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怪異管理局録 〜人と怪異のあわいにて〜  作者: えちだん


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1/1

雨夜の案内人

 ザーザーと雨が降る真夜中の山中に一人の男がいる。

 男は大きなリュックを背負い、雨合羽を深く被っていた。

 それだけならば帰りが遅くなった登山客か何かだと思うだろうがその男は腰に一振りの刀を差しており、ただの登山客ではないことは、誰目から見ても明らかだった。

 

 怪異管理局。妖怪、呪詛、土地神――人ならざるものを調査、管理し、必要とあれば祓う組織。

 男はその組織に所属していた。

 腰につけているLEDランタンを手に持ち辺りを照らす。

 光に照らされた雨が真っ白な一本の線の様に目に映り、絶え間なく上から下へ流れていく。


 雨のせいで空気はじっとりとしており、雨合羽の下に着ている服は身体にべったりと張り付いてしまっていた。

 服が身体に張り付いている理由は湿気だけのせいではない。自分が冷や汗を出しているせいだろう。

 真夜中の山中は都市の街中と違い灯が全くない。

 唯一頼りになる月明かりは分厚い雨雲に遮られてしまっている。

 心臓がいつもより大きく鼓動を繰り返しているのが嫌でもわかった。

 男の脳裏に、出発前に渡された調査書の内容がよぎる。


 この地域近辺で行方不明の報告が相次いでいた。

 それだけであれば怪異管理局は動かないのだが、とある民間人からの通報があった。

 曰く、幼い子供が火を操り殺そうとしてきたと。

 通報者含め二人で山に登っていたが幼い子供が現れた後、火が襲いかかってきたので散り散りに逃げたらしい。

 通報者の同行者はそのまま行方不明になり警察に通報し、その流れで此方にも連絡が来たというわけだ。


 子供と火に関係する怪異に男の知識は結び付かなかった。

 どちらか片方ならば候補はいくつかの妖怪や民話が思いつくがこの二つが絡んでいるものに心当たりはなかった。

 男は頭を悩ませながら調査書に示された怪異の目撃箇所に足を進めると後ろから不意に声をかけられる。


「オジサンそっちは危ないよ。 コッチにおいでよ。 コッチハアンゼンダヨ」

 

