髪鬼の主
怪異管理局オフィス。
各々が書類を作成したり、部屋の隅にある大机で会議をしたりと、少しばかり騒がしい。
数年前、怪異管理局の建物はリフォームされ、その際にオープンオフィス化とフリーアドレス制が導入された。
だがそのせいで机から引き出しが無くなり、お菓子を机の引き出し奥に忍ばせておくこともできなくなってしまった。
糖分が恋しいおじさんには、なかなか辛いものである。
そもそも業務効率化のためのフリーアドレスだというが、皆、机に書類やパソコンの周辺機器を置いたままにしているため、席は半ば固定化している。
これで本当に効率化できているのか、深山仁は疑問に思っていた。
「上の人って、下の者のことなんて分かんないんだろうねぇ……」
「あら? 上の者がなんですって?」
背もたれに体重を預けながらボヤいていると、一人の若い女性が声を掛けてきた。
艶のある長い黒髪を靡かせながら近づいてくるその姿は、これから小言を言うぞと全身で主張しているかのようで、あまり機嫌は良さそうではなかった。
「あぁ、いや、賀茂係長の事ではなくてですね。 このフリーアドレス制の席に未だに慣れないんですよ。 ほんとにこれに業務の効率化なんて効果あるのか疑問に思っていまして……」
賀茂小夜。
深山仁の上司であり、年齢は深山仁よりも一回り年下だ。
係長という立場であるが他の同じ役職の人間よりも若く、それには理由があった。
彼女は社家の出身で、代々神社の祭祀を司り、怪異に対抗する術を受け継いできた家系だ。
そんな彼女を上の人間は幹部候補として育てている……所謂コネというものだ。
そのことに不満を持つものも疑問に持つものもいない。
それだけ怪異に対抗出来る手段と技術、力を継承している血筋だからだ。
「知らないわよ。 もう2年ぐらい経つんだからいい加減慣れなさいよ」
「えぇ、もう2年ですか? 歳をとると時間が経つのが早くていけない。 それで賀茂係長。 何か御用でしょうか?」
「まずはこの前の報告書読んだわ。 あれは認可出して次に流したわ」
「……それだけじゃないんでしょう?」
「察しが良くて助かるわ。 最近の自殺未遂者のニュースについては知っているかしら」
「……えぇ、見ましたよ。 学生の自殺未遂者が出てニュースになっていましたね」
「その、もしかしたら怪異絡みかもしれないから調査してくれって……」
「なるほど、じゃあ警察からの捜査依頼書はありますか? 取り敢えずそっち方面から調べて見ますよ」
「……ありません」
「……ん?」
怪異管理局の仕事の一つに警察組織への調査協力がある
怪異管理局と警察組織は付かず離れずの関係性で基本的には警察が怪異絡みの事件だと判断した場合、怪異管理局に仕事を回してくる事がある。
「そ、その、部長が私にもっと箔をつけた方がいいって……それで今回のニュースの事件を解決しろってぇ……」
いつもは凛とした雰囲気をしている彼女だが、今この瞬間だけでは萎びた百合の花の様に萎れていた。
彼女の言い方をそのまま取るのであれば、警察との協力は出来ないから自殺未遂の現場や被害者の詳しい情報も確認出来ないし、苦労して解決しても手柄は自分のものにはならないという事だ。
手柄や出世などに深山仁は興味がないが、彼女自身そう言った相手への評価や報酬のことに気を使う人物なのをよく知っていた。
生真面目な彼女がこうなるのは仕方がない。
「……分かりました。 なんとか調べて見ますけど結果は期待しないでくださいね?」
「い、いいのか? 私、大分無茶を言ってると思うんだが……」
「無茶言ってるのは部長でしょぅ? それに係長は僕の上司なんだから、もう少し偉そうにしてもいいと思いますよ? こんな感じで……エヘン、エヘン! 深山! とっとと働け! ……ってな感じで」
「ップ……なんだそれは。 もしかして部長のモノマネのつもりか? 全然似てないぞ? フフッ」
先ほどまで萎れていた彼女だが、少しだけ元気を取り戻した様に見えた。
「ひどいなぁ……賀茂係長。 結構自信あったんですけど……今度の飲み会でお披露目しようと考えてたくらいなのに」
「おま、それは辞めろ! アレだぞ!? フリじゃないからな! 大体お前はいつもいつも……!」
「ありゃりゃ、コレはマズイ。 それじゃぁ、僕はこれから調査行ってきますんでぇ」
「あっ! コラ! 深山! まだ話は終わってないぞ!」
