世界周遊
飛べない鳥は、相変わらず、脚だけがばかみたいに速かった。
砂の海を、三羽、横並びで駆けていく。
僕と、ミユンと、ベルトラン。
砂が、後ろへ、ぶわっと跳ねる。
――ウェルバと来たときは、ここで競争になった。
どちらからともなく。
砂央騎士団の歌を、置き去りにして。
追いかける僕の先で、彼女が声をあげて笑っていた。
いまは、誰も、競争をしかけてこない。
ベルトランは、図体のわりに、堅実な乗り手だった。
ミユンは、終始、何か小声でつぶやいている。
風に話しかけているのだ。エルフは、息をするみたいに、それをやる。
僕は、ただ、まっすぐ走った。
塔までの道のりを、今度は急がなかった。
急ぐ競争相手が、いなかった。
やがて、砂の向こうに、塔が見えてきた。
英知の塔。紀元前五千年から、建ち続ける、こびとの大学だ。
「えー、英知の塔」と、僕は、つい早口になった。「こびと族は、物を魔法で生み出せるから、物を欲しがらない。欲しがるのは知識だけ。だから関税には、珍しいものを捧げるのが通例で――」
「ほう」と、ベルトランが、素直に感心した。「物知りだなあ、お前」
……反応が、ちがう。
前は、ここで、欠伸をされたものだ。
ちょっとだけ、調子が狂った。
塔の屋上で、何かが、ちらちら揺れていた。
目を凝らすと、こびとたちが、小さな白い旗を、必死に振っている。
「たーすーけーてー!」
「モンスターが、出たな」と、ベルトランが、にやりとした。腕を、鳴らす。
「急ぎましょう」と、ミユン。もう、弓に手をかけている。
塔の中ほどの階で、それは暴れていた。
こびと達が『あしきじっけん』と呼ぶ、キメラ型モンスター。
ダンジョンから湧いて、上がってきたらしい。
こびと達はお片づけができないから、過去の遺跡にこういうのが大量に住み着いていた。
ベルトランが、一歩で間合いを詰めて、拳を叩きこんだ。
それで、半分終わった。残りは、ミユンの音の矢が、風に乗って片づけた。
僕は、弓を構えて――風が、ミユンのほうに行っていたので、すかっ、と外した。
誰も、僕のほうは見ていなかった。
……それで、よかった。
「で」と、手についた埃を払いながら、ベルトランが言った。「このデカい塔の、どこを探すんだ?」
ミユンが、塔を見上げる。
目を、細めて。耳を、澄ませて。
「もしウェルバが、いるとしたら」と、ミユンは言った。「精霊が、教えてくれないか……あるいは、見えない、ところ」
僕は、首をかしげた。
「精霊は、たいていのことを、教えてくれるの。どこで何が起きてるか。だから、精霊が教えてくれる場所に、ウェルバは、いない。とっくに、わかってる」
彼女は、塔の壁を撫でた。「逆に。精霊が、教えてくれない場所が、いくつかある。頼まれて、口を閉ざしているか、それとも、精霊にも、見えない場所なのか。そういうところを――探す」
「見えない場所?」
「結界とか。邪悪な精霊の、なわばりとか。そういうのは、精霊も、近づけないから。私が、目で、ひとつずつ、確かめるしかない」
なるほど、と僕は思った。
それは、つまり。
ウェルバが、精霊からも姿を隠せる場所、ということでもある。
姿を隠して。
――いや、その先は、考えない。
※※※
塔の中ほどに、ひとつ、見えない部屋があった。
こびとが、魔力を透さない結界を張った部屋。
どうやら精密な、実験の施設だった。
中には、小さな道具が、ぎっしり。
研究員のこびとが、迷惑そうに僕らを見上げた。
ウェルバは、いなかった。
「他には?」
「地下にも、ある」と、ミユンが言った。「ダンジョンの、いちばん奥。見えない、エリアが」
「行くか」と、ベルトラン。
「やめておきましょう」と、ミユンは首を振った。「あれは、たぶん、ボスの結界。あんな狭くて、物騒なところに――あの子は、いない。じっとしてるの、嫌いだもの」
じっとしてるの、嫌い。
……たしかに、と僕は思った。
※※※
英知の塔のめぼしい所を調べまわったけれど、けっきょくウェルバは見当たらなかった。
空振った僕らを、こびとたちが、わっと囲んだ。
「また珍しいもの見せてー!」
「長老が、呼んでるよー!」
