55-2
「マ……ティア……っ」
自分の声がここまで掠れることがあるのだと、初めて知った。
体が、明らかにおかしな方向に折れ曲がっていた。腕が。足が。本来あるべき向きではない方向に、力なく歪んでいる。パーカーはもともと赤かった。それでも今は、染み込んだ血のせいでより濃く、より暗く見えた。
言葉が出なかった。
何も言えないまま、その場に膝から崩れ落ちる。炎の熱が頬を焼いている。煙が肺を刺している。それらが全部、遠かった。
(——先代と同じだ。また、お前を救えなかった)
ある女性の面影が、脳裏を掠めた。僅かな間だった。けれど確かに、そこにあった。
——その時、音がした。
ごく小さな、かすかな音。炎の爆ぜる音にほとんど消されて、聞こえるか聞こえないかの境目にある。それでも、確かに聞こえた。
呼吸だった。
弾けたように顔を上げた。
「——かはっ」
彼女の口から、血が零れた。
生きている。
その事実が、頭の中で何度も跳ね返った。体が勝手に動いていた。彼女の顔のそばに耳を寄せると、虫の息ほどの、細い呼吸音が確かにあった。
「マティア、僕だ。聞こえるか」
返事はない。瞼が、わずかに痙攣したように見えた。脈を測る。弱い。ひどく弱い。けれどある。
どうすればいい。
頭を働かせながら、体が震えていることに気づいた。焦りのせいではない——もっと別の何かが、胸の奥から這い上がってきていた。気づいたら目の奥が熱くなっていて、慌てて袖でそれを拭った。
そんな場合じゃない。
自分を律して、方法を探す。
——その瞬間、脳裏にある記憶が弾けた。おぼろげで、断片的で、それでも確かに存在していた記憶。
「……ダメ元だ」
声が、知らずに漏れていた。
ダメ元でいい。この血が彼女に効くかどうかなんて、今はわからない。それでも、他に手がなかった。もう二度と、失いたくなかった。
足元に落ちていた瓦礫の破片を拾い上げて、自分の掌に深く当てた。
「——っ」
鋭い痛みが走る。血が、じわりと溢れ出す。その瞬間、視界の端に光が舞った。
淡い青い光を放つ蝶が、慌ただしく僕の周りを飛び回り始める。うるさかった。苛立ちが、胸の奥で小さく爆ぜた。
「うるさいっ。外野は観客席で黙って座っていろ」
吐き捨てて、掌の血を彼女の口元へ運ぶ。体が崩れないように抱き起こして、慎重に傾ける。血が、唇に触れた——けれど彼女は上手く飲めなかった。
「こほっ……かはっ……」
咳き込む声が、胸に刺さった。
「くそっ」
悪態が漏れた。焦りが膝の裏を焼くような感覚だった。
何か他の方法を——頭を回転させた瞬間、ある考えが浮かんだ。
体が、震えた。
「……はは」
乾いた笑い声が、自分の口から漏れ出た。
自分でも、どうかしていると思った。こんなことを実行するなんて。普段の僕なら絶対にしない。それでも——今だけは、どうでもよかった。
蝶に視線を向ける。
炎の橙色の光の中で、その蝶が僕の周りをせわしなく舞っている。淡い青が、揺らめいている。
僕は口角を上げた。笑って見せた。
「そんなに舞台に上がりたいなら、上がらせてやる」
蝶の動きが、一瞬だけ止まった。
僕は自分の舌に、歯を当てた。
「——僕を死なせてほしくなければ、助けるんだな」
噛み切った。
大量の血が口の中に溢れ出す。熱い。鉄の味が広がる。蝶が淡い赤に変色して、狂ったように僕の周りを飛び回り始めた。怒り狂っているのが、光の揺れ方でわかる。
構わなかった。
彼女の体を抱き起こす。乱れた薄桃色の髪が、炎の光の中で揺れた。こんなにも軽い体だとは、思わなかった。
頼む。
言葉は出ない。舌を噛み切ったから。それでも心の中でそう祈りながら、僕は彼女の唇に自分の唇を重ねた。血を、流し込む。飲めるように、慎重に。
ホーソーン地区が燃えていた。遠くで誰かが叫んでいた。石畳が揺れて、炎が空を赤く染めていた。
その全部が、遠かった。
虚ろに薄く開いたままの彼女の瞳が——炎の光を受けて、わずかに輝いた気がした。




