40-2
「——ぇ…何、これ…?」
「"フルオライト"だ。特定の光にだけ反応する希少なジェムを砕いた液体。粘着性が強くて、数日は洗っても落ちないようになっている」
息が、止まった。
あの夜、ヘンリーさん率いる憲兵たちとオズを襲ったあの日にコートに投げられた塗料のことが頭をよぎった——まさか。
「……衣服は憲兵に押収されたはずじゃ……なのになんで指に……」
自分の声じゃないみたいに、震えていた。
「その塗料は一度こびりついたらなかなか落ちないうえに他にも触れたものにも移るんだ……透明だから一見わかりにくいがな」
オズは光を消すとまっすぐこちらを見据えた。
「流石に衣類は確認できなかったが…その代わり保管先は確認した」
「……!」
心臓が、嫌な音を立てる。
——あのとき。
勝手に部屋に入られていた記憶が、鮮明に蘇る。
あの時点で、もう。
全部、見られていた。
「それだけじゃない」
オズの視線が、ゆっくりと落ちる。
「お前がいつも持っている人形にも、同じ反応が出た」
思わず息を呑んだ。
「犯行後に触れた証拠だな」
言い逃れはできない。
わかっているのに——それでも、口を開いていた。
「……なんで」
声が震える。
「そこまで知ってたなら……どうして私が“ふり”だなんて言えるの……?」
問いというより、縋るような声だった。
オズは、少しだけ間を置いた。
そして、静かに答える。
「……お前が、あの夜、人を殺していないからだ」
胸の奥が、強く打たれる。
「犯人は見境なく殺しているように見えたが、お前が言ったように法則性があった…あの時帳簿を見たお前はなにも知らなかっただろう」
言葉が、冷静に積み上がっていく。
「お前は攻撃を避けながら、対象を選んで衣服だけを裂いていた」
一歩、近づく。
距離が、さらに詰まる。
「遺体は全部無惨に殺されていた。同じ犯行にしては——理性的すぎる」
視線が、真正面からぶつかる。
逃げられなかった。
「……それに」
ほんのわずか、声が柔らぐ。
「お前は、人を傷つける性格じゃない」
息が詰まる。
「ずっと追いかけてきたこの僕が言っている。間違いない」
自信に満ちた声音だった。
迷いが、一切ない。
胸の奥に、何かが刺さる。
苦しいのに——どこか、あたたかい。
視線を落とす。
言葉が、うまく出てこない。
「……たとえ、そうだとしても……私は……」
絞り出すように言った、その続きを——
「……もしお前が、犯人のためだと思っているなら。それはお門違いだ」
遮られた。
静かなのに、逃げ場のない声だった。
オズはゆっくりと手を差し出す。
「本当に愛しているなら、守るんじゃない。罪を償わせるべきだ」
夕焼けの残りが、その手の輪郭を淡く照らす。
「確かに、隠せば一時は幸せかもしれない」
視線が、こちらを捉えたまま離れない。
「……けど、その先は?」
言葉が、胸の奥に落ちる。
「お前の大切な人が——未来で笑っていると、本気で思うか?」
「——っ」
息が詰まった。
何も言えない。
ただ、潤んだ視界の中で、彼の瞳だけがはっきりと見える。
逸らせなかった。
逸らしたら、全部崩れてしまいそうで——
ただ、見つめ返すことしかできなかった。




