森のエルフに弓を教わる
火は次第におさまっていった。
ウェルバが手のひらに炎をしまうと、四方へ走った火も、行き場をなくしたみたいに、しゅう、と力を失っていく。
あとには焦げた木と、白い煙と、土のにおいが残った。
森はぜんぶは燃えなかった。
黒くふちを焦がしただけで、踏みとどまっている。
エルフはその焦げあとを、もう一度ゆっくり見まわした。
それからため息をひとつ。
ウェルバが口を開いた。
森を半分焼きかけたあとで――まるで道でも尋ねるみたいな気軽さで。
「ちょうどよかった。頼む、ミユン」
彼女は僕の肩に、ぽんと手を置いた。
「こやつに、弓を教えてやってほしいのだ」
……なんだって?
僕は、ウェルバとエルフを、交互に見た。
ミユン。名前を、知っている。
やっぱり、知り合いなんだ。こんな森の奥の人と。
ミユンと呼ばれたエルフは、しばらく黙っていた。
それから、ぽつりと。
「……教えたら、帰ってくれる?」
困ったような声だった。「いま、親戚が、家に、集まってるの」
「ほう」とウェルバはにやりとした。「お主はどうせ、親戚の集まりなどつまらんから、一人で森の様子でも見ておったのであろう。違うか」
ミユンは、答えなかった。
答えないのが、答えだった。
「弓の稽古くらい、付き合うのだ」とウェルバは続けた。「それとも、代わりに親戚の誰かを呼んでくるか? ――できれば、そうだな」
彼女はちらりと、僕を見た。
いやな予感がした。
「見た目が、こやつより年下で。数百年は生きておって。愛らしい、美少女の達人――あたりが、よいのだがな。お主以外におるのか?」
心臓が、止まるかと思った。
いや、それは。
それは、確かに僕が書いたやつだけども。
僕が望んだ夢だったけども。
――なんで。なんで、それを、今、ここで声に出すんですか、ウェルバさん。
顔から火が出そうだった。さっきの森より、よっぽど熱い。
ミユンは、その美少女、というあたりで、ほんの少し眉を寄せた。
それから、僕を見た。
値踏みするでも、笑うでもなく。ただ、静かに。
「……数百年、まあ」と、ミユンは、ちいさく言った。「そう言われれば、そうかもしれない、けど」
それから、もっとちいさく、付け足した。
「わたし、なんて……もう、ひとけた世紀生まれババア、だし……もうすぐ千歳、よ……」
謙遜のつもりらしかった。
歳上が若いのを相手に「わたしなんてもうこんな歳よ」とやる、あれだ。
――けれど。
その横で、ウェルバが、半拍、黙った。
いつもなら、こういうときすかさず何か茶々を入れる人が、その一拍だけ、何も言わなかった。
僕は、おや、と思った。
思っただけだった。森を半分焼いた直後に、考えることでもない。
「……森の奥に、行くのは、やめてほしい」
ミユンは言った。「あそこは、わたしたち以外、入っては、いけないから」
わたしたち以外。
その言いかたに、森のもっと奥の、暗がりを思った。
何があるのかは分からない。
ただ、入ってはいけない何かがあるらしかった。
ミユンは、もう一度ため息をついた。
今度は、さっきより長く。
そして、弓を肩にかけ直した。
「……見た目は、自信、ないけど」
ぽつりと、言った。
「わたしが、教える、から」
僕は、その言葉をすぐには飲みこめなかった。
どうやら、本当に弓を教えてくれる流れみたいだった。
迷いの森。獣。エルフ。弓の達人。
寝る前に書いたいちばん恥ずかしい一行の単語が、ひとつ残らず目の前に揃っていた。
ただ、ちょっとばかり書いた事とは内容が違っていた。
エルフが助けてくれたわけではなかったし。
弓の達人は、美少女かと言われると少し大人な気がした。
迷惑そうな顔してるし、大恋愛とかできそうな気もしない。
それでも。
何百歳もの弓の達人に、弓を教わる。
本屋の僕には叶うはずのなかったことだ。
僕は、手首の蔦の痕をそっと押さえた。
じんと熱い。夢ではなかった。




