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アメリア姐さんの巨体が——傾いだ。
喉に刺さった短剣の痛みに身悶えて、前足が地面を踏み外したのだ。建物の残骸を踏み砕きながら、あの巨大な体が大きくよろめく。
その揺れが、私の体を弾いた。
しがみついていた指が剥がれる。鱗の縁を掴んでいた左手が滑って、爪の先が空を引っ掻いた。
「——ぁ」
乾いた声が漏れた。
体が宙に放り出される。どこかを掴もうと左手を伸ばしたけれど——もう、力が残っていなかった。指が虚空を泳いで、何にも届かない。あっさりと、諦めた。
高さ三十メートル。この高さから落ちたら、確実に死ぬ。
けど——それでもいいと思った。
不思議なほど穏やかだった。風が体を包んで、焦げた髪が顔の周りで揺れている。遠くで炎が爆ぜる音がした。それすらも、どこか遠い。
好きな人と共に落ちるなら、それでも。
(——ああ、結局告白できなかったな)
わずかな後悔が、胸の奥を掠めた。
あんなに覚悟を決めたのに。あんなに走ったのに。喉まで辿り着いて、短剣を振り下ろして——それでも、「好き」の一言は言えなかった。
もう声が出るかも怪しい。体も言うことを聞かない。
重力に身を預けて、瞼を閉じかけた。
——その時だった。
気配を感じて、閉じかけた目を薄く開ける。
金色の右目が——こちらを見ていた。
ぎょろり、と。あの巨大な瞳が、落下していく私の姿を捉えていた。
アメリア姐さんが体勢を持ち直していた。前足が瓦礫を踏み締めて、よろめいていた巨体が再び起き上がる。
そして——喉が、赤く光り始めた。
「——え」
閉じかけた瞼が一気に見開かれた。
嘘だ。
なんで——なんで倒れないの。
喉を裂いた。確かに貫いた。刃が沈む感触も、肉を割る音も、あの手応えは本物だった。オズは喉が弱点だと言っていた。なら、なんで——。
落下しながら、目を見張って彼女を見上げた。
姐さんの喉に視線を向けた瞬間——短剣の折れた剣先が、肉の隙間からぬるりと滑り落ちていくのが見えた。
血と共に押し出されるようにして、刃が傷口から抜けていく。重力に従って、きらりと光りながら落ちていった。
——浅かった。
オズは間違っていない。弱点は喉で合っている。
私の——右腕が、足りなかったのだ。
焼けた腕。力が入らなかった腕。左手で体を支えなければならなかったから、右の腕一本で振り下ろすしかなかった。それでも精一杯だった。精一杯だったけど——届かなかった。
自分の愚かさに、反吐が出る。
悔しさが胸の底から込み上げてきて、下唇を強く噛んだ。歯が皮を破る感触がして、鉄の味が口に広がった。涙が、勝手に目に溜まっていく。
(ごめん……みんな、ごめんっ……私のせいで……)
ヘンリーさんが命懸けで戦った。憲兵たちが砲弾を撃ち続けた。みんなが繋いでくれた時間を——私が、無駄にした。
姐さんの口の中に、また炎が蓄えられていく。赤い光が膨れ上がって、牙の隙間から漏れ出す。怒りに燃えた金色の目が、落下する私を見据えていた。
もっと力があれば。もっと要領よくできていれば。
後悔ばかりが胸を抉る。何度後悔しても足りない。
(——オズ)
ごめん。本当にごめん。
信じて任せてくれたのに。体を壊してまで最後の一発を撃ってくれたのに。こんな結果しか出せなかった。
涙で滲んだ視界の中で、アメリア姐さんが口を大きく開けた。炎が溢れかけている。あと数秒で、私は焼かれる。
瞼を強く閉じた。
焼かれるのを——待った。
無線機の先で、かすかに声が聞こえた気がした。掠れて、途切れて、ほとんど聞き取れない——それでも、オズの声だった。
——その時だった。
ピィィンッ‼︎
甲高い音が空気を切り裂いた。
鼓膜を突く音に、瞼が勝手に開く。
——緑色の閃光が、視界を貫いた。
光が一筋、闇を裂いて走った。夜明け前の空を鮮やかな緑が切り裂いて、まっすぐにアメリア姐さんの喉へ吸い込まれていく。
目を見張った。息を呑んだ。
何——今の。
「ヴォァ……ッ、ガ……ッ……」
アメリア姐さんの咆哮が、途切れた。
赤く輝いていた喉の光が——急速に色を失っていく。溶岩のような脈動が薄れて、鱗の隙間から漏れていた赤い光が消えていく。口の中に溜まっていた炎がしぼんで、白い蒸気だけが唇の端から漏れた。
残った右目が大きく見開かれていた。金色の瞳の中の光が——揺らいで、揺らいで、少しずつ薄くなっていく。
混乱の中で、理解が追いつかなかった。何が起きたのかわからない。誰が——何で——。
考える間もなかった。
アメリア姐さんの巨体が——今度こそ、大きく傾いた。
前足が力を失って折れ、膝が地面に落ちた。衝撃で瓦礫が跳ね上がる。続いて胴体が傾いで、尾が力なく地面を引きずった。
崩れていく。
あの巨大な体が、ゆっくりと——倒れていく。
視界が暗くなった。姐さんの体が倒れる影が、落下する私の上を覆っていく。
私は——アメリア姐さんと共に、重力に身を任せて落ちていった。




