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能力測定

「では、こちらが仮のタグです」


 受付嬢が、紙でできた小さな札を2枚渡してくれた。

 ギルドの判子を押しただけの、ただの厚紙だ。


「正式なタグは、錬金術師ギルドが、お一人ずつお作りします。色で、等級がひと目で分かるように。ですから、できあがるのは測定のあとになります」


 測定。

 ――水晶球の鑑定だ、と僕は思った。


 いくつもの本で読んだ。


 教会の鑑定士が、成人男子の手を玉に乗せて、中にゆらめく色を見て、「お前さんは戦士の相だ」とか「魔法使いの素質がある」とか言い当てる、あれだ。


 胸が高鳴った。

 やっと、僕の番だ。


 けれど、案内された先にあったのは、玉ではなかった。

 水晶は水晶でも、台座に固定され、細い金属の管と、黒い箱とがつながっている。


 箱の横から、ごく細い隙間――スリット――を通った光が、別の板に当たるようになっていた。


 鑑定士の女が、にこりともせず、けれど親切に説明してくれた。


 手を乗せると、魔力が光になる。

 その光を、虹みたいに分けて、奥の板に焼きつける。


 焼きついた模様は、人によってぜんぶ違って、生まれてから死ぬまで変わらない。

 だから、それを見れば、向き不向きも、これから何が伸びるかも、わかるのだという。


 昔ながらの鑑定を、ずっと細かく、ずっと正確にした道具。

 ウォトラドのギルドにしかない、と彼女は少しだけ誇らしげに言った。


「では、手を」


 僕は、水晶に手を乗せた。

 ひやりとした。それから、ぼうっと、手のひらの下が光った。

 スリットを抜けた光が、奥の板に、淡い縞模様を焼いていく。


 昔の鑑定士は、肉眼でこの縞模様を、見分けていたらしい。


 鑑定士は、焼きあがった板をしばらく眺めて、それから言った。


「器用さと、知性。ここが、よく伸びる相です。手先は――正直、こんなに器用な板は、めったに見ませんね」


 褒められた。僕の製本の手を。

 へんだ。うれしいような、泣きたいような。


「ただ」と彼女は続けた。淡々とした様子で。「筋力と、体力は……ここで頭打ちです。鍛えても、あまり伸びない。冒険者としては――なれて、薬草摘みか、ポーターでしょう。長く続けられるなら、わたしは、ギルドの裏方をお勧めします。解体師や、記録係や、装備の手入れ。そういう仕事は、その器用な手が、いちばん活きます」


 僕は、うなずいた。

 何年も前から、自分でそう結論していたことを、ただ、もう一度言われただけだった。


 剣も魔法も向いていない。わかっていた。

 わかっていたのに、こうして紙に焼かれて、向いている仕事が「裏方」だと言われると――ふっと鼻の奥によみがえるものがある。僕の仕事場の、革と糊のにおい。

 それでも僕は、「ありがとうございます」と言った。本当に、丁寧に教えてくれたから。


「次は、わたしだな」とウェルバが楽し気に言った。


 彼女が、水晶に手を乗せた。

 次の瞬間、びかっと水晶が光った。


 スリットも何も関係なく、奥の板が、一瞬でまっしろになった。

 縞模様もできていない。

 ただ、まぶしいくらいに、白い。


 鑑定士が、眉をひそめた。

 スリットを調節し、さらに細くした。

 光を、もっと弱めるためだ。

 けれど、同じようにもう一枚焼いてみても、板はまた、まっしろになった。


「……少し、お待ちを」


 彼女は奥へ引っこんで、しばらくして、年配の男を連れてきた。ギルド長だ、と誰かが小声で言った。


 ギルド長は、まっしろな板を、片手で持ち上げて、陽にかざした。

 裏返した。もう一枚のほうも見た。それから、長いため息をついて、頭をかいた。


「うーん。……じゃあ、これで」


 彼は、まっしろな板を、そのまま登録の箱に放りこんだ。


「魔力構成、判別不能。等級、測定不能。成長傾向、不明」と、彼は気の抜けた声で読みあげた。「けっこうだ。こんな板になる冒険者は、後にも先にも、あんた一人だろうよ。これはこれで、あんたを、あんただと証明できる。それで十分だ」