想定よりも元気になり過ぎた賀茂小夜から逃げる様に深山仁は怪異管理局のオフィスから飛び出すのであった。
ーーーー平日の街中は人がまばらに歩いており、休日と比べ人通りは少なかった。
この街は所謂地方都市と呼ばれる規模の街で、駅周辺はそれなりに栄えているがそこから離れると地方の様相を色濃く見せる。
よく見かける、そんな街だった。
「さてと……じゃぁ調査を始めましょうかねぇ」
深山はスマートフォンを取り出しSNSやニュース記事を利用して調査を始める。
「……高校生、自殺未遂で首を絞めた後……」
自殺未遂者は女子高生で、首を吊って自殺しようとしており、失敗して救急搬送されたらしい。
警察関係者は事件性は少ないと見ており、捜査を継続しているらしい。
暫く今回の事件について調べているととある個人ライターのネット記事を見つける。
煽り分に『恐怖!? 呪殺事件の全貌を徹底調査!!』という文章が入っている。
「悪趣味だなぁ……」
深山仁は少し嫌悪感を覚えながらも記事を見るとある一文に目がつく。
曰く、被害者の親に取材をした所、気絶している娘の髪の毛がいつもより伸びていたらしい。
「……うーん。 コレだけじゃあどうにもならないなぁ」
今回の事件はただの自殺未遂なのか、それとも怪異によるものなのかを調べなければならない。
ネット記事に書かれている内容に被害者の学校名が書かれており深山仁は重い足取りで学校に向かうことを決めた。
駅から歩いて数十分後、深山仁は学校の目の前に来ていた。
昼下がりの学校は授業中の為か人の気配はするのに少し静かだった。
深山仁は校門をくぐり来客者対応の窓口に顔を出すと事務員らしき人物がやってくる。
深山仁は今回の事件被害者生徒と話をしたい旨を伝えると学内の教師を呼んでくれることとなった。
暫くすると慌てた様子で中年男性の教員がやってくる。
「どうも、どうも。 御足労頂きありがとうございます。 この学校で教頭をやらせてもらっています。 それでー……本日はどういったご用件で怪異管理局の方がいらしたんでしょうか?」
「怪異管理局の方から来ました。 深山仁です。 本日はですね、ニュースにもなった自殺未遂者の生徒の話をお聞きしたいなぁと」
深山仁はそう言いながら目の前の教頭に怪異管理局の身分証を見せる。
「……それは、理由をお聞きしてもよろしいでしょうか? その、今回の一件は特に其方にお世話になるような事ではないかと思いますが」
「あー、すみません。 本当にたいした事ではないんですよ。 今回のが怪異絡みなのか確認して来いと上から言われましてねぇ。 長いお時間は取らせませんのでお話しさせてもらえませんか?」
「……すみません。 生徒の心情のことも有りますので今回はご遠慮して貰っても宜しいでしょうか。 まだ精神的に少し参ってるようで。 それに今回のはそういうのでは無いでしょうから」
教頭は額に出た汗をハンカチで拭いながら断りを入れる。
「そうですか。 勿論私としてもそれで構いませんよ。 心の傷付いた子供に無理をさせるのは私としても心苦しいのでね。 えぇ。 ……ただ、その子のお名前を教えて頂けませんか? 私も仕事として来ていますので上に報告書あげる時に名前を上げないといけないんですよ」
「……今回、自殺未遂をしたのは朝倉結衣という生徒です」
教頭は少し悩んだ後、名前を答える。
出来れば答えたくは無いが相手が怪異管理局の者だから仕方なくといった様子だった。
「ハイハイ、朝倉結衣ちゃんね。 いやぁ、有難うございます。 それじゃあ今日はこれでお暇させてもらいますね。 公務員は辛いなぁ〜っと……」
そう言いながら深山仁はその場を後にする。
その際に教頭達に見えないように懐から一枚の紙を取り出す。
紙に呪を込めると深山仁の手の中で一枚の紙から百足の折紙に変化する。
「……式神。 朝倉結衣の名を持つ者に取り付け」
誰にも聞こえないような小さな声で自ら生み出した式神に指示を出すと式神は素早い動きで校内へ向かっていく。
「公務員は辛いね、ほんと……」
生徒を守ろうとする教師。 それを掻い潜って無理に話そうとする自分。
そんな対比を感じて少しだけ気落ちする。
式神を放ち、校外で待つこと数時間、学校は放課後の時間となり、学生が帰宅を始めていた。
そんな学生の一人、深山仁の式神が取り憑いている女子高生が校門から出て来た。
あの子が自殺未遂をした朝倉結衣という子だろう。
「これで何もなければいいんだけどねぇ……」
