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どこで選択を間違えたのだろう。
暗い路地裏を、息を切らしながら走っていた。
夜のホーソーン地区は昼間とはまるで別の顔をしている。昼間は娼館の灯りと笑い声で満ちているこの街も、深夜になると人の影がすっぽりと消えて、石畳の上に街灯の光だけが滲むように溶けていた。建物の輪郭が暗闇に溶けて、路地の奥がどこまで続いているのかわからない。秋の夜気が肺に刺さるように冷たくて、吐く息が白く霧散する。
震える手の中に、ブローチを握りしめていた。
エリスとマティアが誕生日にくれた、小さなブローチ。二人が一生懸命選んでくれたのだとわかる、不格好なくらい愛らしいデザイン。それを忘れてきたと気づいたのは、もう日付が変わる頃だった。
——あの時、エリスの言葉を聞いていれば。
『こんな夜遅くに出かけないでよ、お母さん』
眉を下げながら言っていた娘の顔が、走りながら頭をよぎる。答えは出ない。出るはずもなかった。
行き止まりだった。
足が止まる。目の前に積み上がった木箱と、黒い石壁。出口がない。
息が、喉に詰まった。
ホーソーン地区の路地は頭に入っているはずだった。それなのに、気が動転して間違えた。どこをどう走ったのか、もうわからない。街灯が届かないこの場所は、闇が深く、自分の手の輪郭さえ滲んで見えた。
——足音が、近づいてくる。
『……アメリアー?』
猫撫でするような、低い声だった。
その声を聞いた瞬間、全身の血が凍りつく感覚がした。脊髄の奥から這い上がってくる、古い恐怖。頭より先に、体が知っていた。
ゆっくりと振り返る。
石畳の上に落ちる街灯の光の端に、男の影が立っていた。やつれた輪郭。昔より頬がこけて、目の下に深い影がある。それでも——茶色の瞳の光だけは、少しも変わっていなかった。舐めるように、ゆっくりとこちらを見ている。
チャールズ・クロウが、そこにいた。
『ひどいなぁ……なんで逃げるんだい。ただ話したいだけなのに』
物腰の柔らかい声だった。責めるでもなく、怒るでもなく、ただ穏やかに——そのやわらかさが、かえって背筋を凍らせた。この声の奥に何があるかを、私は知っている。
『……あなたが、話し合いに来るわけないでしょ』
震えを殺して、声を出した。目尻を上げて、まっすぐ睨みつける。恐怖で膝が笑っているのを、奥歯を噛んで押し込めた。
『チャールズ。何が目的なの』
その瞬間——彼の顔から、笑みが消えた。
ぬるりと、表情が変わる。どこまでも冷たい、虚な目がこちらを映した。石畳に反射した光が、その瞳に鈍く浮かんでいる。
『……おい』
低い声だった。
『なんだ、その口の利き方は』
『——っ』
大きな手が首に回った。壁に押しつけられると、息が詰まる。石の冷たさが背中を貫く。もがいて爪を立てても、指は離れない。ブローチが石畳に落ちて、硬い音を立てた。
『誰のせいで俺があの空中監獄に何年も閉じ込められたと思ってる』
押し殺した声だった。
『ぅ……っ、あ……』
声が出ない。呼吸ができない。涙が視界を滲ませる。
腰に吊るした短剣を鞘から引き抜く音がして、冷たい金属の感触が喉元をかすかに傷つけた。血が一滴、首筋を伝って落ちる。
『お前には聞いていなかったんだがな』
チャールズは一拍置いて、ゆっくりと続けた。
『——俺に子供がいることも』
息が、止まった。
茶色の瞳が、細くなった。そこに浮かんでいるのは怒りとも悲しみとも違う、もっと粘ついた何かだった。
『なあ、アメリア。お前は俺を刑務所にぶち込んで、俺の子供を自分のものにして……のうのうと生きてきたのか』
短剣を、天にゆっくりと振り上げながら彼は言った。
『不公平だよな。俺だけこんなに惨めで……お前だけ幸せで』
声に、熱がなかった。
それがかえって、何より恐ろしかった。
『だから——』
夜風が、路地の奥を吹き抜ける。
『一緒に、死んでくれよ』
——短剣が、振り下ろされた。




