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——情報保管都市、『カプシリアン』。
亜人たちが暮らすこの赤の国の四つの都市の一つ。永遠に春が続き、情報を司るだけあってさまざまな分野を学べる施設がある。数々の研究者が集まり、己を高め合うことから、この国の地を統べるロード『アビゲイル』は建国以来、この国に『知識』を与えてきたとされている——。
(けど、建国してから一度も民衆の前に姿を表したことがない……はず)
謎の多い人物で有名な彼女。いつもその代理である『ウィズダム家』が彼女の言葉を代わりに民衆に伝え、彼女の指示のもと仕事を行う。建国当初から生きている亜人ですら、彼女の姿を見た者はいないとされていた。
「わ、私と歳が変わらないように見えるんですけど……」
「……ああ、先代が亡くなったからな。若いうちに家督を継いだんだよ」
……あれ?
会長がそう説明すると、一瞬だけ目を伏せた。その違和感に気づいて目を瞬くも、そこを指摘していいのかわからずに言葉を詰まらせる。
「とりあえず、こいつをこの間誘ったら断られたんだよー……けど生徒会にどうしても入れたくてさー」
軽い口調で会長が肩をすくめて笑う。すると、ソファから立ち上がって目線が合うように床に片膝をつくと、顔を近づけて妖しく笑った。
「へ? ぁ……え?」
突然の行動に心臓が跳ねる。その瞬間、感じていた違和感が全て払拭された。
顔がまた熱を帯びたように真っ赤になると、慌ただしげに視線を泳がせる。けれど、彼はお構いなしに耳元に唇を寄せた。
「だから、俺の代わりにマティアが誘ってきて欲しいんだ。できるよな?」
耳元で囁かれた甘い言葉。目を見開いたまま固まると、先ほどよりも顔が真っ赤になる感覚を覚えた。心臓が信じられない速さで脈を打ち始める。呼吸が浅くなる自覚を持ちながら、揺らした瞳を四方八方に彷徨わせて、ぎこちなく頬をひくつかせた。
「よ、喜んでっ……って言いたいところなんですけど……私、彼と面識がないし。会長が無理だったなら私も無理なんじゃ……」
指を合わせてもじもじしながら正論を返す。けれど、彼はその疑問が来るのを知っていたように余裕のある笑みを浮かべて、琥珀色の瞳を細めた。
「大丈夫だ。——あいつは絶対にお前の頼みを断らない」
「……へ?」
その確信に満ちた断固とした声に意表を突かれる。意味深にも聞こえるその言葉に目を瞬かせると、言葉を詰まらせながら戸惑ったように声を上げた。
「えっと……それはどういう……」
「俺の勘」
「勘⁉︎」
まさかの返しに言葉が出ない。けれど慌てて我に帰ると、首を大きく振った。
「け、けどやっぱり無理ですっ。無理無理無理無理」
ただでさえ人と関わるのが逃げ出してしまうほど苦手なのに、勧誘なんて大役……この根暗陰キャに務まるわけがないっ。
この祈りが伝わることを祈りながら、頭を何度も何度も横にブンブン振る。
すると伝わったのか、会長が困ったようにわざとらしくため息をついて肩をすくめた。
「はぁ、困ったな〜。このままだとお前の退学手続きを進めないといけなくなるけど……」
「ぐっ!」
そうだった。断れる立場じゃなかった……。
先ほど、彼へのストーキングが発覚したことを思い出して喉を詰まらせる。青い顔をして体を強張らせた自分を見て、また会長は琥珀色の瞳を細めると、ニヤッと口角を上げた。
「……仕方ねぇな。じゃあ、あいつを勧誘できたらご褒美やるよ」
「………へ? ご、ご褒美?」
私、脅されてる身なのに?
まさかそんな提案をされると思わずに、素っ頓狂な声が漏れ出る。戸惑うように目を瞬かせると、私の様子も気にせずに言葉を続けた。
「ああ、オズワルドを勧誘できたら今までのことは許すし……どんな願い事も叶えてやるよ」
「……ね、願い……ごと?」
彼の言葉を聞いた瞬間、息を呑んだ。
その言葉は何よりも甘美に鼓膜を震わせる。心臓の鼓動が静かにときめいて脈を打つと……咄嗟に彼に詰め寄った。
「ど、ど、ど……どんな⁉︎ な、なんでもいいってことですか⁉︎」
「他にどんな意味があるんだよ」
興奮したように頬を赤く染めて目を輝かせる私を見て、会長が呆れたような苦笑を浮かべる。すると、立ち上がってまたソファにどかっと座ると、ニッと口角を上げて目を細めた。
「叶えられる範囲でな。お前が望めば、うまい料理も奢るし、生徒会特権使って進路先だって推薦できるぜ」
会長の口から出される甘美な願い事の数々。
どれも魅力的だ——……けど。
「——あなたの恋人にも、なれますか?」
ついポツリとそう口にして、呆然とソファに座る彼を見上げた。
ハッと我に帰って顔を真っ赤にすると、フードを深く被って慌て出す。どさくさに紛れて告白するなんて——なんて大胆なことをっ。
そんな私の言葉を聞いて、会長はきょとんと目を瞬く。
けれど、次の瞬間……ふと口角を上げて笑った。
「——ああ、お前が望めば」
****
「きゃー‼︎」
先ほどのやりとりを思い出して、廊下で一人、小さな黄色い悲鳴を上げて床をゴロゴロする。
絶対誰かが通りがかったら「汚っ」って言って冷たい眼差しで私を見下ろすんだろうけど、もうどうでもいい! 誰もいないし!
「あー! グレゴリーお兄ちゃん、ハンナお姉ちゃん! 会長と私付き合っちゃうかもー!」
『へぇ? いっぱいアプローチした甲斐があったな』
『えー、おめでとう! 今日はお祝いね!』
ゴロゴロするのをやめて、抱えていた二体の人形を腕を伸ばして掲げる。二人に話しかけると返事が帰ってきた……もちろん、全て私の声だが。
「えー! えー! 会長とそのまま恋人になったら何しよっかなー! まず手を繋ぐでしょー?
あ、後々! 一緒にデートしたり、チューしちゃったりして……ぐへへへっ」
『待て待て落ち着け……全く。すぐ自分の世界に入る』
『ふふ! いいじゃない。そんなマティアも可愛らしいし』
『お前はいつも妹に甘いんだよ』
グレゴリーお兄ちゃんとハンナお姉ちゃんが自分を置いて何かやりとりする……ように自分が口を動かす。
すると、徐に体を起こして輝かんばかりの満面の笑みを浮かべながら、また廊下をスキップした。
「彼を生徒会に入れれば会長は私のもの……うへへっ。早速明日オズワルドくんに話しかけて生徒会に入ってもらって〜……」
——そこで、スキップしていた足を止めた。
笑顔が固まる。
ある事実に気づいて体がピキッと硬直し、高揚していた頬がだんだん青くなると、冷や汗がダラダラと滝のように流れ出した。
見開いた瞳を大きく揺らす。
「…………そういえば、どうやって話しかければいいの?」




