51-2
アメリア姐さんの声に、弾かれるように振り返る。
いつの間にか治療を終えた姐さんが、手錠を前にはめ直されたまま、ヘンリーさんに支えてもらいながらこちらへ近づいてきていた。私は気づいたら地面を蹴って駆け寄っていた。
「姐さんっ……大丈夫? ごめんね、私の短剣のせいで……」
「大丈夫よ。今から病院で抜いてもらうから」
姐さんは首を振った。その笑顔が無理をしているように見えて、胸が痛む。
「……マティア。私のせいで本当にごめんなさい。あなたまで巻き込んで」
「ううん……最後まで、味方できなくてごめんね」
引きつった笑顔しか浮かべられなかった。涙が溢れそうなのを、奥歯を噛んで堪える。そんな私を見て、姐さんは苦笑を浮かべながら首を振った。
「違うわ。……勇気を持って、私を止めてくれてありがとう」
姐さんの視線が、オズへと移る。
「オズくんもありがとう。私が犯人だと突き止めてくれて」
「……ふん。当然のことをしただけだ」
鼻を鳴らして、そっぽを向く。それが照れ隠しだと、今ではもう少しわかるようになっていた。思わず苦笑が漏れる。
「アメリア、そろそろ」
「……そうね」
ヘンリーさんの声に、姐さんが静かに頷いた。憲兵たちに付き添われて、ゆっくりと踵を返す。
「——ま、待って」
思わず声が出た。
せめて、自分の気持ちを。一瞬だけそう思って——けど、口が静かに閉じた。言ったところで、何も変わらない。代わりに、精一杯の笑みを浮かべた。
「……また、面会に行くから。エリスと一緒に」
アメリア姐さんが、目を見開いた。それからくしゃっと、今にも泣きそうな顔で笑った。
「……ありがとう。エリスを、よろしくね」
その言葉を最後に、姐さんはヘンリーさんと憲兵たちに連れられて歩き出した。その後ろ姿を呆然と見つめていると、憲兵に声をかけられる。
「君たちも同行を。この後、事情聴取があるから」
「は、はい……オズ、行こ——」
振り返って、息を呑んだ。
オズが、固まっていた。
いつもの涼しい顔が、今だけはない。深緑色の瞳が大きく見開かれたまま、どこかを見ている。その視線の先を辿ると——アメリア姐さんの背中だった。
「オズ……?」
次の瞬間、彼が駆け出した。
「——オズっ!」
引き留める間もなかった。オズはアメリア姐さんに歩み寄ると、その両腕を掴んで引き寄せた。
「何をしているっ」
ヘンリーさんが肩を掴もうとする。オズはそれを振り払って、姐さんの腕に視線を落としたまま微動だにしない。その深緑色の瞳が、ゆっくりと揺れていた。
視線の先には——引き裂かれたドレスの隙間から覗く、白い肌があった。細く、深い傷跡がいくつも走っている。
「……なんだ、この引っ掻き傷は」
オズの声が、わずかに震えていた。
「自分でつけた傷跡ばかりだ。……けど、一部だけが違う。自分ではつけられない角度の、小さな傷跡がいくつもある」
その言葉に、アメリア姐さんの体がビクッと強張った。
「それに、そのベルナイトの香り…そもそも、本来現場まで強く香りが残るのはおかしい」
オズはまっすぐ、姐さんを見据えると静かに続ける。
「——お前、何を隠している」
問いが落ちた瞬間——姐さんの瞳から、光が消えた。
金茶色の瞳が、どこまでも冷たくオズを見据える。憎悪とも違う。もっと暗い、深い何かを感じさせる色だった。姐さんのそんな顔は、今まで一度も見たことがなかった。
何かを言おうとして——言えなかったのかもしれない。
その時、人だかりの奥から悲鳴が上がった。
反射的に振り返る。人々が左右に割れて、道を作っていた。夜の石畳の上を、何かが——誰かが、ゆっくりと歩いてくる。
街灯の光の中に、その姿が浮かんだ。
金色の光が、夜の中でも輝いて見えた。鋭い瞳孔。全身のあちこちに浮かぶ、青黒い鱗——。
呼吸を、するのを忘れた。
「……お母さん?」
小さな声が、夜の空気に溶けた。




