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世界の名所を巡る

 武道大会のあと、しばらく二人でのんびり旅をした。


 ウェルバは、上機嫌だった。

「次はお主のリストを、片づけていこうではないか」

 そう言って、にっと笑う。

 お主の、と言いながら。

 たぶん半分は自分が楽しみたいのだろうけど。

 まさにやりたい事をやっている感じがした。――まあ、いい。


 最初に向かったのは、砂漠の塔だった。

 世界紀行で読んだだけの、砂漠の塔。


『砂漠の塔を一周したい』というのが僕のリストの内容だった。


 船で南の海を渡った先の、砂の大地のど真ん中。

 古い、古い塔が、ぽつんと立っている。

 名を英知の塔という。

 こびと族が、大学として建てたものだ、と本で読んだ。


 塔のふもとに着くと、こびとたちが、わっと寄ってきた。

 膝より小さい。そのくせ声はやたらと大きい。

「これなにー」「みたことなーい」「ませきー?」

 すごく興味を持たれた。

 砂漠の通行には、関税がいるという。

 ただし、払うのは金ではなかった。

 珍しい物を見せて、好きなだけ鑑定させること。それが関税だった。


 ウェルバが、腰のクリスタルを得意げに外した。

 いつものダンジョンコアの破片だ。

「ふふん。よほど珍しかろう。テンディルコンタル州のダンジョンコアの破片だ。じっくり鑑定するがよいぞ」

「気前いいですね」と僕は言った。「でも……大丈夫ですか。こびとは気に入った物を、何ヶ月も返さないことがあるって――」

「なに、その時は力ずくで取り返せばよかろう」

「……聞くんじゃなかった」


 こびとが、破片を受け取って。

 しげしげと眺めて。

 ぱくっと口に入れた。


「あーっ!」

 ウェルバの声が、裏返った。「こら、口に入れるでない! 吐け、吐かんか――」

 こびとは、にこにこ石をしゃぶっている。


 ようやく取り返した破片は、よだれでてらてらに光っていた。

 ウェルバはそれを、革の袖で拭いていた。

「うう……とんだ通行税を取られたのだ」


 ともかく貴重なアイテムを関税として支払ったら、彼らが飽きて返してくれるまでの間に、冒険者たちは塔のまわりを回るらしかった。

 塔は歩いて回るものではなかった。


 砂央騎士団という。こびとの精鋭たちから黄色い鳥を借りて、周囲をぐるりと哨戒するのである。

 眠たげな、飛べない鳥にまたがって。

 ラッパと、太鼓を、鳴らしながら。

 えーいやおー、うぇーいやおー、と、間延びした歌を歌いながら塔のまわりを巡っている。

 音で外敵を追い払う習わしらしいが、彼らが塔を一周するのに三日かかるという。


 僕にも鳥が一羽あてがわれた。

 羽はある。立派なやつが。けれど飛べない。代わりに脚がやたらと速い。


「全速力なら、一日で、回れるそうだ」とウェルバが言った。

「ウェルバさんも、乗るんですか」

「当たり前であろう。余も、やってみたいのだ」


 それが、いけなかった。


 二羽の鳥が走りだしたとたん。

 どちらからともなく、競争になった。


 砂が後ろへぶわっと跳ねる。

 塔が横をものすごい速さで流れていく。


 砂央騎士団の歌が、たちまち、後ろへ千切れていった。


 ウェルバが声をあげて笑っていた。

 心の底から、楽しそうに。

 また僕のやりたい事リストを乗っ取られた。

 僕は振り落とされないよう、しがみつくだけで精いっぱいで。

 それでもなぜだか笑っていた。


 三日かかる道を、僕たちは半日で駆け抜けた。


 それから塔の中で、名物のカレーを食べた。

 これもやりたい事のひとつだ。


 香辛料を無限に生み出せるこびと族が、日常食にしている料理。

 黄色くて辛くて、底のほうに骨つきの肉が沈んでいた。


 ひとくち食べて、僕は固まった。

 うまい。

 うますぎて悔しい。


「作り方を、教えてください」と、僕は頼んだ。

 これもリストに書いたことだった。うまかったら世界に広める、と。

 こびとの長老が、目をきらきらさせた。

「いいとも。かわりに何か、面白い物を見せてくれんかね」


 僕は、荷を探った。

 いちばんの自慢を取り出す。

 森で手に入れた、アミューズメントグールの、アミューズだ。


「これ、です。倒され方で、ドロップが、変わるんですよ。これは『悲劇型』、こっちは『光と共に消失型』で――」

「グール? なにそれー」

「えっと、グールっていう、モンスターが、いて」

「よく、わかんなーい」


 ……。

 僕は、すこし、考えて。

 覚悟を、決めた。


「『ぐっ、ぐわああ!? おのれ、ここまで、か……! がくっ』。――これが、悲劇型、です」


 こびとたちが、しん、と静まりかえった。

 それから――わあっと、沸いた。

 もう一回、もう一回、と、せがまれた。

 僕は、英知の塔の中で、十回くらい、死んだ。


 レシピの紙は、ちゃんと、もらえた。


***


 砂漠の次は、山に向かった。


 ドワーフの王に、酒の飲み比べを申し込む。

 これも、リストの一行だ。


 書いたときは、ただの勢いに任せた妄想だった。

 まさか本当に、王の前に座る日が来るとは。


