37-2
ホールが、静まり返った。
誰かが息を呑む音が聞こえた。娼婦たちが互いを見合わせる気配がした。ヘンリーさんが、目を見開いたまま固まっている。
「アメリア……何を言ってっ」
「エリスは私を守ろうとしただけ。あの子は何も——」
「アメリア」
「っ!」
低い声が、姐さんの言葉を断ち切った。
ヒールの音。紫煙。
マダム・アッシュクロフトが、いつの間にかそこに立っていた。煙をゆっくりと吐き出しながら、静かにアメリア姐さんの肩を掴んだ。
「よしな。みっともない」
「マダムっ……! どうしてそんなことが——」
「ヘンリーさん」
姐さんを遮って、マダムはヘンリーさんへ向き直った。
「アメリアはやっていない。犯行があった夜も、私がずっとそばにいた。私の言葉が信用できないなら、好きにしな」
短く言い切る。ヘンリーさんは返す言葉を失ったように黙り込んだ。
アメリア姐さんは、マダムを見つめたまま唇を震わせていた。止めてもらえたはずなのに、その顔はどこか泣き出す寸前の子どものように見えた——それが何を意味するのか、私にはうまく読み取れなかった。
「……だが、ヘンリーさん」
マダムはキセルを口から離して、ゆっくりと辺りを見渡した。
「まさかエリスが犯人だと、本気で思っているわけじゃないだろうね。あの体格で犯行ができるわけがない。まだ子供だ」
ヘンリーさんが、黙る。
マダムの視線が——止まった。
「……マティア」
「…………へ?」
名前を呼ばれた瞬間、喉が鳴った。周りの視線が一斉にこちらへ向く。それだけで息の仕方を忘れそうになる。指先が震えて、スカートの端を握りしめた。
「うちは従業員の学園の情報も管理している。お前、対人訓練でトップの成績だったそうだね」
「……ぁ」
声が出なかった。
「"リッパー"が使っていた武器は短剣だそうだ……お前の得意武器と一緒じゃないか」
紫煙が、ゆらりと天井へ昇っていく。
「これは何かの偶然かね……それとも」
言葉が、そこで止まった。
続きは言わなかった。言わなくても、意味は十分に伝わった。
シャンデリアの光が、煌びやかに天井を照らしている。娼婦たちが息を潜めている。誰も動かない。
その沈黙の中で、私はただ立っていた。
指先が冷たい。心臓がうるさい。視線が痛い。
——でも、一番苦しかったのは。
さっきヘンリーさんが取り出した、あの黒い布の塊が——まだ、視界の端に映っていることだった。




