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武闘大会の戦士、ベルトラン

「ミユンの、姉御……!」


 巨漢が、傷だらけの顔をくしゃくしゃにして言った。

 姉御。

 僕は、ベルトラン――去年のシード選手と、ミユンを交互に見た。


 ミユンの、姉御?

 僕の頭は半分しか働かなかった。


 この、戦士たちをひと睨みで黙らせる大男が。

 僕の胴くらいある腕で、毎年優勝をかっさらっているらしい、この人が。

 ミユンを。

 あの、眠たげな顔の小さなエルフを。

 ――姉御、と呼んだ。


「……ベルトラン」と、ミユンが、ぽつりと言った。「ひさしぶり」


「会いたかったぜ、姉御! いやあ、立派になったなあ……いや、姉御は百年経っても変わらんか。はは!」

 ベルトランは、ひとりで大笑いした。

 まわりの戦士たちは、いつのまにか潮が引くみたいにいなくなっていた。

 どうやら、誰も手をだせない相手らしい。


「あ、そうだ、姉御」

 ベルトランが、ふと真顔になった。何か、重大なことを思い出した顔だ。

「去年、人づてに伝言を頼んだんだが……届いたか? その、ウニャルディーズの――」


「ベルトラン」

 ミユンが、彼の言葉をさえぎった。

 声が、いつもより、ほんの少し低い。

「あなたに、伝えなければ、ならないことが、ある」


「……な、なんだ」


「ウニャルディーズの、ペーソスを」と、ミユンは、ゆっくり言った。「リットしては、だめ」


 ベルトランの顔色が、変わった。


「なんだって……!?」


「正しくは」と、ミユンは続けた。一語ずつ、噛んで含めるように。「ウニャルディーズの、ペーソスの……『フリシット』を。リット、しなくては、ならないの」


 間が、あった。

 ベルトランは、しばらく宙を見つめていた。

 それから――ぱしん、と、自分の額を、手のひらでひっぱたいた。


「なんてこった……!」

 彼は、天を仰いだ。「じゃあ俺は、まず、フリシットを、作らなきゃ、ならなかったのか……! 道理で、ゲロマズなわけだ……!」


 僕は、横で、必死に頭を回した。

 ペーソス。フリシット。リット。

 ……わからない。一語も、わからない。

 エルフ語なのだろうか?

 図鑑知識も役に立ちそうにない。


「また、一から、ウニャルディーズを、探さねば……!」

 ベルトランは、握りこぶしを固めた。決意の顔だ。

「礼を言うぜ、姉御! あんたは、いつだって、正しい!」


 こくり、と頷くミユン。


「ところで、姉御」

 ベルトランが、思い出したように言った。

「里の連中は、元気か? ドノンの爺さんとか、よ」


 そういえば、彼はエルフの里の人について詳しいのだった。

 ミユンの目が、泳いだ。


 ほんの、一瞬。

 でも、僕にはわかった。

 ウェルバと似ている。

 あの目は……知らないことを聞かれたときの目だ。


 彼女は、頬の風に、何か小声でささやいた。

 風が、おずおず、ミユンの耳元を撫でる。

 ……たぶん、聞いているのだ。「ドノンって、誰」と。


 僕は、その横顔を見ていた。

 ミユンは里の集まりに、興味がない子だ。

 親戚の名前なんて、たぶん半分も覚えていない。

 森の見回りを口実に、いつもひとりで遊んでいる。

 異種族の友達は、たくさんいるのに。


「……元気……」と、ミユンは、慎重に言った。「だと……思う」


 語尾がどんどん尻すぼみになっていった。


「おお!」と、ベルトランが破顔した。「さすが、姉御だ! 里のことなら、姉御に聞けば、間違いない!」


 たぶん間違いだらけだ、と僕は思ったけれど。

 言わないでおいた。


「で」

 ベルトランが、僕に向き直った。傷だらけの顔が、急に近い。

「お前、あの甲冑の剣士の、仲間なんだろう。あれは、どこの誰だ。今年は、なぜ、出ていない」


 僕は、迷った。

 でも、隠す理由はもうなかった。

 むしろこの人なら――彼女を探す手がかりを教えてくれるかもしれない。


「ウェルバ、っていいます」と、僕は言った。「僕の、相棒、でした。いまは……行方が、わからなくて。それを、探してるんです」


「ウェルバ」

 ベルトランが、その名を、舌の上で転がした。にやり、と笑う。歯が、欠けている。

「いい名だ。あの強さに見合ってる」


 彼は、腕を組んだ。


「行方知れず、か。冒険者の、行方知れずは――いい兆候じゃ、ないな」

 声が、すこし低くなった。「俺たちみたいなのは、いつ、どこで、野垂れるか、わからん。来年、もう一度、ここで会える保証なんて、どこにも、ない」


 僕は、どきりとした。

 彼はただ、強者の当たり前を言っただけだ。


 死と隣り合わせ。明日命を落としても不思議ではない。それが剣士の日常だと。

 彼の考え方は、はからずも、いちばん近いところを突いていた。


 僕は、何も言えなかった。


「決めた」

 ベルトランが、ぽん、と僕の肩を叩いた。叩かれた肩が、めりこむかと思った。

「俺も、そのウェルバ探しに、付き合おう」


「……いいん、ですか」

「決着が、ついてないんだ。あの剣士とは。お互い生きてるうちに、もう一度やり合いたいのさ」

 彼は、にっと笑った。「それに、どうせウニャルディーズも、一から探す身だ。あてのない旅なら、道連れは多いほうがいい」


 ウニャルディーズ……僕が知っているのは、最後のフルコースモンスターだという事だけだった。

 神秘的なネコの姿をして、旅人の前に気まぐれに姿を現し。

 その日の気分に応じて、様々な奇跡を起こすという。


 僕の愛読書では……主人公を、紀元元年のシェフに転生させたのが、こいつだ。

 まあ――そんな記述が歴史書にあるわけではないし、そこは、作者の創作なんだろうけど。


 そんな創作がまかりとおってしまうほど、目撃条件も少なく、分かっていることの少ない、謎の超レアモンスターなのだった。


 ベルトランは、会場のスタジアムを見上げて、ぼそりとつぶやいた。


「それに、毎年優勝して、あの王女さまの前に跪くのも――正直、飽きてたところだ。あの子が六つの頃からだぞ。さすがに、な」


 優勝しすぎて、大会に飽きていたらしい。

 贅沢な悩みだった。


 ※※※


 こうして、僕らは、三人になった。


 半分しか当たらない弓を持った、僕。

 千年もののエルフの、姉御。

 毎年優勝に飽きた、傷だらけの、王者。

 それと、しぶしぶの、風。


 革袋の中で、題のない本が、歩くたびにことりと鳴った。

 まだ、渡せていない。

 渡す相手を、探す旅だ。


 イーサファルトの城門を、出た。

 石像のゲールハーツ王が、いつまでも、足元の竜を組み伏せていた。

 ふり返らなかった。


 ベルトランが、地図も見ずに、内陸の方角へずんずん歩いていく。

「まずは、どこへ行く?」

「あてが、ないので」と、僕は言った。「彼女と、前に回った場所を、順に」

「ほう。順に、な」

「次は……たしか、こびとの、塔のほうです」


 風が、僕の頬で、ひとつ、ためいきをついた。

 また、長い旅になりそうだった。

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