長老は、相変わらず、目をきらきらさせていた。
この長老には、カレーのレシピを教える代わりに、「世界にカレーを布教してほしい」と頼まれたのだった。
「おお、装丁屋どの。カレーの布教は、順調かね?」
「それが」と、僕は、頭をかいた。「朝昼晩、カレーにしてたら、さすがに、連れに、ひんしゅくを、買いまして……いまは、月一に、減らしてます」
連れ。
その一語が、口の中で、少し引っかかった。
もう、隣にいない連れだ。
毎食カレーで、うんざりした顔をした、あの人だ。
「でも」と、僕は、荷を探った。「今日は、新メニューを、考えてきました」
覚悟を決めて、言う。
ジュジューモスの肉が大量にあまって、なんとか処分できないかと考えて作った、最強のレシピ。
「カツカレーだっ!」
「うわぁー!」「おいしそー!」
こびとたちが沸いた。
ついでに僕はこの後、十回くらい、こびとの前で死んでみせた。やられ芸は相変わらず評判がよかった。
その隅で、年かさのこびとが、僕の袖を引いた。
「ねえ。あの、おいしい石の、女の人は?」
彼女のコアをよだれまみれにしたこびとだ。
「いっしょ、じゃないの?」
「……今日は」と、僕は言った。「べつの、用で」
うまく言えなかった。
ベルトランは、というと。
塔のあちこちを、のっそり嗅ぎ回っていた。ウニャルディーズを探しているらしい。
戻ってきた顔が、しょんぼりしていた。
「いなかった。ウニャルディーズ」
「残念、でしたね」
「フリシットへの、道は、遠い」
彼は、本気で、肩を落としていた。
※※※
僕たちは三人で、世界を旅し続けた。
次に目指したのは、ドワーフの王国だった。
着いてすぐに、ミユンが困った顔をした。
「……精霊が、何も、言わない」
「どうした、姉御」
「ドワーフは、エルフと、仲が、悪いから」と、ミユンはためいきをついた。「王さまの命令で、領のぜんぶで、精霊が、口を、つぐんでるの。これじゃ、見えない場所も、見える場所も、ぜんぶ、目で、確かめるしか――」
「何年かかるんだ、それ……ちょっと俺に任せてろ」
「なにするの?」
ベルトランは、寄り道もせずにドワーフの王城にまっすぐ向かうと、物おじせず、奥の玉座へ、ずんずん歩いていった。
樽みたいな王だ。盃が僕の頭ほどある。
ベルトランを見て、王はにやりと笑った。
「ほう。また、飲めそうなのが来たな」
「話が早い」と、ベルトラン。「勝負だ。俺が勝ったら――領内の、精霊ぜんぶに、知ってることを、吐かせろ」
「ふん、エルフの差し金か。よかろう。先に、潰れたほうが、負けだ」
――先に潰れた方が負け。
その台詞、聞き覚えがある。
去年も、僕はそれを聞いた。
そして、三杯で記憶をなくした。
今年も、僕は、三杯で記憶をなくした。
次に目を覚ましたとき、僕は客間の寝台の上にいた。
頭が割れそうだった。三日寝ていたという。
ミユンが、枕元で言った。
「終わったよ。ベルトランが、勝った。領のぜんぶ、精霊が、開示してくれた」
「……それで」
「いなかった。ここにも」
ミユンは、首を振った。
王のほうは、机に突っ伏したまま、まだ、起きないらしい。
去年は、女に、飲み潰された。今年は、男に。
「あの、女は」と、王は、寝言みたいに、つぶやいたそうだ。「あの、底なしの、女は、来んのか」
とにかく、ウェルバがいないのなら、ここに長居をする必要はなかった。
僕は、革袋からメモ帳を取り出した。
ドワーフ領の頁を、開く。
――白紙だった。
そういえば、去年もほとんど何も見ていない。
王様のところに直行して、お酒を飲んだだけだから。
今年も白紙。
二周しても、僕はこの国で、王様とお酒を飲んだ事しか書けていない。
「……また、何も、書けなかった」
ミユンが、困ったように笑った。
その手には、水の入った杯が、あった。冷たいのを、ひとつ、僕によこした。
※※※
頭の痛みが、引くのを待って。
僕らは、また、歩きだした。
次にリストが指していたのは。
僕の生まれた州だった。
「テンディルコンタル州」と、僕は口に出した。「魔法古都……そこが次の場所です」
ずいぶん、遠くまで来たつもりで。
気づけば、地元の、すぐ近くまで戻ってきていた。




