待つことにしたらしい。
「深山さん、彼らどうしましょう? ここにいてもらった方が安全ですかね?」
「そうだねぇ。 出口も分かってないし、ここにいてもらおうか」
深山仁は麻縄を取り出し、避難者達が作ったバリケードに張り巡らせていく。
「深山さん、それ何してるんですか?」
「んー? 麻縄を使って簡易的な結界を作ってんの。 もしかしてこういうの詳しくない?」
「すみません、実は余り詳しくなくて……」
「仕方ないなぁ。 麻縄は魔除けの効果があって神事にも使われるんだよ。 有名なところで言うと神社の鈴ひも。 アレ、麻縄が使われてるんだよ」
土谷に麻縄の効果を説明しながらバリケードを補強し簡易的な結界にする。
その事を避難民に説明して、二人は先へと進む。
道中には廊下を何度か曲がり、階段を上り下りしたりと元々のマンションよりも空間は広くなっていた。
マンションを探索する道中にはマンション内を彷徨っている人が何人かおり、先ほどの避難所の場所を教えて、二人は先に進んでいく。
「……深山さん、人が二人います。 自分は向こうの人に声をかけるので深山さんはあっちの人お願いします」
少し広めの部屋に二人の人間が距離をとって彷徨っている。
部屋には家具などが乱雑に積まれており視界が悪い。
もしかしたらこの部屋に自分たち以外に人がいることに二人は気づいていないのかもしれない。
土谷は遭難者であろう人物に駆け寄っていき、深山仁も別のもう一人に向かって歩き出す。
「怪異管理局のものですが、お怪我ありませんか? 宜しければ他の避難者が集まっている場所を教えることができますけど?」
深山仁は遭難者に後ろから声を掛け、遭難者の肩に手をかけようとした瞬間、土谷の絶叫が辺りに響いた。
深山仁は反射的に土谷の元へ駆け出していく。
地面に埋まり込んでいる家具を乗り越えながら一直線で土谷の元へと向かい、相対する。
それは異様な光景であった。
土谷は遭難者らしき人物に羽交い締めにされており、遭難者の手は土谷の顔の皮を掴んでいた。
土谷の顔は捲り上げられており、下からは凹凸のない肌が姿を現している。
目から下はすでに捲られているせいか声を出せなくなっている様だった。
深山仁は土谷と目が合う。 その目は助けを求める目の様に感じた。
すぐに助けようと駆け寄るが間に合わない。
土谷の顔は剥ぎ取られ、凹凸のない肌だけが残った。
深山仁にはこの凹凸のない顔を持つ姿の妖怪に心当たりがあった。
「ずんべら坊……!」
別名のっぺら坊。 顔がなく、夜の通行人を驚かすのが精々の妖怪のはずの存在が人の顔を剥がし、仲間を増やす行動を取るなど深山仁は聞いたことがない。
伝承や見聞と違う要素を持つ妖怪を最近見ていた深山仁はすぐに察する。
目の前の存在はずんべら坊の特殊個体であると。
一瞬、深山仁は呆気に取られる。
目の前で先ほどまで話していた同僚の顔を奪われる様子を目撃したせいで。
その一瞬の隙、背後からやってくるずんべら坊に気づくのを遅らせてしまう。
背後からやってくるずんべら坊は深山仁を羽交い締めしようと襲いかかる。
「ーーーっ!?」
手に持っていた麻縄でずんべら坊の攻撃を防ぎ、受け流す。
それによってずんべら坊は体勢を崩し、前に倒れ込む。
深山仁はそんなずんべら坊の上着の背面を掴み取り、麻縄で瞬時に縛り上げた。
縄術の動きを深山仁の経験と呪の力を縄に纏わせることによって出来る技であった。
目の前にはずんべら坊が二体。
ほんの一瞬。 しかし、永遠とも言える。 そんな一瞬、深山仁は刀に視線を落とす。
心臓が勢いよく一度跳ねた。
刀を使うか、使わないか。
目の前の存在は怪異であり、人間ではない。
自分が刀を使うのを躊躇って、ずんべら坊に負けることが有れば事態はより深刻なものになる。
そうなればここで斬る人間よりも遥かに多い人間が犠牲になるかもしれない。
土谷だった存在に目をやる。
ソレは自意識というのはなく、ただコチラを羽交い締めにしようと突っ込んでくる。
深山仁はうるさく鳴る心臓を黙らせる為に口から声を出した。
「怪異管理局の深山仁。 これより怪異に侵された人間の捕縛する」
此方に向かって走り出すずんべら坊に深山仁は麻縄を構える。
呪力を縄に伝わせながらアンダースローの要領で腕を振ると、縄は深山仁の手から床を滑る様に走り一体のずんべら坊の足に絡みつき、転ばせる。
もう一体のずんべら坊はその間に距離を詰め、深山仁に肉薄し腕を振り下ろそうとした。
深山仁は振り下ろされた腕を麻縄で巻き取り、一本背負をして投げ飛ばす。
ずんべら坊は床に無防備な背中を打ちつけられたせいで踠くだけになっていた。
どうやら痛覚はある様だ。
踠いている隙に麻縄で拘束し動きを封じる。
先ほど転ばせたずんべら坊も立ち上がれずに踠いていたので同様に拘束する。
拘束した土谷だったものに対して自分の両手を絡めて、狐の窓の印を作り覗き込む。
印から映る姿に変化はなく、ずんべら坊が映るだけだった。
「厄介だなぁ……」
恐らくだが常世侵食のせいで怪異と人間の見分けがつかなくなっている。
もしくは一度ずんべら坊になったものは人間へと戻らずそのままになるのかもしれない。
常世侵食ではこの世の常識は通じない。 なんでもありだ。
深山仁は最悪の場合を想像し、ため息を一つ大きく吐いた。
「先ずは元凶を潰さないとねぇ。 うん、先ずはそれでいいはず」
常世侵食を解決すれば被害者は人間に戻るかどうかは解決しなければわからない。
ならばやることは変わらない。
常世侵食を食い止め、祓う。
足を踏み出し、先へと進み、部屋を出る。
部屋の先は一本道の廊下になっており突き当たりの曲がり角が見える。
深山仁は前へと進み、廊下の曲がり角を曲がる。
その先の景色は最悪であった。
曲がり角の廊下には目視で十数体のずんべら坊が彷徨っていた。
一体のずんべら坊の動きが止まり無いはずの視線を此方に向ける。
また一体、一体と此方を認識したと言わんばかりに無い視線を此方に向けてくる。
やがて、全てのずんべら坊が深山仁に向き直った。
「オジサン、運動は苦手なんだけどなぁ」
深山仁は麻縄を構えながら目の前の脅威に対処しようと身構えた。
運命が最悪の方向へと転がり続けるのを深山仁は感じずにはいられなかった。