 男は声が聞こえた瞬間、反射的に振り向く。

 勢いよく振り向いたせいで手に持っているLEDランタンが勢いよく跳ね上がる。

 プラプラと揺れるLEDランタンを片方の手で押さえながら声の主を照らすとそこには幼い子供がいた。

 見た目は小汚く、ボロボロの着物を身につけており、靴も履いていない。

 この真夜中の山中に異質な見た目の子供、調査書に書かれていた子供は()()のことだろう。


「……こんばんは。 今日はひどい雨だね。 僕はその危険な事について調べに来たんだ。 君の言う危険が何なのか教えてもらえる事は出来るかな?」


「ぎ、危険、キケンだヨ。 コッチ……! こっちに来て、ついてきて」


「……フー。 わかったひとまず着いていこうか。 雨が降っていて道も整っているとは言いづらい。 転ばない様に気を付けて案内してくれるかい」


「ア…うん。 コッチ、コっち!」


 着いていくと言った後、目の前の幼子が顔を綻ばせると小さな歩幅で道案内をしてくれる。

 男はこの道が先ほど歩いてきた道とはかけ離れている別の道になっている事に気づいていた。

 男の首筋に冷たいものが流れた。

 怪異による空間の歪曲。 男は怪異の術中に嵌っている事実に小さく息を吐いた。

 先ほどまで自分が歩いていた山道よりも悪路になっており、嫌でも足元に気を遣わざるを得ない。

 ふと、目の前の幼子に目をやると自分とは違い、慣れた様子で道を進んでいくではないか。

 そんな幼子が突如足を止める。

 自分も足を止めて、LEDランタンを片手に持ち辺りを照らすと目の前には大きな粗大ゴミの小山があった。


「テレビに冷蔵庫、そのほかにはタンスにテーブルに山積みのトタン板っと……すごい量だな」


「……ごメンね。 コッチの道は塞がってイテ通れないミタい。」


 幼子が踵を返し歩いていくので男もそれに着いていく。

 気づけばまた別の道を歩いており、幼子が道の端に何かを見つけたのかじっと何かを見つめていた。

 男は幼子が見ているものを確認すると無造作に刈られた植物だった。

 男はその植物に見覚えがあった。 確か何かの山菜だったはずだ。

 無造作に刈られた山菜を幼子は悲しそうに見つめると、男の方を見て自分が道案内中だと言うことを思い出したかの様にハッとすると、また道を歩いていく。

 男はそれに着いていく。


 川の流れる音が聞こえてくる。 その音は徐々に大きくなっていく。

 足元が急激に冷たくなり、濡れている。 違和感に視線を落とす。 いつの間にか、男は小川の中に立っていた。

 川の水深は浅く膝下ほどの高さしかないが、不安定な足場と流れる水のせいで足を取られそうになる。

 幼子の方を見ると背の小ささのせいから腰ほどにまで幼子は浸かっており、身動きが取れそうではなかった。

 男は幼子を抱き上げて川から出ようとすると上流から何かが流れてくる事に気づいた。

 それは魚を獲る仕掛け罠であった。

 川の水はその仕掛け罠を忌避しているが如く、水量を増やし流していく。


「川の水冷たくなかったか?」


「オ、オイラはダイジョウブだよ。 それよりも着いテキテ! 急がなイト着ちゃウ!」


 男と幼子は川に流される仕掛け罠を見送りながらまた道を進んでいく。

 しばらくして男は幼子に話しかけた。


「……キミ、人間の振りしてるけど人間じゃないでしょ。 そろそろキミが何者か教えてくれないかな?」


 男が目の前を歩く幼子に声を掛けると飛び跳ねて驚く。


「ニ、人間! オイラはニンゲンだゾ!……ホントダゾ……」


「うーん、人間の振りをするにはちょーっと修行が足りないんじゃないかな」


 男は目の前の幼子の足元をLEDランタンで照らす。

 そこには人間の足ではなく四つ足の獣の足が生えていた。

 小さな体躯。 獣の足。 恐らく妖術で変幻しているのだろう。

 これらの要素から導き出される正体を男は導き出していた。


「キミは妖怪、豆狸。 その子供だね。 この山で何が起こっているのか教えてくれるかい?」


 正体を見破られた幼子は煙に包まれた瞬間、人間から子狸の姿へと変わった。


「何でオイラのこと、知ってるの? オジサンは一体誰なの?」


 慣れない変幻を解除したからか先ほどまでの辿々しい口調は無くなっていた。


「僕は怪異管理局から来たものです。 この山で起きている事を調査、解決をしに来ました。 この山で何が起きているのか教えてもらえますか?」


「……じ、実は最近人間たちが山を荒らすんだ。 それで山の調子がおかしくなって、変なのが人間を襲い始めて、オイラ、人間が襲われない様に山から逃がそうとしたけど全然上手くいかなくて……」


 調査書に書いてあった子供はこの豆狸の事だった。

 そして豆狸が言っている()()()が火と関係する怪異だろう。


「なるほど、だいたいわかった。 恐らく山が荒らされた事によって山に穢れが溜まったんだろう。 そしてその穢れはある怪異を生み出した」


「か、怪異?」


 雨。 夜の山中。 悪路。 そして相次ぐ行方不明者。

 男の脳裏には一つの怪異の名前が浮かんでいた。


「その穢れが生み出した怪異、それは悪路神の火!」


 その名を口にした瞬間、道の先に、ぼうっと火が灯る。 一つ、また一つ。

 まるで夜道に提灯を並べるように、火が連なっていく。

 そして、それらは静かにこちらへ近づき始めた。


「出た! オジサン! 変なのが出た! 逃げて! アレに近づくと人間たち元気が無くなって死んじゃうんだ!」


「……豆狸くん、ごめんねぇ。 大変だったでしょ。 慣れない変幻で人間を助けるの」


「え、イヤ、オイラ人間の事好きだから……ってオジサン! それより早く逃げないと!」


「元々今回の一件は人間たちが山を荒らしたせいで起きた出来事だ。 だったら同じ人間が解決するのがスジってもんでしょ」


 男は腰に差している刀を抜く。

 刀はLEDランタンの灯りを反射し鋭い輝きを放っていた。


「刀には様々な伝承が残っている。 その一つに穢れや魑魅魍魎を遠ざけ、祓い清める効果が有ると言われている。 それはいつしか信仰となり、そして()()となった」


 悪路神の火は刀を気にする様子を見せずに此方へと向かってくる。

 豆狸と同じ怪異ではある。 だが、生き物ではない。 山が自らを守るために生み出した免疫機構。

 あの悪路神の火はきっとそういう存在なんだろう。


「掛けまくも畏き伊邪那岐大神、筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に、御禊祓へ給ひし時に生り坐せる祓戸の大神等、

