表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
17/24

天空城で記念撮影をする

 研究者たちの基地は、雲を抜けた岩の尾根の上にあった。


 石を積んだ低い建物が、風をよけるように身を寄せ合っている。

 いちばん高いところに丸い屋根。あれが天文台だと、コレットが教えてくれた。


 星を見るのが、ここの本業なのだという。

 そこへ天空城を調べる隊や、彼女みたいなドラゴン学者が、半年ぶんの荷物といっしょに相乗りでついてくる。


 半年。コレットは、これから半年、この風の中で寝起きする。

 そう言うわりに、彼女はちっとも心細そうではなかった。

 むしろ、はしゃいでいた。


「いやあ、助かりました、ほんとに! あのデスアサート、ぜったい死んだと思いましたもん私! お礼に――そうだ、よかったら、城、見ていきます? 護衛さんは中まで入れないことになってるんですけど、私が案内すればいいんですよ、研究員の付き添いってことで。せっかく登ってきたんだし、ね!」


 城。

 借り物のカメラの紐が、肩にぐっと食いこんだ。

 僕のリストの、残された最後の一行。

 それが、すぐそこにある。


 尾根のむこうに、それは横たわっていた。

 空に浮かんでいたという城が落ちて、半分、山にめり込んでいる。


 崩れた塔。傾いだ壁。

 屋根のあったあたりには、もう空しかない。


 長い時間が、角という角を丸くなめてしまっていた。

 人の住む場所では、もうなかった。

 ただの、大きな石の骨だった。


 コレットはその骨の中を勝手知ったる様子で進みながら、しゃべり続けた。


「ここね、竜が住んでた城なんですよ。っていうか、竜のための城。空を飛んでた時代、ここで竜が生まれて、ここで竜が死んでた。揺りかごでもあり、お墓でもあったわけです。――でも、不思議なんですけど」


 彼女は崩れた壁を指でなぞった。


「城が落ちて、竜たちが地上に降りてからの行方が、ぜんぜん、わからないんです。記録が、ぷっつり途切れる。死んだ竜の骨も、地上ではほとんど見つからない。

 それで――伝説だと、竜は、死ぬときが近づくと、誰にも見せずに、どこか遠くの『竜の墓場』っていう場所へ、ひとりで向かって、そこで、ひっそり息を引き取るんだ、って」


 風が崩れた窓を、ひゅう、と鳴らした。


 僕はウェルバを見た。

 彼女は聞いていないみたいな顔で、傾いだ柱を見上げていた。

 いつもの横顔だった。


 ドラゴン学者が、ドラゴンを案内しながら、ドラゴンの死にかたを語っている。

 僕だけが、それを知っている。


 あと数年。

 さっき死神が置いていった言葉が、コレットの『竜の墓場』に、すうっと重なった。

 僕は何も言わなかった。

 背中のカメラの四角い角を、ただ肩で感じていた。


 奥へ進むと、壁という壁に文字が彫ってあった。

 崩れた柱にも、傾いだ梁にも、足もとの敷石にまで。

 ぎっしりと、隙間なく。


 ほとんどは風に削られて、もう読めない。

 それでも、ところどころ、溝の深いものが影を作って残っていた。


「すごいでしょう、この数」とコレットが、得意げに言った。「ワードラゴンと言って、言葉を食べる竜がいたんです。格言とか、ことわざとか、戒めとか、誰かの遺した一言とか。

 城じゅう、どこもかしこも、言葉だらけ。だから私たちの隊は、半分、古い言葉の解読が仕事みたいなものなんですよ。『驕る竜の火は続かぬ』とか、『蔵書を数えよ』とか――訳すと、けっこう人間くさいのも、あって」