深山仁はボヤきながら両手の指を絡めて印を作り、指の隙間から彼女を除く。
この印は狐の窓と呼ばれ、印越しに覗けば隠れた怪異を見破ることが出来る。
狐の窓から覗いて映った者は女子高生ではなかった。
目に映る女子高生の髪の毛は怪しく蠢き、明らかに質量が人のそれではなかった。
「……黒かぁ」
先ほどまで緩んでいた身体は、細やかな芯材を張り巡らされたが如く気合が入った。
考えるよりも早く身体の方が目の前の怪異に対処出来るように身構えたのだ。
「……朝倉結衣さんですね。 怪異管理局のものです。 貴方の髪の毛のことで、お話し聞かせてもらえますよね?」
深山仁は後ろから朝倉結衣に声を掛ける。
「……そこの路地を曲がった所で話してもいいですか? 人目につきたく無いので」
「えぇ、勿論ですとも」
二人は無言で歩き、交差点を曲がり、狭い路地に入る。
人気のない路地はぽつりぽつりと民家があるだけで人通りはない。
「これ、君だよね? 皆んな酷いことするよねぇ」
深山仁はスマートフォンの画面を朝倉結衣に見せる。
スマートフォンの画面にはSNS上で朝倉結衣を虐める内容の書き込みが写っていた。
「これ、どうやって見つけたんですか? 私の名前は報道されてなかったはずですけど」
「んー? 一応、ウチ公的機関だからさぁ。 名前は何とか調べて後は、こういうのが得意な人に探して貰ったんだよねぇ……君はイジメによる負の感情で髪鬼に取り憑かれてる可能性がある」
「……何ですか? 髪鬼って」
「妬みや恨みなんかの負の感情が髪の毛に宿って妖怪化したのが髪鬼っていうんだよ。 まぁ、取り敢えず祓っちゃうから安心して……」
「……っ!」
深山仁が手を伸ばした瞬間、朝倉結衣の髪の毛は絡み合い一つの太い束となり深山仁へと襲いかかる。
深山仁はその攻撃に動じず、髪の毛を掴み取り攻撃を封じ込めた。
「酷いなぁ。 急に攻撃してくるなんて、オジサン傷付いちゃうよ」
「え、ど、どうして受け止めれたの!? 不意打ちだったはずなのに」
「君の正体は髪鬼だけどそれだけじゃぁないね。 ただの髪鬼だったら宿主の意識は希薄になる。 恐らくは髪鬼の変異個体。 キミ、意思疎通出来るタイプでしょ。 ほら、早く何か喋ってくれないかなぁ?」
慌てる朝倉結衣と対照的にいつも通りの調子で話しかける深山仁。 だが、
「……じゃないとさぁ、消しちゃうよ?」
冷たく言い放つ。
朝倉結衣に放った言葉ではない、彼女に取り憑いている髪鬼に容赦を与えるつもりの無い声色だった。
「ま、待って! お願い! 待って! この子は悪く無いの! だから……!」
『結衣……。 もう良い。 我から話そう』
一本の束となって襲いかかって来た髪の毛はパラパラと解け、攻撃性をなくしていく。
路地裏の張り詰めた空気も同時に解けていくのを肌で感じる。
髪の毛は朝倉結衣を包むように辺りで揺らめいていた。
『我は髪鬼という妖怪だ。 我が主、朝倉結衣に向けられた悪意によって生まれた。 普通の髪鬼であれば宿主を殺すのだろうが、何の因果か我には自我とも呼べる意識が芽生えた。 ……のう、其方よ。 我を祓ってはくれんか?』
「な、何言ってるの! 絶対ダメ! 私とずっと一緒にいるって言ったじゃん!」
『主よ、しかしだな……』
言い争いをし始める一人と一妖怪。
そんな様子を冷たく冷静に見ながら深山仁は髪鬼に問いかける。
「……ニュースでやってた自殺未遂の件、アレ髪鬼でしょぅ? コッチもねぇ、そういう怪異は祓わないといけないからさぁ。 だからさ、お嬢さんは納得しなくてもいいよ。 コッチはコッチでやることやるからさ」
「ま、待って! それは違うの! 私が無意識に自分でやっちゃったの! こ、こんな風に……」
朝倉結衣がそう言うと髪の毛は朝倉結衣の首元に巻き付いていく。
「……驚いたな。 まさか主導権は髪鬼じゃ無くてお嬢さんにあるのか」
怪異の変異体も珍しいが、それを自由に操る人間の存在もかなりのレアケースだった。
『うむ、我の主導権は主のものだ。 それ故に、心を病んだ際、我の力を暴走させ、自らを傷つけてしまうことがある。 この前の一件のようにな。 次、また同じことが起きた際、主が無事とは限らん。 だから我を其方に祓って欲しいのだ』
「……あの、私、この子と離れたく無いんです。 辛い時や苦しい時ずっとそばに居て励ましてくれたし、悪いことなんて一度もしてません。 この子と一緒にいたいんです! お願いします! 助けてください」