 なるほど、そういう物らしい。


 彼はウェルバを、上から下まで、もう一度見た。

 腰のクリスタルのあたりで、ほんの一瞬、目を細めた。


「等級は……測れんものは、いちばん下からだ。決まりでな。Fだ。お連れさんと、同じ」


「Fか」とウェルバは言った。気を悪くした様子は、まるでなかった。むしろ、どこか面白がっているみたいに。「悪くはない」


 そのまっしろな板のことを、僕はうまく飲みこめなかった。


 でも、たぶんすごい人なんだ。

 すごすぎて、機械が測りきれないくらいの。

 まるで本から出てきたみたいな冒険者だ、と僕は思った。


 ――そのとき、声がした。


「よおう、バゲットドラゴン団」


 樽の前にいた、あの大男だった。

 傷のある頬を、にやつかせて、こっちへ歩いてくる。

 木のジョッキを、まだ手に持ったまま。


 来た。

 絡まれる。新人が、酒場で、先輩冒険者に絡まれる。本で、何十回も読んだ場面だ。とうとう、僕にも――


「き……キター……!」


 思わず、声が漏れた。武者震いがした。


 けれど男は、僕のことなんか、見ていなかった。


「あんた」と彼は、ウェルバに言った。「いい板を出すじゃねえか。水晶球で測れねえほどの大物が、なんでこんな団で、Fでくすぶってんだ。もったいねえ。どうだ、俺んとこに来ねえか。うちは稼ぐぜぇ」


 それから、ようやく、ついでみたいに僕を見た。


「ひょろっちい彼氏のほうも、心配すんな。ポーターくらいなら、雇ってやるよぉ」


 彼氏。ポーター。

 武者震いは、すっと、どこかへ消えた。


『冒険者になりたい。冒険者の聖地ウォトラドで初心者パーティを結成し、リーダーに〈お前クビな〉と言われながらも旅を続け、新しい仲間を集めて、元のパーティを見返したい』


 僕の目標だった。

 僕なんて、なれてポーターだろう、というのは予想していたことだ。

 ひょっとして、こんな形で成立してしまうのだろうか。


 ウェルバは、断らなかった。

 ジョッキを傾ける男を、試すような目で、しばらく見ていた。それから、静かに訊いた。


「お主の、死ぬまでにやりたいことは、なんだ」


「あぁ?」男は鼻で笑った。「そんなもん、決まってらぁ。財宝で一発あてて、あとは一生、遊んで暮らすのさ。冒険者なら当然だろぉ? 財宝の地図だって、持ってるんだ。ほら――」


 彼は懐から、油じみた羊皮紙を引っぱり出して、得意げに広げた。


「俺たちについてくりゃ、成功間違いなしだ。なあ?」


「却下だ」


 ウェルバが、片手を、ひらりと上げた。

 何か、低い、人の言葉ではないような響きの言葉を、ひとつ。


『燃えろ(ウォロズン)』


 すると、彼女の声が響いた空気が赤く膨らみ、炎が現れた。

 蛇みたいに、火の粉を飛び散らせながら、踊っている。

 男の広げた地図を、ぺろりと舐めた。

 羊皮紙は、一瞬で、黒い灰になった。

 炎は、満足そうに、男の鼻先で、ゆらりと揺れた。


「せ、精霊使いか……!?」と、酒場の誰かが言った。


 男は、尻もちをつきそうになって、ジョッキを取り落とした。


「余の死ぬまでにやりたい事を増やすものではない」とウェルバは言った。炎を、手のひらの中へ、ふっとしまいながら。「陳腐すぎる。少しは本を読んで、勉強してから出直してこい」


 大男は、何か言いかけて、言葉が出てこなくて、真っ赤な顔で、人ごみの奥へ引っこんでいった。

 床に、灰と、こぼれた麦酒だけが残った。

 酒場じゅうが、ざわざわと、ウェルバのほうを見ていた。


 僕は、その横顔を見ていた。

 彼女は、ありきたりな夢では満足できないのだ。


 なら――僕の、あの恥ずかしいリストは。

 途方もない、普通なら叶いそうにない夢が、ちょうどよかったのだ。


 そして今、彼女は、財宝の地図を持つ男ではなく、僕の隣に立っている。

 どうしてなのか、僕には、まだうまく言えなかった。

 けれど、また胸の奥のほうが、変なふうにあたたかかった。


 後日、受付嬢が、できあがった正式なタグを、2枚、渡してくれた。

 薄い金属の板に、Fの刻印を打ったもの。

 ひとつを、僕に。もうひとつを――同じ、いちばん下の色のそれを、ウェルバに。


 手のひらに乗せると、思ったより重かった。

 冷たくて、すべすべしていて、端に、ちゃんと刻んである。


 ――バゲットドラゴン団。Fランク。


 能力を測りきれなかったウェルバが、僕とまったく同じ、ランク最下位の色の札を、当たり前みたいに腰に提げた。


「では、行こうか」


 なんだか、それが――何年も憧れた金属のタグそのものより、ずっと、手の中で重かった。


 僕は、やりたい事リストを取り出して、『冒険者になりたい。冒険者の聖地ウォトラドで初心者パーティを結成し』、の部分を、線で消した。

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