 言葉だらけの、城。

 書いて、彫って、刻んで、残そうとした者たちの住んでいた場所。

 本を綴じて暮らしてきた僕には、なんだかひとごとと思えない眺めだった。


 その、おびただしい言葉のなかの一行に、目が留まった。

 門の横木の、削れ残った溝。

 ほかのどれより、なぜか、はっきりと影を落としていた。


「ああ、それ」とコレットが言った。「それは訳すと――『言葉は飛び去り、書かれたものは残る』」


 言葉は飛び去り、書かれたものは残る。


 僕はその一行を、しばらく見ていた。

 ほかにも数えきれないほど彫ってあるのに、なぜ、その一行だけがこんなに気になるのか。

 自分でも、うまくは言えなかった。

 けれども胸のいちばん奥のあたりが、わけもなく、すこし騒いだ。


 ウェルバはその門をくぐらなかった。

 くぐる手前で足を止めて――その一行ではなく、壁じゅうのおびただしい言葉の、ぜんぶを見渡していた。

 長いこと、ただ見ていた。

 それから、ふ、と息を吐いた。

 何か言うのかと思ったけれど、言わなかった。


「あ、そうだ!」

 コレットの声が、しんとした空気を、ぱっと払った。「写真! 撮りましょうよ、その大きいカメラ。せっかくのいい場所ですよ、私が撮りましょうか?」


 僕はわれに返った。

 そうだ。ここには記念撮影をしに来たんだ。

 布をほどいて、カメラをコレットに渡す。

 ウォトラドのギルドからもらった、最新型のカメラだ。

 使い方を教えると、彼女は目を輝かせて何度もうなずいた。


「ウェルバも、一枚いる?」と、僕は訊いた。


「余はよい」と、彼女はあっさり言った。「絵姿というのは、皆が長いこと身じろぎもせず立っておらねばならぬのだろう。一枚撮るだけで、もうくたびれてしまう。二度もお主らにそれをさせるのは、気の毒であろう」


 古い写真のことを言っているんだな、と僕は思った。

 何時間もかけて像を焼きつける、あのダゲレオタイプの。


「最近のはすぐに撮れるから心配いらないよ……まあ、撮ってみせた方が早いか」


 訂正は、しなかった。

 いま僕の頭にあったのは、ただ、この一枚をちゃんと撮ることだけだった。


「ほら、お二人、並んで並んで。崩れた壁、背景にして。はい、寄って!」


 コレットの指揮で、僕はウェルバの隣に立った。

 ウェルバはやけに背筋をのばして、息まで止めて、神妙な顔でじっと固まった。

 一枚でちゃんと写してやろう。そう気合を入れているらしかった。


「撮りますよー。はい」


 ぱしゃ、と軽い音がした。

 箱の横から、白い紙がすうっとせり出してくる。

 コレットが、それをぱたぱた振った。


 じわじわと、像が浮かんできた。

 崩れた壁。傾いた光。

 そのまんなかで、糸みたいに背筋をのばして、やたら神妙な顔で固まっているウェルバ。

 その隣で、戸惑い顔の僕。


 ウェルバがその紙を横からのぞきこんだ。

 目がまんまるになった。


「……なんと」と彼女は言った。「もう、できておる。半日も立っておらずとも、よかったのか」

「うん。すぐ写るやつだから」

「すぐ。ほんとうにすぐだな」


 彼女はしばらく、その一枚を食い入るように見ていた。

 それから――顔を、ぱっと上げた。


「余も欲しい!」


 ……はじまった。


『墜落した天空城で、記念写真を撮る』


 僕がリストに書いた、僕のやりたい事。

 それが、いつものように――乗っ取られた。


「コレットさん、すみません。もう一枚……」

「ぜんぜんいいですよー! はい、もう一回ね!」


 コレットは、ふたたびカメラを構えた。

 ウェルバが僕の肩にばしっと腕を回した。


 今度は、もう、背筋なんかのばさなかった。

 崩れた壁を背に、にっと歯を見せて笑った。


「撮れ! 今度こそ、余の、いちばん良い顔である!」


 ぱしゃ、と、もう一度、軽い音がした。


 できあがった二枚目を、彼女はしげしげと眺めて、満足そうに、ふんと鼻を鳴らした。

 そして、いつも本を挟んでいる革袋の、いちばん奥に、それをそっとしまった。

 大事な蔵書みたいに。

 集めてきた宝物の、ひとつみたいに。


 僕は自分の一枚を手のひらに乗せた。

 背筋をのばした、神妙な顔のウェルバと、戸惑った僕。

 複製のできない、世界に一枚の、まぬけな写真。

 それでも僕は、それを、荷物のいちばん潰れないところにはさんだ。


 門の上の、削れ残った一行が、僕らの頭の上で影を作っていた。


 言葉は飛び去り、書かれたものは残る。


 この写真も、たぶん残るものだろう。

 僕らは、一枚ずつ、別々にしまった。

 不意に飛び去ってしまわないように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