深山仁は少しだけ考え、二人に改めて向き直る。
「まず髪鬼くん。 君はこの子とお別れしたいのかな?」
『……我としては主の側に憑いていたいが、また暴走してしまえば今度こそ命を奪い兼ん。 故に……』
「暴走する原因は心が不安定になったとき……で合ってる? お嬢さん?」
「は、はいそうですね。 間違い無いと思います」
「じゃぁ、心穏やかにこれから過ごせる様に頑張りなさい。 精神修行とかそっち系の本買うなりしてね。 ひとまずはそれで解決でいいよ。 でもその前に……」
深山仁は二人に向かって柏手を一度鳴らす。
乾いた音が空間に溶け込んでいきどこかへ飛んでいく様な不思議な感覚を朝倉結衣と髪鬼は感じとる。
「髪鬼が産まれるほどの悪意だからね。 呪い返しもさぞ効くだろうねぇ」
深山仁はイタズラを仕掛ける子供の様な笑顔を浮かべながらそう言う。
『其方、怪異管理局ともあろうものが呪い返しなぞしても良いのか?』
「へーき、へーき。 大したことないよ。 ただお腹が下すくらいの効果しかないから」
「あ、あの。 見逃してくれるってことでいいんでしょうか?」
「ん、そうだねぇ。 他の局員だったら祓うんだろうけど、ほらオジサンは不真面目だからねぇ。 人様に迷惑をかけないならいいんじゃないかな?」
「え、えぇ〜。 すっごい適当……」
「それじゃあ、コレ、オジサンの名刺ね。 何か困ったらここに連絡入れてね。 怪異絡みでも私生活のことでも相談乗るからさ」
深山仁は名刺を朝倉結衣に差し出す。
「あ、あの、ありがとうございます」
「うん、学校のことは普通の大人の対応しか出来ないけど、相談できる大人が一人いれば心持ちも違うでしょ。 でもこんな不真面目な人以外にも頼れる人作っておきなよ」
朝倉結衣が名刺を受け取ったのを確認し、深山仁は怪異管理局へと戻るのであった。
数日後、深山仁は怪異管理局のオフィスにて上司の賀茂小夜に声を掛けられる。
「深山〜。 あ・な・た・にお客様よ〜。 受付に行って来なさい」
明らかに怒っている賀茂小夜に促され受付に行くと、そこには朝倉結衣がいた。
「あ、オジサン。 この間はありがとうございました。 おかげさまで虐めも無くなりました。 ただ、私を虐めてた人がよくお腹押さえてますけどね」
朝倉結衣は笑いながらお礼を言う。
「そっかぁ。 よかったねぇ。 アレから何も問題はない?」
「はい、この子とも上手くやれてます。 今はバレるといけないから普通の髪のフリをして貰ってますけど」
「うん、外ではそうした方がいいかもね。 あぁ、それと初めて会った日、ごめんねぇ。 結構怖い対応しちゃったでしょ? 許して欲しいなぁ」
「本当ですよー。 私怖かったんですから! この子にオジサンのこと怒ってもらう様に頼んじゃいますよ」
朝倉結衣は冗談混じりに笑いながら自分の髪の毛を手で持ち上げる。
「困ったなぁ。 オジサンこれから怒られる予定が入ってるんだけどなぁ」
「え? オジサン怒られるんですか」
「うん、ほらオジサンの後ろでジッと見てるおっかない人いるでしょぉ? この後オジサンあの人に怒られるの」
「オジサン何やったんですか?」
「オジサン、不真面目だからねぇ。 いつも怒られちゃうの」
二人は冗談を二言三言交わしその場を別れる。
その直後に深山仁の肩は賀茂小夜に鷲掴みにされる。
「随分と可愛いお客さんねぇ? この前の事件調査対象者の朝倉結衣ちゃんかしら?」
「か、係長。 力入れすぎて肩に指がめり込んでいるんですが……」
「返事をしなさい」
短く、そして力強い彼女の言葉に深山仁は逆らえなかった。
「そうですね。 朝倉結衣って名前の子で態々お礼を言いに来たそうでして……」
「ふーん、報告書には問題なしと書かれていた朝倉結衣ちゃんねぇ」
ここで少し説明をするが髪鬼の擬態はほぼ完璧であった。
何の対策も無しに髪鬼の擬態に気付けるものは血筋がいいエリートだけだろう。
血筋のいいエリート、つまり彼女、賀茂小夜がこれに当てはまる。
「アレの何処が問題なしなのか、みっちり説明してもらおうかしら?」
深山仁は賀茂小夜に引き摺られたあと、彼女や髪鬼に危険性はないこと、報告書に上げると問題になるので書かなかったことを懇切丁寧に説明した。
なお、普通に口頭での説明ぐらいはしろと怒られ、普段の素行も叱られた深山は説教が終わる頃には別人の様に萎れていたのだった。