 ドワーフの王は、樽みたいな人だった。

 髭が床まである。盃も僕の頭ほどある。

「人間が、わしと、飲むだと?」と、王は笑った。「よかろう。先に潰れたほうが、負けだ」


 ――ちなみに僕の読んだ小説では、こうだった。

 追放された主人公が、砂漠を超えて訪れた鉱山で、お酒の大好きなドワーフ王と飲み比べをする。

 そして酒豪のドワーフ王を一晩で飲み潰すのだ。

 感服した王は、伝説の剣を打つ約束をする。


 僕は剣はいらなかったけれど、ただ飲み比べしてみたかった。

 現実の僕は、三杯で記憶をなくした。

 ……だいぶ、ちがう。


 あとで聞いた話では。

 僕が潰れたあと、ウェルバが代わりに盃を取ったらしい。


 そこから先は、もう伝説だった。

 ドワーフの王とどこの誰とも知れぬ女が、夜どおし飲み続けた。


 樽がいくつ空いても、終わらなかった。

 夜明けに王のほうが、先に机へ突っ伏した。


 ウェルバは、けろりと、していた。

「ドラゴンを名乗る者が、ドワーフふぜいの酒で潰れてたまるか」

 そう言って、笑ったという。


 ドラゴンというのは、パーティの名前の話だ。

 ……たぶん、そうだ。


 翌朝、僕は頭が割れそうだった。

 ウェルバはけろりとして、もう次の支度をしていた。


***


 そんな感じでのんびり世界周遊をしながら、僕たちはテンディルコンタル州に戻った。


 僕の生まれた州だ。


 州の真ん中に、第一魔法環区がある。

 貴族の街。カジノ。そして――町ごと囲む、巨大な魔法陣。

 この国でいちばんの名所だ、と本に書いてある。

 本に書いてある。

 僕はこの国で生まれ育って。

 その名所を一度も見たことがなかった。


 僕の店は、アイ区にある。

 州のいちばん外側。装丁屋と革職人と時計師が、ぽつぽつ残るだけのさびれた区画だ。


 昔は鍛冶屋の街だった、と聞いた。

 火がただで、いくらでも使えたからだ。


 その火が――まだ僕がちいさいころ。

 ある日、ぷつりと消えた。

 鍛冶屋は、次々と店を畳んだ。

 火の消えた炉が通りに、ずらりと並んで。

 冷えた鉄のにおいだけが残った。


 その火が、どこから来ていたのか。

 第一魔法環区の、中心にそれはあった。


 空にいくつもの静止した環。

 この大きな魔法陣が、州全体に魔力を循環させていたのだ。


 ふだんは街じゅうに、火と水と風と土を配って。

 戦のときには魔法障壁を生み出し、街を内と外に分け隔てた。


 市民革命で不要とみなされて、放棄されて。それきり動かない。


 観光客が見上げて、写真を撮っていた。

 僕も初めて見上げた。


 賑やかな人混みに、奇妙な一団が混じっていた。

 マントを羽織って。フードを目深に被って。

 昼間なのに。観光客にまじって、ゆっくりと見回っている。

「自警団じゃな」とウェルバが言った。「しかし、どうしてあんな格好をしておるのだ?」


 それは、僕も――知っていた。

 本で読んだのでは、ない。

 店によく来る、貴族の使いがいる。たいして用もないのに、何度も顔を出す人で。

 その人がついでみたいに聞かせてくれた。10年前の噂話を。


 市民革命のとき、この障壁が閉じた。

 外との往来がぷつりと断たれて。

 その内側で。

「一般市民が、どんどん、殺されていったんだ」と、僕は言った。


 殺されたのは、ほんとうは反乱軍に縁のある人たちだったらしい。

 夜のうちに。家から。誰にも気づかれずに。

 手を下していたのは、王家の秘密警察。

 ただその警察は――人では、なかった、という。


「人に化けた、モンスターだったんです」と、僕は言った。「隣の家の人がある朝、人じゃなくなってる。そういう話で」


 ウェルバが、目を、丸くした。

「えっ。……なんじゃ、それは。怖いではないか」


 ――この人は、関係なさそうだ。

 なんとなく、そう思った。

 テンディルコンタル州のダンジョンを壊して、名を上げた人なのに。

 この土地のいちばん有名な怪談を、ちっとも知らないのだ。


 このモンスターを怖がった市民が、身を守るために自警団を作った。

 夜ごと見回って、化け物と戦った。

 その先頭に伝説の狩人がいたという。

 障壁のせいで、山から街に閉じ込められた人だ。

 まともな装備も、手に入らなくて。

 森の――エルフ仕込みの、マントとフードを被っていた。

 平和になった今でも、それにならって。

 自警団は、狩人の格好で街を見回る。


 ……らしい。

 ぜんぶ噂だ。本にもなっていない。

 誰も確かめていない。


 ウェルバは、止まった環を見上げていた。

 その横で観光客が、笑って写真を撮っていた。

 マントの一団が、ゆっくりと通り過ぎていく。

 止まった魔法陣は、ただ静かだった。

 火も、水も、風も、土も、もう、流れていない。


「さて」と、ウェルバが、環から、目を離した。「観光は、ここまで、であろうな」

「次は、どこへ?」

「地中海だ」と、彼女は言った。「すこし、遠出に、なるぞ」

 地中海、と僕は、口の中で、繰り返した。

 どうして地中海に行くのか、この時の僕にはまだわからなかった。

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