諸諸の禍事罪穢有らむをば、祓へ給ひ清め給へと白す事を聞こし召せと……恐み恐みも白す」


 男は祓詞(はらえことば)を口にする。

 そうすると手に持っている刀が青白い光を放ち始める。

 祓詞を言い終わるとほぼ同時、男は放たれた矢の如く真っ直ぐに悪路神の火に向かっていく。

 そして悪路神の火に近づくと逆袈裟斬りで刀を振り抜き、悪路神の火を切り裂いた。

 炎は二つに分かれると2度と一つに戻る事なく消滅した。

 男が駆け抜けた軌跡が、青白い一筋の光となってその場に残る。

 そう錯覚するほど、一瞬の決着だった。


「す、すごい……!」


「豆狸くん、怪我はない?」


「は、はい! これで山は元通りになったんですよね! オジサンありがとう!」


「……いや、元通りにはなってないね。 今回のは一時的な対処療法に過ぎない。 しばらくすればまた似た様な事例が起きるだろうね」


「そ、そんなどうして! さっきオジサンはあの変なのをやっつけたじゃないか!?」


「今回の一件は山が荒れ、穢れが溜まったことが原因だ。 それをどうにかしないといけない」


「オ、オジサンがどうにかしてくれる? オジサンすごく強いもん! 穢れ? って言うのもオジサンなら簡単にヤっつけてくれるよね?」


「……それは出来ない。 オジサン一人で山を以前の正常な状態にすることは出来ないんだ」


「そ、そんな……」


 豆狸は男の不可能だと言う言葉を聞き落ち込む。

 男はそんな豆狸の目の前に移動し、しゃがみながらこう言った。


「だからさ、他の人間の力を借りて少しづつ山を元通りにするからさ、もう少し待っててくれる?」


「……え?」


「この山、確か山菜採りとか魚の罠漁とか禁止のハズだよねぇ。 酷い人もいたもんだ。 そういった人たちはどうにかするは難しいけどこの山でそう言うことしちゃダメっていう事を周知させる様に努力するよ。 不法投棄の山は然るべき業者に片付けさせるし、今後こういうことがない様に対処を頭のいい人に考えてもらうよ」


 男は小さな子供をあやす様に、言葉を選びながら豆狸の頭を優しく撫でた。


「きっと凄くびっくりするくらいゆっくりだけど、それでも良くなる様にオジサンや他の人間も頑張るからさ。 だから待っててくれるかな?」


「ハ、ハイ! ありがとうございます! ……オジサン、名前はなんでいうんですか?」


「えー、名前? 急にどうしたの?」


「聞きたいんです! 山を、オイラを助けてくれた人間の名前を覚えていたいんです!」


深山(みやま)深山仁(みやまじん)だよ」


「ミヤマオジサン! ありがとう! オイラ待ってる! この山も人間も好きだからずっと待ってるよ」


 先程降っていた雨はいつの間にか止んでおり、二人の周りを柔らかい月光が包み込む。

 先ほどまで辺りに漂っていたジメジメとした湿気を吹き飛ばす様に優しい風が穏やかに吹いていた。

 よく見ると山道も見知った道になっていた。


「ミヤマオジサンーー! ありがとーー!」


 山を降りる深山仁の後ろからはいつまでも豆狸の感謝の声が聞こえていたのだった。



 あの日から一週間、山からは8名ほどの人間の遺体が見つかっており、遺体は外傷がなく何れも衰弱死ということから事件性があるか調査をしていると風の噂で聞いた。

 山菜の密猟や魚の罠漁を防ぐために近辺の自治体は立て看板やポスターで注意喚起している様だった。

 また、山中をパトロールする話も出ており、何れにせよ密猟者は確実に数を減らすことだろう。

 今回山で見つかった不法投棄を市内でもかなり問題視された様で市が直接対応をすることが決定した。

 また、こう言った不法投棄が減るように巡回や監視体制の強化も行うとのことだった。


 少しずつ、少しずつだがいい方向へと進んでいる。

 怪異と人との生活は密着しておりどちらかを優先すれば何れは破綻する。

 それを自分は以前教えてもらっていた。

 窓を開けると窓辺にどんぐりと獣の足跡があった。

 その足跡は狸の足跡だという事を深山仁の記憶にも新しくすぐに気づいた。


「全く、こういうのはオジサン、公務員だから受け取っちゃいけないんだけどなぁ……」


 そう言いながら深山仁はどんぐりを手に持ち、静かに微笑んだ。

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