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 「——総員! 散らばれ! 物陰に隠れながら発砲元を特定、速やかに捕捉しろ!」


 声が掠れた。腕に入った銃弾は貫通していた。布を裂いて押し当てる。焼けるような痛みが肘から肩へと這い上がってくるのを、ヘンリーは歯を食いしばって押し込めた。


 部下たちは動いていた。石壁の影に身を潜め、窓の光を読んで銃口の方向を割り出している。最初の混乱から立て直すのに三十秒もかからなかった。優秀な奴らだ、とヘンリーはぼんやり思った。


 だが——視線が、自然と路地の中心へ引き戻される。


 (よかった。二人は、無事だ)


 石畳の上で、マティアがリッパーを取り押さえていた。その肩が激しく上下している。オズワルドが傍らに立ち、腕を伸ばして何かを投げた。かちり、と金属の音が夜気に弾けた。手錠だった。


 ヘンリーは息を吐いた。肩の力が、ほんの少しだけ降りた。


 (マティアちゃんは、犯人じゃなかった)


 それだけで充分だった。アメリアが泣く顔を、もう見なくて済む。そう思っただけで、痛みがどこか遠くなった。


 ——それから、次の瞬間だった。


 マティアがフードに手をかけた。めくれた布の下から、霧に滲む夕暮れの光が顔を照らし出す。


 時が、止まった。


 「———アメリア?」


 声が出た。自分の声だとわかるのに、どこか別の場所から聞こえるようだった。青い瞳が映したのは、乱れた金色の髪。石畳に広がる藍色のドレス。何度も見た、あの横顔だった。


 しばらく呼吸ができなかった。


 夕暮れの残光に浮かんだその顔を、見知っていた。


 どうして。


 なんで——君がそこにいるんだ。


 喉が、何かで塞がれたような感覚がした。声を出そうとして、出せなかった。


****


 「……ごめん。ごめんなさい……っ」


 声が震えていた。喉の奥が焼けるように痛くて、それでも涙をこらえることができなかった。取り押さえた腕を離せない。離したら姐さんが消えてしまうような気がして、指先に力を込め続けた。


 アメリア姐さんは、静かだった。


 暴れるわけでも、叫ぶわけでもなく、ただ力なく微笑んでいた。私の顔を見て、何か言いかけるように薄い唇が動いた。でも言葉は出てこなかった。首を横に振って、代わりにオズを見上げる。


「……知っていたのね。私が犯人だということ」


 声は穏やかだった。責めるような色は、どこにもなかった。


「ああ」


 オズが答えた。感情を持たない、ただの確認だった。


「最初から気になっていた。あの夜、血に混じったベルナイトの香り……僕が出会った娼婦たちの中でお前だけ濃く香っていた。それと——」


彼は一拍置いた。


「鉤爪の傷跡の角度だ。被害者の背丈と傷の位置から逆算すると、犯人の身長はかなり低い。男の線は早い段階で消えていた」


 アメリア姐さんが、静かに笑った。


「……そう。そんな前から」


 その声が、胸に刺さった。


 悲しいと思う前に、唇が動いていた。


「姐さん——なんで」


 問い返した声は、思ったより小さかった。アメリア姐さんが私の目を見た。その金色の瞳に、光がなかった。蝋燭が消えた後みたいな、空虚な金色。そしてすぐに逸らされた。


 「恐らく、本人にも理解できていないだろう」


 オズが静かに割り込んだ。


「あの鱗と鉤爪——通常の能力発動とは性質が違う。制御が利いていない。理性が介在していない状態での発動だ。記憶が断片的になっている可能性も高い」


 短い沈黙が落ちた。


「……アメリア。お前、ジャバウォック化しているんじゃないか」


 心臓が冷えた。


 ジャバウォック化。その言葉が石畳に落ちて、音もなく転がっていくのを、私はただ見つめた。


 ジャバウォック化。一度そちらへ踏み込んだら、もう戻れない。兆しがあるだけで処分の対象になる。それがこの国の掟だった。


 「……アメリア姐さん」


 声が出たのが、自分でも不思議だった。震えている。視線を上げると、姐さんと目が合った。


 彼女はしばらく黙っていた。オズを見て、また石畳を見る…けど、私には一度も目を合わせなかった。


 そして、静かに頷いた。


「——ええ、そうよ」


 鈍器で頭を殴られたような衝撃が走った。


 嘘だ、と思った。嘘であってほしかった。でも姐さんは嘘をつくとき、いつも目が泳ぐ。今、その金色の瞳は石畳をまっすぐ見ていた。


「そんな……嘘、だって——」


 声が途切れた。


 その瞬間だった。


 銃声の嵐の向こうから、女性の悲鳴が響いた。


「——痛い! 離して!」


 聞き覚えのある声だった。路地の奥ではない。建物の陰だ。


 私は顔を上げた。

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